2012年3月9日金曜日

放射能汚染、どこまで隠すのか?:コピペ

http://online.wsj.com/article/SB10001424052970204603004577268902086566084.html



A Job Becomes a Mission


Wall Street Journal reporters revisited some people featured in coverage over the past year, whose lives were upended by the events of last March 11. Here's an update on a nuclear scientist who blew the whistle on the government's handling of the accident.
The nuclear accident in Fukushima turned Toshiso Kosako's life upside down.
The 62-year-old nuclear scientist, accustomed to a quiet academic existence at Tokyo University, found himself trailed by paparazzi, hit by half a dozen death threats and besieged by thousands of phone calls seeking advice on radiation safety (overwhelming his fed-up secretary).
Mr. Kosako became an overnight sensation last April when he resigned as emergency nuclear adviser to then-Prime Minister Naoto Kan to protest Tokyo's handling of the accident. Specifically, he criticized the government's decision to set the limit for children's annual schoolyard exposure at 20 millisieverts.

Read the Earlier Article

"I could not expose my own children to that level of exposure," he said at a press conference, as he wiped tears from his eyes.
Government officials dismissed his criticism as "an individual opinion."
[0307profile07]Agence France-Presse/Getty Images
Toshiso Kosako resigning last April
Mr. Kosako spent the next two months hiding within the walls of his university, working with students. When he re-emerged in public in July, he actively began to raise his profile, attending a number of academic conferences both in Japan and abroad and giving media interviews.
"Until 3/11, I just saw this as my job," said the chatty, bespectacled professor. "Now I have a sense of mission that I need to help a lot more people understand."
He is currently working with the National Council on Radiation Protection and Measurements, a Bethesda, Md. organization of independent scientists, to establish an international commission of nuclear experts to investigate the Fukushima accident, similar to one that probed the accident at Chernobyl.


Back to Normal for a Fukushima Cleanup Crew

Wall Street Journal reporters revisited some people featured in coverage over the past year, whose lives were upended by the events of last March 11. Here's an update on the workers called in during the early days of the Fukushima Daiichi nuclear disaster.
When explosions rocked the Fukushima Daiichi nuclear plant a year ago, Masayuki Sakamoto was one of the first people called in. Although the owner of 35-person construction firm didn't know it at the time, the March 11 earthquake and tsunami had just precipitated meltdowns at three of the plant's reactors.
Mr. Sakamoto spent the next month inside the contaminated plant compound clearing debris, setting up water tanks, and doing other heavy work to help tame the overheating reactors.
He had never dealt with radiation before, and though conditions after the accident were extremely hazardous, he was given very little training on what to do. By June, workers at his company, Hokuriku Koki, were being tested to see how much radiation they'd been exposed to.
These days, Mr. Sakamoto says life is largely returning to normal for Hokuriko Koki, with most workers back to their regular labors of laying drains for dams and other construction projects. He and his employees stopped working inside Fukushima Daiichi in December, he says, around the time that plant operator Tokyo Electric Power Co. declared reactor temperatures had fallen to a "cold-shutdown" level, with little radiation being released.
Radiation levels in most areas inside the compound have gone down dramatically since the initial days after the accident, and the dirt-and-rock-moving crews called in for emergency response have been replaced by the kind of specialists and technicians who'd been working at the plant before, says Mr. Sakamoto.
"They probably fled when it was dangerous and used us," he says.
Some five or six of his employees have been working this year inside the 18-mile danger zone around the stricken plant, decontaminatiing roads, houses and rice fields. Rice-field decontamination, Mr. Sakamoto says, largely involves scraping off the top layer of soil and putting it in a bag for storage somewhere. The Japanese government still hasn't come up with a plan for permanent storage and disposal of all the irradiated dirt, rocks and wreckage littering the region.
Mr. Sakamoto says that he and his workers registered relatively low levels of accumulated radiation exposure. He didn't reveal details, but says their levels have been under the 100 millisievert limit the government has set as permissible for nuclear-plant workers.
"We're pretty much all fine," he says.

2012年3月6日火曜日

米専門家「フクイチ原発災害は防げた」「東電には計駅責任がある」: コピペ

http://www.47news.jp/CN/201203/CN2012030601001892.html


原発事故防げたと米専門家 津波リスクを過小評価


 【ワシントン共同】経済産業省原子力安全・保安院や東京電力が国際的な基準に沿って津波などに対する安全対策を強化していれば、福島第1原発事故は防ぐことができたとする専門家による報告書を米シンクタンク、カーネギー国際平和財団が6日発表した。
 報告書は各国の対策や国際原子力機関(IAEA)の指針を示した上で「日本は国際基準や対策事例の導入が遅れており、これが事故の原因となったことを示す証拠が多くある」と指摘。さらに「なぜ津波のリスクを過小評価したのかを探るのが最も重要な課題だ」と問題提起している。2012/03/06 23:00   【共同通信】

米国で「東電には経営責任がある」株主代表訴訟も

2011.3.30 22:44 (1/2ページ)
 【ニューヨーク=松浦肇】東京電力の経営責任を問う声が米国内で強まっている。東日本大震災で事故を起した福島第1原子力発電所への対応処理、情報開示の遅さに対して、エコノミスト、大学教授からウォール街関係者まで批判的だ。東京電力が昨年9月に実施した公募増資では米国の投資家も東電株を購入しており、海外発で株主代表訴訟が起きる可能性も出てきた。
 「誠に残念ですが、日本は貧しい国になるでしょう」。米国家経済会議(NEC)前委員長のローレンス・サマーズ米ハーバード大学教授が23日、ニューヨーク市内の講演で断言すると、会場が静まり返った。
 米国では、震災後の落ち着いた日本の社会秩序が評価される一方で、経済の先行きが懸念されている。
 米国のエコノミストは第2四半期(4~6月)の日本の国内総生産(GDP)が前年比約3%減るとみているが、減少率の半分、1・5%分が東電「発」によるネガティブ要因。放射能漏れや停電が都心部の経済活動を妨げ、消費の低迷につながるという見方だ。
 経済への影響だけではない。コロンビア大学が22日開催した日本セミナーでは、出席した法律、経済、政治の専門家3人が口をそろえて、「東電には経営責任がある」と主張した。
会社法を教えるカーティス・ミルハウプト教授は「原発の安全監督など内部統制ルールに従っていない場合は取締役責任を問える」と指摘。日本政治研究のジェラルド・カーチス教授も「昨年メキシコ湾で原油流出事故を起こした英BPと同じ構図だ」とする。
 経営責任はあくまで相対的な基準で問われる。大津波よりも高い場所に設置された東北電力の女川原発や、日本原子力発電の東海第2発電所が原子炉を安全に停止できたのに、福島第1原発だけで被害が拡大した点が問題視されている。
 原子力損害賠償法に従って、数兆円規模に上るとされる周辺地域への補償などを国が負担すれば、東電は事実上の国有会社となる可能性が高い。巨額赤字に伴う無配はもちろん、経営トップが退陣を迫られるのは必至だ。
 しかも、東電は昨年秋に4千億円超を株式調達したばかり。取締役が経営のプロとして通常期待される「善管注意義務」を果たしていなかった-として国内外の株主から代表訴訟を受ける可能性がある。
 清水正孝社長が昨年9月の記者会見で述べた「社会的貢献と収益の両立」がとも倒れとなった今、「(東電の)公益会社としての経営責任の果たし方、企業統治のあり方が問われている」(米公認証券アナリスト協会のロビンソン博士)という声が高まっている。

