2012年7月21日土曜日

"The fight for nuclear energy in Japan" : CNN

先週の金曜日もまた多くの人たちが首相官邸の前に集まって、原発再稼働の抗議行動を行なった。

CNNまでが次のような記事を掲載しているというのに、日本の大型メディアは、ほとんどそれに正面から向き合い、きちんと報道しようとはしない。国民の生活や安全よりも自分たちの自己保身に懸命で、弱い国民の声を黙殺するやり口には、消費税増税も、沖縄の基地問題も、オスプレイも、いじめもみんな通じるところがある。

1000万人の原発廃止の署名活動も、すでに800万人に達しているという。その気になれば、まだまだ署名の数は増えるはずである。

800万人の署名や、延何十万にもの直接的な抗議行動が、少数の権力集団によって、単なる雑音として握りつぶされ、黙視されるだけだとすれば、日本における現行の間接民主制では、民意というものが政治に全く反映せず、民主的であるべき制度が全くの機能不全をきたしていることをはっきりと証明しているようなものである。

原発廃止や国のエネルギー政策、原子力規制委員会の委員長、首相の決定、国防のあり方、天下り制度の廃止、国会議員の定員削減など、国民の生活権、生存権、財産権を左右するような国の重要な事案は、直接選挙で、国民投票で決定していくような仕組みに早く変えていかなければ、国民のための政治からはますます乖離し、益々ひどい状況に転がり落ちるばかりであると危機感を抱くのは、薔薇っ子だけだろうか。

原子力規制委員会の委員長なんて、素人が決めるものじゃないという批判があることは承知のうえだが、法律家でもない国民に最高裁の裁判官の審査をやらせているではないか。

原子力の専門家の中で誰の言葉ならば、信用できて、誰が真摯に国民の安全という見地から、ぶれずに終始一貫して科学者・技術者という立場を貫いているか、誰が様々な局面に対してもっとも適切な説明をしているか、そうしたところから誰の言うことならば信頼できるものであり、誰の言葉には耳を貸すべきである。

幸いにして、3.11以降、洪水のごとくメディア報道に接した国民は、すでにちゃんと知っている。規制委員会のトップを選ぶほうが、むしろ一度も名前を聞いたこともないような最高裁の裁判官を審査するよりも、国民にとっては、はるかにたやすいはずである。


激化する日本の反原発デモ 毎週金曜日に数万人が首相官邸前で抗議

2012.07.21 Sat posted at: 10:15 JST

(CNN) 日本で反原発デモが勢いを増しつつある。首相官邸前では毎週金曜日、数万人が原発再稼働に対する抗議デモを行っている。彼らの主張はただ1つ、原発の放棄だ。


社会革命の時代だった1960年代、世界各国で学生、人権活動家、反戦活動家たちが政府に対して立ち上がった。日本も例外ではなく、数十万人が1960年に締結された改定日米安全保障条約に反対し、街頭でデモを行った。日本ではこの安保反対デモを最後に大規模な抗議行動は行われてこなかった。

日本では昨年、津波の影響により東京電力福島第一原子力発電所で炉心溶融(メルトダウン)が発生して以来、反原発の草の根運動が広がりを見せている。

原発を推進したい政府も、こうした市民の声は無視できないが、今月に入って保守や試験のため停止していた国内の全原子炉50基のうち2基を再稼働した。日本には電力が必要、というのが政府側の言い分だ。

野田佳彦首相は先月、「安価で信頼性のある電力は,今後の繁栄と相応の生活水準(の維持)には不可欠」であり、「原発停止または原発無しでやりくりしようとしても,日本社会は機能しない」と述べた。

これに対し原発反対派は、原発事故を検証する国会事故調査委員会が今月、事故は東京電力、規制当局、政府の癒着が招いた「人災」と報告したことを挙げ、安全の方がより重要と主張している。

日本で反原発デモが勢いを増しつつある。首相官邸前では毎週金曜日、数万人が原発再稼働に対する抗議デモを行っている。彼らの主張はただ1つ、原発の放棄だ

2012年7月19日木曜日

原子力規制委員会の委員長に相応しい人物は?

