2012年3月17日土曜日

民主党がやるべきは、増税じゃなくて、天下りの廃止ではなかったの?

原発問題につけ、AIJ企業年金消失問題につけ、素人同然の官僚たちが国民の生命や財産、福利厚生に直接関わる要職に就き、さんざん甘い汁だけを吸うだけ吸って問題が生じたら責任逃れをし、すべて国民につけを回して手打ちにするという理不尽な構図が顕わになっている。

いずれの場合も、諸悪の根源は、霞が関官僚の天下り制度にあることは自明であり、それこそ、民主党政権がマニフェストの中で、高々と掲げていた目玉の一つではなかったのか。

ところが、野田政権になってからは、増税と復興の掛け声しか聞かれない。そして、増税をしないという公約を破ったということばかりがクローズアップされているが、天下りの「あ」の字も出なくなってしまったことが、もっと致命的かつ大きな問題なのではないか。

天下りの悪弊に歯止めをかける制度改革への意欲・姿勢の片鱗すら見えない民主党政権には、もはや何の存在価値もない。むろんこれまで、天下り制度を温存し続けた自公政権も同罪であるが。。

政治家や官僚の失政や、天下りがあけた大穴など、不始末の尻拭いのたびに、増税をされていたら、この国のふつうの真面目な国民は、全くたまったものではない。

政治家であれ、官僚であれ、国の政策決定に携わる人間の個人責任を厳しく問うことができるような法改正も必要不可欠である。

本来責任を負う覚悟すらないような人間が国政など担うべきではない。「個人責任を負わなきゃいけないなんていわれるんだったら、やってられないよ」と考えるような無責任な官僚や政治家は、断じて国政など担う資格はないし、そういう了見の方々には、ただちに自主的にご退場頂ければいいのではないか。ただでさえも定員削減が叫ばれているのだから。

政府の原発事故対策関連会議で議事録をとらなかったという由々しき問題が露呈したが、国の指針や政策決定が行われる場が、誰も責任をとらなくても済まされるような緊張感のない、馴れ合いの職場と化してしまっているからこそ、ケアレス・ミスなどと軽くは済ませられない、決してあってはならない事態が生じたのである。

http://mainichi.jp/select/biz/news/20120305dde001020018000c.html

AIJ企業年金消失:旧社保庁OB600人、500厚生年金基金に天下り 7割、運用責任者--05年

 投資顧問会社「AIJ投資顧問」の企業年金消失問題に絡み、旧社会保険庁(現日本年金機構)幹部23人の厚生年金基金への再就職が判明したが、ノンキャリアを含めると05年当時、全国約500の厚生年金基金に600人以上の同庁OBが天下っていたことが、毎日新聞の入手した資料で分かった。その約7割は資産運用の責任者を務める常務理事だった。AIJは同庁OBのネットワークを営業に利用したとされ、小宮山洋子厚生労働相は実態を調査する方針を示しているが、その大枠が判明した。
 社保庁OBらでつくる親睦団体が05年12月に作成した内部資料を毎日新聞が入手した。
 05年度末時点で厚生年金基金は全国に687あったが、内部資料によると、このうち約500の基金に旧社保庁職員600人以上が再就職。その約7割が、通常は基金の運用責任者を務める常務理事、約2割は事務長や事務局長で、複数のOBが同じ基金に再就職していたケースもあった。
 厚労省は、天下りの社保庁職員が退任した後は公募に切り替えるよう厚生年金基金に指導しているが、強制力はなく、現在も相当数のOB職員が在籍しているとみられる。
 AIJの企業年金消失問題では、10年度末時点で同社に運用委託をした企業年金84基金のうち74基金が厚生年金基金だった。また、99~10年に旧社保庁幹部23人が全国の厚生年金基金の常務理事などに就いていたことが明らかになっている。
 旧社保庁職員は資産運用経験がない場合がほとんどとされるが、中小の同業者でつくる「総合型」の基金では年金の実務や制度に詳しい人材が必要になるため、運用経験が乏しくても旧社保庁OBに頼らざるを得ない面もあったとみられる。【石川隆宣、松田真】
毎日新聞 2012年3月5日 東京夕刊

厚生年金基金:運用経験者ゼロ、8割 知識不足浮き彫り

 全国595の厚生年金基金(昨年3月末時点)のうち、資産運用経験を持つ役職員のいない基金が8割に上ることが厚生労働省の調査で分かった。投資顧問会社「AIJ投資顧問」の企業年金消失問題では、運用知識の乏しい基金が高利回りを求めて同社に駆け込んだとされる。
 調査は昨年2月、資産規模に応じ100基金を抽出した。調査によると、運用経験者を役職員に採用していない基金は全体の79%。中小の同業者らでつくる「総合型」は82%に達した。同省は指針で、同基金の役職員には投資理論、資産運用への理解に努めるよう求めている。だが、現実は旧社会保険庁から天下った元役人ら未経験者が役職に就く例も多い。【鈴木直】
毎日新聞 2012年3月3日 東京朝刊

2012年3月16日金曜日

「格納容器は紙ふうせん」だそうですが、それが何か?: 原発エンジニア菊池洋一氏

一昨日、大きな地震が再び東日本を襲った。原電の東海原発が停止していて本当によかったと棟をなでおろした人も多いのではないだろうか。むろん、停止しているからといって、決して安全というわけではないのだけれどもーー。

東京工大、東大、京大の錚々たるお偉い先生方は、1年前フクイチで水素爆発が起きた後でさえ、まだ、涼しい顔でテレビに登場し、素人相手に専門用語を振りかざし、とくとくと理科の授業をしながら、格納容器は頑丈で決して壊れない、圧力容器が壊れるなんてことは決してあり得ないと繰り返し断言した。

だが、今年3月10日の東京新聞WEB版によれば、元GE関連会社のエンジニアで、マーク2の建設工程管理者を務めていた菊池洋一氏は、原発建設当時ですら、現場では「格納容器は紙ふうせん」と呼ばれ、「爆発すれば持つわけないよな」などと言われていたと漏らす。

それどころか、「設計がいい加減で、宙吊りになった配管は、大地震の揺れで折れて再循環できなくなる危険性がある」と言い切っている。そんな原発を40年で廃炉にするどころか、運転期間の10年延長、否20年延長まで認めようというのである。