5兆5000億円賠償請求 東電株主 経営陣に代表訴訟

                                 2012年3月6日東京新聞

福島第一原発事故で東京電力が巨額の損失を出したのは経営陣が安全対策を怠ったためだとして、東京都や神奈川、静岡、愛知、福島県などに住む株主四十二人が五日、勝俣恒久会長ら現・旧経営陣二十七人に対し、約五兆五千億円を東電に賠償するよう求める株主代表訴訟を東京地裁に起こした。
 株主側弁護団によると、国内の民事訴訟では過去最高の請求額。株主らは勝訴して賠償金が東電に支払われたら、被災者への弁償に充てるように同社に求めている。
 訴えによると、東電は二〇〇八年、マグニチュード(M)8・3の地震が福島県沖で起きれば福島第一原発が最高一五・七メートルの津波に襲われると試算。しかし、歴代経営陣は、地震で想定される大災害の危険を認識しながらも、防波堤のかさ上げなど十分な安全対策を講じず、重大な原発事故に備えた訓練も怠り、事故で巨額の損害を生じさせた、と指摘。地震が頻発する日本で原発を建設し、運転したことの責任も重大だと主張している。
 株主側弁護団の河合弘之弁護士は「歴代役員個人の責任を追及することで、原発業界にはびこる集団無責任体制を是正し、原発の再稼働を阻止したい」としている。
 株主側は昨年十一月、東電の監査役に歴代経営陣への損害賠償請求訴訟を起こすよう求めた。だが東電は一月、「事故は対策の前提を大きく超える津波の影響。津波対策などについて全取締役の責任は認められない」として、訴訟を起こさないと通知していた。
 東京電力は「株主の方が提訴したとの報道は認識しているが、正式に承知していない」とコメントした。


耐震性2割減「妥当」 伊方3号機耐性評価で保安院方針
経済産業省原子力安全・保安院は20日、四国電力伊方原子力発電所3号機(加圧水型炉、出力89万キロワット、愛媛県)のストレステスト(耐性評価)について、1次評価の論点をまとめた。四電は原発が耐えられる地震が想定の1.86倍と主張したが、2割程度低い1.5倍に下がる可能性が高いことがわかった。
 保安院は近く、現地調査をしたうえで全体的には「妥当」との評価案を示す方針。保安院による判断は関西電力大飯原発3、4号機に続き3基目になる。ただ、当初の主張より安全性の余裕が減るため、再稼働に向けて地元の理解が得にくくなりそうだ。
 四電は昨年11月14日、評価書を保安院に提出。伊方3号機について、想定する地震の揺れの1.86倍、津波は高さ14.2メートルまでは、核燃料が壊れる事故にならず、耐えられると評価していた。
http://www.asahi.com/business/update/0306/TKY201203060686.html

伊方原発2号機、30年超運転認可へ 震災後初めて


経済産業省原子力安全・保安院は6日、今月19日に運転開始から30年を迎える四国電力伊方原発2号機(愛媛県)について、今後10年間の運転延長を妥当とする審査結果案をまとめた。専門家会合で了承された。東京電力福島第一原発の事故後、原発の運転延長が認められるのは初めて。
 四国電力は昨年3月に運転延長を申請。原発事故後、保安院は11月から専門家会合を開いて審査してきた。同原発3号機で02年と04年にポンプの主軸が折れるなどのトラブルが起きたため、点検の充実などを同電力に求める意見が出たが、保安院は近く運転延長の認可を出す。
 原発は運転開始から30年目以降、10年ごとに高経年化(老朽化)対策の報告書を作り、保安院から認可を受けている。国内の原発全54基のうち、30年を超えて運転が認められるのは20基目。






2012年3月4日日曜日

東京電力は粛々と法的整理を進めるべきでは?

震災以来、東電の今後の動向が大きく注目されてきた。会長は災害発生後、大きな過失があったことが明るみに出てもいまだその職を退かず、西沢社長は国税から1兆5千800万円もの支援金を拠出させるだけでは足りず、電気料金の値上げは電力会社の権利と宣う始末である。

今年になって勢い、東電の発送電分離を視野に入れた社内分社化のアイデアや、国の一時的な国有化の話が浮上している。以下、関連記事を転載するが、2つめに転載した現代ビジネスの町田徹氏の東電の国有化を茶番とし、東電は淡々と法的整理を進めるべきという主張には、納得させられる点が多い。

債務超過会社には破たん処理をすればいいのであって、東電関係者や株主や銀行が身銭を切らず、理不尽に国民に高いつけを回すようなことは断じて避けるべきである。

今回大災害を巻き起こしたのは、東電にはちがいないが、原子力・エネルギー産業をめぐるシステム自体の構造的な問題は、何も東電に限定されるものではない。

地域独占、発送電分離、総括原価方式、原発産業と大企業、政府、官僚、研究者との癒着、立地自治体の電力会社への依存、燃料買い取り価格をめぐる問題など、国のエネルギー政策の大きな転換と全国の電力会社の構造改革を英断を持って早急に進める必要がある。理由はこれまで、さんざんこのブログに記してきたので、改めて繰り返す必要もないと思うが。。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120222-00000004-fsi-bus_all

東電、部門別に社内分社へ 発送電分離を視野に

フジサンケイ ビジネスアイ 2月23日(木)8時15分配信

東電、部門別に社内分社へ 発送電分離を視野に
拡大写真
カンパニー制も検討されている東京電力本店=東京・内幸町(写真:フジサンケイビジネスアイ)
政府の原子力損害賠償支援機構と東京電力が、3月に策定する総合特別事業計画に、東電を火力発電や送配電など部門ごとに社内分社化する「カンパニー制」への移行を盛り込む方向で調整に入ったことが22日、分かった。部門ごとの採算意識を高め、福島第1原発事故の賠償資金捻出などに向けた合理化を加速させる。同時に送電部門の独立化を進め、将来的な「発送電分離」への布石とする狙いだ。

