電力不足は本当か?高野雅夫・名古屋大学・准教授/そもそも総研
2011年7月7日
http://jp.wsj.com/Business-Companies/node_267534
【日本版コラム】電力使用制限令発動―「電力不足」の不可解
尾崎教授のグリーンビジネスコラム
7月1日、政府は電気事業法27条に基づいて電力使用制限令を発動した。東京電力と東北電力の管内にある、大規模工場など契約電力500キロワット以上の大口電力需要家は、昨年比15%の節電が義務付けられた。電力使用制限令は、第1次オイルショック時の1974年以来37年ぶりの発動で、違反した場合、100万円以下の罰金が科せられる。
1日の首都圏は蒸し暑い日だったが、午後1時のピーク時電力使用量が4170万kwで、今年のピークだった6月29日午後2時の4571万kwを約9%下回り、制限令の効果が出たようだ。電力会社が安定して電力を供給できる「青信号の目安」は、「最大供給量」が「ピーク時需要量」プラス8~10%の状態とされる。東電の現状最大電力供給量が5100万kwと報じられているので、ピーク時電力需要が4692万kw以下であれば、現状では「青信号」で、大停電のリスクはないことになる。
電力不足の悪影響
法律によって強制的に電力使用量を削減させられている大口需要者に限らず、家庭、オフィス、店舗などの小口需要者も自発的に節電に努めており、今夏が昨年並みの猛暑になっても、昨年のピーク時需要量6000万kwを下回ることはほぼ確実である。東北三県被災民の秩序だった行動と同様、日本人の危機対応能力が高いことの証明になりそうだが、喜んでばかりもいられない。猛暑での通勤や生活でクーラーを使わないことにより、熱中症が増え、労働効率が低下し、電力不足によりハイテク製品が作れなくなる。私が直接インタビューした中でも、工場を中国など海外に移転させることを本気で考えているハイテク企業が少なくない。これは日本経済の競争力に関わる大問題である。
大停電を避けるために、経済や生活を犠牲にしてひたすら節電を続けなければならないのだろうか。もちろん、明らかな無駄は削るべきだが、電力会社は電力供給のために最大限の努力を続けているのだろうか。いや、電力供給に関しては不可解な点がある。それは、安定供給義務への疑問と「電力ないない神話」である。
安定供給義務に関する不可解な状況
電力は特殊な業界だ。民間企業でありながら、エネルギー供給という公益を実現することが事業目的なので、競争が制限されている。実質的な地域独占が認められており、独占禁止法の適用除外である。
電力会社は競争制限と引き換えに、電力の安定供給義務が課せられている。電気事業法18条により、電力会社は正当な理由がなければ、電力の供給を拒んではならない。日本の電力料金はイタリアを除けば先進国で最も割高だが、日本は供給信頼度が高く、したがって、料金も高いという説明がされてきた。東電によると、同社管内の1軒あたり年間停電時間は平均4分だが、米国は20倍以上の90~100分である。日本は「電力の質」が良いから電気料金が高くてもやむを得ないと納得していたが、震災後、電力の安定供給は困難になった。いつ停電が起きるか分からず、かつお金を払っても自由に使うことができない「質が低い電気」に変われば、本来、値段が下がるのが当然である。
しかし、現状は逆で、電気料金は値上がりする方向だ。発電コストが低い原発が止まって、コストが高い火力発電の比率が増えているため、料金は上がる、という説明がされている。確かに、電力会社は、設備や燃料などのコストに一定の利潤を上乗せして電気料金を決める「総括原価方式」が電気事業法で認められている。しかし、法の趣旨は電力会社の経営安定化であり、コスト増による安易な値上げが認められているわけではない。そうであれば、電力会社は、コスト削減や安定供給継続のために最大限の努力が必要である。そのような努力は十分に行われているのだろうか。それが不透明なままでは、ユーザーは値上げと電力使用制限をいつまでも受け入れることはできない。
電力使用制限は、東電の電力供給量によって変わる。報道によると、3月の被災後、東電の供給能力は、3500~4000万kwまで下がった後、現状の5100万kwまで回復し、8月には5620万kw(東北電力への融通電力を含む)に増える予定である。問題は供給量見通しが増えた経緯である。
資源エネルギー庁の資料によると、真夏の供給予定量は、3月時点では、4650万kwと見積もられていた。供給予定量が、4650万kwから5620万kwまで、1000万kw以上も増えた主な要因は、当初、揚水発電をカウントしていなかったことである。揚水発電は夜間の余剰電力を使ってダムの水位を上げ、翌日の昼間にダムの水力発電を使う「蓄電設備」である。揚水発電は通常、出力調整が困難な原発の余剰電力を貯めるために使われる。ところが、被災後、東電管内の多くの原発が稼働を停止したので、揚水発電が不要になったということが、供給予定量に揚水発電がカウントされなかった理由のようだ。ただ、そのような判断は納得できない。原発の稼働が減っても、夜間、火力発電を稼働させて、揚水発電に蓄電すればよいはずだ。もし、火力発電のコストが高いことを理由に、あえて夜間の火力稼働を抑えているのであれば、安定供給義務を果たしていないことになる。
「電力ないない神話」の不可解
供給予定量を増やす方法は他にもある。企業が持つ自家用発電設備を最大限活用することである。「自家用発電所運転半期報」によると、2010年9月時点で、東電管内に875カ所、合計出力1639万kwの自家用発電所がある。その内、卸電力市場に供給されている電力が615万kwあるので、自家用発電所がフル稼働すれば、1000万kw以上の電力を生産できる。ところが、現状、工場などが持つ自家用発電機はフル稼働していない。なぜなら、フル稼働させて必要以上に発電したら、余った分を捨てることになるからである。特定規模電力事業者(PPS)の免許を持って、余った分を卸電力市場に売却できる企業なら良いが、そうでなければ、フル稼働できない。ところが、各企業の余剰電力を電力会社が買い取ることを保証すれば、自家発電所をフル稼働させて、東電管内の供給不足を大きく解消できる。
電力供給量予測には、このように不透明で不可解な点が多い。民主党衆議院議員の川内博史氏は、自身のツイッターで、「電力ないない神話」と銘打って、次のように述べている。「電力ないない神話は原発を動かすため、財源ないない神話は消費税増税のため。どちらの神話も、ウソ。国民をごまかして、権力側が自らの利権を確保する時代は、終わっている。誠実で正直で精緻な議論をしなければ、原発災害を含む被災地の復旧復興も、日本全体の再生も有り得ない」
電力会社の供給能力は、本来は電力会社の企業秘密と言える。しかし、一企業の内部情報が日本経済を大混乱に陥れている。もし、供給量を少なめに公表して、「電力ないない神話」で停電の恐怖心を与え、原発維持の世論を作ろうという意図があれば、それは許されないことである。