菊池氏は、「アメリカでは、地震のあるところに、活断層に原発を置くなどということは絶対しない」と語っている。

つまり原発は経年劣化どころか、その建設段階から、地震大国特有の自然条件に十分叶うような安全設計がなされていなかったのである。

日本列島をめぐる激しい地殻活動は1年たっても収束を見せない、そのような厳しい現実に直面しながら、未だに原発の再稼働を認めようとは、全くもって正気の沙汰とは思えないし、国民の健康や安全を、日本の政治家や原発推進を図る官僚、大企業、御用学者が、いかに軽視しているかを如実に物語っている。


http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/20120310/CK2012031002000061.html?ref=rank

東京新聞Web版
茨城

岐路に立つ原子力<1>「格納容器は紙風船」

                                                                            2012年3月10日

東京電力福島第一原発事故後、原発の在り方が大きく問われ、本県では東海村の東海第二原発の「廃炉」「再稼働」をめぐり、大きく揺れている。東日本大震災から十一日で一年となるのを機に、関係者や識者らに東海第二について語ってもらった。
-東海第二原発との関わりは。
米ゼネラル・エレクトリック社(GE)関連会社のGEテクニカルサービスカンパニー(当時名)社員として、建設の工程管理者として働いた。大学で建築を学び、卒業後は建設コンサルタントをしていたが、知人から「平和利用に協力を」と言われて同社に入った。福島第一原発の6号機も携わったが、東海第二原発は(建設前の作業として)穴を掘った直後から試運転直前まで見た。
原子炉の設計はアメリカのGE社がやり、耐震性などを踏まえた実施設計は日本のメーカーがやった。日本語を話せないアメリカ人の統括マネジャーの下、私は契約相手の日本原子力発電(原電)に毎日、工事の進捗(しんちょく)状況を説明した。配管や溶接がどこまで終わったか、今日はどこが立ち入り禁止とか、ほぼ全ての現場に顔を出した。
-感じたことは。
当時は猛勉強して無我夢中で建設に当たったが、それでも振り返れば、いいかげんなものを造ったなという気持ちはある。三十年以上前でも基本的な部分は頭に焼き付いている。
とにかく当時は試行錯誤。アメリカでやるコンピューター上の設計では配管は邪魔し合わないのに、実際の現場ではぶつかる。でも当時は急いでいるから突き進んだ。その場で設計を十数回書き直すのは珍しくなかった
私が最も深く携わったのは放射性物質を閉じ込める格納容器。クレーンでつり上げた(金属の)型を積み重ねる作業だが、かみ合わない部分もあった。日当たりのいい部分は少し伸びたりするから日陰の場所と合わなくなる。時間をおけば元に戻るんだけど、とにかく急いでいた。
 合わない部分をワイヤで引っ張り、溶接で肉盛りして合わせる。だから、つなぎ目に段もできた。溶接後にワイヤを抜けば、いずれずれる。開発直後の試験で合格しても十年後、二十年後にひびが入る可能性はあると思った。原発の現場なんてその程度だった。
-最も問題と思った点は。
 根本的に当時から格納容器を見ていて「これは事故があったら耐えられないんじゃないか」と思っていた。当時の最新型、出力百十万キロワットにもなれば格納容器も巨大で全体で高さ五十メートルぐらいになる。
 比べて格納容器の鉄板はすごく薄い。図面では厚くなっているのに実際は一番分厚い下の部分でも三十八ミリほど。上へ行くにつれて少しずつ薄くなっていく。現場ではあまりの薄さに「紙風船」と呼んでいた。事故があって爆発したら持つわけないよなって。
 設計そのものがいいかげんだったんだ。配管は空中につってあり、地震のたびにブラブラ揺れる。原子炉は熱膨張で伸びるから配管が引っ張り上げられるのを防ぐために床に固定できない。宙づりの配管が大きな地震で折れて再循環できなくなる可能性はある。
-原発の危険を訴えることにした契機は。
一九八九年の福島第二原発3号機の再循環ポンプ事故の後、東電に改善を訴えたが聞き入れられなかった。反原発を訴えざるを得なくなった。
-さまざまな経験も踏まえて、あらためて東海第二の安全性は。
 東海第二も浜岡も、壊れた福島も同じだ。(巨大地震に)耐えられる設計になっていない。アメリカでは地震がある所、まして活断層の近くに置くなんて絶対にしない。
(井上靖史)

◆東海第二原発建設に従事・元技師 菊地洋一さん(70)

きくち・よういち 岩手県釜石市出身。高度経済成長期の1970年代、東海村で原電東海第二原発の「マークII」と呼ばれる沸騰水型軽水炉建設に4年間、携わった。元技術者や大学教授らでつくる民間の原発事故調査委員会のサポートメンバーも務めている。原発の危険性を訴えるため全国行脚しており、現在は宮崎県串間市在住。九州電力にも原発反対を訴えている。

2012年3月14日水曜日

日本にとって最大の間違いは2011年3月10日に存在していたものを再現すること:ペセック氏

震災1周年にブルームバーグのペセック氏が、「日本にとっての最大の間違いは2011年3月10日に存在していたものを再現すること」であると述べている。

薔薇っ子も彼の意見には賛成であるし、2,3日前に高村薫氏がインタビュー番組でも同じことを言っていた。復興、復興というけれども、何をあきらめなければならないか、私たちは、よく考える必要があるというような発言だったと思う。


ブログ一周忌で予想したように、3月10日以降のメディア各社の報道はすこぶる酷かった。政府は、御用学者を動員して、ひたすら原発被害の極小化を図り、現状復興、すなわち「2011年3月10日に存在していたものを再現すること」にやっきになっている姿ばかりが顕わになっている。

しかも、絆という言葉を巧みに使って、メディア各社が政府と一丸となり、がれきを全国各地にばらまくことに懸命で、3月10,11日に国内外で展開された脱原発に対する市民の反対運動などについて、しっかりとまじめに取り上げたメディアは非常に少ない。