支援機構がまとめた総合特別事業計画の骨子案に、3年後の黒字化や5年後の社債市場への復帰などの経営目標とともに、カンパニー制を導入した企業改革案を示した。

この制度は、商社などで多く採用されている。部門ごとへの権限と責任を委譲して外部との競争にさらすことで、独自の経営計画や管理会計を徹底させる。地域独占で「どんぶり勘定経営」とも揶揄(やゆ)される東電経営陣の意識改革を促す。

具体的には、20カ所程度所有する火力発電所をカンパニー化し、外部からの投資資金を取り込みやすくする。電気料金の3割以上を占める燃料調達費についても、独立採算化することで海外企業との共同調達などを促しコストダウンを目指す。

支援機構は週内にも運営委員会(委員長・下河辺和彦弁護士)を開催してこれら骨子案の了承を得たうえ、来週にも東電首脳と3月に策定する総合特別事業計画を話し合う経営改革委員会を開き、説明する。

一方、政府は既存電力会社の送電網を新規発電事業者にも開放して自由競争を促す「発送電分離」を検討中だ。分離方式では、運用を中立的な外部組織に委ねる「機能分離」が有力視されている。東電の送電部門の社内分社化はこの制度改正にも沿った内容となる。

ただ、
カンパニー制への移行は、東電の経営権温存につながりかねない。透明度の高い発送電分離には、送電部門の経営を完全に切り離す「所有分離」が適しているとされる。また、東電の経営権についても枝野幸男経済産業相は1兆円規模の公的資本注入に際し、会社分割が単独でできる議決権の「3分の2以上」の取得へ強い姿勢も示している。

 これに対し、東電は「発送電一貫体制が安定供給にふさわしい」(西沢俊夫社長)との基本姿勢を崩しておらず、支援機構によるカンパニー制移行への調整は難航が必至だ。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/31913

「現代ニュース」

エネルギー改革のノド元に刺さった棘:「東電国有化」という茶番

 町田徹「ニュースの深層」(2012.02.28)



