2011年11月5日土曜日

なぜブログを更新するのか?: それは日本のメディアが使命を果たさないから

3月以来更新してきたブログの件数が200にもなった。

震災の数日前にブログを始めたときには、社会問題をブログで扱うつもりはさらさらなかったし、月に1,2度でも、眠れぬ夜の手すさびに、趣味の話でも書き広げていけばいいと思っていた。

なのに、こんなことになってしまったのはなぜか。それは日本のメディアがきちんと報道をしないからという一語に尽きる。

もちろん、朝日新聞や報道ステーションもいくらかは取り上げているし、モーニングバードや朝ズバなどのワイドショーも多局と比較すれば、まだましで、健闘している方ではある。しかしいずれも、単なる申し訳程度のガス抜きが行われているにすぎない。

3月11日以来の、我が国がおかれている状況を鑑みれば、原発作業員の作業状況や、フクシマでの放射能汚染対策の現状、エネルギー問題や、放射能汚染対策問題、これまで電力会社・政府・メディア・御用学者が何をやってきたのかをさまざまな観点から究明するようなドキュメンタリー番組、世界の放射能防御学や原子力発電、エネルギー問題のスペシャリストを日本に招き、フクシマの現状についての専門的な見解に基づく講演、シンポジウムを主催し、それを報道し、様々な観点から議論するといった報道番組などが1日に何時間も組まれているのが当然ではないか。

たとえば元スポーツ選手だの、お天気予報士といったズブの素人がコメンテーターとなり、専門的な事象にピントの外れたコメントを述べ立ててそれでなんとなく終わるようなものではなく、小出裕章氏や今中哲二氏が、毎日まじめな番組に長時間出演し、そこで直面する問題に対してしっかりとした議論をしたり、専門的な知見に基づいた解説をしたりしてこそ、日本の今の現状に相応しいメディア番組の真の姿であると考えるのは薔薇っ子だけだろうか。

バカ笑いするしか芸のないタレントに高い出演料を払って製作される低俗なテレビ番組には若年層でさえもすでに愛想つかしを始めているし、政府の後押ししかしない、買わなくても内容が手に取るようにわかる新聞を、このネット社会において、この先誰がことさら定期購読するだろうか。

メディア関係者はそろそろ正念場に来ていることを自覚し、国民が信頼するような情報提供者になるためには、国民のオピニオンリーダーとしての役割を果たすためには何をなすべきか、根本的に従来のやり方を変えなければならない時期に差し迫っていることを自覚すべきである。

http://president.jp.reuters.com/article/2011/11/03/9A78C448-0525-11E1-8D48-2CDA3E99CD51.php

脱原発運動は、単なる“ガス抜き”に終わるのか

NEWS FILE

「推進力の源」が白日の下に晒されなければ、国民の脱原発運動も単なる“ガス抜き”で終わってしまう。
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野田政権の誕生で、中央官庁の官僚が再び政治をリードし始めた。安住淳財務大臣は野田佳彦首相の陰で糸を引く財務省の力に抑え込まれて萎縮。防衛事務次官も政治家を飛び越えて沖縄に出向くなど、水面下で日米合意の実現に外務・防衛の両省が猛烈な攻勢を仕掛けている。
公務員制度改革の旗手として知られた霞が関の改革派官僚・古賀茂明氏も、二転三転した末、遂に経産省に辞表を提出した。原発を中心とするエネルギー政策は、経産省にとって“獅子身中の虫”だった同氏の辞任と前後して一気に息を吹き返したようだ。事実、この間に原発は北海道で再稼働し、山口県・上関町長選では原発推進派の現職町長が勝利した。経産省と東電は大新聞やテレビを通じて、「原発に代わる火力が電気料金の大幅値上げを招く」と国民を恫喝し続けている。
肝心の野田首相は、所信表明で国民に「脱原発」を約束したにもかかわらず、国連では「原発輸出政策の継続」を表明した。首相の脱原発方針には、「任期中に達成する具体的な廃炉スケジュールと目標数」がない。そのため、国民には「どうも本気とは思えない」と疑問視する声が多い。具体的な計画を伴わない脱原発は、「おためごかしの政策ビジョン」とみられても仕方あるまい。
この9月末現在、稼働中の商業用原発は54基中11基。電気事業法では、13カ月ごとに原子炉を停止させて定期検査を行うことが義務づけられているため、予定としては2012年5月までにすべての商業用原発が停止されなければならない。
だが、見通しはそう甘くはない。東電管内の9都県で2002年3月末に1万3000戸だったオール電化戸数は、08年3月末で45万6000戸、10年末には85万5000戸に急増している。
野田政権が本気で脱原発を進める気があれば、国内のオール電化に政策的な歯止めをかけつつ、稼働中の原発11基を「脱原発の初期値」として位置づけ、そこから10、9……2、1、0へと減らしていく具体的な計画提示が必要だ。目標値も提示せず、遠い将来に結果を持ち越す「脱原発」とは、つまり「原発維持」でしかないからである。
とはいえ、在野の専門家らによる放射線拡散調査の広がりと、それを支持する国民の強い意思表示は、とりあえず非開示情報の扉をこじ開けつつある。

超巨大産業“原発”を誰が推進しているのか

原子力委員会は9月27日、事故以降に国民から寄せられた4500件の原発に関する意見で、「脱原発」を求める声が98%(直ちに廃止67%+段階的に廃止31%)に達したことを公表した。その2日後、文科省も福島第一原発から200キロ以上離れた埼玉、千葉などで3万~6万ベクレルのセシウムが沈着していたことを発表している。東京・神奈川・新潟の数値はまだ発表されていない(10月2日現在)が、福島県内の双葉町・浪江町・飯舘村など原発敷地外で、土壌からプルトニウム238が検出されたことも報告された。
チェルノブイリ原発事故では、「3万7000ベクレル以上が汚染区域」とされ、「妊婦や子どもの移住が必要な限界管理区域は55万ベクレル以上」とされた。マスコミによる誘導とは一線を画した世論の勢いに押されて、今回の原発事故による環境汚染がこれに相当するレベルで広範囲に広がっていることを、日本政府もやっと認めたということだ。
9月に都内で約6万人(主催者発表)を集めた“脱原発”デモ。「原子力ムラ」住民に痛痒を与えることはできたのか。(ロイター/AFLO=写真)
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9月に都内で約6万人(主催者発表)を集めた“脱原発”デモ。「原子力ムラ」住民に痛痒を与えることはできたのか。(ロイター/AFLO=写真)
ところが、同時期に開かれた政府の原子力災害対策本部では、福島原発周辺の半径20~30キロ圏内を線引きした「緊急時避難準備区域」(4月指定)の解除を決めている。そのため、自治体や避難中の町民には、「帰れるのか帰れないのかさっぱりわからない」「除染はもう終わったのか?」「順序が滅茶苦茶」「危険だけど帰れと言われているような気分」といった不満や不安が渦巻いている。除染作業は今、始まったばかりだからだ。
実際、放射性物質の拡散・沈着も依然として続いている。10月2日午後21時現在の双葉町山田の放射線量は「毎時24.72マイクロシーベルト」。この付近の平常値である毎時0.071マイクロシーベルトを、実に350倍近くも上回る驚異的な数値だ。
安全論議を放置したまま再稼働の勢いが強まる原発問題は、抑止力論議を封印したまま新基地建設を強要される在沖米軍問題と似ている。それは、日米欧をまたがる超巨大産業「原発」が、実は核問題との共生関係にあることを暗示するものでもある。「推進力の源」が白日の下に晒されなければ、国民の脱原発運動も単なる“ガス抜き”で終わってしまう。