2012年10月27日土曜日

Obama & Romney did not mention Japan :3 election debates

 日本の首相候補となる人間が、対米政策をどのように考えるかは、今も昔も変わらず、非常に大きなイシューであるということに異論を唱える人間はいないと思う。アメリカではどうなのか?

WSJは、過去3回実施された今年の大統領選に向けてのObamaとRomnyのディベートの中で、彼らが日本について触れたことは、ただの1度もなかったことを明らかにした。

今やアメリカにとって、日本は歯牙にもかけないような影の薄い存在だということを如実に表わしていると言えよう。アメリカがちょっと脅しをかければ、たちまちおとなしく、従順に彼らの手足になって、思い通りに動く外交官や政治家揃いなのだもの、彼らにとって日本は取るに足りない影の薄い存在であったとしても、何の不思議もない。

とはいえ、中国は54回も言及されているというのに、「日本は0回」とは、こんなに日本の官僚や政府が一生懸命、アメリカのご機嫌をとっているというのに、なんと甲斐のないことだろう。

日本の政治家やメディアは、過去の栄光にとりつかれる一方で、アメリカが日本をどう思っているかということに、異様に神経を使い、ピリピリしているが、相手は日本のことなど全く歯牙にもかけていないという現実を直視すべきである。

そして、失われた20年の間に、一体誰がここまでこの国の存在感を失墜させてしまったのか、軽佻浮薄な報道ばかりしていないで、しっかり追及し、改めるべきは根本的に改めていかないかぎり、この国が再浮上する機会は2度とめぐってはこない。

http://blogs.wsj.com/japanrealtime/2012/10/23/u-s-candidates-silent-on-japan/


U.S. Candidates Silent on Japan


Agence France-Presse/Getty Images
U.S. President Barack Obama, right, and Republican presidential candidate Mitt Romney participate at the third and final presidential debate at Lynn University in Boca Raton, Florida on Oct. 22.
How many times did U.S. President Barack Obama and his opponent, Mitt Romney, mention Japan in their three election debates this month? Zero. How many times did they utter the word China? 53.
The frequency of the mention of certain foreign nations in presidential debates is by no means the most accurate measure of the U.S. government’s  diplomatic priorities. But it is often a good indicator of the levels of interest American voters are believed to have in each foreign affairs issue. For example, during the election debates in 1992, when Japan’s economic prowess was viewed with awe and fear by many Americans, Japan was mentioned a total of nine times, according to a casual analysis of presidential debates of recent decades by JRT. In 1996, Japan’s name came up eight times.
By that measure, the position that Japan occupies in the American voter’s psyche is now at the lowest level in three decades. The big policy issues that worry many Japanese deeply—from territorial rows with China to a debt burden heavier than Greece’s—don’t appear to be weighing too heavily on U.S. voters and politicians.
This year was the first time since 1988 the candidates skipped Japan entirely in the debates. That was a year before Japan’s economy hit its lofty peak.  This time around, the attention was on China.
During the third and final debate Monday (Tuesday morning Japan time) that focused on foreign-policy issues, Messrs. Obama and Romney together mentioned China 30 times, as they discussed how the U.S. should cope with the Asian nation’s rapid rise.  During their earlier two debates, China was named 20 times and three times, respectively.
Even as he softened his stance toward China during Monday’s debate, Mr. Romney said he would “on day one, label them a currency manipulator” and apply tariffs in areas where China was taking American jobs.  Mr. Obama, while emphasizing the positive results of his administration’s tough stance toward China  during the past four years, pledged that the U.S. is “going to keep on pressing” Beijing to get more progress.
There was a time when presidential candidates treated Japan with similar enthusiasm, reverence and hostility. During the presidential debates in 1992, the year when Japan was mentioned nine times, the candidates—Bill Clinton, George Bush and Ross Perot—argued over how America should strengthen its economy to rival Japan’s.
“..Nineteen out of 20 computer chips that we have in this country now come from Japan,”  said Mr. Perot, a Texas businessman who ran as an independent, during one debate. “We’ve given away whole industries.”   On the same day, Mr. Clinton, who ultimately won the election,  said that “a record high trade deficit was announced with Japan” earlier on that day, as he pledged to “make sure that other countries are as open to our markets as our markets are to them.”
During the elections that followed, the frequency of the mention of Japan declined, but never completely disappeared. In 2008, Mr. Obama,  facing Republican candidate John McCain, named Japan three times—all in similar sentences about how the U.S. should be building fuel efficient cars at home, “not in Japan or South Korea.”
During Monday’s debate, there were a couple of moments when it seemed possible the candidates might talk about Japan.
The first came when the moderator, Bob Schieffer, asked the candidates if they would declare an attack on Israel as an attack on the U.S. “which, of course, is the same promise that we give to our close allies like Japan.”  The second opportunity came when Mr. Obama discussed how the U.S., as a Pacific power, is cooperating with Asian allies  to balance China’s rise. “We are working with countries in the region to make sure, for example, that ships can pass through; that commerce continues.”
In both cases, the candidates moved on without mentioning Japan.
Follow Yuka Hayashi on Twitter @TokyoWoods