この冬、何度も広域停電の危機に瀕してきた東北電力や九州電力、最終赤字への転落が続出している電力会社経営、秒読み段階に入った電気料金の値上げ、そしてLNGの購入代金がかさんで31年ぶりの赤字に転落した日本の貿易収支・・・。
冷静に捉えれば、我々はすでに、深刻なエネルギー危機の入口に立っている。原発の運転再開ルールの早期確立を含めた、短期、中期、長期のエネルギー戦略の再構築は喫緊の課題だ。
しかし、いたずらに国民の不信感を煽り、エネルギー戦略の立て直しの議論の本格化に影を落としているのが、政府と東電が「経営権の取得」を巡って対立の構図を演じている「東電国有化」の茶番だ。
 枝野幸男経済産業大臣は即刻、不毛な議論に終止符を打つべきだ。手始めに、資本主義の原則に従って、東電をきちんと法的整理に処すことを進言したい。
原子力、火力の主力発電所が東日本大震災の直撃を受けたことから、昨年3月11日以来、電力供給で薄氷の綱渡りを続けてきたのが、東北電力だ。
河北新報などによると、東北電は暑いさなかの昨年8月8日、午前中に供給余力が2.8%まで低下して、110万キロワットの電力を東電から融通して貰うピンチがあった。
同社は、冬の暖房需要に備えて、他社からの融通の容量を拡大したり、仙台火力発電所4号機の復旧を急ぐといった対策を講じてきたものの、十分といえず、この冬は最初から余力の乏しい日が続いていた。
そして、厳しい寒波に襲われた今月(2月)1日、ついに中部電力から電力融通を仰ぐ緊急事態に追い込まれた。融通量は最大30万キロワットだった。
翌2日も、綱渡りは続き、午後5時に最大電力使用率が94.7%(90%以上は「警戒水準」)に上昇、今度は北海道電力から最大28万キロワットの融通を受ける有り様だった。
綱渡りは、決して東北電だけの問題ではない。世界最悪の事故を起こした東電福島第1原発の影響で、全国で定期点検に入った原発の再稼働が認められないため、原発依存度の高かった電力会社ほど深刻な事態に直面している。
例えば、東北電が初の中部電からの支援を仰いだ2月1日には、中部から融通を受けたところが他にも2社あった。関西電力が前日より20万キロワット多い最大60万キロワットの融通を、九州電力も最大40万キロワットの融通を、それぞれ受けている。
加えて、2月3日。この冬最も危うい状況が全国的に勃発した。「警戒水準」とされる最大電力使用率が90%以上の状態に、全国の10電力のうち、東北電、中部電、北陸電、関西電、四国電、九州電の6社が陥ったのだ。
寒波の襲来に加えて、燃料を送る配管の凍結のため、九州電の新大分発電所の火力発電設備が13基すべて緊急停止したことが原因だった。九州電への緊急融通は、関西電、東電など6社の合計で240万キロワットにのぼった。
付言すれば、火力発電では、北陸電の七尾大田火力発電所でも15日、計器周辺で水漏れが見つかり、補修のため、緊急停止するトラブルが発生した。北陸電は、自社の供給力を確保するため、関西電への融通をとりやめざるを得なかった。
企業でも、家庭でも、ユーザー側が真摯な節電努力を続けているのは間違いない。
しかし、大分、七尾の両火力発電所のトラブルは、そうした努力だけでは、突発的な全国規模の停電を防ぎきれないリスクが存在していることを浮き彫りにした。
原発停止の代替措置としてフル稼働させている火力発電の燃料費の増加と、節電要請に伴う売り上げの減少が、電力各社の経営を直撃していることも憂慮すべき問題だ。
各社の決算発表によると、東電の2012年3月期は、最終赤字がこれまでの予測より950億円拡大して6950億円に膨らむ見通しだ。本コラムのアップ前(27日)に、2012年3月期の業績予想を発表する見通しの関西電も、過去最悪の2900億円前後の最終赤字が見込まれているという。
すでに確定した今年度の第1~3四半期(2011年4~12月期)の決算では、全国10社のうち、四国電と沖縄電を除く電力8社が最終赤字を記録した。
家計や企業にとって、あるいは経済全体にとって、深刻なのは、こうした赤字が値上げに直結しかねないことである。
東電に続いて、4月からの新年度には、各社が相次いで大幅な電気料金の引き上げに踏み切ることが確実視されている。
国富の流失も目を覆いたくなる状況だ。昨年は、貿易収支が31年ぶりの赤字に転落した。事態の一段の悪化を象徴するかのように、今年1月も、貿易収支は単月で過去最大の赤字を記録した。欧州危機を主因とした輸出の減速の一方で、化石燃料の購入を主体とした輸入が増えているためだ。
イランがホルムズ海峡の封鎖に踏み切れば、原油の確保が難しくなる懸念もある。
こうした様々な問題を打開するために原発の運転再開を認めるのか、それとも原発封印の代償として様々な問題を甘受するのか、 エネルギー戦略を巡る国民的な議論が必要な段階を迎えたことは、もはや誰の目にも明らかだろう。
しかし、筆者も含めて、そうした議論に素直に応じる気にはなれない問題が残っていることも、また事実だ。のど元に刺さった棘のような問題が、資本主義の原則を無視した政府の「東電の国有化論議」である。政府のあまりにも露骨な東電擁護姿勢は、我々国民に政府への不信感を抱かせずにおかないのだ。
ここからは、その問題を検証しよう。そもそも「東電の国有化」論議は、福島原発事故の発生直後から、株式市場で東電株の売買材料として取り沙汰されていた。その後、折に触れて、話題にのぼった問題だ。
今回、改めて新聞やテレビで大きく扱われることになったきっかけは、枝野大臣が2月13日に、西沢俊夫東電社長を呼び、国による東電への資本注入について、「十分な議決権が伴わない計画を認定するつもりはない」と申し渡したことにある。
枝野大臣は翌14日の記者会見でも、議決権取得に関して「一般論として申し上げれば、りそな銀行に資本注入をしたケースが、国が資本注入する場合の基本的な考え方だ」と見栄を切った。
地域独占、発・送電の分離、総括原価主義の見直しといった電力制度改革と、抜本的な自社の経営改革の両方に、以前から難色を示してきた東電に対し、経産省では昨年春から、「いっそのこと国有化して経営権を取得してしまえば、メスを入れやすいはずだ」という意見があったことは事実だ。筆者も早い段階の取材の際に、複数の関係者から意見を求められて、「血税を浪費しかねない施策を安易に採ることは反対だ」と述べたことがある。
それだけに、新聞やテレビの記者は今回の枝野発言に関して、経済産業官僚から「実現すれば、東電に鉄槌が下る」といった類の解説を刷り込まれ、早とちりしたまま、枝野発言を大きく取り上げてしまったようだ。
しかし、話はそれほど単純ではない。というのは、枝野発言がこのタイミングで行われたことには、東電に甘いとの批判をかわしたいという同大臣の意図が読み取れるからだ。
そもそも、13日に、枝野大臣が西沢社長を呼んだのは、昨年秋に続く2度目の手厚い賠償支援の決定を伝えるためである。これによって、1回目とあわせた政府の支援額は、1兆6000億円に膨らむことになった。
また、翌日の枝野発言は、前日の交付金の受給決定によって、東電が経営悪化批判を免れることができた第3四半期決算の発表日である。
 この両日、政府が淡々と2度目の東電支援だけを公表していれば、どれほど大きな政府批判が新聞紙面を飾るか予測できない局面だった。
だから、次の支援策である公的資金の投入に伴う経営権の取得要求という、一見したところ東電に厳しい議論と映る話を、批判回避のために持ち出したと見るのが妥当なのだ。経営権を取得したところで、東電国有化が国民に余分な負担を求める東電救済策であることにかわりはない。
実際のところ、先週末の終値で株価が250円弱に過ぎない東電が増資によって1兆円を調達しようとすると、発行する株式は単純計算で約40億株となる。
 しかし、東電の定款第6条が定めた同社の株式発行枠は18億株。一方、同社はすでに16億株を発行しており、追加できる枠はわずか2億株しかない。実現には、臨時株主総会を開いて定款を変更しなければならないが、3月末という国有化までに、臨時総会を開くことなど事実上、不可能だ。つまり、最初から、3月末までの増資や国有化、それを前提とした経営権の所得など、すべて絵に描いた餅なのだ。
むしろ、この問題が再び、ヤマ場を迎えることがあるとすれば、それは定時株主総会がある6月か、総会の議案を決める5月だろう。2度目の賠償支援によって、今年度末の東電の資金繰りには目途がついたはずで、3月末がヤマ場になるとは考えにくい。
にもかかわらず、枝野大臣が威勢の良い発言をしたため、新聞とテレビは、増資を巡る東電の内情を確認することもなく、あたかも政府と東電の間で激しい攻防が繰り広げられているかのように報道したのだろう。
報道を真に受けて、大物財界人が口角泡を飛ばしてそれぞれの応援演説をしたのは気の毒だった。
将来の税金投入を懸念する財務省が東電、メガバンクと手を結んで経済産業省のけん制に動いたのは事実のようだが、それは過剰反応で、記事として報じられたことも、枝野大臣の発言に踊らされたに過ぎない。
過去1年を振り返ってみても、政府や銀行の東電擁護は目に余る。
 発端は、昨年3月。経済産業省、メガバンク、東電から、歯止めのない停電を招くと迫られた金融庁が、昨年度末に向けた東電の資金繰りをつけるため、メガバンクに対して国による事実上の債務保証をほのめかしたことだ。はっきり言って、金融庁の対応は「資本主義の番人」の立場を自己否定する失態だ。
次いで5月にかけて、政府は、3月の失策を覆い隠すため、監査法人の口を封じ、東電の事実上の債務超過状態を隠し通そうとした。決算発表を乗り切らせる狙いもあり、この段階で、本格的な公的支援の導入を繰り返し公約する挙に出たのだ。
そして、昨年夏、急きょ根拠法を可決・成立させて、秋に設置したのが、あの原子力損害賠償支援機構である。
 当時は、経済産業省の政務3役にさえ、同機構の設置を失策と認めて、1年程度の間に抜本的な見直しをすると確約する向きもあった。が、そんな約束は、菅直人前政権の崩壊とともに、官僚たちによって葬られた。
 昨年11月になると、賠償支援機構は自らの存在意義を示すかのように、東電支援の第1弾を断行した。
ちなみに、この第1回支援で、約8900億円の資金が交付されたのに、機構と東電によると、実際に東電が今年1月までに被災者に支払った賠償金は4分の1にも満たない2132億円にとどまっている。 
ところが、枝野大臣は、こんな賠償の遅さを問題とするどころか、逆に、2月13日に6900億円の追加支援を決定した。これほど被災者や国民を無視した、東電に手厚い支援策はない。
国民感情からすれば、このうえ、国有化など容認できるわけがない。
 加えて、何よりも問題なのは、政府によるバックアップの代償だ。政府は、事故処理の費用対効果に無頓着で、除染費用などで大盤振る舞いを進めている。かかった費用は東電に請求する仕組みになっているからだ。肝心の東電も、値上げで資金を回収すればよいと考えているためか、そうしたツケ回しに表立った抵抗をしていない。こうしたことは、これまでに本コラムで何度か言及しているのでこれ以上の言及は控えたい。ただ、重荷を、被災者を含む国民に転嫁する話であることだけは、ここで再度、指摘しておきたい。
 本来、こうした理不尽な国民への重荷のツケ回しは、法的整理など、資本主義の原則に従った債務超過会社の破たん処理を断行すれば、おのずから歯止めが効く問題だ。 
最終的に、公的資金を用いた資本注入が必要になる可能性がゼロというわけではないが、枝野大臣が主張するように、破たん処理もしないで、いきなり公的資金を投入するのは、手順が間違っている。下ごしらえもせずに料理をするようなものだ。
仮に、破たん処理をせずに、公的資金を投入すると、その資金が、本来の趣旨に沿って賠償に充当される保証はない。これまでだって賠償のペースは呆れるほど遅いのだ。おカネに色はついていない。浮いたキャッシュフローが資金繰りに使われたり、金融機関の融資回収に転用されるかもしれないのだ。
そして、いざ、破たん処理となった時には、その公的資金(事実上の血税)が、自動的に紙屑になってしまう。
公的資金による資本注入は、東電が過去に地域独占企業として溜め込んだ身銭や、銀行融資、株主負担などによって、債務整理を進めて再スタートする新会社を身軽にしたうえで、再スタートに必要な資本が民間から集まらなかった時に初めて検討すればよい問題である。
東電の場合、発電所をすべて売却したとしても、送配電事業の地域独占企業として再スタートできる公算が大きく、高くて安定的な収益性が見込まれるため、民間からの新会社への出資が集まらないとは考えにくい。つまり、資本主義の原則通りやれば、公的資金による資本注入がいらない可能性が小さくない。
 法的整理をすれば、社債市場が混乱するとか、電力の安定供給が難しいといった議論もよくなされているが、これらはいずれも真実と言えない。
というのは、東電の社債はすべて担保が付いており、元本がきちんと償還される仕組みになっているからだ。
 法的整理を行った日本航空(JAL)で運行ダイヤが守られていた前例を見れば、法的整理の期間中、電力の供給が維持されることも理解できるはずだ。
最後に、法的整理は国民負担を何兆円も減らすメリットもある。昨年12月末のバランスシートによると、東電には9800億円弱の純資産と、使用済核燃料再処理等引当金など所要の手続きを踏めば福島原発事故の処理に使える可能性がある引当金が総額3兆7300億円程度残っている。
加えて、金融機関に対して債権カットを要求できる長・短借入金も3兆8300億円存在する。
つまり、最大で、これらの合計の8兆5400円に相当する分だけ、国民負担を軽減できることになる。
 もちろん、福島原発事故の被害は甚大で、これですべての賠償や除染を賄えるとは思わない。が、東電や株主、金融機関に身銭を切らせないまま、政府が支援し、そのツケをすべてを国民に回すという「国有化」は、許される行為ではない。
枝野大臣は、口先だけで勇ましいことを言うのはやめて、淡々と法的処理を進めるべきだ。
そして、もし、野田佳彦首相が政権の維持に成功して、あなたがもうしばらく、大臣の椅子にとどまるのなら、この問題で何かを決断して、これ以上の東電支援を行うという間違いさえ犯さなければ、よい。そうすれば、資金繰りからみて、1~2年の間に、東電に残された道は、破たん処理だけになるはずである。