なかでも、震災以来1年経っても、2000トンのがれきの処理ができないのは、あたかも、東京以外に住む住民が、がれきの受け入れに協力的でないからであるかのような、報道のなされ方が行われている。

しかし、1年もあれば、そして政府が言うように宮城、岩手のがれきがそんなに安全なのであれば、阪神大震災のときの2000トンのがれきと同様、大型焼却炉を岩手、宮城にいくつか増設することで、既にすべて処理することができたはずであり、それを着々とやっていれば、地元の雇用も増えたはずである。そういう努力を今まで何もせずして、この期に及んで、被災地には焼却能力がないからがれきを全国に分配するという。

「放射能、みんなで浴びれば怖くない」 と言わんばかりの勢いである。

しかし、がれきを全国の分配して、焼却することの問題性については、京都大学の小出助教がはっきりと断言している。ちなみに、ここに来て、被災3県のがれきを広域処理することの危険性を、公式な場ではっきり述べ続ける勇気ある研究者は誠に数少ない。

国会で涙を流した放射性防御学の小佐古氏や、事故直後から放射能測定をされ、さまざまなところにマイクロホットスポットがあることを示された岡野氏、海外の原発規制機関の専門家などの意見も拝聴してみたいところである。

チェルノブイリよりも大きな事故を起こし、広島原発の178倍ものセシウムを放出するような災害を起こしておきながら、どうして半径20キロ圏内の汚染地域が数年後戻れるような状態になるのだろうか。ヨウ素は半減期が短いとしても、セシウムやウランやストロンチウムは、そんなに簡単に消えたり、溶けてなくなったりするものではないはずである。

今は雪のおかげで拡散が抑えられている放射性物質も、雪解けとともにあちこちに流れだす可能性は否定できない。つまりこれまで測定して低かったからといって決して安心できないことになる。

閣僚たちは、がれきの線量を計測して安全性を確保すればいいと気やすくいうが、放射性物質の線量計はピンからキリまでいろいろあって、時計のように誰がいつどこでどんなふうにして見ても、必ず同じ数値を得ることができるような正確なものではないことを我々は既によく知っている。

国やメディアは、放射線量を測定して数値を示し、「少ないから安心」とさえ発表すれば、それでよいと思っているのかもしれないが、賢い日本国民の多くは、誰がいつどのような条件の下、どんな検体をどんな装置を用いて、どういうやり方で測るかによって、計測数値などというものは、いかようにも操作できるということを熟知しているのである。

ちなみに、これは前から繰り返し書いていることだが、原発災害で放出される放射性核種の中で、測定されるのは、セシウムばかりで、まるで人体に悪影響を及ぼすものは(半減期の短いヨウ素を除いては)、セシウム以外にはないかのように報道され続けていることにも、大変疑問がある。 
ストロンチウムの量は測らなくてもいいとでも言うのだろうか。 

以下小出氏のインタビューを貼り付ける。

何でも反対ばかりするのはよくない。復興について、お前ならば何を考えるかと言われれば、薔薇っ子は、放射能にまみれた土地を元に戻し、原発産業を再開させるような類の復興に少しでも早く見切りをつけて、被災3県の第一次産業に従事する被災者とその家族を全国の第一次産業の労働人口が著しく現象している地域に疎開させ、新天地でこれまでのノウハウを活かして新しい農林業、畜産、漁業に取り組めるようにサポートし、その他の産業に従事する若年、中年層の人々は首都機能移転や再生エネルギーの拠点になる地域に移住させ、彼が働けるような場を用意するといった、より生産的、建設的な形での支援を積極的に行うべきであると言ってきた。

むろん、原発は全て廃炉が完了するまで放置にすることはできないが、それについては、少なくともあと数十年間は、これまで原発を推進し、原発の利害を貪ってきた人々に、責任をもって後始末を最後までやってもらうしかない。彼らは皆、それに十分見合うような、いや、それ以上の報酬を既に受けとっているのだからーー。彼ら以外は、個人的に、どうしても、どんな危険性があっても原発の近くを離れたくないと主張する人でない限り、元に戻す、あるいは煽てて地元に縛り付けることは人の道にかなったことではない。

復興産業は多くの利権を生む、大手のゼネコン、産廃業者、そして運搬業者を限りなく潤す。経済を活性化するためには、なにか起爆剤が必要だということも確かだ、

しかし、何も放射性物質や化学物質による汚染の心配のあるようながれきを全国に分配・処理することで、経済の活性化を図ろうとしなくても、スマートグリッドの機能を兼ね備えた自然災害に強い副都心を建設するだとか、最終処分場の建設だとか、地熱発電所を建設するとか、電力を自由化して全国に電気事業者が多くできれば、それ以外の再生可能エネルギーに関わるビジネスなど、もっと建設的なところで、経済を活性化させる方法はいくらでもあるはずである。

がれきは、焼却炉に放射性核種(セシウムだけではない)を100%吸着させることができるようなフィルターを装置することができない限り、放射性物質が吸着したフィルターを確実に処理できる技術を持たない限り、断じて全国にばらまくべきではないし、汚染された焼却灰や汚泥は、フクシマの廃炉に使うコンクリートに混ぜて使用するしかない。

経済大国の栄光もここ20年の間にすっかり地に落ち、世界の若者の間で一世を風靡したJ-popもK-popに押され気味になり、昨今では、もっぱら食の安全と空気や水のきれいさ、自然の美しさ、治安の良さばかりを売り物にしてきた国土を、、無責任な施政者の政治的な判断で、今以上広範囲に汚染させてしまうようなことがあれば、益々国のイメージは失墜し、よほどの酔狂者でない限り、世界中の人々が避けて通るような、猫マタギの国と化してしまうのではないだろうか。

失われた1年をどう取り戻すか、はっきりしていることは、のらりくらりと現政権が存続し、我々が政治に何も期待感を持てない限り、明るい展望は開けそうもないということである。


http://www.youtube.com/watch?v=nC8cOpz-up0


http://www.bloomberg.co.jp/news/123-M0FXKZ1A74E901.html
【コラム】日本の失われた1年、チャンスは消えていない-Wペセック