2012年10月26日金曜日

原発災害、緊急避難区域をどう決めるか:コピペ


http://jp.wsj.com/japanrealtime/blog/archives/14946/?mod=Center_jrt


【フクシマウォッチ】緊急避難必要な範囲はどこまでか

福島第1原子力発電所の事故で明らかになった問題の1つは、どこに避難区域を示す線を引けばいいのか、という問いだ。現行のガイドラインは事故発生現場の周辺から10キロ圏内を避難区域としているが、それでは不十分なようだった。昨年の事故では最終的にその範囲が2倍に拡大されたが、それでもまだ国際的に推奨されている範囲には及ばない。
新設の原子力規制委員会はこの問題に最初から取り組もうと決めた。同委員会は原発事故の際の緊急避難区域について、国際原子力機関(IAEA)が推奨する30キロに拡大することを提案すると予想されてる。同委員会は避難区域の推奨範囲をまだ発表していないが、福島原発のような事故が発生した際にどの程度遠くまで放射線物質が飛散するかを分析した最初の予想は、汚染範囲が標準とされる面積より広大である可能性を示唆するものだった。
Associated Press/Greenpeace
福島第1原発から40キロ離れた町で放射線物質の量を測る国際環境保護団体グリーンピースのメンバー(2011年4月)
24日に公開されたシミュレーションのデータでは、検査対象の16カ所の原発のうち4カ所で、30キロ以上離れた地域で7日以内に蓄積された放射線物質の水準が100ミリシーベルトに達する可能性があることが示された。
福島第1原発と同様に東京電力が運営する新潟県の柏崎刈羽原子力発電所では40.2キロ離れた場所でも、放射線物質の量がIAEAの基準で避難命令を発令する水準に達する可能性があるという。また東電の福島第2原発、中部電力の浜岡原発、関西電力の大飯原発でも同様に、シミュレーションでは30キロを少し超える範囲まで汚染が広がった。
ただ同委員会は過去の気象情報はデータに組み入れたが、原発周辺の地形や風向きの変化といった要素を組み入れていないため、このシミュレーションの結果はあくまでも参考として使い、絶対的なものとして使わないよう警告した。
同委員会が提案する避難区域の範囲は2種類のカテゴリーに分かれるとみられている。小規模な事故の場合は5キロで、大規模な事故の場合は30キロだ。
しかしたとえ30キロでも、福島原発事故の際に米政府関係者が推薦した80キロには遠く及ばない。
記者:Yoree Koh


2012年10月24日水曜日

原発がなければ、日本経済が空洞化する状況:誰の責任?いつまで続けるつもり?

 過ごしやすい秋が来て、原発を動かさなければ電力不足だという、脅迫めいたメディアのプロパガンダが沈静化しているが、少し気温が下がれば、たちまち再稼働しなければ、凍死でもしかねないような報道が相次ぐことだろう。

 暑い夏と厳しい冬が巡ってくるたびに、それに便乗するかのように、経団連と経済同友会の代表が、原発を動かさなければ日本経済が空洞化してしまうと大きな声で吠え立てるに違いない。

 同時に反原発を唱える市民に対して、原子力ムラの連中は「代替エネルギーの問題を解決できないのに、反原発を唱えるのは無責任だ」と厳しく斬り捨てるが、最も無責任な人間どもから、「無責任だ」などと罵られる筋合いはない。

 再生エネルギーにせよ、シェールオイル・ガスの採掘にせよ、スマートグリッドの技術開発にせよ、日本は十年も、二十年も、アメリカやヨーロッパに遅れをとっている。

欧米先進諸国が、原子力だけに頼らないエネルギー戦略をいち早く立て、新しい技術革新に力を入れてきたのに、日本の政財官のリーダーたちは、原発という金になる木から得られる利権に取り憑かれ、原発以外のエネルギー産業や技術発展の可能性からあえて目を背けてきた。

他国が原発の限界を見て、代替エネルギーの可能性に向けて大きく舵取りしている間、新しいエネルギー政策の可能性を追求しようともしなかった者たちにこそ、一番大きな責任がある。

電力会社の地域独占を廃止し、発送電を分離するだけでも、日本の問題だらけの原子力依存の電力供給システムに大きな風穴が開くはずだ。古いものにしがみつき、新しいモノづくりの可能性を封じてきた者こそが、日本経済を空洞化させる原因を作ってきたというべきではないのか。

極めて危険でコストの高い原発に依存したエネルギー供給の仕組みを作り、うそと隠蔽でそれを下支えしてきた者こそが、高い電気料金と税金を支払わされてきた消費者に対して、新しいエネルギー産業とそれに関連した技術開発を、1日でも先駆けて促進する責任を追わなければならないのではないのか。

反原発を唱えている市民に対して、「無責任」などと謗る暇があれば、日本経済を空洞化させた朱印が、一体誰にあるのか、霞が関や大企業のトップらは、自らの胸に手を当てて考えるべきである。

東電の社長はこの期に及んでもまだ、フクシマ原発の再稼働を目論んでいるようである。
金子勝氏は、30年代原発ゼロを閣議決定しなかった効果であるという。メディアを操作して、フクイチの原発災害を風化させ、自公連立政権を待って、一挙に再稼働に走る算段だろうか。どこまでも、ひどい話である。

河北新報によれば、新しい規制庁の審議官は、原発の「廃炉は事業者が一義的に決定する」と宣うたという。国民の税金でかろうじて生かされている、国有化されてしまった事業者に、廃炉の決定を一任するとは、いかがなものかという議論が、どうして、どこからも湧き上がらないのだろうか。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012101902000156.html


【社説】

シェールオイル 海外視野に技術を磨け

 秋田県の油ガス田で、地中の頁岩(けつがん)層に眠るシェールオイルの試掘が続いている。国内では初めてだ。埋蔵量が少なく商業生産の成否は不透明だが、採掘技術を蓄積すれば海外で生かす道も開ける。
 「新たな資源開発の可能性が広がった」。試掘に成功した鮎川油ガス田を抱える秋田県由利本荘市では、早くも新産業育成に期待を寄せ始めた。シェールオイルは米国で本格生産が始まっている。天然ガスを含む頁岩層も多くの国で見つかり、「シェール革命」と言われているが、手放しで喜ぶわけにはいかない。
 成功とはいっても埋蔵量は約五百万バレル。日本の一日当たりの原油消費量、四百五十万バレルを少し上回る規模にすぎず、エネルギー安定確保とは程遠い。日本のエネルギー自給率はわずか4%。試掘の成功は、むしろ海外の油ガス田開発を手元に引き寄せる好機が到来したと受けとめるべきではないか。
 通常、原油やガスは自噴し、圧力が下がった油層ではポンプでくみ上げる。これを在来型資源と呼び、それ以外の新しい採取方法が必要な資源を非在来型という。
 シェールオイル、ガスは非在来型であり、頁岩層を高圧水などで破砕して採取する技術が欠かせない。その技術は十年以上前に米国で確立されたものの、米国以外での開発は緒についたばかりだ。
 現在、世界のシェールオイルの埋蔵量は調査段階だが、ガスは全世界の消費量の百年以上に相当する埋蔵が確認されている。日本も採取技術を蓄積すれば資源国との共同開発に展望が開けるだろう。
 資源大国・ロシアのプーチン大統領は「アジアとの経済関係を相互利益にかなうものにしていく」と東方進出に意欲を示した。ロシアが抱える苦悩が垣間見える。
 ロシアの貿易拡大の牽引(けんいん)役は原油・ガスの輸出だ。国の歳入の五割を占めるが、頼みの欧州向けが金融危機を境に減り続け、アジア重視への転換に迫られている。
 加えて、シェールオイルの技術開発も大きく出遅れており、西シベリアの開発では米エクソンモービルなどに頼らざるを得なくなっている。
 日本にもロシア初のガス液化施設建設に協力した実績がある。激動する世界経済に揺さぶられるプーチン氏のシグナルを読み解き、海外の油ガス田の権益を獲得しつつ安定確保の土台を築きたい。
 資源に乏しい日本は採取技術を磨き、攻めの経済外交で資源国との相互利益を目指すべきだ。