2012年3月2日金曜日

瓦礫を受け入れないのはエゴですか?

この週末、メディア各社は瓦礫の受け入れに関する猛烈なプロパガンダを展開し始めている。

最近は、占い師に洗脳されたタレントの問題や、高齢者をだまして多額の金をとったと嫌疑をかけられている女性のニュースなどが大袈裟に取り上げられ、震災後1年各社、めっきり原発災害、再稼働の問題について正面から取り組むことが少なくなった。ところがここにきて、報道・ステーションまでもが、「東日本の食品を受け入れないのは心情的に理解できるが、がれきを受け入れないことはエゴである。近親者が東北にいれば受けれるはず。All Japanで瓦礫を受け入れよう!」などといった論議を展開し始めた。

瓦礫を受け入れないことは果たしてエゴなのだろうか。
以下のような理由で、そのような議論には大きな疑問を呈さざるを得ない。

京大助教の小出氏は早い段階からはっきりと「除染は不可能だ」と言い切っている。「移染はできても、除染はできない」とーー。

それに、私たちはすでに、放射性物質が突然消えるわけでも、1か所にじっととどまるわけでもなく、マイクロホットスポットといわれる、被災地からは何百キロも離れ、周りは全く汚染されていないような場所の中に突然高線量の放射性物質が存在するスポットがあることも、知っている。

宮城、岩手の2000万トン以上もの瓦礫1つ1つの線量を丹念に測って、「安全な」ものだけを全国各地に運びこんで処理するなど到底不可能なことは馬鹿にでもわかる。

東京や千葉など福島からはるか離れた地域にマイクロホットスポットがいくつも見つかっていることは紛れもない事実である。とすれば、環境省が全国市町村に受け入れ要請をしている瓦礫の中に、「福島の瓦礫は混じらないから安全」などと一体誰が言えるのか。

放射性物質が、福島県の県境でぴったり飛散を自主的にやめるはずはない。

宮城や岩手の瓦礫ならば安全などという保障はどこにもないし、がれきの一部が安全な数値を示しても、全部の瓦礫が安全という保障はない、ひどく汚染された瓦礫が、「安全な」(何を持って、安全とみなすかに大きな問題があるが)瓦礫の中に混じる確率が0であることなど、誰にも証明できないのである。

それどころか、今は豪雪が幸いして封じこめられている山林野に飛散した放射性物質は、もうすぐ雪解けとともに、大量に河川水に混じって、あるいは蒸発して雨風に乗って太平洋の沿岸部に移動し始めることが考えられる。

こうして汚染された瓦礫が沖縄をはじめとする地域にひとたち持ち込まれてしまえば、汚染が少ない地域にまで高濃度の汚染物質が拡散し、一旦拡散すれば、手がつけられないことになるのである。

そして、そんな瓦礫を大量に引き受け、不十分な装備の焼却炉で処分すれば、濃縮された放射性物質が全国各地に拡散するばかりである。小出氏は、「放射能物質はできるだけ拡散させないほうがいい」というが、当然のことである。

そもそも人が安全でありたいと思うのは、人として当然のことであり、わが子をあえて危険にさらしたくないと思うのは、ごくごく自然なことである。それをエゴだと批判する権利など、誰にもない。

もしこの災害が福井原発で起こっていたとしたら、東北の住人たちは皆、もろ手を挙げて自分たちの子供をあえて放射性物質の危険にさらそうと、積極的に瓦礫の受け入れをしただろうか。答えはNoに違いない。人である以上、誰も不健康な状況にみずからや、家族を投じたくはないのである。