3月6日(ブルームバーグ):効率の良さとしっかりとした社会基盤で知られる国だけに、きっと再建の世界基準を示してくれるに違いない―。そんな期待が高かった。巨大地震と津波が襲ってから1年が経過した。しかし、日本の再建はほとんど手に着いていないのが実情だ。
昨年3月11日の東日本大震災発生直後にエコノミストらは、1995年の阪神大震災の時の状況が再現され、被災した東北地方には建設部隊が集まって経済は力強く反発すると予想していた。さらに、多くの人々は、2万人もの死者が出て、町や村がかき消され、チェルノブイリ以降最悪の原子力発電所事故を引き起こしたこの大災害が、東京の政治的まひ状況を打破し、大きな変革を引き起こすきっかけになるのではないかと期待していたのである。
日本のバブル崩壊は過去の戦略―公共事業のための巨額借り入れ、超低金利、終身雇用、微々たる移民受け入れ、一部巨大企業の輸出に肩入れした硬直的な産業構造、何でも言いなりの銀行、政治と企業の親密な関係―などの見直しを突き付けた。それから20年以上を日本の政治家らは無駄に過ごしてきた。また、東京電力と官僚の排他的関係は安全報告に小細工を施すことを可能にし、危険性を過小評価してきた。これが日本の原発危機の舞台を用意し、その危機的状況は今なお次々に明らかにされている。放射能は今も福島第一原子力発電所から漏れ続けており、日本の機能不全を象徴する事態となっている。
日本が第二次大戦の廃墟から立ち直ったように、日本がより生産的な道筋に戻るには巨大な危機に直面するほかないと長く言われてきた。しかしながら、約20兆円の復興計画は、野田佳彦首相がそのグランドビジョンを明示することができず、また官僚たちが重大な決定を下すことに二の足を踏み、さらにはデフレ的循環が過去一年間に悪化し、企業と消費者がともに意気消沈しているという現実が、計画実行に向けての障害となっている。日本が新たに設置を決めた復興庁が業務を開始したのは津波から11カ月たった今年2月10日のことだった。
期待に応えていない政府
彼らは見事にがれきを片付け、それを防水シートの下に隠してくれた。しかし、それ以外に進展したことはほとんどない」と、テンプル大学東京校のジェフ・キングストン教授(アジア研究学)は指摘する。「その原因の一つは政治がまひしていることであり、官僚が何を再建しどのように統合していくのか、そしてがれき処理をどうするのかについて決定を下さないことも原因になっている」と話す。
そして、最も注目を集めている残骸が日本経済だ。日本の公的債務は世界最大で、国内総生産(GDP)5.5兆ドルの2倍以上に達している。日本のGDPは過去4四半期のうち3四半期で減少しており、2011年の経常収支黒字は過去15年間で最低水準に落ち込んだ。1月には貿易収支が1兆4800億円の赤字と、戦後最大の赤字を記録した。円高はソニーやホンダなどの輸出企業に打撃を与え、産業の空洞化が一段と進んでいる。「政府は期待に応えていないし、日本国民はそのことを分かっている」と、英スタンダードチャータード銀行のチーフエコノミスト、ジェラード・ライオンズ氏(ロンドン在勤)は語る。
政府に対する不信感が高まるなかで、野田首相の政治生命も長くは持たないようだ。野田氏(54)は昨年9月に人気の波に乗って首相に就任した。経済を再建させるだけでなく新たに作り変えるに当たって時宜を得た指導者として選ばれた。だが、いま有権者たちは野田氏について、首相として、2006年後半以降に次々交代した5人の首相たちをしのぐ人物ではないと信じ始めている野田首相の支持率は現在30%と、前任者たちが議員らから職を去るよう求められた水準に低下している。
野田首相がいてもいなくても、東京電力の国営化および現経営陣の追放は決定されるべきだ。彼らの怠慢が、日本が今の状況に陥るのを助長したのだ。同じことが、オリンパスで見苦しい会計スキャンダルを生んだ企業文化に対しても起きている。
最大の間違い
日本の首相は東北のどの町や村を復旧し、どの町はそうしないのかについて決定する仕組みを作らなくてはならない。日本の多くの地方では長年にわたり人口が減少し産業力が失われてきている。
地方分権は中央政府の規制改革を必要とするが、それは復興プロセスを支援することになろう。日本は長年にわたりトップダウン型の経済だった。東京の官僚たちが采配を振るい、税収を分配。地方の指導者たちはそれに応じて行動する、という形だ。東京で復興計画を策定している者たちは非効率的な仕組みから抜け出せず、また被災地から遠く離れて現地の複雑な生活事情を掌握できずにいる日本にとって最大の間違いは2011年3月10日に存在していたものを再現することだろう。日本にとって過去1年間は失われた1年となったものの、まだ物事をリセットする千載一遇の機会は失ってはいない。日本がそれを無駄にすれば恥ずべきことだ。(ウィリアム・ペセック)
(ウィリアム・ペセック氏は、ブルームバーグ・ニュースのコラムニストです。このコラムの内容は同氏自身の見解です)
記事に関するエディターへの問い合わせ先:東京 大久保 義人 Yoshito Okuboyokubo1@bloomberg.net
更新日時: 2012/03/06 13:30 JST

2012年3月11日日曜日

ブログ1周忌:2011年3月~2012年3月

眠れぬ夜の手すさびに始めたはずの、「夜半の寝覚め」であった。
まったりと、1か月に1度ぐらいのペースで、楽しく自分の趣味嗜好など、いろいろ書くつもりで始めた日記のはずであった。

あの日まで世の中の出来事に、無頓着で、完全に満足しきっていたというわけではない。
しかし、ここまで腐敗したひどい状況であることを、去年の3月11日まで知る由もなかったのである。

神戸大震災の時、長田地区の大火災で消火作業が進まず、柱や建物の梁など倒壊物の下敷きになって逃げ損なって多数の人々が焼死していく報道を耳にした。海外からの援助の申し出を断った馬鹿な政治家もいたし、どうして国や行政は、もっとしっかり迅速に対応しないのだろうと歯がゆい思いはしたものの、復興の速度は思いのほか速く、今回のように素人目から見ても、この国を牛耳っている人間集団がどれほど無能であるか、これほど強く認識させられることはなかった。