 田中俊一氏が、新しい原子力規制委員会の委員長に担ぎだされるらしい。この方は元原子力学会長でもあり、元日本原子力研究開発機構特別顧問日本原子力委員会委員長代理と原子力ムラのご本尊であらせられような肩書きをお持ちの人物である。

大型メディアは、田中氏をしがらみない実務派と評価するが、果たして原子力規制のトップとして相応しい、高潔な人格、原子力発電の専門家としての識見を兼ね備えた人物なのだろうか。

さすがに原発官僚と細野原発相に任せておけば、実に素晴らしい人事をしてくれるものである。毎週金曜日、何万人もの市民が日本中から集まって、原発反対の声をあげていることに対して、「馬鹿な国民が発する雑音みたいなものは、歯牙にもかけない」という態度がはっきりと示されている。

いくらバラマキのおこぼれに預かれるからといっても、国民は、こんな政治家や、腐り果てた電力会社や官僚とがっちりつるんでいるような政党などに、一票を投じてよいものか、よく考えるべきである。

ひとたび列島の激震が起こり、どこかの原発が吹っ飛べば、わずかなおこぼれなど、震災復興を名目にした重い増税で、一瞬にして相殺されてしまうのだからーー。

規制委員会の委員長の人選について、「日本には人材がないから仕方がない」と御厨貴は言う。しかし果たしてそうだろうか。井野博満氏、小出裕章氏、後藤政志氏、岡野真治氏、など適任者は他にいくらでもいる。そうした原子力工学や放射線防御学の知識を十分に蓄えた専門家で、国民に本当のことを教え、反省的視点にたって、原子力発電所の危険を一貫して危険と言い続けてきた信念の人でなければ、規制委員会のトップとしての資格はない。

以下、金子勝氏のツィッターに書かれているように、田中氏が、これまで何を主張し、何をしようとしている人物なのかを、私たちはしっかり見極めることが大切であり、原発ムラのシロアリに取り込まれてしまった与党政権が、今新たにどのような原子力行政を目指そうとしているのか、国民の命や生活を守るための規制委員会の長を、どんな人物に委ねようとしているのか、しっかり目を見開き、見定めるべきである。

以下金子勝氏のツィッターからの転載である

新しい原子力規制委員会委員長に田中俊一です!「お金がかかるから」「非現実的」を繰り返し福島県の徐染を進まなくした人物の一人です。おまけに原子力機構からも委員。これでは原子力ムラ委員会。国会がこれを承認したら、この国は終わりです。


保安院の暴走が止まらない。大飯原発再稼動にこれだけ批判が強いのに、運転開始40年を超えた美浜1号機に続いて、事故歴ある老朽・美浜2号機も運転延長を認可。新しい原子力規制委員会の下に保安院が丸々移ってくる。最初から法律を無効にするつもり?

2012年7月19日 - 20:01 webから · 詳細

保安院の暴走が止まらない。大飯原発再稼動にこれだけ批判が強いのに、運転開始40年を超えた美浜1号機に続いて、事故歴ある老朽・美浜2号機も運転延長を認可。新しい原子力規制委員会の下に保安院が丸々移ってくる。最初から法律を無効にするつもり?

2012年7月19日 - 19:38 webから · 詳細

原子力委員会による秘密会議問題で、弁護士18名が最高検公安部に告発状を提出。近藤原子力委員長ら原子力委員、文科省・経産省などの職員らが、電気事業者に文書を漏えいした行為を国家公務員法(守秘義務)違反容疑などに当たるとする。強い抗議の動き。


2012年7月18日水曜日

沈没船から逃げていくねずみ:民主党議員の離党

 10万人も17万人もの国民が生活圏、生命権を主張して、声を挙げているのに、でかけていって対話をするどころか、それを雑音としか受け止めず、沖縄や山口の地元の人達が大反対している輸送機オスプレイの配備計画も強引に推し進めると宣言するわ、こんな厳しい経済状況のもとで、省庁の無駄遣いも、国会議員の身を削る努力も推し進めることもせず、もっぱら消費税増税を強行突破しようとするわ、東電の衰退で全国の電力会社のイニシアチブを握った関西電力のご機嫌をとって活断層があろうがなかろうが、原発の再稼働を勝手に許してしまうわ、やることなすこと、ひどいものである。

選挙で民主党のマニフェストを読んで一票を投じた気の毒な一般市民の誰が、アメリカとシロアリと大企業にばかりしっぽをふり、国民の声に背を向けて、支持率が下がろうがおかまいなしで、暴走する非民主的な自らの姿に酔いしれている党首と少数の取り巻きが率いる政党を想像できたろうか。

 国のエネルギー政策を決定するための意見聴取会は、さすがに電力会社の社員の発言は自粛させることになったというが、原子力ムラの構成員は電力会社社員のみではない。電力会社と利益相反の関係にある原発プラントや関連企業、メインバンク、株主、御用学者、立地自治体の住民などの発言は許すというのか。