金子勝氏ツイッターより

原発事故後初の福島県議会エネルギー政策議員協議会に対して、広瀬東電社長は第1原発5、6号機と第2原発4機の全基廃炉について「未定」とした。「30年代原発ゼロ」を閣議決定しなかった効果。東電は自公政権の復帰を待って福島原発を動かすつもり?

2012年10月21日 - 10:31 · 詳細

http://www.kahoku.co.jp/news/2012/10/20121020t61022.htm


東電社長、福島全廃炉明言せず 県議会エネ政策協

県議らに廃炉作業の現状などを説明する広瀬社長(奥の左端)
 福島県議会は19日、福島第1原発事故後初のエネルギー政策議員協議会を開き、東京電力の広瀬直己社長に廃炉作業の安全性や今後の経営方針をただした。広瀬社長は第1原発5、6号機と第2原発1~4号機の全基廃炉について「廃炉を求める県や県議会の意向を踏まえて判断しなければならないが、現時点では未定とさせていただく」と明言を避けた。

 広瀬社長は報道陣に、政府が9月に新エネルギー政策を決めるまでは「はっきりした答えに基づいてというイメージがあった」と廃炉の決断を検討していたと明かした。「今は確固たる見通しをつかめない。(エネルギー政策の)大きな変更があるのかどうか、もう少し判断を留保したい」と述べた。
 広瀬社長は東電の社内組織「原子力改革特別タスクフォース」が12日に「津波評価に基づく対策や過酷事故対策を取っていれば事故に対処できた」との見解を示した点を議員に問われ、「『天災でどうしようもなかった』では対策が打てない。何かできたはずだという姿勢で今後はやっていく」と説明。「知見を超えた地震、津波で想定できなかった」と不作為を否定した社内事故調査委員会の結論を修正した。
 協議会には原子力規制庁の山本哲也審議官も招かれ、11月上旬に第1原発を改正原子炉等規制法に基づく「特定原子力施設」に指定し、12月にも原子炉の冷温停止や燃料冷却を維持する実施計画を東電に提出させる方針を明らかにした。
 第1、第2両原発の廃炉と再稼働について、山本審議官は「廃炉は一義的に事業者が判断する。稼働させるかどうかは政府が判断すべきで、規制委員会、規制庁は安全上の判断しかしない」と強調した。
 協議会は原子力政策の在り方や原発事業の問題点を議論するため、県議会が2001年に設置。10年12月を最後に開催が途絶えていた。会長の斎藤健治議長は「疑問や不明点が全て解明したわけではない。今後の対応を検討する」と話した。

2012年10月20日土曜日




2012年10月21日日曜日

アメリカの忠犬ヨシ公:民主も自公も同じ穴のむじな?: コピペ



http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2012102002100005.html


【福島原発事故】

原発ゼロ 閣議決定回避 米、外圧批判恐れ口止め

 野田内閣が「二〇三〇年代に原発稼働ゼロ」を目指す戦略を決める直前、米政府が日本に原発ゼロの閣議決定を回避するよう求めていた問題で、九月に行われた日米交渉の場で米側が「日本国内で外圧と取られないように注意してほしい」などと口止めしていたことが分かった日本の脱原発を求める国内世論の反発に米政府が神経をとがらせていることが浮き彫りになった格好だ。 
 日米協議関係者への取材によると、五日に米・ワシントンで行われた協議で、日本側は外務省の藤崎一郎駐米大使が、米エネルギー省のポネマン副長官とライヨンズ次官補に面会した。
 藤崎氏は、その際、「二〇三〇年代に原発ゼロを目指す」「核燃料サイクルは中長期的に維持する」など政府が検討していた新戦略について説明した。
 これに対しポネマン氏は「あまりにも問題が重大すぎるため、大統領や国務省の意向を聞かずにコメントできない」と話した。その上で「日本の主権を尊重する」としながらも「くれぐれも外圧と取られないように注意してほしい。この協議は極めて機密性の高いものだ」などと発言。日本の世論に神経質になっていることをにじませた。
 翌六日に藤崎氏は、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)のフロマン補佐官とも面会。フロマン氏も「エネルギー政策をどのように変えるかは、日本の主権的な判断の問題だ」としながら、「プルトニウムの蓄積は、国際安全保障のリスクにつながる」などとして、日本が示した「原発ゼロ」について強い懸念を表明。米側は協議を重ねる中で次第に「閣議決定して政策をしばることを懸念する」と閣議決定回避への圧力を強めた。
 日本は米国との意見交換の後、十九日に「原発ゼロ」の閣議決定見送りを決め、加えて検討していた「原発ゼロ法案」の整備も棚上げにした。
 意見交換を取り仕切った外務省国際原子力協力室の話 米側の働きかけについて意見交換の内容はコメントできない。

「30年代原発ゼロ決めてない」=エネ戦略―近藤

経産副大臣

 近藤洋介経済産業副大臣は15日、青森県議会の原子力・エネルギー対策特別委員会の神山久志委員長らと経産省内で面会し、政府の「革新的エネルギー・環境戦略」は「2030年代に原発をゼロにすると決めたわけではない」と説明した。
 政府が建設再開を容認した電源開発(Jパワー)の大間原発(青森県大間町)も、「現時点で30年代を期限に(運転を)止めるとは決めていない」とした。
 近藤副大臣は、安全性が確認された原発は活用するとの政府方針は戦略の中に明記したと強調。その上で、個々の原発再稼働の必要性を説明するのは電力事業者になるとした上で、「(原発を抱える)自治体から要望があれば『再稼働させていただく』と説明したい」と述べた。 
[時事通信社]