私が被災地の住民であり、沖縄や大阪にかけがえのない家族が住んでいるとしたら、どんなに低リスクであっても、家族の住む沖縄や大阪にまで、断じて汚染を広げてもらいたくないと強く願うだろう。

「被災地にいる人に犠牲を強いて、自分たちだけが安全でありたいと考えるのはエゴだ」とメディアは今、声を大にして叫んでいるが、高線度の放射性物質が飛散した可能性の高い被災地の周辺に多くの人たちを生活させていること、避難住民の帰郷を煽ることこそが一番大きな問題なのではないか。

あのチェルノブイリでさえ、事故発生から1か月後までに30キロ圏内に居住する住民を移住させようとしたにもかかわらず、福島原発の20~30キロ圏内の住民の帰郷を促し、そのような地に多額の血税を注ぎ込み、除染・復興させようとすること自体に大きな無理があり、問題がある。

原子力ムラの村人は、須らく原発のそばで災害の収束、廃炉作業、使用済み燃料の処分に当たらなければならないが、それ以外の人たち、とりわけ原発の恩恵を何も被っていない被災者については、安全な地域に移住させ、他人の健康を脅かすような犠牲を強いることなく、そこでの安全な生活・雇用の保障を早い段階で行うべきだったと思うし、今すぐでもそうすべきである。

すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有するのであって、すべての国民がおごり高ぶった少数者の怠慢や既得権益の犠牲になって、安全を脅かされ、不健康な生活に甘んじなければならない理由など、どこにもないはずである。

除染や復興は関連企業にとって願ってもない膨大な利益を生む。冷え切った経済を活性化するために、除染や復興は多額の税金を吸い上げる、かっこうの大義名分になる。

被災地では、除染が進まない、がれきの処理がはかどらないという声が上がり、福島県では稲の作付けの是が非が検討されているようだが、日本全国、少子高齢化で、第一次産業に従事する労働者人口の不足に嘆く市町村は山のようにあるし、被災地の復興や除染をする費用があれば、首都機能移転や再生エネルギーの拠点づくりにそれを回すなど、もっと生産的で有意義な税金の使い道はほかにいくらでもあるはずである。

東京は多くの人間が故郷を捨てたがゆえに繁栄した街である。それがよい悪いの問題ではなく、日本の過疎化の問題はまさに、大多数の人間が過疎地を離れて都会に移動することによって生じた社会現象である。

政治家や官僚や大型メディアの人間は、みずからは大都会に身を置きながら、なぜ震災時に東北に住んでいた被災者だけに帰郷を促し、故郷を押し付けようとするのか。
それもまた大いに疑問である。

以下、原子力災害はなぜ起こったか、毎日新聞ウエブの災害1周年のまとめを転載する。ここには、メディアが原子力産業推進の一翼を担い、国民の前に広く安全神話を流布してきたことについて、全くなんら自省を促した痕跡もないが、メディアの報道の在り方に問題は何もなかったのか。

そもそも一体誰の責任で、誰のエゴで、こんな事態になったのか、責めるべきはそちらであろう。

もし原発災害がなければ、どの市町村が瓦礫の受け入れを拒んだろうか。もし政府関係者が、電力会社が、御用学者が災害発生時から、できる限りのデータを正直に誠実に国民に提示していれば、誰が政府の発表に疑念を感じるようになっただろうか。



http://mainichi.jp/select/jiken/graph/1year20120301/

東日本大震災1年:福島第1原発事故 電源多重化、課題多く ミス複合、事態深刻化

東日本大震災から間もなく1年。東京電力福島第1原発で起きた炉心溶融事故により、大量の放射性物質が放出された。福島県災害対策本部によると、現在も約16万人が自宅を離れての暮らしを強いられ、大地や海の汚染、農産物被害は依然深刻だ。事故はなぜ起きたのか。被災を免れた他の原発では再稼働に向けた動きが始まっているが、安全対策は万全なのか。福島第1のような事故はもう二度と起きないのだろうか。

 ◇防波壁かさ上げ、完備まで2年--安全対策

福島第1原発事故を機に、日本の原発の安全対策はどう変わったのか。中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)で2月21日、安全対策を取材した。
「60%、70%……。弁、全開!」。3号機の原子炉建屋地下1階で、原子炉格納容器の圧力を下げるベント(排気)の訓練に当たる社員が叫んだ。
福島の事故では、ベント操作の遅れが炉心溶融につながった。停電すると弁の操作ができなくなるため、浜岡原発では手動でも弁操作ができない事態に備えて窒素ガスの圧力で弁を操作する手順を新たに整備した。建屋2階には窒素ボンベが出番を待つ。
海岸沿いでは、津波防波壁の建設工事が進んでいた。海面からの高さは18メートル、厚さ2メートル。今年12月完成予定で、原発の施設を1・6キロにわたって取り囲む。基礎は鉄筋コンクリートを地下40メートルの深さまで打ち込む。「防波壁の全体像が見えれば、再稼働への理解も得られると思うのですが……」。建設作業を見守る社員がつぶやく。
◇
福島の事故は、想定を大きく上回る天災と、危機意識の欠如からくる人災との複合災害だ。象徴的だったのが、命綱ともいえる電源確保対策の破綻。事故前、電力各社が持っていた対策は▽隣接する原子炉から電気を融通する▽非常時に原子炉を冷やす原子炉隔離時冷却系(RCIC)が稼働している間に電源を復旧させる。しかし福島では、外部から電気を引き込む変電所や送電線が被災し、津波によって非常用発電機やバッテリーが水没した。
経済産業省原子力安全・保安院は事故後の昨年3月末、電源や浸水対策の強化を含む「緊急安全対策」を電力会社に指示した。しかし原子炉を安定冷却するのに必要な電力を供給できる電源車は、配備完了までなお時間が必要だ。津波対策でも、各社が津波防波壁のかさ上げを計画したが、完備まであと2年程度はかかる見通しだ。
保安院はさらに昨年6月、水素爆発の防止策▽緊急時の通信手段の確保▽がれき撤去用の重機の配備--を電力会社に求めた。「電源の多重化」など事故を教訓にした30項目の対策もまとめ、安全対策の強化を内外にアピールしている。
 NPO法人「原子力資料情報室」の伴英幸・共同代表は「事故原因の完全解明が済んでいないのに、福島第1原発と同様の事故を防げると考えるのは時期尚早」と指摘する。
例えば福島第1原発が震災前に想定していた地震は、揺れの加速度で600ガル、津波の高さは5・7メートル。これに対し、実際には最大675ガルの揺れと13・1メートルの津波に襲われた。伴さんは「これまで甘かった地震や津波の想定などを早急に見直さなければ、信頼は取り戻せない」と話す。