これをメディアが批判したために、政府はびくついて発言者を9名から12名に増やし、発言者の数を、3名ずつ、あるいは4名ずつにするのではなく、原発依存度の3つの選択肢に対する支持率に応じた人数にすることも考慮されているというが、その一方で、3つの選択肢以外の依存度を支持する人たちもこれに投入されるという。上に書いたような原子力ムラの村人やその家族などの関係者の多くは当然35%以上の原発依存度を訴えるはずである。彼等が結束して意見聴取会に申しこめば、結果は今以上に悪くなる。

そもそも0%の選択肢といいながら、その選択肢の説明の中には、今すぐにでも老朽化した危ない原発を全部廃炉にするとは一言も言われてはいない。そこには、どんな手段をつかっても、少しでも長く原発を動かしたいという原子力ムラの意図が見え見えである。

しかし、国民はそんないかにも頭の悪い人間が考えつきそうな浅知恵にひっかかるほど馬鹿ではない。政府が姑息な手段をこうじて、形ばかりの意見聴取会を開き、自分たちの都合のよいように国民を操ろうともがけばもがくほど、国民の政治家や霞が関官僚に対する不信感はますます募るばかりであり、国民の気持ちは、政府やこれまでの原子力政策を推し進めてきた自公民の権力者からどんどん離れていくだけである。

沈没船からねずみが逃げていくように、櫛の歯がかけるように、与党から議員がどんどん抜けていくーー。公約を次々に反故にしていく政党にしがみついていることこそ、選挙民への大きな裏切りである。党員にわずかでも良心が残っているならば、既得権益の虜になることはやめて、さっさと船から降りて、公約を守るための行動をとる以外の選択肢はない。

電力社員、連日の原発擁護=「やらせ」批判も―政府の意見聴取会

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 政府は16日、将来のエネルギー政策に関する3回目の国民の意見聴取会を名古屋市で開いた。前日の仙台市での聴取会に続き、電力会社社員を名乗る男性が、原発を擁護する意見を表明。会場から「やらせだ」「回し者」といった批判が飛んだ。

 聴取会では、2030年の原発依存度を0%、15%、20〜25%とする政府が示した三つの選択肢について、それぞれ3人、計9人が賛成理由を説明。中部電力社員と自己紹介した男性は3番目に発言し、電力の安定供給と経済への影響を重視する立場から原子力発電の必要性を主張した。また東京電力福島第1原発事故に関し「放射能の影響で亡くなった人はいない」と述べた。

 一方、脱原発を求める立場からは「使用済み核燃料などの問題もあり、全原発を即廃炉に」(三重県の無職男性)「原発は一度事故が起きたら大きな負債になる」(愛知県の自動車部品メーカー技術者)などの意見が出た。 

[時事通信社]

2012年7月17日火曜日

原子炉を止めるのと動かすのは、同じ危険性?:小出氏

 「原発を止めていても、動かしていてもどちらも危険なんだから、同じ危険なものなのならば、動かさなきゃ損」というような説明をしている人がいる。

しかし、そうではないと小出裕章氏は言う。1年原子炉を停止させれば、全電源喪失のような事態になったときに、フクイチのように数時間で原子炉がメルトダウンしてしまうが、1年停止させれば、原子炉のなかで出る熱は100分の1までに減るため、メルトダウンをおこすまでに20日ほどの猶予ができるというのである。

 数時間でメルトダウンするのか、20日間対応策を講じられる猶予があるかは非常に大きな違いである。

そういった重要な事実があまり、公にされていないことも大きな問題である。電力会社も政府も、自分たちに都合の悪い情報は一切積極的に明るみに出さないのである。

 国会事故調委員野村氏は、原発は止まっているからといって、安全とは言えないことも力説している。細野原発担当相をはじめ政府は、電力会社の社員にやらせの発言をさせて、形だけの茶番の意見聴取会など開いている暇があったら、さっさと廃炉できるものから作業を始め、脱原発の新しいエネルギー政策をどんどん推進していかないと、次に大きな震災が原発立地自治体を襲ったら、この国は立ち上がることができないほど壊滅的なダメージを受けることになるのではないか。

7月12日 1年も経てば原子炉が停止した直後に比べれば(熱は)100分の1まで減ってくれる。数百時間は溶けるまでに時間がかかるということになる。対処の仕方はかなり楽になる 小出裕章(モーニングバード)

