2011年6月18日土曜日

イタリアの脱原発は集団ヒステリーか、福島原発は天罰か: 親のふりみて子は育つ

親のふり見て子は育つというけれど、父親は「フクシマ原発事故は天罰」と言い放ち、息子は「イタリアの脱原発の国民投票に対して「集団ヒステリー」といって冷水を浴びせかけた。

ぱっとした小説家でもなかったが、大きな芸能プロダクションの基を作った人気俳優の兄ということで話題になり、マスコミをバックにつけて以来、言いたい放題、やりたい放題でやってきた傲慢不遜な父親と、親の七光りで保守政党の中堅にのし上がった息子、親が親ならば、子は子だ。

彼らのように、品性を疑うような暴言を繰り返しても、黙って看過ごされる政治家もあれば、ちょっとした失言がもとで、完膚なきまでに叩かれて職を追われる者もいる。日本のマスコミは哀しいほど権力に弱い。

父親のほうは、2000年だったかに公の場で「東京湾に原発を作ったらいい」という発言さえしている。むろん、こんな人物に懲りずに投票する選挙民がいることが一番情けないのだけれども。

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110615/stt11061508010002-n1.htm

自民・石原氏、反原発は「集団ヒステリー」

2011.6.15 07:57
 自民党の石原伸晃幹事長は14日の記者会見で、東京電力福島第1原発の事故後、反原発の動きが広がっていることについて「あれだけ大きな事故があったので、集団ヒステリー状態になるのは心情としては分かる」と述べた。
 「反原発は簡単だ。脱原発というのも簡単だ。しかし生活を考えたときどういう選択肢があるのか示さなければいけない」とも指摘した。

今日、海江田経産大臣は、点検中の原発の再開を各地方自治体に要請したという。しかし、
アメリカとフランスの装置を導入して始まった汚染水浄化作業は、早々と行き詰まりを見せている。

震災から100日、原発のニュースは、テレビでもほんの短い時間に取り上げられるようになったが、実際フクシマ原発は何も改善していない。

http://www.nikkei.com/news/special/related-article/g=96958A9693819595E3E5E2E0838DE3EAE2E4E0E2E3E39F9FE2E2E2E2;q=9694E3E0E2E1E0E2E3E3E5E6E2EA;p=9694E3E0E2E1E0E2E3E3E5E6E2E1;o=9694E3E0E2E1E0E2E3E3E5E6E2E0


福島第1原発、汚染水浄化を停止 再開見通し立たず

2011/6/18付
 東京電力は18日、福島第1原子力発電所の汚染水浄化装置を未明に停止したと発表した。放射性物質のセシウムを除去する装置の放射線量が高まり、想定の1カ月後を待たずに交換基準に達したため。水漏れなどの警報は出ていないが、東電は「再開の見通しは立っていない。1週間以内に対応する」と説明。原子炉の冷却に処理水を再利用する「循環注水冷却」を18日にも予定していたが、先送りは避けられない。
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 最優先に取り組む汚染水対策が17日午後8時の処理開始から早くも滞った。米キュリオン社製のセシウム吸着装置で、1時間当たり4.7ミリシーベルトの放射線量を計測。18日午前0時54分に運転を停止した。午前3時すぎから低い濃度の汚染水を流して、点検している。
 吸着材は当初、1カ月に1度の交換を考えていた。東電は18日「放射性物質を含む汚泥が流れ込んだか、近くの配管の(放射線の)影響も考えられる」としている。

(日経)

京大の小出氏は、このような装置を使って、吸着させようとしても、結局うまくいかないのではないかとことをだいぶ前に指摘し、メルトスルーして格納容器に穴をあけた放射性燃料が、建造物の底のコンクリートを突き破り、大量の地下水汚染、海洋汚染に結びつかないよう、一刻も早く、地下ダム建設に着手しなければいけないのではないかとの見解を数日前に示している。

100日たって、汚染の広がりを食い止めるすべもない中、Wall Street Journalは、次のような記事を掲載している。

http://jp.wsj.com/Japan/node_251116


立ち上がる日本の母親たち-原発事故受け




【柏市】福島第1原子力発電所の事故を受けて、全国レベルでも地域レベルでも、日本の母親たちによる、子どもを事故の影響から守るための対策を当局者に求める動きが活発化している。
Kyodo /Landov
文部科学省の担当者に会いにきた福島県の母親たち(6月)
 母親たちは、ミクシーなどのソーシャル・ネットワーキング・サービスなどで賛同者を集め、当局に圧力を掛けている。こうした母親たちの小さな団体は16日に都内で抗議活動を行い多くのメディアの注目を浴びた。こうしたデモは他の地域でも発生している。また、ネットを通じた母親同士の情報交換や、地方自治体に対策を要求する請願書の署名集めもさかんに行われている。
 政府は16日、いくつかの下水処理施設周辺の放射線量が高いとの苦情が1件寄せられたことを受けて、それら放射線量が基準値を下回るようにすべきだと述べた。政府当局はここ数週間、福島第1原発からかなり離れた場所にあるホットスポット(局所的に放射線量が高い場所)の放射線量を公表している。原発から約300キロ離れた神奈川でも最近、茶葉から放射性物質が検出されるなどホットスポットが確認されている。


