【東京】3月11日の大震災で、関東地方に電力を供給している原子力発電所の半分以上が影響を受けたことで、急きょ現代社会における最大の実験の1つが行われることになった。人口約3000万人を有する大都市圏が、電力供給の約5分の1を失っても果たして機能できるのか。
気温が32度を上回る蒸し暑い日が何日も続いた7月が終わりに近づき、実験の暫定結果を確認するときがきた。答えは「機能できる」だ。東京電力が7月中一度も停電に踏み切る必要がなかったのみならず、ほとんどの日においてニューヨーク市に供給できるほどの電力が余った。
多くが懸念していた電力不足による経済への影響も特になかった。日本の株式相場は震災前の水準近くにまで上昇し、経済は再び成長し始め、省エネグッズの需要拡大でむしろ活気づく企業さえ出ている。
節電は今や国家的宗教と化している。エアコンの多くが28度に設定され、ビジネスマンはいつものスーツを脱ぎ捨て、「スーパークールビズ」式半袖ファッションに身を包んでいる。自動車メーカーは平日のピーク時間の電力消費を避けるため、週末操業に踏み切っている。
その結果、これまでのところ関東地方のピーク時の電力使用量は、昨夏のピーク時と比較して約23%減っている。
電力消費量の低下によって、日本の数十年にわたる原子力発電への取り組みが今、大きく揺らいでいる。原子力発電はこれまで日本の電力の30%近くを賄ってきた。だが、日本がこのまま少ない電力供給で夏を無事に乗り切った場合、福島第1原子力発電所の事故によって日本のエネルギー政策は大きく様変わりする公算が大きい。
そうなれば世界的にも影響を及ぼすことになるだろう。チェルノブイリ原発事故以来最悪の放射線漏れ事故を目にし、世界のさまざまな国が原子力発電の見直しに踏み切る可能性があるためだ。
政治家や経営者の多くは、日本は今後原発への依存を継続的に減らす方向に傾いており、いずれ
完全に廃止する可能性もあると話す。
ドイツとスイスは既に段階的な廃止計画を発表しているが、原発大国の米国とフランスの指導者は、今後も原子炉の運転を続ける計画だとしている。
経済同友会が7月に行った夏季セミナー後に公表した意見書には、「中長期的に考えれば、老朽化した原発を順次廃炉にし、再生可能エネルギーの推進をめざす『縮・原発』の方向性が望ましい」と記載されている。
さらに踏み込んだ発言をしている経営者もいる。楽天の三木谷浩史社長(46)は、英語でインタビューに応じ、基本的に「原子力エネルギーがない方がいいと思う」と述べた。ただし、一度に全原発を廃止することには賛成しないと付け加えた。一方、今夏の事態を受けて、日本国民がかつて原発に抱いていた信頼は打ち砕かれたと語った。
日本が供給ひっ迫を回避できているのは、原子力発電以外の電力供給の増加と、需要の縮小のおかげだ。東電は停止していたガス・火力発電所を急きょ再稼働させ、震災後関東地方の一部で数日行われた輪番停電の再開を何とか防いでいる。一方、地道な節電努力が奏功し、関東地方のピーク時の電力需要は多くの日において1万メガワット以上減っている。
こうした措置にはマイナス面もある。ガスや火力などの従来型の発電設備は温室効果ガスの排出量が多い上、燃料を輸入しなければならない。そのためエネルギーコストが上昇している。ただし、円高がその負担を多少緩和している。
ピーク時の電力消費量(赤、青)と11年7月の最大発電能力(グレー)(出所:東京電力)
さらに、行き過ぎた節電努力により、熱中症にかかる高齢者が増えている。宮内庁の報道官によると、いずれも70代の天皇、皇后両陛下は、一時期ロウソクと懐中電灯だけで夜を過ごしていたという。
総務省消防庁によると、7月24日までに熱中症で病院に搬送された人は、全国合わせて2万2418人に上る。その半数以上が高齢者で、43人が死亡している。熱中症の人数は昨年よりも50%余り増えているが、死亡者数は3分の1減っている。
電力会社役員や財界首脳の一部は、関東地方の大手企業への目標義務付けを含む節電努力は、生産に支障をきたし、経済見通しを一段と不透明にすると主張する。
東電の相澤善吾副社長は短い取材に応じ、「今電力が足りているから原発はいらないというのは早急な結論だ。日本はもの作りで生きている国で、かなり生産活動が影響を受けている」と語った。
だが、これほど大規模な電力消費の削減(削減された電力は、米電力会社コンソリデーテッド・エジソンが管轄するニューヨーク市と隣接するウエストチェスター郡の需要の合計にほぼ匹敵)にもかかわらず、経済的打撃は比較的抑えられているようにみえる。
日本銀行の山口廣秀副総裁は、7月20日に長野県で行われた金融経済懇談会で、「この夏の電力不足も、当初懸念されていたほどは経済活動の制約にはならない見通し」だと述べ、日本経済は今年後半以降は緩やかに回復し、来年はプラス2.9%の成長が見込まれるとした。
確かに都内はおおむね例年どおり活気にあふれている。家電量販店では買い物客が列を成し、リゾート地へ向かう列車は大勢の乗客であふれている。
震災そのものによる大規模な被害を受けたのは6基の原子炉を有する福島第1原発だけだが、東電は4基の原子炉を有する近隣の福島第2原発も閉鎖した。
全国に54基ある原子炉のほとんどは震災による被害を受けていない。だが、定期点検で休止していた原子炉の運転再開に地元の市町村が二の足を踏み始めたことに電力会社はたじろいだ。