2012年7月12日(木)、テレビ朝日モーニングバード内コーナー「そもそも総研」に小出裕章さんがVTR出演されました。しんちゃんさんに情報を提供いただきました。

テーマは、「そもそも、二度と日本に放射能をまき散らさないために必要なことは何か?国会事故調委員に聞く」で、小出氏の他に、国会事故調委員の野村修也氏(中央大学法科大学院教授・弁護士)が提言されています。

▼20120712 国会事故調委員が語る 原発停止でも規制は重要

▼内容文字おこしは以下。

==以下、小出氏インタビュー部分文字おこし==

「国会事故調の提言無視で再稼働していいの?」

スタジオ玉川氏 「電力会社、規制当局、法律・・今のままではダメだというふうに国会事故調は考えています。しかし、もうすでに大飯は動いてる。で、このまま動かしていいんですかっていう話を私伺ったらですね、「少なくとも提言が具体化されるまではダメ」だと。これは当たり前のことだと思いますが、じゃあ、なぜ動かしちゃダメなのか、止まってるのと動いてるのと何が違うんだっていう話を伺っているのでVTR・・」

玉川 「動かしてない時と動いている時は、これ危険性はどのぐらい違うものなのか、それとも変わらないのか?」

小出 「例えば昨年の3月11日の時にも、地震と津波に襲われて、福島の原子力発電所がまあ壊れてしまったわけですが、地震に襲われて原子炉を停止させた時には、原子炉の中で出ていた発熱の7%分が放射性物質そのものが出していた熱であった。でも、1日経つとほぼ10分の1に減ってくれるのです。それからは(熱は)なかなかあんまりスピードは速く減りませんけれども、でも1年も経てばまたその10分の1……つまり原子炉が停止した直後に比べれば(熱は)100分の1まで減ってくれるという」

玉川 「1年間で?」

小出 「はい。そういう性質を持っているのです。ですから、原子炉が動いている時動いている状態で事故に遭遇した時には、福島第一原子力発電所がそうであったように、数時間のうちに原子炉そのものが全部溶けてしまうというようなことになったわけですが、例えば発熱が100分の1になってくれているのであれば、数百時間は溶けるまでに時間がかかるということになりますので、対処の仕方はかなり楽になる。」

玉川 「数百時間というとまあ20日とか、そういう単位になるわけですね?」

小出 「はい、そうですね。ですから水が無くなってしまったら、何かの補給の手段がないかとかですね、様々にまぁ対処するための時間的な余裕が出来ますので、大きな事故を防ぐというような意味で言えば、私はかなり楽になると……危険がゼロになるわけではもちろんありません。えー、原子力発電所を止めたらもう何でもないんだよ、安全なんだよということはもちろん誤解ですけれども、でも大きな破局的な事故を防ぐという意味であれば、先ずは動いている原子力発電所を止めるということは大変効果的な手段だと思います。」
==小出氏インタビュー部分おわり==

スタジオ玉川氏 「野村さん、今、どれも、電力会社も規制当局も法律も不十分なまま動いているわけですね。これについてはどうなんです?

野村 「やはりですね、今小出先生がお話があったように、動いているのは相当危ないわけですね。ですが私達は動かすんだったらしっかりしたことをやっていただかないと、これ相当危険だっていうことを提言しているわけです。ところがですね、政府は動かして安心しているんですね。ようするに、国民が動かすか動かさないかでもめているところを動かせたので、あと何もやってないわけです。ですから、少なくとも今、動いているんであれば、もっとやらなければいけないことは沢山あるわけなんで、スピード感をもって対応していかなきゃいけないと思うんです。それと並行してですね、本当に動かしていいのかどうかってことを多くの国民の声を聞いてですね、しっかり決めて、もし規制庁がシッカリできないのであれば、止めるという選択をやっぱりしていくっていうことも大事なことだというふうに思います。」

2012年7月16日月曜日

いじめ報道にすり変わった、原発報道


 明けてもくれても、大津のいじめ事件の報道。メディアは教師や学校、教育委員会叩きに忙しい。
問題の中学校は早速警察が入り、捜査対象となった。誤解のないように言うが、いじめで小さい子どもの命が絶たれてしまったことは誠に痛ましい。しかし、同じようなことは今までも、あるいは水面下でも、大人の世界でも、いくらでもあることではないのか。