福島第1原発から約200キロ離れた千葉県柏市は、市当局によると空間放射線量が毎時約0.3~0.4マイクロシーベルトと通常レベルを上回っており、首都圏で空間放射線量が最も高い場所の1つだ。そのため、子どもを持つ住民の中には引っ越しを検討し始める人も出ている。
 柏市当局と調査員は、高い放射線量が検知された理由について、福島第1原発の初期放射線によるものなのか、下流の汚泥処理施設からの2次放射線によるものなのか、あるいは両方によるものなのかは不明だとしている。
 米小児科学会(AAP)の放射線災害と子どもに関する一般的な方針説明では、大人よりも子どもの方が放射線被ばくによる悪影響を受ける危険性が高いとしている。その要因の1つは、子どもは1分間に吸い込む空気の量が大人よりも多いため、放射性ガスを吸い込みやすいことだ。
 また子どもは地面に近いため、より高濃度の放射性降下物にさらされる可能性が高いことも一因だ。AAPの環境衛生に関する委員会のリポートは、たとえ同じ放射線量にさらされたとしても、大人よりも子どもの方が放射線誘発がんなどの健康被害を受けやすいようだとしている。
 柏市では、母親らが中心となってネットを通じて1万人の署名を集め、子どもを放射線から守るために一段の対策を求める請願書を柏市役所に提出した。2日に柏副市長に会い、学校で毎日放射線量の測定を実施するよう要請した。だが、以来ほとんど進展はないという。
 柏市役所は6日から8日にかけて、管理下にある保育園、幼稚園、小・中・高等学校すべてで放射線量を測定し、高い放射線量を検知した。
 柏市広報担当者は、市役所には放射線の専門家がいないため専門家会議を設けたと述べた。その上で重要なのは冷静さを保ち、適切な情報を入手することだと述べた。
 東京都江東区では、3人の子どもを持つ石川綾子さん(33歳)が他の母親とともに「江東こども守る会」を結成した。同グループが先月実施した調査では、都内の汚泥処理施設の1つ「東部スラッジプラント」の周辺で、放射線量が毎時0.2マイクロシーベルトを超えていることが判明した。
 東京都大田区の東京湾一帯に位置する他の汚泥処理施設周辺の放射線量も高いことが判明した。これら施設では、都内の下水処理場で発生した汚泥を集めて焼却している。石川さんは、下水に流れ込んだ放射性降下物が汚泥処理施設に集められ、再び大気中に放出された可能性を疑い、江東区に問い合わせた。同区では、汚泥処理施設から放射性物質が放出されているとは考えていないという答えだった。



こういった「子供や孫の健康を守ってやりたい」という主婦や一般市民のささやかな運動があちこちで静かに広がっている。ご立派な政治家二世は、こうした動きを、愚かな女どもの過剰反応、あるいは、「集団ヒステリー」と一蹴するつもりだろうか。

だとすれば、政治家たちはあまりにも国民の声に真摯に耳を傾けるという姿勢からほど遠いと言わざるを得ない。

主婦たちは、なにも取るに足らない細かいことに突然過剰反応をし、騒ぎはじめたわけではない。

フクシマ第一の4号機のように停止中の原発でさえ、制御不可能になり得る危険性を孕んでおり、決して安心できないものであることを、国民は今回の事件によって初めて知ったのだ。

それだけではない。「今後30年以内に70%以上の高い確率で起こるかもしれない」と専門家によって言われている大地震が、この狭い小さな島国のどこかでまた起こり、今回と同様、老朽化した原発の配管が地震で壊れ、原発が制御不能に陥った場合、政府も、電力会社も、世界一を誇っていたはずの技術者集団も、エリート官僚も、全く無力であることをはっきりと見透かしてしまったのだ。

大企業や電力関連会社やそれに群がる政治家、中央官僚、御用学者の利権追求の犠牲になり、これまでのように黙っておとなしく目をつぶっていたら、ある日突然住む場所さえ追われ、家族の健康被害に終生悩まされ、着の身着のままで一家離散の憂き目に遭うような悲劇を、極力回避したいと強く望むのは、人間として誰しもが持つ当然の権利ではないのか。

日本の放射線安全学の専門家の多くは、放射能物質の影響に対する国民の過剰反応を恐れているという。ある放射線医学の専門家は、「自分はたくさんの放射線にさらされる職場で長年仕事をしてきたが、癌になっていない。だから、大丈夫」と言い放った。電力会社の鼻薬がどれほど効いているのか知らないが、科学者とも思われない、お粗末な説得力に欠いた説明である。

周知のとおり、日本では車を運転しながら携帯電話をすることは禁止されている。飲酒についても、もってのほかと禁じられている。

しかし、実際問題として、わずか2口、3口のビールを飲んで運転をしたふつうの大人(アルコールに弱い体質であるなどといった問題を持っていない人)が、大事故を引き起こし、誰かの命を奪う確率はどれほどのものだろうか。決して高くはないはずだ。

ある先進国では、がんがん携帯電話をかけまくりながら、ハイウエーを猛スピードで飛ばしている人が大勢いるし、アルコールを飲んだ後、運転している人も、まだたくさんいる。

20年以上飲酒運転や携帯電話をしながらの運転をしているけれども、未だに事故を起こしていない人のほうが多いからといって、飲酒運転や携帯電話をしながらの運転を我が国の法律で厳しく取締ることが、果たして過剰反応と言えるだろうか。

「起こらないかもしれないけれども、もし起こったら悲惨な結果になるかもしれないリスク」をできるだけ低減しようと務めることは、ヒステリーでもなければ、過剰反応でもなんでもない。

人が何人にも脅かされず、健康に・安全な社会の中で生きる権利があると考え、その権利を行使しようとするのは、極めて健全な反応である。

2011年6月16日木曜日

保安院さんでいいんですかぁ^^;

