フクシマの事故で原発を廃止していいのか=米科学者
東京電力福島第1原発の事故で放射線を浴びた人々への健康被害は、長い期間にがんになる確率を少し上げるといった形で表れるものであるため実感はない。だが、反原発を唱える数万人規模のデモが何度も国会や首相官邸を取り囲み、参加者は将来の世代のために原発を廃止すべきと訴えている。また多くの世論調査で、原発を廃止すべきと考える人が圧倒的多数を占めている。
こうした日本の現状に対し、カリフォルニア大で物理学を教えるリチャード・ミュラー教授は「未来の大統領のためのエネルギー政策(Energy for Future Presidents)」と題する新著で、原発事故後に広い地域の住民を長期にわたって避難させ、原発を停止させた日本政府の政策は、益よりも害の多い政策だったと批判している。
同教授はウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿で、過剰反応だったと考える根拠として、米コロラド州デンバーの住民は同地の花こう岩に含まれるウランが放出するラドンガスのため、常に多量の放射線を浴びているが、米国の他の地域よりも健康だという例を挙げている。
米国民が普通に浴びる放射線に加え、デンバーの住民は年0.3レム(人体への影響を示す古い単位:1レム=10ミリシーベルト)の放射線を余計に浴びている。だが、デンバーのがん罹患率は米国の他の地域に比べ低い。これを基に、低レベルの放射線は健康にいいと解釈している学者もいるという。ただ、ミュラー教授自身はこれをライフスタイルの違いではないかと考えているという。
デンバーに比べると、福島の原発事故で「ホットスポット」となった地域では放射線が0.1レム程度増えただけではるかに低い。
放射線は、年25レム浴びると、「自然な」理由によってがんになる確率である20%が1%上昇するという。放射線量が増えるに従ってがんになる確率も上がり、50レムなら2%、75レムなら3%増加する。こうしたがん罹患率の研究は広島、長崎の被爆者の研究によって確立されている。
最近、福島のチョウの研究で、放射線によって昆虫などの奇形が増えていることが確認されたが、ミュラー博士これは以前からわかっていたことで、広島、長崎での被爆者の研究で、人間のような高等動物に放射線によって奇形が生じたといった結果は出ていないという。
では、原発事故による被ばくで何人ががんになるのか。仮に被ばく量が2レム以上だった地域の約2万2000人が全員、最大レベルの22レム被ばくしたとする。原発事故がなくても、20%つまり4400人はがんにかかるが、放射線によってさらに194人が、がんになる、とミュラー教授は推定する。
ただ自然な原因でがんになった人々も、放射線でがんになったと思うだろう。広島・長崎の約10万人の被爆者のうち約2万人が自然な理由でがんにかかったが、原爆によってがんになったのは約800人だけだった。しかし、はるかに多くの人が自分のがんが原爆によるものだと考えていた。
福島の原発周辺の人口は約4万人。平均被ばく量は1.5レムだった。放射線でがんになる人は24人ということになる。
こうしたところから、ミュラー教授は、放射線によるがんで死亡する人の数は津波による死者に比べはるかに少ないと指摘し、これが原発政策上、中心的な論点になるべきではないと主張する。
また、教授は、原発は想定可能なものすべてに耐えられるように設計されなければいけないものだろうかと問題提起する。小惑星や彗星(すいせい)が地球に衝突する危険もあるし核戦争の危険もある。
その上で、ミュラー教授は、福島の最大の悲劇は日本が原発をすべて停止してしまったことによる影響や経済的な損失だとしている。住民のためを思った策ではあったが、比較的安全で豊富、かつ、ほかのエネルギー源に比べ地球環境に優しい原子力の将来が危うくなってしまったことを考えると益よりも害の多い政策だったと述べている。
同教授のような主張は、日本でも産業界や科学者には多い。世の中には危険ではあるが便利なものだとして存在を許されているものがいろいろある。だが、経済や科学に基づいた原発擁護は、圧倒的な反原発の声にかき消されてしまっている。
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