責任回避だの、自己保身だの、見て見ぬふりをしてけしからんだの、それはそのとおりである。

 しかし、国民の生存権を脅かすような深刻な事態が引き起こしながら、誰一人として責任をとろうとはせず、組織ぐるみでかばい合いをしたり、自分たちの都合のわるい情報は何もかも隠蔽し、自己保身に忙しいのは、日本の電力会社や、霞が関官僚、民主党政権の閣僚や電力族の体質そのものではないのか。

また、自分たちにとって脅威になるや利得をもたらす権力集団にとって都合の悪いことであれば、それが国民全体の生活に長年にわたって悪影響を及ぼすような、どんなに捨ておけないようなことであっても、「それは間違っている」と声を発することすらせず、弱小な組織や個人に対しては、異常といえるまでに執拗に攻撃を加えるのは、多くの国民が日照りの中、雨の中、毎週集会を開き、再稼働反対の声を上げているのに、見て見ぬふりをして、まともに取り上げないのは、日本の大型メディアの体質そのものではないのか。

国会事故調の報告書を受けて、国会では早急に報告書に示された課題に向けて、さらなる議論と、適切な対応をしていかなければならないはずであるし、それは今後のエネルギー政策をどうすべきかという問題とも決して無関係ではない。原発問題の責任の所在を明らかにし、今の無責任体制の中で原発を稼働することの危険性を十分に踏まえた上で、国民的議論を尽くさなければならない時期であるにもかかわらず、メディアは明けてもくれてもいじめ問題に終始している。

教師叩きや学校叩きは、これまでもメディアが事あるごとに、火がついたように行ってきたことであるし、たしかに教師や学校など、いくら叩いても電力会社や大企業とは違って、メディアの腹が痛むことはなにもない。権力には迎合し、弱い者の声は無視するようなジャーナリストに正義を振りかざして、教師叩き、学校叩きをする権利がどこにあるのか。

国民の政府や官僚や電力会社に対する怒りやストレスのはけ口を、いじめ問題に向けさせ、原発問題を見えにくくするよう、操作、誘導するようなメディア戦略は、あまりに姑息といわなければならない。



2012年7月15日日曜日

東電、テレビ会議のビデオ公開、なぜすぐにできないの?

今後何年かかれば完全に収束するのか、その目処さえつかない原子力事件を引き起こした東電、そこに我々の血税、公的資金が投入された。これによって、もはや東電は事実上、国有化されたというが、それは本当にそうなのだろうか。

国会事故調の報告書の公開によって、昨今事故当時の東電本社、フクイチの事件現場、官邸の間で行われたテレビ会議のVTRの存在がクローズアップされている。枝野氏は、公開するように東電に申し入れているが、東電側がなかなか出して来ないのだという。最近になってようやく東電は、公開を認めたものの、その時期は未だ明らかにしていないという。

 これは何を意味するのか、東電が事実上、国有化されたのならば、政府は有無をいわさず、国税のお情けにすがって倒産を免れているような質の悪い電力会社に対して、「即刻「ビデオ、公開せよ」と迫るべきではないのか。

 これはいわば実質上、東電の出資者となった我々国民が、電力会社の本社経営陣の実態や、原発再稼働の安全チェックをし、大飯原発を再稼働させた霞が関官僚、施政者、電力会社の経営陣の見識や危機管理能力がいかほどのものであるのかを知る上で、非常に重要な資料である。

 テレビ会議が今、100%公開されてしまうと、東電関係者のみならず、当時官邸で、フクイチの原子力災害への対応にあたった張本人でありながら、引責辞任するどころか、大臣の椅子に堂々と鎮座しておられる枝野・細野氏を始めとする民主党の政治家、小学生レベルの識見しかもたないにも関わらず、原子力行政に関わっている霞が関官僚の失態が露呈されば都合が悪い。

新しく設立されるであろう規制庁の事務局に滑りこんで、虎視眈々と規制庁を牛耳り、既得権益を得ようともくろんでいる官僚にとっても、次の選挙にも、相当なダメージを及ぼしかねない。それゆえに民主党政権の施政者は、本音では、誰も早急なビデオ公開など、本気で求めようとはしていないのではないのか。

政治家がどう立ち回ろうが、公的資金が投入された以上、包み隠さず即刻、ビデオを全面公開することは、東電の国民に対する義務であり、国民には知る権利がある。

視聴率低迷の著しいテレビ局だが、ゴールデンアワーに3月の事故直後からのこのビデオ会議の記録をシリーズで公開すれば、高い視聴率をとれるかもしれない。公共放送がそれを拒むとするならば、再生エネルギー開発に力を注いでいる企業がスポンサーになればよろしいのでは?