原発が一番深刻な事態に陥っていたとき、いたって冷静に「原発は安全」というメッセージを発し続けて来られたおなじみの保安院さん、

怖い情報、都合の悪い情報は、まず隠ぺい、小出し、あと出し専門の保安院さん、

最初に出てきた審議官の方だけが、「メルトダウンの可能性あり」とおっしゃったけど、その後からは、原発が専門ではない素人の方しか、スポークスマンとして出てこられないような保安院さん、

保安院さんには、皆の前に出てきて事象の説明がきちんとできる専門家の方が、お一人もいらっしゃらないのかしらと疑問に思いましたけどぉ^^;

原発が全電源喪失して最悪、水蒸気爆発するかもしれないような深刻な事態に陥っているときでさえ、東電から上がってくる情報の受け売りするだけで、いつに変わらぬ涼しい顔で「福島第一は安全」というメッセージを、発し続けて来られた保安院さん、

保安院さんって、我々庶民の生命の安全、健康被害の問題なんかそっちのけで、電力会社をはじめとする原発推進の立場にある企業や機関、そして底に所属する方々を擁護され、ひたすら原発の利権と安全を保障なさるお役目のお役所かって、私たちは思いましたけどぉーー^^;

その保安院さんが、この期に及んで、全国の原発が間に合わせにあわてて出してきた過酷事故対策の評価をなさるってですかぁ^^;

しかも全国の原発の審査を今月中になさって結論をお出しになるとか?

甘い基準でちゃっちゃと認め、どさくさまぎれに今、止まっている原発の再稼働させて、「もう再稼働、しちゃんたですから、仕方ないでしょう」ということで国民を諦めさせようとお考えなのでしょうけれども^^;

今回の甚大な組織的、人為的災害で、保安院さん自体のあり方が大きく問われているときに、何か違っていません?




 福島第一原発の事故を教訓に、炉心の冷却機能が喪失するような過酷な事故への対策を各電力会社がまとめ、原子力安全・保安院に提出しました。

 保安院は、福島第一原発で発生した水素爆発の防止策や、停電の時でも連絡体制が維持できる通信手段の確保など短期的に対応できる5項目について、原発を持つ全国の電力会社に対策を実施するよう指示していました。各電力会社は、水素を逃すために建屋に開放部を設けるなどそれぞれの原発に応じた対策や手順をまとめ、14日に政府に報告しました。保安院は報告内容を審査するとともに、15日から全国すべての原発に立ち入り検査に入り、実施状況を確認しています。審査結果については、今月中に公表する方針です。

 福島第一原発の事故を教訓に、炉心の冷却機能が喪失するような過酷な事故への対策を各電力会社がまとめ、原子力安全・保安院に提出しました。

 保安院は、福島第一原発で発生した水素爆発の防止策や、停電の時でも連絡体制が維持できる通信手段の確保など短期的に対応できる5項目について、原発を持つ全国の電力会社に対策を実施するよう指示していました。各電力会社は、水素を逃すために建屋に開放部を設けるなどそれぞれの原発に応じた対策や手順をまとめ、14日に政府に報告しました。保安院は報告内容を審査するとともに、15日から全国すべての原発に立ち入り検査に入り、実施状況を確認しています。審査結果については、今月中に公表する方針です。



2011年6月15日水曜日

上に立つ者がなすべきことは?

乗客を飛行船から無事脱出させ、自らは操縦桿を握ったまま墜落死したオーストラリアの操縦士の話が今、オーストラリアで反響を呼んでいるという。


利己主義、自己保身、既得権益の保持にやっきになっている日本のリーダーには爪の垢でも煎じてもらいたいものだ。

電力関連企業は今原発運転・工事再開に躍起である。昨日も関電の社長が、経産大臣に対して国が運転再開の努力をするよう要請を行ったという。

私はどうしても原発をやりたい者は、原発に反対する者からはるか遠く離れたところで勝手にやればいいと思う。

むろんその前にまず送電線を分離し、国民は自分の好きな会社から好きなエネルギー源を選べることが前提条件だ。

その上で原発の電力が買いたい者は原発推進の電力会社からエネルギーを買えばいい。そういう電力会社は、これまでどおり電気代をピンハネし、地元や役人や政治家を買収して原発仲間を作ればいい。ただし前にも書いたが、万が一原発で大きな事故がおきたときは、それがどんな事故であれ、消費者を含めた推進者は全員ですべての自己責任を負うこと。原発の恩恵を浴したのなら、それは当然であろう。

それからもう一つ、ぜひ守ってもらいたいことがある。

電力関連会社にとって、日本の経済産業の発展に原発がそれほどにも重要であると思うのならば、電力関連会社や機講の原子力部門の技術者や役員、原発を推進する省庁の管理職官僚、国会議員、御用学者は原発の3~10キロ圏内に家族を伴って居を移し、そこで生活してもらいたい。

彼らはそこで毎日生活し、発電所から飛んでくる空気を吸い、水を飲み、地産地消の農作物・水産物を食し、子育てをしてもらいたい。「3~10キロ圏内はたとえ原発がメルトダウンを起こしていても、ただちに健康の被害はない」距離なのだから、(事故後の政府の対応が適切だったとIAEAも太鼓判を押しているというのだから)全く何の異存もあるまい。

政治家であれ、企業家であれ、技術者であれ、研究者であれ、官僚であれ、国のリーダーたるもの、自ら襟を正して、率先垂範あるのみである。

「風評被害はけしからん」と、1度や2度、短時間現地を申し訳け程度訪問し(訪問していない専門家も多いが)、報道陣の前で、どこで仕入れてきたかわからないようなきゅうりや苺を一口だけ食べてみせるだけでは、「パフォーマンス」とみられても致し方ない。現にホットスポットで生活している人たちは、寝てもさめても、朝から晩まで毎日そこの空気を吸い、水を飲み、地元で捕れたものを食し続けているのだからーー。