危機管理能力の完全な欠如どころか、電力会社と原発を擁護するために、メディアぐるみで被害極小化の情報統制を行うなど、慄然とさせられるようなことが新聞がみや電気紙芝居上に、連日繰り広げられていた。大本営発表のようなゆゆしい出来事が、現代の日本社会で再現され、まるで悪夢を見ているようであった。

その後の展開も目を覆いたくなるような出来事の連続であった。原発は偶然の重なりによって、東京都民までが行き場を失って逃げまとわねばならないような事態には陥らなかったが、脱原発か否かという1点を除いては、首相と同類項であり、共犯関係であったはずの政権中枢にいた政治家たちは、首相一人をスケープゴートにして、自らは涼しい顔をして平然と、原発災害収束、原発対策、復興支援にかかわる主要閣僚ポストに着いた。彼らは議事録もとらないような会議を重ねるというような、国民のとって許されては、ならない出来事に加担しながら、いまだにその責任を負うこともなく今日に至っているのである。

ここにきて彼らは、大型メディアを動員して、絆と復興支援の2文字を掲げて、放射性物質の飛散の可能性を打ち消すことができない被災地のがれきを全国に分配し、処理を行うことにやっきになっている。

3.11以降、薔薇っこはそれまで普通の国民には全く知らされていない事柄が、我々の周りにいろいろあることを知った。日本の大型メディアの情報源にべったり依存することを辞めて、海外の主要メディアの声や、マイナーであっても志をもったジャーナリストが発信する情報にしっかり耳を傾けることの重要性を認識させられた。2011年3月からの時間を地球市民の一員の生きた証として、自分は何を見、何を聞き、それに対して何をどう考えたか、できるだけ正確に記録にとっておきたいと考えた。

福島原発災害は、世界が注目する大きなニュースとなった。海外メディアから、日本人はお上に従順で、自らの国の政策に対して黙ってただ受け入れるだけの思考力も批判力も表現力も持たない消極的でお馬鹿な国民、金勘定しか頭にない倫理意識の欠如した情けない国民であるかのようなレッテル貼りがなされるのを見て、すべての国民がそうではないことを示したいという気持ちを抱いたことも事実である。

国内の読者の中には、ブログ監視が目的の読者が混じっているとしても、アメリカ、中国、韓国、台湾、香港、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、タイ、インドネシア、インド、シンガポール、ベトナム、ドイツ、フランス、イギリス、ロシア、ウクライナ、スイス、オランダ、オーストリア、スウェーデン、フィンランド、デンマーク、イタリア、ルクセンブルグ、フィンランド、ラトビア、スペイン、タジキスタン、クゥエート、エジプト、ブラジル、パラグアイ、フィリピン、ナイジェリア、ペルーなどなどさまざまな国から多数のアクセスを頂いたことは、1年間このブログを続けていくうえで大きな励みになった。

先日、作家の高村薫氏は、NHKの震災1年のインタビューで、私たち一人ひとりが東日本大震災というものを言葉にすること、そして、その事実から目をそらさず、しっかりと見つめなおすこと、復興という言葉の意味を考え直す必要があると述べた。


日本全国、電車に乗っても、デパートに行っても、地下街を歩いても、どこに行っても暑いほど暖房ががんがん効き、夜遅くまで照明が明々と灯され、デパ地下やスーパー、コンビニ、飲食店にいけばあり余るような食べ物が山のように所狭しと並べられ、自販機はどこにいっても嫌というほどあり、人気店には多くの客が行列を作り、若者は新型のスマートフォンやアイフォンを手にし、休日ともなれば大型量販店はマイカーで溢れ、年末や連休になれば、多くの人たちが西日本や海外に遊びに出かけ、被災地以外は、1年前とは全く何も変わらないかのような日常に戻っている。


テレビで報道番組のチャンネルを回しても、フクシマ原発のニュースは限られた放送局の番組をみない限り、ほとんど報じられなくなった。


今冬日本列島は、ことのほか厳しい寒さに見舞われたが、54基ある原発が2基しか稼働していないにもかかわらず、国民は電力不足などとはほど遠い、電力供給が安定した状態の中で生活できているのである。膨大な税金を投入しながら、原発は我々の生活にとって、なんら必要性がないものであったということにすらなる。

春から秋風が吹くまでの間、原発災害関連ニュースでメディアが喧しく報じたのは、津波、風評被害、電力不足、熱中症と絆の5つのキーワードであった。

東電は自然災害の被害者であり、国民はその東電を支援するために計画停電や、厳しい節電に耐え、熱中症のリスクを負ってでも、一致団結して電力不足にならないように協力をしなければならなかった。すでに安全神話が破壊され、代替エネルギーの重要性が問われ始めているにもかかわらず、熱中症のリスクを回避するためには、原発を再開するしかないというメッセージのすり込みがしきりに行われた。

その後唐突に脱原発を主張したばかりに総理の首はすげ変わったが、変わらぬ面々が閣僚入りし、キーワードは復興支援と増税一色にとって代わった。そして1年たった今、もう一つ、がれきの広域処理というキーワードが加わった。

菅おろしが終わってからは、被災地の復興のためにはマニュフェストに違反しても増税を実施することが当然であるかのごとくに正当化され、原発の再稼働は日本経済の空洞化を回避するために必要不可欠であるという議論が盛んに行われるようになった。

この1年の間に、原発災害をめぐる隠ぺいの事実や、電力会社や政官民学の癒着の実態などいろんなことが少しずつ明るみに出た。しかし、その事実を正面から受け止めて、しっかり報道し、厳しいまなざしを持って批判するという視点を持ち続けたのは、マイナーなケーブル放送局ぐらいのもので、その放送局もあえなく3月いっぱいで放送中止になるという始末である。

3.11の1周年には、各社満を持して特集番組を企画しているようだ。どこの誰それが、故郷に戻って復興に力を注いでいるだの、誰かがボランティアで復興のためにどんな支援をしたというような電気紙芝居を大量に作成し、絆や支援という言葉を巧みに操ってなだめすかしたり、一部の過激な政治家の言葉を借りて恫喝したりして、放射能汚染の可能性が否定できず、さまざまな化学物質が混じったがれきを、日本全国各地に、ばらまくための作戦に頭をしぼっている。