東京新聞「沈黙の春」と原子力:コピペ



http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012102102000148.html


【社説】

週のはじめに考える 「沈黙の春」と原子力

 先日、農協が原発と農業は共存できないと宣言しました。それは農業に限らないでしょう。私たちは自然なくして生きられず、共に暮らしているのです。
 自然環境について言えば、今年は、あのアメリカの海洋生物学者レイチェル・カーソンが「沈黙の春」を出版してからちょうど五十年になります。
 その本は述べます。…食料増産の中で農薬が大量に使われ、鳥や虫などが死に、春は黙りこくってしまった、と。

◆巻き起こった大論争

 誤解のないように説明をしますと、彼女は農薬一切の使用禁止を言ったのではありません。その毒性、生命体に対する極めて強い影響力について、農民、国民によく知らせないまま使わせているのはおかしい、と言ったのです。
 アメリカでは大論争を巻き起こしました。農薬散布を勧めていた政府や、農薬を製造する化学工業界などが強い圧力をかけました。同調する学者もいました。「殺虫剤の使用をやめたら害虫の支配する暗黒の時代がやってくる」と。
 当時のケネディ大統領は、大統領科学諮問委員会に農業委員会を特に設け調べると約束しました。その調査の結果、委員会は、カーソンの告発が出るまで、国民は農薬の毒性を知らされていないことが明確になった、と報告したのです。
 悪い情報も開示せよ、と求めたのです。よい効能ばかりを聞かされてきたアメリカ国民は、やっと危険性を知らされるわけです。
 半世紀も前のことですが、それが今の原発問題と、何と似ていることか、また似ていないことか。
 似ているのは、国民が危険性をよく知らされなかったこと。それが政府や業界、御用学者らによっておそらくは覆い隠されてきたこと。似ていないこととは、悪い情報の開示が日本ではなお不十分だと思われることです。

◆国を内から滅ぼすもの

 国が運転の許認可をしている以上、国民にはその良い面と悪い面を知る権利があります。
 また、政府が十分だと見なしても、国民の大方が不十分と考えれば、それは十分ではないのです。政治家は説明責任という言葉をよく口にしますが、軽々に使われては困ります。それは悪い情報も開示した上で、論理的に相手に通じなければなりません。
 カーソンに話を戻せば、「沈黙の春」出版のずっと前、一九五三年八月、彼女の投書がリーダーズ・ダイジェストに載りました。
 訴えはこうでした。
 「…自然界の真の富は、土壌、水、森林、鉱物、野生生物等、この大地の恵みの中にあります。将来の世代のためにこれらを確実に保存しなければならず、利用するには、広範囲の調査に基づく緻密な計画を立てねばならない。これらのものの管理は政治の問題とは全くちがったものなのです」(ポール・ブルックス著「レイチェル・カーソン」新潮社より)
 それは工業化社会へ急速に向かうアメリカ、また世界への警告でした。
 投書は、また彼女の元上司を解雇する非を指摘します。
 当時の大統領は、共和党に担ぎ出されたアイゼンハワー。彼は防衛産業に強くGM社長のウィルソンを国防長官に、国際派の弁護士ダレスを国務長官に任命するなど財界、民間人を登用(この時期に軍産複合体制が確立)。
 その中でクビを切られたのが、キャリア三十五年、人望篤(あつ)く公共の自然の収奪に断固反対してきた魚類野生生物局長アルバート・デイ氏。クビを切ったのはビジネス界から来た内務長官。
 投書はこう結ばれていました。
 「自然保護の問題は国家の死活にかかわります。政治(政略)的考えの行政官は資源の乱用と破壊の暗黒時代に引き戻す。国防に熱心な一方、内側から国を滅ぼすものに無関心ではいられない」
 内側から国を滅ぼすとは、何と厳しい警告でしょう。しかし彼女の学者としての真剣さがそう言わせるのです。

◆告発から半世紀を経て

 同じように、福島原発事故を経験、また見聞した農業従事者らは思わざるをえないでしょう。都市生活者が恐れるべきは、その体感のなさかもしれません。農協の将来的な脱原発宣言とは、そういう意味合いを日本に与えています。
 殺虫剤の代表格DDTは大多数の国で使用禁止になりました。他方、原発事故で降る放射性物質は自然をひどく、かつ長く汚染し、核のごみは半永久的に残ります。
 「沈黙の春」の告発から半世紀。その教示を、私たちはずいぶん学んできましたが、まだ学びきれていないものもあります。それは核のもたらす汚染であり、カーソンなら国を内側から滅ぼすもの、というかもしれません。

原発再稼働はしたいけど、責任はとりたくない:「責任のなすりあい」か?


再稼働は規制委員会が判断すべしとする野田総理らに対して、規制庁の田中氏は、再稼働の判断はしないという。

規制庁による安全性の判断が出たところで、電力会社や経団連の会長や読売、日経、産経などがしゃしゃり出て、喧しく「安全性が保障されたのだから、再稼働をさせない理由はない、原発を止めて、日本経済を空洞化させるつもりか」「立地自治体の生活を奪うのか」などと脅しをかけながら、ゴリ押しで、大飯のときと同様有無をいわさず、動かしてしまう算段なのだろうがーー。 

原発推進に熱心な政治家、官僚組織の無責任体制は、3.11を経験しても、何も変化がないようだ。あれだけの人災を引き起こしながら、誰も罪に問われるどころか、国民に尻拭いをさせ、自分たちは安全な場所でのうのうとした暮らしを続けられるのだから、そんな彼等に変化を期待する事自体がナンセンスである。

それにしても、原発立地自治体は政府がゴーサインを出しさえすれば、それで認めるというのか?
日本政府や規制庁にまともな判断ができる人間がいないことは、誰の目にも明らかなはずではないか。規制庁は、多くの反対を押し切って指名された原子力ムラの副村長とそのお仲間、職員のほとんどは、あの保安院さんの横滑りで成り立っているような組織である。