大体、国の命運を分けるような大きな事故の収束が一向進まないような時に、原発推進に回ってきた責任ある立場の方々のほとんどが、首都圏で高みの見物を決め込んでおられる事自体が、とても理に合わない、不可解なことである。

まだ記憶に新しいと思うが、メルトダウンの後、東電はフクシマ第一から社員全員を退避させたいと政府に打診したという話があったが、まことにもってひどい話である。

恥をしらない大人たちがふんぞり返ってこの国を闊歩している日本の現状は誠にもって嘆かわしい。


東電、福島原発からの全員退避を打診 首相は拒否

  • 2011年03月18日 09:25 発信地:東京
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【3月18日 AFP】18日の毎日新聞(Mainichi Shimbun)によると、東京電力が今週初め、福島第1原子力発電所からの職員全員の退避許可を、政府に求めていたことが分かった。菅直人(Naoto Kan)首相は、これを拒否したという。

 東電は14日、爆発事故などが起こり、高濃度の放射性物質が漏出した福島第1原発で、復旧作業を続けるのは困難と判断し、職員全員退避の方針を政府に打診した。

 これに対し菅首相は「撤退はあり得ない。東電がつぶれるということではなく、日本がどうなるかという問題だ」とはねつけたという。

 一方、東電関係者は「『撤退は許さない』というのは『被ばくして死ぬまでやれ』と言っているようなもの」だと不満を口にした。

 福島第1原発では最大5000人の職員が働いていた。東電は同原発にとどまっている職員の数を明らかにしていないが、一部報道では70人程度と伝えられている。(c)AFP




飛行船の操縦士、乗客を無事脱出させて墜落死

2011.06.15 Wed posted at: 13:23 JST
(CNN) 上空で事故を起こした小型飛行船から乗客3人を無事脱出させた後に、操縦桿を握ったまま墜落して死亡したオーストラリア人操縦士の行動が14日、母国で広く報道され反響を呼んでいる。

報道によると、事故は12日にドイツのライヒェルスハイムで起きた。飛行船は新聞社やテレビ局のカメラマンなど3人の乗客を乗せて現地のフェスティバルを上空から取材し、戻る途中だったが、突然エンジンから大きな音がして燃料臭がたちこめた。

操縦士のマイケル・ネランジックさん(53)はすぐに事態を察知。地上からわずか2メートルの地点まで降下し、3人の乗客に飛び降りるよう指示した。

3人の脱出で軽くなった飛行船は高度50メートルまで上昇し、空中で火を噴いて墜落した。

ネランジックさんの妻リンディーさんはオーストラリアの新聞の取材に対し、3人が飛び降りれば飛行船が上昇することは分かっていたはずだが、夫は身を犠牲にして乗客を救ったと語った。墜落後、操縦桿を握ったままの姿で発見されたといい、地上スタッフからできるだけ離れた場所に墜落させようとしたとみられる。

この話を聞かされても少しも驚かなかったというリンディーさんは、「彼はそういう人だった。とても偉大で、本当に、本当に心が広かった」と振り返った。

飛行船を所有するライトシップ・グループによると、ネランジックさんは26年にわたって1万8000時間の飛行船操縦経験を持つベテランだった。

上空で事故を起こした小型飛行船から乗客3人を無事脱出させた後に、操縦桿を握ったまま墜落して死亡したオーストラリア人操縦士の行動が14日、母国で広く報道され反響を呼んでいる。

2011年6月13日月曜日

10万人の草の根運動という事実


 New York Times紙には、日本の補助金頼りが原発依存に結び付いていると以下で指摘している。

しかし、6月11日の震災3カ月目の日は日本全国で約10万人もの人々が立ち上がったという。原発問題を政争の具にしている人たちではなく、一般市民(主婦や高校生など)の飛び入り参加が多かったという。

まさに草の根運動はじわじわと補助金で骨抜きにされたこの国でも広がりつつあるという事実を、国民のすべてが金の亡者でなく自分たちの意志をもって行動しているということを世界に知らしめる必要がある。

そして国民の代弁者たる政治家たちは、この事実を重く受けとめ、この大きな変化に早急に対応する必要があるのではないか。

http://www.47news.jp/CN/201105/CN2011053101001118.html

「原発依存は日本の現実」と米紙 補助金頼りの構造指摘


 東京電力福島第1原発。(手前から)1号機、2号機、3号機、4号機=4月26日(防衛省提供)
 【ニューヨーク共同】5月31日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、福島第1原発事故で原発の安全性に深刻な懸念が生じた後も、日本で草の根の大規模な反対運動が起きないのは、政府や電気事業者から支出される補助金に依存する地域構造があるからだと分析する長文の記事を掲載した。
「日本の原発依存」という見出しの記事は、補助金や雇用が日本の原発を「揺るぎない現実」にしていると報道。
松江市の島根原発を取り上げ「40年以上前に立地の話が持ち上がった時は、地元の漁村が猛反対し、中国電力は計画断念寸前に追い込まれた」と指摘。しかしその約20年後には「漁協に押された地元議会が3号機の新規建設の請願を可決した」とし、背景に公共工事による立派な施設建設や潤沢な補助金があったと伝えた。
同紙は、補助金への依存により、漁業などの地場産業が衰退していくと報道。広島、長崎で原爆投下を経験しながら、米国のスリーマイルアイランド原発や旧ソ連のチェルノブイリ原発の事故後に欧米で起きたような反原発運動が起きなかったのは、補助金への依存が理由とした。
記事は「この依存構造のせいで地元は原発に異を唱えられなくなる」とする福島大副学長の清水修二教授(地方財政論)のコメントも伝えた。
2011/06/01 00:00   【共同通信】