「フクシマの瓦礫は問題があるが、岩手や宮城の瓦礫は安全」などというようなことがどうして言い切れるのか、あまりにも国民を小馬鹿にした幼稚な議論であり、それをもってして、みんなで仲良く放射能の不安を分かち合おうなどというのは誤った全体主義である。

瓦礫の問題、被災地の復興についての考えはすでに繰り返しブログの中で明らかにしてきた。

メルトダウンの可能性が明確なものとなり、高濃度の放射性物質が大量に飛散しているときでさえ、「ただちに健康の被害はない」などと言って、国民をだまし続けた閣僚が、いくら宮城の瓦礫は安全だといっても、何ら説得性も持たない。

地方自治体の首長は、中央からの圧力に屈さず、政府の支援金などに惑わされず、放射性物質からできるだけ地元住民を、子供たちを守ることを第一に考えるべきである。危険性のあるものを排除するのは、危機管理の第1原則である。

主要大型メディアは、ひたすら政府と利益優先の大企業、電力会社に迎合することばかりをしてきた。女性タレントが占い師のマインドコントロールにはまって云々というようなゴシップならば、うるさいほど執拗に報じるけれども、権力者にとって都合の悪いニュースだと「パニックになってはいけないから」などとまことしやかな屁理屈をつけて情報統制をする政治家に加担しする。たまに申し訳程度に、ほんの一瞬報道したかと思えば、たちまちスポーツか何か他の全く関係のない差しさわりのニュースを入れて、混ぜ返してしまうか、ネットの場合はすぐに削除してしまうのである。

真実を追い求め、伝えるべき立場にいる人々が自己の使命を正しく認識し、日々伝えるべきことをきちんと伝えてくれていれば、薔薇っこは300も、こんなブログを書き綴ることはなかったと思う。大企業のトップやメディアや国を動かす官僚や政治家が、もう少しまともであってくれれば、「夜半の寝覚め」はこんな展開にはならなかったはずである。

高村氏は復興に関して、やみくもに元の状態に戻すのではなく、その前に、何が戻せて、何が戻せないのかよく考える必要があると述べたが、大変含蓄のある発言である。

2012年3月9日金曜日

東電、メインバンクは債権放棄すべきでは?

東電の取引銀行団は、1兆円余の追加融資支援を行う基本合意を行った。家庭用電気料金の値上げと原発再稼働が融資の条件だそうである。

東電はそこまでして、守る価値のある、あるいは存続の必然性がある会社なのだろうか。まず必然性という点からいえば、竹中平蔵はWSJのインタビューで東電は100%国有化すべきという主張をしている。

週刊ポストも、「東電を潰してしまったら、被害者に賠償金を支払う会社がなくなる」という奇妙な屈で、東電を擁護しているが、それは国民に大きな負担を強いる以上の何ものでもないことを指摘している。一時国有化して、ほとぼりが冷めたらまた東電に経営を任せ、その収益から賠償金を長期返済させるなどと言われているが、100年たっても返済できるような額ではなく、東電のつけは、どの道国民が高い電気料金か税金か、その両方または、いずれかで支払わされることになるという。

東電は守る価値のある会社かということであるが、むろんこれまでろくな仕事もせず、破格の高待遇を受けてきた社員や、電事連などの組合員、利害に群がる官僚や政治家、御用学者やメディア、株主や取引銀行にとっては守る価値が十分にある会社には違いない。しかしTOPCOの社会的な信用は世界的に見てもすでに地に落ちているし、これだけの迷惑を国民に及ぼしながら、「東電原発災害1周忌」に、西澤社長や勝俣会長は、公式な記者会見の場で、国民への謝罪を行う予定すらないという。

原発を再稼働させなければ、電力不足に陥るということがまことしやかに言われているが、竹中氏は、小泉構造改革の時代に、東電が猛反対をしたが故に、電力の自由化や発送電分離ができなかったという。もしそのときに今の西澤社長ら電力会社の連中が、反対していなければ、今頃は電力不足などというような事態は生じなかったはずだという。その1点をとってみても、西澤氏の責任は大変重いものがある。燃料費にしても、これは東電1社の問題ではないが、日本全国の電力会社ができるだけ安い燃料を買いつけるための企業努力をしていれば、今のように、世界一高い価格で天然ガスを買い取るなどというようなおかしなことにもならなかったはずである。

責任者が責任の所在をあいまいにし、都合の悪いことは何もかも隠ぺいする、尊大で、でたらめな電力会社は、債務超過になるまで放置すべきであり、こんな不良企業にこれまで多額の融資をしてきた銀行がなすべきは、債権放棄であり、株主もまた応分の責任を負うべきである。

そして、そうすることこそが、日本が世界の国々から信頼を取り戻すための最初の第一歩に他ならない。

3.11以降福島原発への対応をめぐって、この国が法治国家であること、民主主義国家であること、そして自己責任を原則とする資本主義国であることが疑わしいような出来事が次々に現実のものとなっている。

大変嘆かわしい限りである。個人の言論が監視され、言論・表現の自由が脅かされ、大きな社会的責任が問われるような重大な過失を怠慢によって引き起こしながら、責任をとらせる仕組みを作らず、一部の権力者の私利私欲のためだけに、それ以外の国民が健康で安全な暮らしを脅かされ、どこまでも犠牲を強いられるーーそんな閉塞感と欺瞞に満ち溢れた国に、いったい誰が振り向いてくれるだろうか。

大変残念なことながら、現行を維持する限り、日本は国際社会の中で、ますます疎んじられ、衰退の一途を辿るであろうことは目に見えている。

http://online.wsj.com/article/SB10001424052970204276304577265043898920490.html


Japanese Utility Tepco to Get Help From Banks




TOKYO—Japan's biggest banks are finalizing proposals to provide Tokyo Electric Power Co. with new loans and rollovers worth billions of dollars, a key part of efforts to improve the utility's financial health after the Fukushima Daiichi nuclear accident last year.
But people familiar with the matter say the proposals, expected to be submitted to Tepco and the government by Wednesday, won't be enough to address the company's more fundamental problems over the longer term: its massive outstanding liabilities and the huge cost of dealing with the aftermath of the disaster.