3.11から、1年7ヶ月以上の歳月が流れながら、未だに原発災害の収束どころか検証さえ、まともにできない状況の中、日本の原発の安全性など一体だれに評価できるというのか、

、21道府県のうち、まともな考えをもった首長は、再稼働の議論そのものを疑問視する、佐藤福島県知事と泉田新潟県知事のみということか。実に嘆かわしい限りである。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121021-00000008-mai-soci


<原発再稼働>12知事「政府の判断必要」…21道府県で

毎日新聞 10月21日(日)13時55分配信
 原発再稼働の判断を巡る責任の所在について、関係する21道府県のうち、半数余りの12知事が「政府の判断が必要」と考えていることが毎日新聞が実施したアンケートで分かった。「必要ない」と考える知事はゼロだった。野田佳彦首相らが主張する「再稼働は原子力規制委員会が安全基準に基づいて判断するのがルール」という姿勢では、地元の理解や同意が得られない状況が浮かんだ。
 調査は9~19日、原発が立地する13道県と、原発事故で防災対策の重点区域となる30キロ圏に入る8府県の各知事を対象に実施した。

 その結果、「革新的エネルギーや環境戦略を踏まえ政府が責任を持つべきだ」(橋本昌(まさる)・茨城県知事)▽「電力需給の状況などに照らして政府が責任を持つべきだ」(山田啓二・京都府知事)など、12人が政府の判断が必要と答えた。「必要なし」は皆無で、残りの9人は二者択一での回答を避けたが、自由記述では原発の安全性に加え、エネルギー政策と併せて政府が説明責任を果たすべきだという意見が占めた。

 また、枝野幸男経済産業相の「規制委が安全性を判断する以上、内閣の誰かが『この原発は安全だ』と説明することはできない」(9月28日記者会見)という主張について、宮城▽静岡▽石川▽京都の4知事が「同意できない」と回答。北海道、茨城県、滋賀県の3知事は主張に理解を示したが、高橋はるみ・北海道知事は「国の責任で再稼働の手続きや手順を示すべきだ」と注文を付けた。

 一方、佐藤雄平・福島県知事は「県内の全原発の廃炉を求めている段階」とし、泉田裕彦・新潟県知事も「福島第1原発事故の検証が十分されていない」として、再稼働の議論自体を疑問視した。【西川拓、奥山智己】

 ◇原発再稼働で政府の判断が必要と回答した知事と主な意見

 北海道▽青森県▽宮城県▽茨城県▽静岡県▽石川県▽島根県▽愛媛県▽滋賀県▽京都府▽福岡県▽長崎県

……………………………………………
http://mainichi.jp/select/news/20120930k0000m010043000c.html


原発再稼働:判断めぐり政府と原子力規制委で異なる見解

毎日新聞 2012年09月29日 20時53分(最終更新 09月29日 21時36分)
大飯原発の(手前から)4、3号機=福井県おおい町で2012年6月、本社ヘリから後藤由耶撮影
大飯原発の(手前から)4、3号機=福井県おおい町で2012年6月、本社ヘリから後藤由耶撮影

 原子力発電所の再稼働を認める判断を誰が行うのか、政府と原子力規制委員会の見解が分かれている。政府は「再稼働は、規制委が安全基準に基づいて判断するのがルール」(野田佳彦首相)と、規制委の役割だと主張。規制委は「安全性は判断するが、再稼働の判断はしない」(田中俊一委員長)との立場だ。責任の押しつけ合いにも見える状況に、原発が立地する自治体からは戸惑いの声も上がっている。
 枝野幸男経済産業相は28日の記者会見で、「原発の安全性について
(規制委の)ゴーサインが出て、自治体の理解が得られれば、重要電源として活用する」と述べた。
安全性を地元自治体に説明するのは「電気事業者だ」という。
 原子力規制委は来春までに原発の新しい安全基準を策定した上で、既存の原発の安全性を判断する。しかし、田中委員長は「私たちが再稼働の是非は判断しない」と説明し、規制委には原発の安全性を専門的に判断する権限しかないことを強調している。

「現代ビジネス:ドクターZは知っている」


再稼働論争でバレちゃった
野田政権のウソ

                                          2012年10月21日(日)
離党者が相次ぎ「過半数割れ」も近い民主党が、政権運営を放棄するかのような末期症状を露呈している。党首会談も臨時国会召集も先送り、特例公債など重要法案が成立する見通しも立たない。そんな中で野田佳彦首相が記者会見で「原発再稼働の判断について、総理が行うのか?それとも原子力規制委員会が行うのか?」と問われた際に、「再稼働をするかどうか、これは規制委員会が主導的な役割を果たす」「政治が介入して何かを言うと独立性を損なってしまう」と〝爆弾発言〟をし、物議を醸している。
 野田氏の意見は、安全技術的判断にとどまらず実際の再稼働に至るまで原子力規制委員会が決めるというものだが、さっそく田中俊一・原子力規制委員会委員長が噛み付いた。田中氏は「再稼働の最終判断は規制委員会が行うのではない」「それは政治や経済産業省、資源エネルギー庁の問題」と牽制し、原発再稼働を巡って早くも政府と原子力規制委員会が揉める事態に発展している。
 原子力規制委員会はもともと、民主党政府が環境省の一部局として「原子力規制庁」を提案。自民・公明両党がより政治からの独立性の強い「原子力規制委員会」を対案として提示し、与野党協議を経て自民・公明両党の案が成立した経緯がある。野田首相の「政治が介入して・・・・・・」という発言は一見この経過を尊重したもののように見えるが、では野田氏の意見が「正論」かというと、それはまったくの誤解だ。
 そもそも「独立性」とは、「専門技術的判断」の領域と「政治判断」の領域とを明確に区分し、専門技術的判断の領域に政治が介入しないことを意味する。従来より両者の区分が不明確だったことで、政治が専門技術的判断に介入することがしばしばあり、これが安全規制や緊急対処の混迷をもたらしてきた。
さらに現行の原子力規制委員会設置法を見る限り、原子力規制委員会の職務は安全基準を作り、それに照らして安全かどうかを判断するにとどまる。原子力規制委員会によって、安全であるとの評価を受けても、最終的な再稼働の判断を下すのは、あくまでもエネルギー担当の経済産業大臣、そして最終的には首相、政府である。そうした法制度であるにもかかわらず、原子力規制委員会に原発再稼働の責任を押し付けるのは、「決める政治」どころか「逃げる政治」以外の何物でもない。
 再稼働の判断を原子力規制委員会に押し付けようとする野田氏の考えは、原発ゼロ方針との関係でも矛盾する。将来的に原発ゼロを目指すのであれば、専門技術的には安全な原発であっても、段階的に停止するなどのプランが必要になってくるだろう。原子力規制委員会が専門技術的な見地から安全性だけを判断し、「安全と判断すれば稼働へ」となれば、将来原発ゼロにならないかもしれない。
 もっとも、原発ゼロはスローガンだけで、実際には「原発15%」という裏シナリオがあるという噂なので、ウソつき野田政権にとっては矛盾はないのかもしれないが、国民にとっては矛盾になる。
 そもそも原発の稼働を誰が止めたのかを考えてみれば、それは政府の政治判断で、行政指導により行われたものだ。したがって、これを解除し原発を再稼働すべきか否かを判断し、再稼働するならその理由を説明する責任は政府にある。野田首相は「独立性」を尊重したフリをし、首相として責任放棄をしたに過ぎないのだ。
『週刊現代』2012年10月27日号より