オーストリア、ドイツ、スイス、そしてイタリアも原発撤廃へ

 オーストリア、ドイツ、スイスに続いて、イタリアでも原発撤廃の方向が明らかになった。国民のデモクラシーが成熟した国では、国民の生命・安全・生活を大きく左右する重要な決断を必要とする場合、国民投票によって、国のあるべき姿が、企業(電力、電機関連企業、テレビ局)の利権や行政・政府の思惑とははっきり独立した形で、しっかり打ち出されていく。
原発事件を引き起こした当事者の日本がいまだに方向転換に向かって大きな舵とりができず、手をこまねいている状況を、これらの国の人々は一体どんなまなざしで見ているだろうか。


国民の健康や安全を犠牲にしても、企業・役人・政治家と一部の地域住民の利権ばかりが最優先される金権主義の非情な国と映ったところで、仕方があるまい。


文末にReuterの記事2つを転載するが、こんなニュースもあった。
原発推進国フランスの国民も福島の惨状を見て、さすがに目覚めたのかもしれない。


http://news24.jp/articles/2011/06/12/10184380.html



原発事故から3か月 世界各地で反原発デモ

< 2011年6月12日 8:53 >
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 福島第一原子力発電所の事故から3か月がたった11日、原発反対を訴えるデモが世界各地で行われた。
フランス・パリでは、約1000人がプラカードなどを掲げて行進した。フランスは電力の8割を原発に頼る「原発大国」だが、最近の世論調査では「原発を廃止すべき」と答える人が7割を超えている。



まだ本格的な夏からは程遠い6月半ば、福島原発の作業員はすでに10数名が熱中症に陥り、一部の作業員からはさらに内部被ばくが発覚し、現場の高濃度汚染水の処理作業は、困難を極め、建屋の補強工事にも大した進展が見られないという。アメリカ、フランスの最新技術を投入しても、一向事態は収束に向かわないというのが現実である。


事故以来、現場と東電と政府のコミュニケーションがちぐはぐだと言われてきたが、まこと水素爆発以降、原発から出ている放射能物質の線量はわずかで、「安全で健康被害がない」のならば、東電と政府の原発関係者や研究者は、福島第一の現地対策本部で対応すべきではないのか。


先日、日本の地震学者たちによる地震の予測に関する大幅な見直しが行われたが、実際、6月13日にはクライエスト・チャーチで、震度6の余震が発生し、6日にはチリで大きな火山が噴火し、その影響がはるかオーストリア、ニュージーランドにまで大きく波及している。日本でも6日、草津白根山で火山性地震が多発しているという。


ここ数日間の間に起きたこれら一連の事象を見るだけでも、環太平洋地震帯の地殻変動が非常に活発化していることが容易に推察される。大型の地震や津波にはひとたまりもない原発をいつまで動かし続けるのか。我が国は一刻の猶予もなく、エネルギー改革の方向に大きく舵とりするべき時局を迎えているのではないか。


近頃、テレビを見ていると「再生可能エネルギーは、まだまだ開発途上」といった声がよく飛んでくる。しかしそれは原発産業を振興させるために、邪魔な代替エネルギー開発の芽を摘んできたせいであろう。


また「火力発電所は老朽化してすぐに再稼働できない、大都市が夏場に停電すると如何に大変か、やっぱり我々は原発に頼らざるをえないじゃないか」というような含みのあるメッセージも、これとセットでよく報じられる。しかし、うまみの多い原発の開発や権力者や地域住民の買収に忙しく、せっかく高い工事費をかけて建設し、それまでは十全に稼働していたはずの火力発電所を、何十年も荒れ放題になるまで放置し続け、天然ガスの発電所の設置にも消極的だったのは一体誰のせいなのか。


現在進行中の原発や処理場の建設工事はすべて中止し、早急に送電線分離を実現し、再生可能なエネルギーの開発を急ぐ傍ら、当面は一刻も早く、全国の水力火力発電所の補修と、天然ガスの発電所の増設を行うことで、当面の対応を進めるべきではないのか。


http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-21676920110613

イタリアが国民投票で原発再開計画を撤廃へ

2011年 06月 14日 01:58 JST
 6月13日、イタリアで行われた原発再開の是非を問う国民投票は、投票率が投票成立の条件である50%を上回り、原発再開計画が撤廃される見通しとなった。写真は同日、ローマで(2011年 ロイター/Stefano Rellandini)


[ローマ 13日 ロイター] イタリアで行われていた原発再開の是非を問う国民投票は、投票率が投票成立の条件である50%超を上回り、原発再開計画が撤廃される見通しとなった。原子力推進派であるベルルスコーニ首相にとっては、前月の地方戦大敗に続き、大きな痛手となる。
内務省の発表によると、投票率は57%で、およそ98%が開票された。閣僚の一部は国民にボイコットを呼びかけていたが、投票率は前回と比べて高水準となった。 
今回の国民投票は、原発再開のほか水道会社の民営化など4つの案件の是非を問う内容。
ベルルスコーニ首相は記者会見で「イタリア国民が下している判断に従い、われわれはおそらく原発の可能性に別れを告げ、再生可能エネルギーに注力しなければならない」と語った。少なくとも原発再開の国民投票については、敗北を認めたもよう。
http://jp.reuters.com/article/jp_quake/idJP2011061301000695