http://jp.wsj.com/Japan/Companies/node_404849?mod=WSJ3items


【インタビュー】東電処理は足利銀行モデルに、完全国有化が必要=竹中平蔵慶大教授

東京電力と原子力損害賠償支援機構が今月まとめる「総合特別事業計画」に、東電の財務基盤強化を目的とする1兆円の公的資金注入申請が明記される。これに伴い、東電の経営形態や経営トップの人選をめぐる駆け引きが交錯している。
ウォール・ストリート・ジャーナル日本版は8日、小泉政権で金融機関の再生を目指した政策案「金融再生プログラム」を立案した元金融担当相の竹中平蔵慶応大学教授に、東電の処理について話を聞いた。
──金融担当相当時、経営難に陥った金融機関に公的資金を注入し、大胆な不良債権処理を進めた。今回の東電の処理をどうみるか。
よく、りそなの例を出されるが、東電はりそなのケースではなくて、完全に足利銀行のケースだ。
竹中平蔵氏Hajime Yamaguchi/The Wall Street Journal
竹中平蔵氏
金融の場合は特殊だ。預金保険法102条に基づき、自己資本が不足したら公的資金を注入する。債務超過、つまり資本金がゼロ以下になった場合は、一時国有化する。(注釈:前者はりそなホールディングス、後者は足利銀行に相当する)
電力会社にはこういった法律はない。それを現行の法律の枠組みでできるかどうかは微妙な法律判断になる。それがもしできないと判断するなら、新しい法律を作ればいい。法律はすぐできる。預金保険法102条に準じた、公的な機能を持った電力会社に関する法律を作ればいい。
──国はどの程度の議決権を握るべきか。
東電の場合は銀行ではないので、資本が少なくなってもかまわない。債務超過になるまでは放っておけばいい。債務超過になれば、価値がゼロになるわけで、一時国有化する必要が生じる。その場合、議決権は100%国が持つべきだ。
「実質的」国有化という言葉がよく使われるが、これはおかしい。名目的に、完全な国有化が必要だ。要はこのような問題を起こしてしまったが、電力を供給するという機能は公的に必要だから、国が一時、それを肩代わりしましょう、ということだ。国有化している間、つまり議決権を100%持っている間に経営者に責任を取らせ、新しい経営者を入れ、必要なリストラを全部行う。その上で、それを民間に売ればいい。ストラクチャーは非常に簡単だと思う。まさに足利銀行の時にそうした。
(現在のプロセスは)東京電力という会社を残すためのものだ。国民からみれば、電力会社は必要だが、それが東京電力という会社である必要はまったくない別の会社でもいい。その機能を一時国が担って、きちっとした形にして民間に売ればいい。こんな問題を起こしたのに、公的資金で生き残るというのでは国民が納得しない。
──東電の経営を担える人材を外部から登用するのは困難との見方もある。
だからこそ、100%国有化する必要がある。そうすれば、政府が任命責任を完全に握ることができる。政府が全責任を負うということだ。全面的に責任を負っている国が人選をして、(登用した人材が)ダメだったらクビにして、いい人材が出てくるまでそれを続けるということだ。
今のような形だと、いったいだれが責任を負っているのか分からない。最終的な責任は東京電力にあるわけだが、責任の所在は非常に不明確だ。公的な機能を負っている以上、電力会社そのものをなくすわけにはいかないのだから、今回は国が全部責任を持つ。そのような形で責任の所在を明確にしなければならない。
──国有化後の東電の姿はどうあるべきか。
東電を民間に売るということが極めて重要だ。国有化はするが、それは一時的なものだ。ただし、その間は政府がすべて責任を持つ。リストラをできるだけ行い、価値を高める必要がある。
売却の際には、発電の部分と送電の部分を分ける必要がある。送電については規模の経済性があるから、これは1社でやる方がいい。これは公的な機能を持った民間会社になる。しかし発電に関しては規模の経済性はない。むしろできるだけ競争してもらう方がいい。それを商社が買っても関西電力が買っても、どこが買ってもいい。実際、足利銀行は野村証券を中心とするグループが買った。そういう形で、きれいにしてできるだけ高く売ればいい。
1つ問題になるのが原子力発電所だ。原発については国の方針がまだ決まっていないのでこれは当分、国の組織が持ち続けるというのが選択としてはあり得るものだと思う。
東電をモデルケースにして、同じような枠組みを全国の電力会社にあてはめていく。10年前、小泉内閣のもと、経済財政諮問会議ですでに、電力の新規参入や発送電の分離に関する議論を散々行った。それに最も強く抵抗したのが東電だったあの時、もっと発電に競争原理を導入し、たくさんの発電業者を入れていれば、電力不足にはならなかった。


東京電力:社員食堂運営、子会社が丸投げ 電気料金に上乗せ--都調査で判明

東京電力が、同社OBの受け皿となっている子会社の利益をかさ上げするため、この子会社に委託した社員専用レストランの運営を、実際は別会社に丸投げし、東電に入るべき利益が入らず、結果的に電気料金上乗せにつながったことが5日、東京都の調査で明らかになった。都は「他の子会社とも、こうした取引が常態化し、電気料金に上乗せされている」(猪瀬直樹副知事)として、近く枝野幸男経済産業相に調査を要請する。【永井大介】
都によると、問題の子会社は東京リビングサービス。東電独身寮の運営や旅行事業など東電の福利厚生や介護、保育園事業にも乗り出している。社員数は1000人で、10年度の売上高は約140億円。「東電OBの受け皿で、取引の7割は東電が相手」(東電関係者)という。
リビング社が、東電から運営を委託されていたのは東京・渋谷の社員専用の高級レストラン「渋谷東友クラブ」。リビング社は実際は、別の会社に高級レストランの運営業務を丸投げし、一部の利益を吸い上げていたという。
都は、東電がOBのいるリビング社に利益が生じるよう、こうした取引をした結果、東電に入るべき利益が大幅に減ったとみている。
レストランは昨年5月末に東電がリビング社との契約を解除したため、現在は外部業者の直営店となっている。東電広報部は子会社を間に挟む取引を認めた上で、「リビング社は売却する方針。今後も取引形態の見直しは進める」としている。
子会社の絡む不明朗な取引については、東電の経営状況を調査した政府の第三者委員会「経営・財務調査委員会」の報告書でも「(子会社を含めた)関係会社は東電向け取引で稼いでいる」と分析。都の調査で不透明な取引の具体的事例が浮かび上がった形だ。
毎日新聞 2012年3月6日 東京朝刊