2012年10月19日金曜日

メディア、自公、復興予算の乱用は初めから分かっていたことでは?


 昨今、連日連夜、メディア各社や自民、公明によって喧しく、復興予算19兆円の乱用が大きく取り沙汰されている。

「現代ビジネス」10月15日付で高橋洋一氏は、自民や公明、そしてメディアが今頃になって、復興予算の乱用を批判する資格があるのかという記事を書いている。以下それを転載する。

高橋洋一氏は国民が、「所得税2,1%上乗せ25年間などの「復興増税」をあえて選択した」と書いているが、それは正しくない。

政府の被災地復興、絆で国民一致して助けあおうなどというスローガンや、メディア各社による増税を正当化する相次ぐ報道にころりと惑わされ、増税もやむなしと思い込んでしまった国民がいなかったとはいわない。

しかし、このブログの中でも度々記してきたように、経済不況の中での増税の実施は消費行動をますます鈍化させるばかりであり、日本再生にとってむしろマイナスのほうが大きいと主張する経済学者も少なからずいたし、増税に反対意見を持つ国民は決して少なくなかった。

省庁の無駄を徹底的に削減した上で、何にどれだけの予算が必要か使途を、明ラカにした上で、増税すべきであるという考え方も、また、先に総選挙をして国民に信を問うた上で、増税するかどうかを決断すべきという考え方も多くあった。

高橋氏はそうした事実を全て捨象し、あたかも彼一人が早くから増税に疑義を示し続けてきたかのような書き方をしている点には疑問を禁じえない。

日本の納税者は、納得して復興増税を受け入れたのではなく、好むと好まざるとにかかわらず、機能不全に陥った日本の議会制民主主義の弊害によって、否応なしに増税という煮え湯を飲まされたというべきである。

前の選挙で、愚かにも自公民に投票してしまった選挙民が圧倒的多数であったがために、有無を言わせぬ財務省の横車によって、増税という愚かな選択肢を無理強いされたに過ぎないというのが正しい。

とはいえ、「復興予算が乱用されることは、自民、公明もメディアにも初めから分かっていたはずであって、この期に及んで、批判する資格などないと厳しく糾弾している点は評価すべきであろう。

東京新聞も、復興予算の流用は、納税者を裏切る不誠実だとし、国会審議の形骸化と政府に対する監視機能低下を改めて厳しく指摘し、府省庁が、一般会計として扱ってきた事業に関して、一般関係の予算査定が厳しくなる中、復興予算に付け替えて、被災地とも、震災復興とも無関係な無駄な事業継続を図っていたことを明らかにしている。

省益のため、ひいては自己の出世のために、国民から血税を絞り上げ、湯水のごとく無駄遣いをする霞が関官僚の暴挙に真っ向から対峙して、しっかり歯止めをかけていくだけのガッツと政治的手腕を兼ね備えたリーダーが今の日本には、何よりも求められている。

自公民の政治家たちには、所詮シロアリと手を携えてうまくやっていく事以上の芸当はできないことを、我々はここ何年かの間に、はっきり確信している。維新の会に期待する声もわずかにあるようだが、民意に耳を傾けず、政権維持のためには朝令暮改で口先三寸、ころころ主張を変え、詭弁をとれば何ひとつ残らない、今の野田政権の二の舞になる可能性は高い。

この辺で、日本にも、国民が真に信頼できる、まともなリーダーが出現しない限り、日本の復興再生に未来はない。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/33798

「現代ビジネス ニュースの深層」             2012年10月15日(月)高橋洋一

「日本再生」というばらまきに群がった官僚や政治家たち!「復興予算の乱用」を自民や公明、そしてメディアが今ごろになって批判する資格はあるのか


 東日本大震災の復興予算(2011年度から5年間で19兆円)の多くが被災地以外に支出されていたという。もともと9月9日に放映された「NHKスペシャル追跡 復興予算19兆円」が話題になったのがきっかけだ。そこでは、沖縄の国道、反捕鯨団体対策費、国立競技場補修費、国内立地補助金等が具体例として取り上げられた。
 復興のために、国民は所得税2.1%上乗せ25年間などの「復興増税」をあえて選択した。それを被災地以外に使うと何ごとか、という怒りが根底にある。
 政府の行政刷新会議が検証に乗り出したり、財務省も実態調査へ動き出しているが、対応が生ぬるいとマスコミは批判する。
 昨日14日のフジテレビ番組「新報道2001」では、当時閣僚だった片山善博元総務大臣がばらまきだと批判。これに対し、民主党の細野豪志政調会長は「復興予算は被災地以外に使わない」との意向を示した細野は、「昨年は(震災で)日本経済が破綻する瀬戸際だった。当初は被災地に限定することを考えたが、自民党からも意見をいただいて日本全体で付けようと判断した」とし、「この判断は全体としては間違ってなかった」と説明した。
 同番組に出演した自民党の甘利明政調会長は、細野氏の民・自の共同責任発言をあえて否定せず、「復興庁が現場のニーズをくみ取り、助ける作業から始めるべき。年次をまたいで自由に使える基金をつくるべきだ」と指摘した。
 他方、この問題を審議しようとしていた11日の衆院決算行政監視委員会の小委員会が与党民主党による欠席で流会になったことについて、自民党は問題にしている。