小沢一郎さん、本当にやる気があるのならば、票集めの選挙対策に走るばかりではなく、国会で厳しく政府の姿勢を追及すべきなのでは? 

2012年7月9日月曜日

エネルギー政策、国民の意見を聞いて決めるそうですが。。。

 エネルギーの中長期的な計画は国民の議論を待って、8月に決定するという。何十万という市民が、直ちに脱原発を行うことを、再稼働の反対を叫んでいるというのに、中長期的な計画しか、考えないという事自体が国民の声に耳を傾けていない証拠ではないのか。

 今すぐ原発を廃炉にすると、多くの作業員の人たちが職を失うという者もあれば、また原発を辞めることで、廃炉技術開発や日本の原子力研究そのものを遅らせることになるという者もいる。しかし、それはいずれも、一見正当な議論のようにも思えるが、原発を存続させるための体裁のよい理由付けでしかない。

先月のブログにも書いたが、福島の廃炉作業1つのためだけに、わざわざ遠くブラジルから労働力を確保しようとさえしているのである。福島に限らず、54基の廃炉作業や、すでに過去何十年間にもわたって山積した放射性廃棄物の処分作業は、大きなビジネスになるし、原発関連現場の第一線で働く労働力の需要は、10年や20年で終わるものではない。原発を辞めたら即座に、今原発の現場で働く人間の仕事が奪うことになるというのはウソである。原発を辞めて困るのは、今まで理由もなく原発からの恩恵を浴していた人間だけである。たとえば、原発を辞めて地域独占をしてきた電力会社の経営が苦しくなるかもしれないが、これまで国民の安全を犠牲にし、しかも不当ともいうべき高い電気料金を強要し、私腹を肥やすだけ肥やしてきたのであるから、今すぐ倒産したところで、自業自得というものである。電気会社の地域独占を廃止し、発送電分離をして、電力を自由化することが欠かせない。

また原子力研究についても、フクイチの原発災害事件で日本の技術が、御用学者が世界一の技術と豪語するほどのものではないことがはっきり露呈した。アメリカやフランスの技術を総動員して、彼等の力を借りなければ、自力では手も足も出せなかったことが、素人目にも明らかになった。

単に技術的に未熟であるというだけではなく、安全神話に酔いしれて、科学者としての謙虚さを完全に喪失し、このような大惨事を引き起こしても収束する術さえないことに羞恥心もなければ、安全神話をまき散らしたことに対して反省すらないような日本のお偉い御用学者の元で、これ以上若い科学者が,電力会社の蜜漬けになって、ヤラセに加担し、国民をペテンにかけて常に上から目線で、安全神話を撒き散らす師匠の姿ばかり見て、同じ行動様式ばかりを身につけるとすれば、それが日本の原子力研究にプラスに働くとは到底思えない。高い研究能力を身につけるためには、より優れた技術や知見をもつ欧米で研究を続けた方が将来的に、よほど有望な研究者を輩出することができるはずである。

 海外で十分な知見を身に付けてかえって来た人間や、海外にいる優秀な人材を招聘し、その研究分野を牽引していけばいいのである。ヒッグス粒子の発見も国際研究チームで行われたものである。今の時代の科学技術開発はもはや1国内で進められるようなものではなくなっている。日本の地域独占の電力会社が原発の稼働を全部止めたからといって、原子力分野の人材が誰もいなくなるという考えには、大きな飛躍があるのである。

 以下は、現代ビジネスに掲載された、長谷川幸洋氏の「ニュースの深層」からの転載である。
首相は国民の意見を聞いて8月にエネルギー政策の方向性を決めるというが、今の首相は、霞が関と大企業と組合の顔色をうかがうだけで、国民の声に耳を傾ける姿勢などみじんも見られない。
長谷川氏は、国会議員を選ぶのは国民であるというが、選ぶに足りない政党と国会議員が余りにも揃い過ぎていることが、この国の最大の悲劇であると思うのは薔薇っ子だけだろうか。


 「現代ビジネス」            長谷川幸洋 『ニュースの深層』2012,7.6

「福島原発は津波来襲前に電源喪失に陥っていた!政府と東電のウソを暴いた国会事故調査報告書」

福島原発事故に関する国会の事故調査委員会(黒川清委員長)が7月5日、事故の原因分析と提言をまとめた報告書を発表した。

 報告は本来、規制する側の政府が規制される側の東京電力に「骨抜き」にされ「規制のとりこ(Regulatory Capture)」になっていたと指摘した。そのうえで、はっきりと「事故は人災だった」と断言している。この結論だけでも報告書の意義を十分に物語っているが、とくに重要と思われるポイントを指摘しておきたい。