東電1兆円追加融資 銀行団と支援機構、基本合意 

2012.3.1 01:37
 東京電力への経営支援をめぐり、三井住友銀行などの取引銀行団が計約1兆円の追加金融支援を実施することで、政府の原子力損害賠償支援機構と基本合意したことが29日、分かった。3月中にまとめる総合特別事業計画に盛り込む。金融支援は1兆円の公的資金による資本注入と並ぶ経営再建の柱。
銀行団は支援の条件として、家庭向けの電気料金の値上げや原発の再稼働による収益改善を求めていた。いずれも見通しは立っていないが、計画取りまとめ期限が迫るなか、要請を受け入れざるを得ないと判断した。
支援機構と東電は、3月7日を回答期限として追加金融支援を要請していた。原発停止に伴い増大している火力発電用燃料の調達費や福島第1原発の廃炉費用などに充てる資金で、実施されないと、資金繰りに行き詰まる恐れがある。
支援の内訳は、(1)新規融資5千億円(2)必要時に随時引き出せる融資枠4千億円(3)既存融資の残高維持のための借り換え1700億円-計1兆700億円。これまでの協議で、日本政策投資銀行が約5千億円、三井住友銀行が約1千億円、みずほコーポレート銀行が約600億円、三菱東京UFJ銀行が約400億円を負担し、残る約2千億円を日本生命保険や三井住友トラスト・ホールディングスなどが引き受けることが固まった。
支援機構は銀行団に平成24年度中に家庭用を含め平均10%の料金値上げを実施することや25年度以降に柏崎刈羽原発を再稼働させることを提示している。値上げには政府が反対姿勢を崩していないうえ、再稼働も地元の同意を得られるかは不透明だ。ただ、銀行団が支援を拒否すれば、事業計画の策定が行き詰まるのは避けられず、銀行団は公的資金の投入決定に先駆ける形で支援を受け入れた。

放射能汚染、どこまで隠すのか?:コピペ

http://online.wsj.com/article/SB10001424052970204603004577268902086566084.html



A Job Becomes a Mission


Wall Street Journal reporters revisited some people featured in coverage over the past year, whose lives were upended by the events of last March 11. Here's an update on a nuclear scientist who blew the whistle on the government's handling of the accident.
The nuclear accident in Fukushima turned Toshiso Kosako's life upside down.
The 62-year-old nuclear scientist, accustomed to a quiet academic existence at Tokyo University, found himself trailed by paparazzi, hit by half a dozen death threats and besieged by thousands of phone calls seeking advice on radiation safety (overwhelming his fed-up secretary).
Mr. Kosako became an overnight sensation last April when he resigned as emergency nuclear adviser to then-Prime Minister Naoto Kan to protest Tokyo's handling of the accident. Specifically, he criticized the government's decision to set the limit for children's annual schoolyard exposure at 20 millisieverts.

Read the Earlier Article

"I could not expose my own children to that level of exposure," he said at a press conference, as he wiped tears from his eyes.
Government officials dismissed his criticism as "an individual opinion."
[0307profile07]Agence France-Presse/Getty Images
Toshiso Kosako resigning last April
Mr. Kosako spent the next two months hiding within the walls of his university, working with students. When he re-emerged in public in July, he actively began to raise his profile, attending a number of academic conferences both in Japan and abroad and giving media interviews.
"Until 3/11, I just saw this as my job," said the chatty, bespectacled professor. "Now I have a sense of mission that I need to help a lot more people understand."
He is currently working with the National Council on Radiation Protection and Measurements, a Bethesda, Md. organization of independent scientists, to establish an international commission of nuclear experts to investigate the Fukushima accident, similar to one that probed the accident at Chernobyl.


Back to Normal for a Fukushima Cleanup Crew

Wall Street Journal reporters revisited some people featured in coverage over the past year, whose lives were upended by the events of last March 11. Here's an update on the workers called in during the early days of the Fukushima Daiichi nuclear disaster.
When explosions rocked the Fukushima Daiichi nuclear plant a year ago, Masayuki Sakamoto was one of the first people called in. Although the owner of 35-person construction firm didn't know it at the time, the March 11 earthquake and tsunami had just precipitated meltdowns at three of the plant's reactors.
Mr. Sakamoto spent the next month inside the contaminated plant compound clearing debris, setting up water tanks, and doing other heavy work to help tame the overheating reactors.
He had never dealt with radiation before, and though conditions after the accident were extremely hazardous, he was given very little training on what to do. By June, workers at his company, Hokuriku Koki, were being tested to see how much radiation they'd been exposed to.
These days, Mr. Sakamoto says life is largely returning to normal for Hokuriko Koki, with most workers back to their regular labors of laying drains for dams and other construction projects. He and his employees stopped working inside Fukushima Daiichi in December, he says, around the time that plant operator Tokyo Electric Power Co. declared reactor temperatures had fallen to a "cold-shutdown" level, with little radiation being released.
Radiation levels in most areas inside the compound have gone down dramatically since the initial days after the accident, and the dirt-and-rock-moving crews called in for emergency response have been replaced by the kind of specialists and technicians who'd been working at the plant before, says Mr. Sakamoto.
"They probably fled when it was dangerous and used us," he says.
Some five or six of his employees have been working this year inside the 18-mile danger zone around the stricken plant, decontaminatiing roads, houses and rice fields. Rice-field decontamination, Mr. Sakamoto says, largely involves scraping off the top layer of soil and putting it in a bag for storage somewhere. The Japanese government still hasn't come up with a plan for permanent storage and disposal of all the irradiated dirt, rocks and wreckage littering the region.
Mr. Sakamoto says that he and his workers registered relatively low levels of accumulated radiation exposure. He didn't reveal details, but says their levels have been under the 100 millisievert limit the government has set as permissible for nuclear-plant workers.
"We're pretty much all fine," he says.