イタリア、反原発派が圧勝

2011年 06月 14日 01:18 JST





【ローマ共同】原発再開の是非を問い、12、13の両日行われたイタリアの国民投票は13日午後3時(日本時間同10時)から即日開票された。3月の福島第1原発事故後、原発をめぐる国民投票が行われるのは世界で初めて。イタリア内務省は在外投票を除いた投票率が56・99%で確定したと発表。ANSA通信などは、反原発票が94・4%に達したと伝えた。

2011年6月12日日曜日

原発を視野に入れない復興構想の問題性:税金投入、入れ仏事になりませんか


五百旗頭氏は、神戸震災の経験をもち、財務相とのパイプがあることが買われて復興構想会議の委員長に推挙されたのではないかと言われたが、予想通り、第一回の会合から増税の話が持ち込まれ、神戸震災のご経験を踏まえた議論が行われたようである。

神戸震災の経験を生かすことはそれなりに意義があるが、しかしそれには大きな限界があることも認識すべきである。

以下はロイターの氏へのインタビューであるが、これを見ても分かるように、氏は、東北が深刻な原発震災の被災地であること、半径30キロ圏内をはるかに超えたあちこちのスポットで、空気が、水が、土壌が、農作物が、牧草が、海草が、そしてそこに生息する豊かな海の資源が今も汚染され続けているという現実に全く目を向けていない。

もし福島に原発さえなければ、そこを特区として、地元の農業や水産業などの復興をめざすという考え方は妥当なものと言える。政府は放射能汚染地域をできるだけ極小に留めようと必死になっているが、現実問題として高濃度の汚染は首都圏を超えて神奈川や静岡の各地にまで及んでいるのである。福島第一の水素爆発の直後、風は南方向だけではなく、北西方向にも吹いたと言われている。県境に放射能物質をさえぎる強力なバリアでも存在しない限り、福島市や県境をはるかに超えて北西方向に飛散し、いくつかの地点に落ちたという可能性は否定できない。(これを風評と決め付ける前に、東北地方全土で、もっと細かく緻密に土壌、大気、海水、地下水、下水、植物、水産物の放射能測定をし、そのデータを毎日公表すべきであろう)。

放射能物質の影響という重大かつ本質的な問題に対して何も答えない復興構想会議とは何なのか。

チェルノブイリを上回ると言われている放射能汚染の実態を踏まえない構想会議、産業の復興とその財源のことばかりが焦点化され、いちばん大切な国民の命、健康、安全というものが全くないがしろにされているのではないか。国民の安全と健康があっての産業でなければならないのではないか。このような中途半端な構想計画に多額の財源が投入され、結果的にそれが入れ仏事にならないことを心から願いたい。

神戸の震災から、東北震災まで幸いにして15年の年月が、準備期間があった。しかし地殻活動が盛んになっていると言われている今、次の大震災までに果たして17年の時間的猶予があるのだろうか。政府はその次の事態にも備えておかないと、近い将来日本のどこかで大きな震災が起きたときには、復興どころか救援・復旧財源さえ枯渇してしまって、手も足も出ないという最悪の結果を招きかねない。

財務省はその時々で必要になれば、国民から税金をしぼり取れば済むと安易に考えているのだろうが、もはや国民から徴収した血税は一銭も無駄に使われるべきではない。地に足のついたヴィジョンのない増税論は許されてはならないのである。





http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-21654720110611?pageNumber=1&virtualBrandChannel=0

インタビュー: 震災復興は特区的対応と十分な資金必要=五百旗頭氏

2011年 06月 11日 12:33 JST


[東京 11日 ロイター] 政府の東日本大震災復興構想会議の五百旗頭真議長(防衛大学校長)は、ロイターのインタビューに応じ、震災復興を通じて東北地方が第1次産業や工業製品、自然エネルギーなどの分野でフロントランナーに浮上し、日本全体の再生につながっていくような復興に取り組むべきと語った。

そのためには、規制緩和などで被災地を「特区的な対応」にするとともに、復興資金を「渋らずに、しっかり出すことが重要」と指摘。財源については、復興債を発行した場合でも、将来世代の負担増は回避しなければならないとし、復興需要の盛り上がりの中で、復興債の償還財源を確保していくべきとの考えを示した。

復興に向けた2011年度第2次補正予算が今夏に成立すれば、秋にも復興需要が出てくると見通した。復興構想会議は6月末に第1次提言をまとめる予定だ。

震災復興への迅速な対応が求められている中、菅直人首相の退陣論も絡んで政治が迷走している。五百旗頭議長は、大震災という国難における与野党結束の重要性を強調。震災対応や社会保障と税の一体改革など山積している重要課題の解決には「大連立が望ましい」とも指摘した。

インタビューは10日に実施した。主な内容は以下のとおり。

──「創造的復興」とはどのようなものか。

「阪神・淡路大震災の反省に立っている。あの時は復旧にはお金を出すが、それ以上のことに国民の税金は使わないということだったが、それは大変な間違いだった。例えば神戸港はコンテナ埠頭で世界をリードしていたが、12メートルしか深さがないため、15メートル以上の深さをもった釜山などに競争で負けていくことになる。このように復旧だけでは極めて不合理で、誰のためにもならないとの経験がある」 

「今回は、東北地方ができることなら、フロントランナーに浮上し、日本経済全体を引っ張ってくれるような前向きな復興をやるべきというのが基本的な考えだ。世界一の漁場があり、コメやくだものだって海外でもやや高いが品質がいいと評判だ。サプライチェーンなど工業部門や観光業も農漁業に劣らない。東北の持っている強みを単に元に戻すだけではなく、先端的な日本のブランドとして押し上げることが大切。これが日本全体の再生につながる。原発の継続かどうかは別に、自然エネルギーをもっと強化し、技術革新を促しながら、東北地方をモデルにしていくことができないかと考えている」   続く...

