福島原発事故に関する国会の事故調査委員会(黒川清委員長)が7月5日、事故の原因分析と提言をまとめた報告書を発表した。
報告は本来、規制する側の政府が規制される側の東京電力に「骨抜き」にされ「規制のとりこ(Regulatory Capture)」になっていたと指摘した。そのうえで、はっきりと「事故は人災だった」と断言している。この結論だけでも報告書の意義を十分に物語っているが、とくに重要と思われるポイントを指摘しておきたい。
1号機の電源喪失は15時35分から36分ごろ
なにより事故の原因である。これまで東電や政府は「事故が地震ではなく、その後の津波によって引き起こされた」と強調してきた。ところが、国会事故調報告は地震によって全交流電源喪失が引き起こされた可能性を強く示唆している。
なぜかといえば、肝心かなめの津波が原発を襲った時刻について、従来の東電や政府の説明が事実ではなかったからだ。政府の事故調査委員会や東電は、これまで「津波の第1波は15時27分ごろ、第2波は15時35分ごろ」としてきた。
ところが、その根拠は沖合1.5キロメートルに設置された波高計の記録だった。実際に津波が原発に到達するには、そこから70秒から80秒後と考えられる。沖合から陸地に到達するのに時間がかかるのは当然だ。
報告は大きな第2波が原発を襲った時刻について「15時37分より相当程度遅い可能性がある」と指摘している。従来の説明より2分以上遅くなる。
一方で、東電関係者へのヒアリングによれば「1号機A系の電源喪失は15時35分から36分ごろと考えられる」という。そうだとすれば、原発は津波が来襲する前に電源喪失に陥っていたことになる。これは重大な発見である。
1号機の非常用復水器(IC)の問題もある。ICは非常事態の際に自動的に起動して原子炉を冷やす重要な装置だ。事故直後、実際に起動したが、当直の運転員が手動で停止していたことが分かっている。重要な装置をなぜ、運転員は止めてしまったのか。
既設炉への影響を最小化したかった政府と東電
東電はこの問題について「手順書で原子炉圧力容器への影響緩和の観点から原子炉冷却材温度変化率が毎時55℃/hを超えないよう調整することとしている」(東電の事故調査報告書)と説明してきた。温度変化が激しかったのでマニュアルに沿って止めた、というのだ。政府事故調も東電の言い分をそのまま受け入れてきた。
ところが国会事故調の運転員へのヒアリングによると、まったく違う。原子炉の炉圧が下がっているのはICが原因かどうか、ほかにも漏洩がないかどうかを確認するために停止した、というのである。
ICを止めて炉圧が元に戻れば、IC以外には漏洩がない(つまり正常)と分かる。つまり運転員がICを止めたのは、ほかに漏洩の有無を確認するためだった。にもかかわらず、東電が55℃/hうんぬんの説明に固執したのはなぜか。報告書は「地震動による配管破損というやっかいな問題」に注目が集まるのを避けるためだった、と推測している。
なぜICを止めたのか。そんなことは運転員から事情を聞けば、すぐ分かる話である。にもかかわらず、本当の理由をあきらかにせず、もっともらしい作り話をデッチ上げた。東電はあくまで「事故は巨大津波によるもので地震が原因ではない」という主張を押し通したかった。そのために地震原因説につながるような話をすべて否定したのだ。
東電だけではない。政府も同じである。政府事故調は地震発生直後にIC配管が破断した可能性を完全否定している。その理由として、政府の中間報告は「ICにはフェイルセーフ機能があり、破断すれば(一時的にも)ICは動かない」「破断すれば炉圧と水位が大幅に低下する」「破断していれば、当直員に生死に関わる事態が生じていたはず」という3点を挙げている。
ところが国会事故調報告は「配管の小規模破断ならICは止まらないし、炉圧も水位も急激に下がらない」「作業員の生死に関わるほど大量の放射性物質が撒き散らされるわけでもない」と政府の説明を一笑に付した。
これ以外にも「直流電源が喪失したために交流電源のフェイルセーフ機能が作動し、ICの弁が閉じた」という政府の中間報告を、国会事故調報告は「原理的に不可能」と退けている。直流電源が喪失したなら、その前に交流電源が喪失しているからだ。
さらに1号機の主蒸気逃がし弁(SR弁)が地震によって作動しなかった可能性も指摘した。それが小規模の配管損傷を招き、全交流電源喪失も重なって炉心損傷につながったかもしれない。
東電は地震原因説を必死になって否定し、政府もそれを裏打ちしてきた。その理由について、国会事故調報告は「既設炉への影響を最小化したかった」ためではないかと推測している。事故が他の原発稼働に影響を与えるような事態をどうしても避けたかったのである。
客観的なデータや現場にいた関係者へのヒアリングを積み上げて冷静に分析すれば、津波だけでなく地震の影響は分かったはずだ。もちろん一番良く事態を理解できるのは、東電である。
ところが、いまだに東電と政府はグルになって事故原因をごまかそうとしている。報告は、そんな政府と事業者の癒着構造こそが「事故の根源的原因」と指摘した。事故は3.11前から起きるべくして起きていた。
事故はいまも続いている
事故が地震に由来するとすれば、それは関西電力大飯原発の再稼働問題に直結する。
一部には「日本海側では大きな津波がないから、地震対策さえしっかりしていれば大丈夫」といった根拠のない風説が出回っているが、とんでもない話である。原発が地震に耐えられないなら、やはりアウトなのだ。
偶然だろうが、国会事故調報告の発表があった5日、参院の別の会議室で渡辺満久東洋大学教授(変動地形学)の大飯原発観察結果報告会があった。渡辺教授は大飯原発の真下に活断層が走っている可能性を指摘している。「実際に掘削してみれば、活断層かどうかは一日で観察できる」という。大飯原発は国会事故調報告を待たずに再稼働した。政府は福島事故の教訓をなんら学ぼうとしていない。
その意味でも、事故はいまも続いている。
国会事故調報告は政府と国会に「規制当局に対する国会の監視」や「政府の危機管理体制の見直し」「被災住民に対する政府の対応」など7つの提言をした。もっとも重要な点は政府でも事業者でもない、完全に独立した機関が原発と事業者、政府を監視する点である。それは三権分立の原則から考えれば、国会以外にない。
国会議員を選ぶのは国民である。原発事故と国会事故調報告は私たちに、きわめて根源的かつ原理的な問いを突きつけている。