1号機の電源喪失は15時35分から36分ごろ

 なにより事故の原因である。これまで東電や政府は「事故が地震ではなく、その後の津波によって引き起こされた」と強調してきた。ところが、国会事故調報告は地震によって全交流電源喪失が引き起こされた可能性を強く示唆している。

 なぜかといえば、肝心かなめの津波が原発を襲った時刻について、従来の東電や政府の説明が事実ではなかったからだ。政府の事故調査委員会や東電は、これまで「津波の第1波は15時27分ごろ、第2波は15時35分ごろ」としてきた。

 ところが、その根拠は沖合1.5キロメートルに設置された波高計の記録だった。実際に津波が原発に到達するには、そこから70秒から80秒後と考えられる。沖合から陸地に到達するのに時間がかかるのは当然だ。

 報告は大きな第2波が原発を襲った時刻について「15時37分より相当程度遅い可能性がある」と指摘している。従来の説明より2分以上遅くなる。

 一方で、東電関係者へのヒアリングによれば「1号機A系の電源喪失は15時35分から36分ごろと考えられる」という。そうだとすれば、原発は津波が来襲する前に電源喪失に陥っていたことになる。これは重大な発見である。

1号機の非常用復水器(IC)の問題もある。ICは非常事態の際に自動的に起動して原子炉を冷やす重要な装置だ。事故直後、実際に起動したが、当直の運転員が手動で停止していたことが分かっている。重要な装置をなぜ、運転員は止めてしまったのか。

既設炉への影響を最小化したかった政府と東電

 東電はこの問題について「手順書で原子炉圧力容器への影響緩和の観点から原子炉冷却材温度変化率が毎時55℃/hを超えないよう調整することとしている」(東電の事故調査報告書)と説明してきた。温度変化が激しかったのでマニュアルに沿って止めた、というのだ。政府事故調も東電の言い分をそのまま受け入れてきた。

 ところが国会事故調の運転員へのヒアリングによると、まったく違う。原子炉の炉圧が下がっているのはICが原因かどうか、ほかにも漏洩がないかどうかを確認するために停止した、というのである。

 ICを止めて炉圧が元に戻れば、IC以外には漏洩がない(つまり正常)と分かる。つまり運転員がICを止めたのは、ほかに漏洩の有無を確認するためだった。にもかかわらず、東電が55℃/hうんぬんの説明に固執したのはなぜか。報告書は「地震動による配管破損というやっかいな問題」に注目が集まるのを避けるためだった、と推測している。

 なぜICを止めたのか。そんなことは運転員から事情を聞けば、すぐ分かる話である。にもかかわらず、本当の理由をあきらかにせず、もっともらしい作り話をデッチ上げた。東電はあくまで「事故は巨大津波によるもので地震が原因ではない」という主張を押し通したかった。そのために地震原因説につながるような話をすべて否定したのだ。

 東電だけではない。政府も同じである。政府事故調は地震発生直後にIC配管が破断した可能性を完全否定している。その理由として、政府の中間報告は「ICにはフェイルセーフ機能があり、破断すれば(一時的にも)ICは動かない」「破断すれば炉圧と水位が大幅に低下する」「破断していれば、当直員に生死に関わる事態が生じていたはず」という3点を挙げている。

 ところが国会事故調報告は「配管の小規模破断ならICは止まらないし、炉圧も水位も急激に下がらない」「作業員の生死に関わるほど大量の放射性物質が撒き散らされるわけでもない」と政府の説明を一笑に付した。

 これ以外にも「直流電源が喪失したために交流電源のフェイルセーフ機能が作動し、ICの弁が閉じた」という政府の中間報告を、国会事故調報告は「原理的に不可能」と退けている。直流電源が喪失したなら、その前に交流電源が喪失しているからだ。

 さらに1号機の主蒸気逃がし弁(SR弁)が地震によって作動しなかった可能性も指摘した。それが小規模の配管損傷を招き、全交流電源喪失も重なって炉心損傷につながったかもしれない。

 東電は地震原因説を必死になって否定し、政府もそれを裏打ちしてきた。その理由について、国会事故調報告は「既設炉への影響を最小化したかった」ためではないかと推測している。事故が他の原発稼働に影響を与えるような事態をどうしても避けたかったのである。