──具体的な取り組みは。
「三陸のリアス式海岸は素晴らしい漁場。今まで200数カ所あった港をすべて元に戻すべきかというと、合理的な集約が必要。世界的な水産業の中心になるような港をいくつか整備しなければならない。いままで細々とやっていたところを復旧するとともに、国際競争力を持つ三陸の水産業を伸ばす必要がある」
「今回の津波災害への対応では、現行制度のツギハギを超えて真正面から考え、津波災害基本法という新たな法律をつくるくらいの発想が大切だ。津波の被災地・被災者が希望を持って新たなコミュニティーをつくれる特区的な対応をまずやり、3─4年で一般法にして、将来の津波被害に対応できる枠組みが必要だ」
──復興資金と財源について。
「内容にもよるが、多くの研究機関が復興には16─20兆円というお金がかかると予測しているようだ。被災3県の財政状況も厳しく、国が資金を出さなければ成り立たない。あまり渋らず、しっかりお金を出してやることが重要だ。2011年度第2次補正予算が夏に成立すれば、秋から積極的な建設が始まり、復興需要が出てくる」
「財源は、とりあえずは復興債を発行する方向に政治は動いているが、借金で将来世代につけ回しをすべきではない。復興債で復興需要をつくり、ブームを興し、そこから回収していくことになる。その際には3つの原則を考えている。1つは、全国民で支えるという連帯と分かち合い、2つ目は将来世代につけ回しをしない、3つ目は経済破綻をきたさないように聡明な対処をする、ということ。この中でのベストミックスが大切だ」
──復興債償還のための具体的な財源は。
「われわれが決めるべきなのか。デリケートな問題だ。3つの原則に立った場合、それぞれの財源のいい点、悪い点などをある程度、方向付けをして、考え方、国民が合意できる筋道を示すのが任務だ」   続く...

──政治が混乱している。
「復興については、与野党が協力を続けてもらわなければならない。『ノーブレス・オブリージ』(高き者の責務)という言葉があるが、政治的リーダーは高きもので、国益に対する責務がある。国難に際しては自分の政治生命とか党派性を優先してはいけない。震災から、まだ3カ月しか経たないのに政治休戦は終わりだと言って政争にふけるのでなく、しっかり国難に結束してほしい。(政治の枠組みとしては)福祉のための消費税の問題などもあり、一挙に解決しようと思ったら大連立が望ましい」
(ロイターニュース 竹中清 伊藤純夫   編集 宮崎大) 

2011年6月11日土曜日

大規模な集団疎開が必要だったのでは?:震災から3ヶ月

被災地で復興に必死になっている人たちに対して決して水を差すつもりはない。
しかし、震災後の対応は本当にこんな形で進められてよかった・よいのだろうか。

震災から3ヶ月というが、それは被災者にとって決して短い期間ではない。

必死の作業にもかかわらず2000万トンと言われている瓦礫の撤去は進んでいない。山積みになった瓦礫は撤去する場もないという。

瓦礫を全部撤去できたとしても、大規模な河岸工事、10数メートル以上の津波にも耐えうるような防波堤、防潮堤を海岸線上に、数百キロにわたって修復・設置しなければ、台風や大雨による洪水、津波などが押し寄せれば、ひとたまりもない。

被災地によっては90日たった今なお、1日一人につき、菓子パン1個とおにぎり1つしか支給されない場所もあれば、水道が復旧したといっても、塩分が多すぎて飲料水にならない場所もあるという。

せっかく2万7000戸以上の仮設住宅が建っても、ニーズに合わないとかなんだとかの理由で入居を断る人が多く、入居率は40%程度でしかないという。

米や野菜を作ろうとしても、塩害で稲が枯れ、畑の土は異臭を放つという。

病院が津波に飲み込まれた町では、新しい病院を建設する建設費の要求を国に出そうとしているが、医師不足は否めない。足らないのは医師だけではなく、役場の職員や学校教師も全国から募らなければならないような状況である。

神戸の震災とは異なり、あまりにも広範囲であり、しかも原発震災が復興に大きな歯止めをかけている

東北沿岸部は漁業の復興に向かって懸命になっており、海藻の種付けも始まったという。
けれども、フクシマの海の放射能汚染は、容赦なくじわじわと太平洋に広がり続ける。
食物連鎖によって春から秋にかけて、この地域に生息する中型魚、大型魚が大量に内部被曝してしまったら、この沿岸部の人たちの血の滲むような努力はすべて徒労に終わってしまう。

政府は東北の水産業を守るために、国際機関による海の汚染の調査を禁じ、独自の測定法で、東北の海産物の安全宣言を出し続けるつもりなのだろうがーー。

この震災は、神戸の震災とは違い、あまりにも広範囲であり、しかも原発が復旧・復興に大きな歯止めをかけている。

政府は必要に迫られると、朝令暮改であわてたように、ちょろちょろ細かく避難区域を指定したり、変更したりと場当たり的な対応を繰り返してきたが、本当にこのような対応でよかった・よいのだろうか。フクシマだけをとってみても、避難区域が変わる度に避難場所を転々とした人々がいたけれども、最初にもっと遠くに多くの人たちを避難させておけば、何度も転々としなければならないような事態にはならなかったのではないか。