当初から被災地以外にばらまくつもりだった

 ともあれ、まずは今回の復興予算問題について、震災以降の事実関係を整理してみたい。被災地以外に支出は許せないというマスコミや片山元大臣の意見は妥当か、官僚が国民を騙して予算を作ったのか、与党、野党の政治家は知らなかったのか知っていたのか、さらに、そもそも復興増税は正しかったのかなどを考えてみよう。
 復興予算は震災直後から精力的に検討された。政府、財務省主導の下で東日本大震災復興構想会議を立ち上げ、復興増税を提唱した。同会議の庶務は財務省出身の内閣官房副長官補のところで、事実上財務省が事務局を仕切っていた。増税と同時に各省庁への配慮から復興予算をばらまく思惑もあった。
事実、2011年5月10日の「復興構想7原則」の原則5で、「被災地域の復興なくして日本経済の再生はない。日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はない。この認識に立ち、大震災からの復興と日本再生の同時進行を目指す」と書いている。
 つまり、当初から復興予算を被災地以外にばらまくつもりだったのだ。
 これを受けて、6月24日に成立した「東日本大震災復興基本法」の第2条(基本理念)に、「単なる災害復旧にとどまらない活力ある日本の再生を視野に入れた抜本的な対策」という文言がある。
 この基本法は、政府から提案された「東日本大震災復興の基本方針及び組織に関する法律案」を撤回し、民、自、公による共同提案を成立させたモノだ。
 政府提案の法案では、基本理念は「単なる災害復旧にとどまらない抜本的な対策」となっていた。「日本の再生」という文言はないものの、復興構想原則のとおり、被災地以外にばらまくという当初の考え方は踏襲されているこの意味で、細野氏がテレビでいった「当初は被災地に限定することを考えた」というのは、政府提案を見る限り正しくない。
 ちなみに、復興基本法案の採決は参議院サイトにあるが、みんなの党と共産党以外は賛成している。

「復興特需」のうま味を吸いたいと漏らした政治家

 さらに、これらを受けた7月29日の政府の「東日本大震災からの復興の基本方針」では、「被災地域の復興は、活力ある日本の再生の先導的役割を担うものであり、また、日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はないとの認識を共有する」とされている。
 いずれも、被災地の復興だけではなく、「日本の再生」というバラマキに都合のいい文言が盛り込まれている。
 これらの事実から、被災地以外へのバラマキは、政府、民、自、公では当初から首尾一貫している。その当時、この復興増税による政府方針に対して、マスコミは賛成の立場だった。今になって批判するのは、あまりに調子がいい。
まして、これら復興会議、復興基本法の国会審議、政府方針の決定に閣僚として関わった片山氏は、被災地以外へのバラマキを批判する資格はない。さすがに、この点、細野氏が一緒にやったでしょうとやんわりと片山氏を批判していた。
 では官僚が国民を騙したのか。官僚としては正統な手順を十分に踏んだと言いたそうだ。少なくとも形式的には言えるかもしれない。しかし彼らが復興構想会議をコントロールした実態を見た筆者としては文句も言いたい。筆者が「復興構想会議が官僚にコントロールされている」実態をテレビで発言したら、テレビ局に対して執拗な抗議をしてきたのが官僚だった。指摘が図星だと官僚は本気でむかってくる。
 こうした舞台裏について、民、自、公の政治家は知らなかったのか。そんなことはない。よく知っていた。中には、この際「救国連立」にして復興特需のうまみを吸いたいとホンネをいう政治家までいた。

復興増税ではなく、現在ならどうだったのか

 ここまで書いてくると、なぜこうなったのかという根本問題がでてくる。これに対する筆者の直感は、財務省がはじめに「復興増税」ありきという流れを作ったからと思う。
 復興増税だけでは財務省の一人勝ちになる。他省庁が歳出増の分け前を求めるのに応えようとしたが、「被災地に限定」では少なすぎた。そこで被災地以外にも予算をつけられる「日本の再生」という「チエ」がでて、それに民、自、公の政治家が群がったのだ。
 筆者は、震災当初から「増税」ではなく「寄付金税額控除」、「復興国債の日銀直接引受」を主張していた(2011年3月14日付け本コラム「「震災増税」ではなく、「寄付金税額控除」、「復興国債の日銀直接引受」で本当の被災地復興支援を菅・谷垣「臨時増税」検討に異議あり」)。
 もちろん、被災地でのインフラは絶対必要なので、公共投資を全否定するつもりはない。しかし、日本の財政政策は、財政支出の割合が多く、(給付金を含む)減税系が少ない(2010年1月18日付け本コラム)。
 前者は、特定関係者の利害に大きく関係するが、後者は広範囲の人が便益を受けるためにあまり特定関係者の利害を考慮する必要がないので、財政のフェアを追求するのであれば、後者の減税系を指向すべきである。筆者の震災当初の提案はその考えに沿っている。
今のマスコミが行っている批判は、被災地以外に増税を使ったということで、支出のムダとはすこし違った角度になっている。もし、復興増税でなかったら、どうだったのか。それに、政府支出ではなく、国民への減税系だったら、どうだったのか少し冷静に考えてみると、違う世界が見えてくるだろう。