 ◇ストレステストに批判も--再稼働

 安全対策が進まない一方で、国は、停止中の原発の再稼働を目指している。その前提として導入したのが、原発の安全への備えを測る「ストレステスト(安全評価)」だが、再稼働の可否をこのテストで判断することには、専門家の間でも批判がある。
ストレステストは、原発が設計上の想定を超える地震や津波に襲われ、原子炉建屋や重要機器などが壊れて炉心損傷に至ると仮定した場合、現状がどの程度の余裕を持っているかを調べる。日本では、炉心損傷までの余裕を測る1次評価(停止中の原発対象)と、炉心損傷後の事故の深刻化を抑える対策まで考慮する2次評価(運転中の原発対象)の2段階で実施する。
再稼働へ向けた手続きは、まず電力会社が各原発で実施したストレステストの1次評価結果を評価書にまとめ提出。これを保安院が審査し、内閣府原子力安全委員会の確認作業を経て、最終的には野田佳彦首相と、藤村修官房長官、枝野幸男経産相、細野豪志・原発事故担当相--の3閣僚が再稼働の可否を判断する。
 さらに再稼働には、地元自治体の合意が不可欠だが、福島の事故を踏まえた新しい安全基準の策定を求めるなど慎重な自治体が多い。2月末現在、8社が16基の1次評価を保安院に提出したが、再稼働までこぎつけた原発はゼロ。4月下旬にも、北海道電力泊(とまり)原発3号機が停止すると、日本にある商業用原発54基すべてが止まる、史上初の事態を迎える。
 これまで提出された1次評価結果によると、地震は想定の1・29~2倍の揺れ、津波は1・5~6・2倍の高さになっても炉心損傷には至らない。外部電源を失っても10・7~104日は安全に原子炉を冷やすことができるとした。この「余裕度」が大きいほど安全性は高いと言えるが、それは「想定が正しい」ことが大前提だ。福島第1原発事故は、想定を甘く見積もり、備えもそれに応じて甘かったために起きた。
 全国の原発が、地震の揺れや津波の高さを想定し、余裕を持たせて設計されている=地図、グラフ。だが、これらの想定の多くは、06年の耐震設計審査指針改定を踏まえた再検証を終えていない。商業用原発で検証を済ませた東電柏崎刈羽原発1号機では、想定地震動が450ガルから2300ガルに上方修正された。
 保安院は今年2月、最初に提出された関西電力大飯(おおい)原発3、4号機の1次評価結果を「妥当」とした。だが、保安院の意見聴取会メンバーである井野博満・東京大名誉教授と後藤政志・芝浦工大非常勤講師は「住民の安全性の判断に必要な2次評価が未提出で、再稼働ありきの見切り発車」と批判する抗議文を発表した。

 ◇津波算定方法を規定--指針

 事故は日本の原発の「安全神話」を崩壊させた。同時に、すべての原発がよって立つ安全指針の信頼性も揺らいでいる。
 原発を造る際の基準となる指針類は約70種類。原子力安全委員会(班目(まだらめ)春樹委員長)は事故を受け昨年6月、改定作業に着手した。3月末までに中間取りまとめを公表、4月発足予定の原子力規制庁が引き継いで法制化に生かしたい考えだ。
■津波
津波については、06年改定の耐震設計審査指針に「極めてまれではあるが発生する可能性がある津波によって施設の安全機能が重大な影響を受ける恐れがないこと」としか記載がない。原発周辺で起きる最大規模の津波を想定するよう求めながら、津波高の算定方法も定めていない。
事故後の改定案では、想定津波の高さの算定方法を規定する。周辺の地震動調査だけでは「限界がある」として、海外で起きた大津波の発生機構とも比べて参考にするよう求める。
想定を超えた場合の対応については、指針ではなく、電力各社に「過酷事故対策」を義務づけ、建屋や機器の耐水性を強化することなどを求めた。
■電源喪失
今回の事故で明らかになった指針類の大きな不備は、原発施設の基本設計を定めた「安全設計審査指針」(90年策定)が、福島第1で起きた長時間の全電源喪失を「考慮しなくてよい」としている点だ。93年、安全委の作業部会は長時間の全電源喪失が炉心損傷につながる危険性を指摘しながらも「日本では電源の早期復旧が期待できる」として見直しを見送った。日本の安全審査では、全電源喪失は長くても30分程度で、その時間をしのげるだけの設備を備えれば容認されてきた。
非常用電源も失った福島第1原発の場合、電源喪失は9~11日間に及んだ。事故後の改定案では、非常用発電機が機能しない場合の代替電源の設置を義務づけた。

 ◇東海第2の「幸運」 首都圏救った70センチ

津波に襲われた原発は福島第1原発だけではない。同原発の南、東京都から130キロの太平洋岸に建つ茨城県東海村の日本原子力発電東海第2原発は辛うじて冷温停止できた。何が明暗を分けたのか。
◇
「もし防潮壁を引き上げていなかったら、福島と同様、深刻な事態に陥っていただろう」。海風が吹きつける第2原発の岸壁で、震災当日勤務していた原電社員が振り返った。最も海側の「非常用ポンプエリア」には、10年9月に完成した高さ6・1メートルの防潮壁がある。これが「首都圏に最も近い原発」を救った壁だ。
それまでの防潮壁は高さ4・9メートル。スマトラ沖大地震(04年)の後、茨城県は07年、独自に津波の浸水想定区域図(ハザードマップ)を作製し、想定津波高を4・9メートルから5・7メートルに引き上げた。これを受けて原電は、非常用ディーゼル発電機の冷却ポンプ3基があるこのエリアに、1・2メートル高い防潮壁を設置した。
 3月11日、実際に到達した津波の高さは最大5・4メートル。新しい防潮壁はわずか70センチ高かった。ポンプ3基中2基は、2日前の3月9日に止水工事が完了したばかりで浸水を免れた。工事が終わっていなかった1基はケーブル用の穴から海水が浸入して水没。1基がダウンしたことで、冷温停止までに3日半を要した。
今年2月、同原発を視察した横浜国大の小林英男客員教授は「(壁の引き上げを)即実行したことが成功した。東海第2は他の原発にとっても非常にいい教訓になる」と指摘した。一方、引き上げるきっかけとなったハザードマップをまとめた「津波浸水想定検討委員会」委員長の三村信男・茨城大教授は「我々が当初想定した震源は実際と異なっており、今回の津波の到来を『当てた』わけではない。しかし、歴史的に考え得る最大の津波を想定したことが結果として役立った」と話す。
防潮壁自体も大型漂流物の衝突には耐えられない構造だった。もし船舶や自動車がぶつかっていれば倒壊し、3基とも水没していただろう。実のところは幸運も手伝った「薄氷の冷温停止」(原子力安全・保安院幹部)だったといえる。