被災者が地域に愛着を持って、できるだけ故郷から離れたくないという気持ちを持つことは当然である。

しかし、震災の被害が大きくちょっとやそっとの復旧・復興作業では元に戻せない程のものならば、国のリーダーは津波被害の大きさとフクシマのメルトダウンを知った最初の早い段階で、新しい法案を作ってでも、東北3県の被災者の大規模な集団疎開を決定するという英断を下すことが必要だったのではないだろうか。

日本の中には、人口減少によってその地域の産業が維持しきれなくなった地域はたくさんある。東北の人たちがもつ様々な専門的なノウハウを、そうした地域で十全に花開かせることは、いくらでもできるのではないだろうか。

そのようにして全国の過疎地と言われている地域に、多くの人々が流入し、様々な地域を活性化させ、過疎をなくしていく。そんな国土復興の大きなビジョンをもって、この国を力強く牽引してくれるような人材は、この国にはいないのだろうか。

首相の私的諮問機関にすぎず、多くは期待できないとはいえ、「初めに増税ありき」の復興構想会議はあまりにもお粗末であると言うしかない。

http://news24.jp/articles/2011/06/11/07184344.html


震災3か月 今なお9万人超が避難生活

< 2011年6月11日 13:10 >
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東日本大震災の発生から11日で3か月がたった。死者は1万5000人を超え、今も9万人以上が避難生活を余儀なくされている。
警察庁によると、10日現在、震災による死者は1万5405人となった。また、いまだ8095人の行方がわからないままとなっている。一方で、9万109人が避難所での生活を続けている。
がれきの撤去も進んでいない。環境省によると、仮置き場まで運ばれたがれきは宮城県で推計総量約1600万トンのうち19%、岩手県で同約500万トンのうち33%、福島県で同約290万トンのうち16%にとどまっている。

原発、こんな事故調査委員会でいいの?

何日か前に原発の事故調査委員会のメンバーについて書いた。この国の施政者たちが、この災害を国難として深刻に受けとめ、国民の健康安全を守るために、目をそらさずこの災厄に向きあい、責任の所在を明らかにすることの重要性をどれほど認識しているかの指標になると思われたからである。

畑村氏が委員長として選出されたという第一報を聞いた時点で、この委員会には何が求められているのかおよその察しがついた。

ここでは委員長を始めとした非専門家集団を組織して、「今度のことは、日本社会や、日本の企業文化に責任があることであり、東電(電力会社や省庁や政府は責めを負うべきではない。」

「人間には失敗はつきもの、人間は失敗にしか学べない存在なのだから、電力会社は何度も失敗を繰り返しつつ (深刻な原発事件を何度もあちこちで繰り返しながら)、原発の安全性を高めていけばよいのだから、めげずに頑張ってください。」

とおよそこのような線で手打ちにするつもりであろう。

実際、先日選出された委員会の構成メンバー、「この委員会では、責任追及は一切行わない」といった70歳を越えた委員長の、後世に残るような結果を出すためには10年、20年かかるかもしれないといった発言、「この委員会では、責任追及は一切行わない」と言った発言から、「これでいいの?」という疑念がますます強まってしまう。

司法に携わる人達は、私企業が引き起こしたこの上なく大きな人災に対して問題への責任追及も行わずに済ませておいてよいと考えているのだろうか。そうして手をこまねいている間に、どんどん時間は流れ、関係者の記憶の曖昧性はますます正当化され、大切な証拠はどんどん消されていく。

東電は内部に事故調査委員会を作ったという。結局、都合のいいデータだけを揃えて、今回の事故は想定外の津波によるものであり、原発の前にちょっとした防潮堤を作って津波対策さえすれば、電源車を配置するなどして予備電源さえ確保すれば、原発の安全性は確保できるというところに持っていくつもりなのだろう。

そんな茶番に労力を費やす暇があるのならば、本店の正社員は一丸となって、フクシマの学校の校庭に積まれた汚染土を、東京の下水処理施設に溢れた汚泥を、原発の敷地内に移送する作業をすべきなのではないのか。

事故調査委員会は、国政調査権のある国会の中につくるべきという議員さんもいる。たしかに内閣の中に置くよりはましかもしれないが、今度の原発問題の責任は現政権にのみ帰するものではない。前政権の責任を不問に付すようでは、問題の核心を追及するには至らない。

2011年6月10日金曜日

村上春樹のバルセロナでのスピーチ:「非現実的な夢想家として」

日本の知識人、文化人と言われる多くの人々が、原発事件の後3ヶ月にもなろうというのに、黙して様子見をするばかりで、電力会社や政府など既存の原発政策を推進・擁護する権力に対して毅然とした態度で、国際社会に向かって何らアピールしようとしていないことに大きな不満があった。

そのなかにあって今日の村上春樹のスペイン・バルセロナでのカタロニア国際賞受賞のスピーチ『非現実的な夢想家として』 は大変時宜を得たものであると思われる。

http://mainichi.jp/enta/art/news/20110611k0000m040017000c.html?toprank=onehour

以下スピーチの一部を抜粋する。


みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。
 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。
 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。
 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。
 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。(バルセロナ共同)
(中略)
何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?
 理由は簡単です。「効率」です。

原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました
そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。
 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。
 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。
原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。
我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。
 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。
 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。
 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。
それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。
(中略)
壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。
(略)
村上氏は国際賞の獲得賞金を原発震災の義捐金として寄付するという。
個人的に彼の小説のファンと言う訳ではないが、村上氏が世界の幅広い読者層に与える影響は決して少なくないことは事実である。全世界の多くの人々が彼のスピーチを聞いて、我々が今考えるべきことは何であり、今後進むべき道はどこにあるか、再認識する機会になることを願いたい。