2012年4月15日日曜日

間抜けな情報伝達、またですか: 北朝鮮のミサイル発射

北朝鮮の弾道ミサイル発射に関して、一体何度、「失敗、失敗」という言葉ばかりが強調され、繰り返し繰り返し報じられたことだろう。

それよりもはるかにお粗末で間の抜けた大失態は、韓国やアメリカが早々と発射を確認しているにもかかわらず、発射から20数分立ってから、わざわざ「日本政府は発射を確認していない」などというアホウな情報を流したことである。

「二重三重の確認をしてからでないと情報を流せないから、確認に時間がかかった」などと関係者はそろってその場逃れのいいわけをして取り繕った。

ミサイル発射が大きな被害をもたらさない形で失敗したからよかったものの、南西諸島のどこかにロケットやその残骸が墜落して島民に大きな被害をもたすという可能性も否定できない状況であった。ロケットが発射してから、情報確認に15分も20分もかかっていたら、自治体は大災害発生時に即時に対応することさえできない。 

発射の情報確認をするだけに30分も40分も要するようでは、迎撃ミサイルによる撃沈などできるすべもない。

しばらくしてロケットの残骸が黄海に落ちたと伝えられた。その後から「政府には発車直後に情報は入っていたが、国民に影響はないことが自明であったので、情報をすぐに伝えなかった」という後付けの苦しい弁解がなされた。

幸いにして北朝鮮が失敗してくれたので、国民への影響はなかったが、あれば、どのような言い訳をするつもりだったのだろうか。

彼らはフクシマ原発の情報隠蔽・情報統制したときと同じように、口をそろえてもっともらしく言うに違いない。「国民がパニックを起こすのではないかと思い、情報の発信をあえて行わなかったのだ」とーーー。要するに、日本国民は皆、愚かな烏合の衆と侮られているのである。

いずれにしても、北朝鮮のロケット発射事件は、日本の危機管理システムの不備をまたもや国際社会に露呈する結果となってしまった。

国家は国民の生命の安全や財産を守ってこそ、国家としての体をなす。国民は、国家が自分たちの生命の安全や財産を守ってくれるから、国の敷いた規則に黙って従い、税金を修め、国民としての義務を果たすのである。

口先三寸、あぁいえばこうと詭弁を弄するばかりで、自分たちの党利や個人の既得権益を守るためならば、国民の生命や財産などどうなろうがお構いなしの、霞が関と永田町にはびこる権力者集団にはそのことが全く分かっていないようである。

愚かな国民は義務を果たし、選ばれた施政者は権利を行使すればよいというような考え違いをしているとしか思えない。

国防、防災、外交、福祉、環境、エネルギー、経済、教育、内政、労働、環境何一つまともに十全に機能しているものが今この国にはない。

「あまり頻繁に首相が代わっては国際的に体裁が悪い」などというような浅薄な理由で、国民の生命の安全や幸福などはそっちのけで、大企業や官僚に擦り寄り、金儲けを第一義とするような政権の延命を黙って許していることほど、愚かしいことはないということに、この国の国民は早く目覚めるべきではないのか。

3.11以降、100ミリシーベルト以下であれば安全であるとか、フクシマは一部の地域を除いて、除染すれば安全だから帰村して、みんな仲良く絆を大切に復興すべきであるとか、がれきは安全であるとか、原発は再稼働をしても安全だとか、あまりに軽々しく安全という言葉が、政治家の口から発せられ、その安全基準もこの1年でころころと簡単に書き換えられ、前の基準を定めた人間が何ら責任を問われるわけではない。

こんな状況下で、国が「安全だといえば、国民はそれを信じて、黙ってついてくるもの」と情勢判断する者が馬鹿である。いくら新聞社やテレビ局などに圧力を加えてみたところで、今やこの時代の情報は瞬時にして世界をめぐるのだから。