そこへ菅直人首相が、すべての原発に対してぜい弱性をチェックするストレステストを実施する意向を表明したことで、運転再開はさらに遅れることになった。
現在稼働している原子炉はわずか16基。これらもすべて来年春までには定期点検のために休止する予定だ。現在休止中の原子炉の運転が再開できなければ、日本は9カ月もしないうちに原発による電力供給をすべて失うことになる。
そうなれば来年夏の需要期に再び電力ひっ迫の危機に見舞われることになるため、日本では「脱原発」が可能かどうかが議論されている。国民がこのまま節電を続け、電力会社が老朽化しつつある化石燃料発電所を来年も稼働させれば、日本は恐らく停電なしにやっていけるだろう。だが、原発支持派は無謀な試みだと反論している。
原発からの電力供給の急減を受け、関東以外の地域でも節電を余儀なくされている。日本第2の経済規模を誇る関西地方でも、11基ある原子炉のうち稼働しているのはわずか4基だ。関西電力本社ビルのトイレのハンドドライヤーはスイッチが切られ、100円ショップでタオルを購入し、それで手を拭くよう促す張り紙が掲示してある。
この関西地方の実験は、現在までのところ関東地方と同様の結果を見せている。節電のおかげで、電力供給は需要を優に上回っている。
大阪府の橋下徹知事は7月後半、執務室の外で記者団の質問に答え、「電力が足りないから原発が必要だという理屈には乗っからない。大体余裕がある。これが実態なんだ」と語った。
電力各社や一部大手企業は、この夏の成功は例外であって再現することはできず、すべきでもないと訴える。
日本経団連の自然保護協議会事務局長を務める岩間芳仁氏は、自家発電に余計な費用がかかる上に先行き不透明なことから、企業は投資に消極的だと述べた。
同氏はインタビューで、「いま企業が一所懸命やっているものはいつまでもつか。厳しいと思う。(空洞化が)さらに加速すると心配している」と訴えた。円高を受けた生産拠点の海外移転による空洞化は既に進行しているという。
こうした見方を受け、企業幹部は休止中の原発の運転を早期再開するよう求めている。経団連の米倉弘昌会長(住友化学会長)は記者会見で、政府が原発の安全性を確保し、国民を安心させるべきだと発言している。同会長に言わせると、国民はあまりに「感情的」になっているという。
しかし、原発を推進する電力会社、経済産業省、大企業による連携への疑念は増幅している。
NHKが今月実施した世論調査では、原発削減ないし撤廃の意見が2対1で勝っている。与党時代に原発を断固推進してきた自民党でさえ、党員が攻撃されないよう見解を見直している。
原発推進陣営は自ら墓穴を掘っている。九州電力は、一般市民になりすまして原発支持の電子メールをテレビ討論番組に送るよう子会社の従業員に要請した。同社社長は、この問題の責任を取って辞任する意向を示している。福島第1原発の記者会見を担当していた経産省の西山英彦審議官は、女性問題の報道を受けて事実上の更迭となった。
同社は、コンピューターサーバーから出る熱の抑制や消灯で消費電力を35%削減したとしている。三木谷社長は、節電がさほど難しくないと語った。東電は電力が不足すると声高に訴えていたが、その後、実際には十分な供給があると伝えられたため、同社長の疑念は増幅した。
同社長は「東電が真実を言っているのか違うのか、わからない」と述べた。「電力不足なのかどうかさえ、本当にはわからない」
東電は、自社の数値が正確であり供給増大に最大限尽くしているが、節電がなければ停電が起こりかねないとみていると訴える。広報担当者は、まだ楽観できる状況ではないと述べた。
国内では「脱原発」議論が始まっている。朝日新聞は社説で自らの脱原発計画を展開した。
同紙によると、日本は短期的には米国からの輸入を含めた液化天然ガス(LNG)への依存を増やしつつ、より長期的には太陽光や地熱などの再生可能エネルギー源を開発すべきだという。菅直人首相が訴えている再生エネルギー法案は、再生可能資源で発電を行う企業が、黒字を確保できる価格で電力を売れることを保証するものだ。
多くの企業は既に、この夏に行われている原発依存度低下の実験が来年以降の夏も続くと見込んで事業を進めている。7月にはパナソニックやシャープといった企業が、自家発電した電力を蓄えられ、外部電力がいらないソーラー住宅の規格を共同で開発すると発表した。
三菱商事率いる日本企業グループが多額の費用を投じてカナダで行うインフラ開発計画の下、2010年代に太平洋経由でLNGが日本に出荷される可能性がある。一方、ソフトバンクの孫正義社長が提案している、休耕田などに太陽光パネルを設置する計画には、道府県の4分の3が参加する。
脱原発に向けた動きには多額の費用がかかりそうだ。原子力の代わりに輸入燃料や割高な代替可能資源を使えば、国内電気料金が短期的に上昇することは確実だ。これまで原発を受け入れてきた自治体は雇用や税収の主な源を失うだろう。電力会社は、原発に投資してきた莫大(ばくだい)な金額を償却しなくてはならなくなる。
また、朝日が指摘しているように、脱原発は消費者にも要求を突きつける。同紙は「電気を使いたいだけ使い、供給は『お任せ』にしてきた姿勢を改めなければならない」としている。