 ◇事故のあらまし

11年3月11日、三陸沖でマグニチュード9・0の地震が発生、高さ約13メートル(東電推計)の津波が到達した。運転中の1~3号機は地震で自動停止(4~6号機は定期検査中)したが、地震と津波により外部電源や発電所内の非常用電源などほぼすべての電源を失い、原子炉や使用済み燃料プールの冷却ができなくなった。1~3号機は過熱して炉心溶融が発生。1、3、4号機の原子炉建屋では水素爆発が起き、大量の放射性物質が外部に放出された(5、6号機は冷温停止)。国際評価尺度ではチェルノブイリ原発事故と並ぶ「レベル7」。
==============

 ◇非常用復水器、作動と誤解--現場

事故はどうして起きたのか。政府の事故調査・検証委員会(委員長・畑村洋太郎東京大名誉教授)が昨年12月に公表した中間報告書から振り返る(文中の肩書は事故当時)。
 第一に、炉心を危機から守るための作業が適切になされなかった。報告書は非常時に1号機(3月12日に水素爆発)の炉心を冷やす「非常用復水器(IC)」の作動状態を吉田昌郎(まさお)所長らが誤解していたこと、さらに3号機(3月14日に水素爆発)への注水操作に不手際があったことを指摘している。
「3月11日午後4時42分、1号機の原子炉の水位が低下」「同日午後5時50分、1号機原子炉建屋付近の放射線量が上昇」
1号機では電源喪失後、ICの弁が閉じ機能していなかった可能性がある。正常に動いていないことを示す兆候も次々と出ていた。
しかし、現地や東京都千代田区の本店は、11日午後11時50分まで「ICは作動している」と誤解。消防車による外部からの注水や、炉内圧力を下げるベント(排気)の遅れにつながった。
 なぜか。運転員は、訓練や教育を含めてICの作動を経験しておらず、操作に習熟していなかった。本店も適切な助言や指示ができなかった。報告書は「状況を正しく評価していれば、ICに関して誤解しなかったはず」と記す。過酷な事態に対処する訓練や教育が不十分だった。
 3号機では、地震から2日後の13日午前2時42分、運転員が別の注水手段に切り替えるため、高圧注水系(HPCI)を止めた。しかし別の方法による注水に失敗。発電所内の連携不足もあり、吉田所長ら幹部が状況を把握したのは、HPCI停止から1時間余りたった後だった。対応が後手に回り、状況は一層悪化した。
報告書は1、3号機について「代替注水が順調だったら水素爆発を防げたかは判断できないが、炉心損傷の進行を遅らせ、放射性物質の放出量を抑え、その後の作業を容易にした可能性はあった」と指摘する。

 ◇場当たり的な対応--官邸・保安院

 報告書は危機の司令塔となるべき首相官邸や経済産業省原子力安全・保安院の場当たり的な対応も取り上げた。
地震発生直後、東京都千代田区の官邸地下にある危機管理センターに関係省庁幹部や担当職員が集まり、情報収集や支援策の検討に入った。しかし同センターは情報保全のため携帯電話の電波が届かない。電話回線も混雑し、情報収集は困難を極めた。
そのころ官邸5階の執務室では、菅直人首相が関係閣僚や原子力安全委員会の班目春樹委員長、東京電力の武黒一郎フェローを集め、避難区域の設定や原発の対応について協議していた。しかし地下のセンターでは5階の状況が把握されないまま対策が練られていた。さらに官邸側から現地への助言のほとんどは、吉田所長が既に着手しているものが多く、実際には役に立っていなかった。
 保安院は地震後、霞が関の経産省別館3階に緊急時対応センター(ERC)を設置。ここに4、5人の東電社員が派遣された。しかし、ベントの準備状況について明確な情報が得られないなど、東電社員から最新の情報を集められなかった。約600メートル離れた東電本店では、テレビ会議システムで現場の状況を把握していたのに、保安院職員は状況確認のため東電本店に出向くこともせず、東電に「正確な情報を早く上げて」と依頼するだけで、監督官庁として効果的な指導や助言をしなかった。
 一方、原発から放出された放射性物質の拡散状況を予測する文部科学省の「緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)」は十分に活用されなかった。実際には、放出された放射性物質の量や種類などのデータが停電でSPEEDIに送信されなかったため拡散量を算出できなかったが、文科省は「毎時1ベクレル放出された」との仮定で拡散予測を計算していた。
 問題は、その結果を政府も福島県も避難などの検討に活用せず、結果を公表する発想も持たなかったことだ。そのため一部の住民の避難先が放射性物質の飛散方向と重なり、無用な被ばくを招いた。報告書によると、事故直後の基準で「除染が必要」とされるレベル(その後上方修正)の被ばくが確認された住民は1003人(昨年10月末現在)。「住民の命と尊厳を重視する立場でデータの重要性を考える意識が希薄だ」。報告書は批判する。

 ◇災害を軽視、備えに不足--東電

津波を含む自然災害を軽視し、過酷な事故に発展するとの想像力や事故対策も不十分だった。
東電は02年、津波の評価方法を示した土木学会の「原発の津波評価技術」に基づき、福島第1原発で想定される津波の高さを3・1メートルから5・7メートルに引き上げた。08年には国の長期評価などを基に試算し、津波は「15メートル超」となった。
 これに対応する防潮堤の設置には、数百億円の費用と約4年の歳月がかかると見積もられた。当時の武藤栄原子力・立地副本部長と吉田昌郎原子力設備管理部長は、長期評価を「仮想的な数値」と軽視し、対策に結びつかなかった。その後の試算でも、三陸沖で869年に起きた貞観(じょうがん)地震の研究結果から、福島沿岸に到達する津波は8・6~9・2メートルになるという結果を得ていたが見過ごされた。
背景には、備えるべき「過酷事故」として故障や人的ミスばかりを想定し、津波などの自然災害を対象外にしていたことがある。報告書は「極めて大きな問題点の一つ」と指摘している。想定の甘さ、それに伴う備えの甘さ、関係者の連携不足などが複合的に絡み、事態を深刻化させた。

 ◇東電「食い違いはない」

東電広報部は政府事故調の中間報告書について「綿密に調査した結果であり、事実関係について大きな食い違いはない。ただ、1号機の非常用復水器に関しては、電源喪失のタイミングによって弁が閉じることもあれば開いた状態の可能性もあり、事故時に弁の開閉状態を認識し、対応するのは困難だった」とコメントした。
事故をめぐっては、「福島原発事故独立検証委員会」(民間事故調)が独自に調査を実施。2月27日に公表した報告書では首相官邸の危機管理のまずさなどを指摘した。国会が設置した「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」(国会事故調)も6月に報告書をまとめる予定。
2012年3月1日