不適切な予算の宝庫

 ただ、こうした説明をマスコミにしても、中にはそんなことはどうでもよく、目先のネタを求める人もいる。そういう人たちへは、2011年10月21日の財務省サイトの平成23年度補正予算(第3号)の概要を紹介しよう。
 ここで東日本大震災関係経費11兆7335億円のうち、「8.全国防災対策費5752億円」、「9.その他の東日本大震災関係経費2兆4631億円」はほとんど被災地以外の復興予算だ。
 その他の項目を並べると以下の通りだ。
 立地補助金5000億円、雇用対策3780億円、住宅関係3112億円、節電エコ補助金等2324億円、水産業の復旧・復興1576億円、自衛隊施設及び装備品等の復旧等1470億円、森林・林業の復興1400億円、医療、介護、福祉等1231億円、自律・分散型エネルギー供給等に拠るエコタウン化事業840億円、中小企業対策452億円、復旧・復興に向けた教育支援等411億円、資源の安定供給確保283億円、警察・消防関係229億円、農業関係197億円、世界に開かれた復興177億円、災害に強い情報通信ネットワークの構築等169億円、震災関係資料の収集、デジタル化の促進、被災実態調査等28億円、その他1953億円。
 その中身を見ていけば、いくらでも記事が書けるだろう。
 しばしば、マスコミが掲げている「不適切な予算」が次々にでてくる。
 そもそも、新聞は「本紙の調べによると」となどとしているが、1年前の政府の公表文書に書いてあることに過ぎない当時は、復興増税、復興策に賛成しながら、今になって叩くのは、マスコミならでは変わり身の早さか。
いずれにしても、今回の復興予算乱用の問題は、セオリーを無視した「復興増税」から出てくる馬鹿げた事件としか思えない。「寄付金税額控除」にしておけば、支出先を選択するのは国民である。
「増税」で国民からカネを巻き上げて支出先の選定を政府に委ねるのは、賢い方法にはとても思えない。(道州制先取りの地方主導で)被災地に必要なインフラ経費は「復興国債の日銀直接引受」にしたら、今回のような問題は起きなかっただろう。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012101902000157.html


復興予算流用 納税者を裏切る不誠実

 東日本大震災の復興予算「流用」ともいえる不適切な支出が次々と明らかになっている。復興へのこじつけは不誠実極まりない。復興増税に応じた国民と被災者との「助け合い」機運にも水を差す。
 復興予算は二〇一一年度から五年間で少なくとも十九兆円。
 財源は所得税や住民税、法人税などを増税して充てる。日本国民全体で被災地復興を支援する仕組みだからこそ、国民は長期(所得税増税は二十五年間、住民税増税は十年間)にわたる増税を受け入れたのだろう。
 その復興予算が、被災地に直接関係あるとは言い難い事業に流用されていたとしたら、納税者に対する裏切りに等しい。
 例えば、反捕鯨団体「シー・シェパード」の妨害活動に対する安全対策費(二十三億円)、核融合エネルギーの実用化を目指して七カ国・地域が共同で進める国際熱核融合実験炉(ITER)研究支援事業(四十二億円)だ。ほかにも多くの流用が指摘されている。
 反捕鯨団体対策は「南極海の鯨肉の安定供給が、鯨肉加工の盛んな石巻市周辺の復旧・復興に」、ITER研究支援は「日本全体の復興に」つながるのだそうだ。こうした官僚の説明を詭弁(きべん)という。
 確かに、復興基本方針では被災地と「密接に関連する」地域の事業や、被災地以外で緊急性が高い防災事業も復興予算として認められている。だからといって、野放図な使途拡大は霞が関の暴走だ。
 野田佳彦首相は「真に必要な事業に絞り込む」と表明した。復興との関連を厳しく審査した上で、未執行分は凍結し、執行済み分は関係省庁の一三年度予算から減額する厳しい措置が必要だ。本当に必要な予算なら一般会計予算として別途要求すればよい。
 復興予算流用をめぐり、参院では十八日、決算委員会が開かれ、平野達男復興担当相らが出席して質疑が行われた。十九日には行政監視委員会も開かれる。国会閉会中だが、必要なら審議に臨むのは国会議員としては当然の責務だ。
 政府が提出した予算案の中に不適切なものがあれば、それを正すのは国会の仕事である。
 ただ、現在流用が問題となっているのはすでに国会の審議・議決を経て成立した一一年度補正予算と一二年度当初予算だ。なぜ審議の段階で問題点を指摘できなかったのだろうか。
 国会審議の形骸化と政府に対する監視機能低下が指摘されて久しい。あらためて猛省を促したい。
 

復興へ付け替え横行 省益優先 予算奪い合い

写真
 東日本大震災の復興予算が被災地の再建と無関係な事業に使われている問題で、各府省がこれまで一般会計として扱ってきた事業に関し、復興予算に付け替えて継続を図っていたことが分かった。一般会計の予算査定が厳しくなる中、省益優先とばかりに、関連性のない復興予算獲得に飛びつき、野放図に認められていたのが実情だ。 (中根政人、岩崎健太朗)
 典型的な事業は、外務省の青少年国際交流事業だ。
 震災発生前の二〇〇七年度からの五年間、「二十一世紀東アジア青少年大交流計画」の名称で、中国や韓国などの若者を招いた。毎年度平均で約七十億円の事業予算が一般会計から支出され、一一年度に終了予定だった。
 ところが、復興のための一一年度三次補正予算に「アジア大洋州地域及び北米地域との青少年交流」(七十二億円)と名称を変えて盛り込まれた。震災の実態を米国や中国、韓国など約一万人の若者に伝えるのを目的としているが、実際は被災地での滞在は十日前後のうち実質三日。主に東京や名古屋、京都など被災地と関係のない大都市や観光地を回る内容だった。
 外務省は「震災全体の正しい姿を伝えるための事業。復興予算からの支出は適正だ」と話している。
 このほか、文部科学省は一二年度予算の復興特別会計に所管する独立行政法人・日本原子力研究開発機構の核融合エネルギー研究費として四十二億円を計上した。この事業は被災地の復興に直接関係なく、〇七年度から一一年度までは一般会計として扱われてきた。
 内閣府は復興のための一一年度三次補正予算に、自殺防止対策として「地域自殺対策緊急強化基金」に三十七億円を盛り込んだ。事業費は被災地だけでなく、全国の相談業務に充てられる。〇九年度に三年間分として、一般会計に計百億円が計上されていた。
 防衛省は同三次補正予算に自衛隊輸送機の購入費計四百億円を盛り込み、執行した。当初は一五年までに一般会計から購入する計画だった。