 客観的なデータや現場にいた関係者へのヒアリングを積み上げて冷静に分析すれば、津波だけでなく地震の影響は分かったはずだ。もちろん一番良く事態を理解できるのは、東電である。

 ところが、いまだに東電と政府はグルになって事故原因をごまかそうとしている。報告は、そんな政府と事業者の癒着構造こそが「事故の根源的原因」と指摘した。事故は3.11前から起きるべくして起きていた。

事故はいまも続いている

 事故が地震に由来するとすれば、それは関西電力大飯原発の再稼働問題に直結する。

 一部には「日本海側では大きな津波がないから、地震対策さえしっかりしていれば大丈夫」といった根拠のない風説が出回っているが、とんでもない話である。原発が地震に耐えられないなら、やはりアウトなのだ。

 偶然だろうが、国会事故調報告の発表があった5日、参院の別の会議室で渡辺満久東洋大学教授(変動地形学)の大飯原発観察結果報告会があった。渡辺教授は大飯原発の真下に活断層が走っている可能性を指摘している。「実際に掘削してみれば、活断層かどうかは一日で観察できる」という。大飯原発は国会事故調報告を待たずに再稼働した。政府は福島事故の教訓をなんら学ぼうとしていない。

 その意味でも、事故はいまも続いている。

 国会事故調報告は政府と国会に「規制当局に対する国会の監視」や「政府の危機管理体制の見直し」「被災住民に対する政府の対応」など7つの提言をした。もっとも重要な点は政府でも事業者でもない、完全に独立した機関が原発と事業者、政府を監視する点である。それは三権分立の原則から考えれば、国会以外にない。

 国会議員を選ぶのは国民である。原発事故と国会事故調報告は私たちに、きわめて根源的かつ原理的な問いを突きつけている。

2012年7月6日金曜日

’’A Man-Made Disaster’’:Fukushima Crisis (NYT)

 国会事故調が、福島原発は人災だと結論づけたことを、さすがの日本のメディアも大きく取り上げた。海外メディアが声を挙げているのに、さすがにスル―するだけの気概はなかったようである。NHKはもっぱら菅首相の官邸介入の責任に焦点をあてた報道を行ったが、ニュースステーションには、黒川委員長が生出演した。しかしその黒川委員長の、イントロを読めば、これがえっ!と驚くような、非常に中途半端な報告書であることがわかる。

原発の原因をMade in Japanの、集団主義だの、自省的で従順な態度など、権威に対して疑問を呈さない姿勢や島国性など、誠に陳腐な「我々の文化論」ですり替えてしまっている点である。

事故調のメンバーもまた、首相同様、再稼働反対をめぐって大飯原発再稼働の前夜に15万人、今日もまた小雨の降りしきる中、15万人もの一般市民が反対運動を展開していることを、たんなる小さな音としてしか受けとめていないのだろうか。独占企業体として存続していた電力会社と霞が関官僚と国会議員と原子力関連企業、原発立地自治体の首長、住民と電力会社から利益を享受している製鉄、化学などの大きな製造業を中心とする大企業、銀行、御用学者が私利私欲のために日本経済新聞社、産経新聞とそれにつながる系列のテレビ放送局、NHKなど大型メディアまでを大々的に取り込み、都合の悪いことはすべて口封じをして、安全神話を流布し続け、原子力工学などというおたく的な分野には当然疎い一般市民を、安心、安全と長い間だまし続けていただけの話である。

 せめてメディアが誠実に、小出裕章氏などが長年主張してきた主張をもっと早くからしっかり受けとめ、原発の危険性を国民にしっかり知らしめていれば、少なくとも阪神大震災が起こった段階で、原発の既得権益で潤っている人間以外、誰もこの地震大国に、多くの原発を設置し、その上にまだ新たな、原発関連施設をこんなに狭い国土に強引に増設しようとする電力会社や政府に対して、黙っておとなしく服従するようなことはしなかったに違いない。

 自然科学者が陥りがちな、そしてアメリカ人が喜びそうな単純な文化論で、福島原発災害の

原因追究をうやむやに終わらせてもらいたくない。人災であるといいながら、司法による介入

必要性にひとことも言及していない点も、報告書は6月に提出される予定だったのが、衆参

両議員長の都合に合わせて、大飯再稼働の後に提出したことにも、大いに疑問と納得のいかないものが残る。


 黒川氏は昨日のニュースステーションでは、しきりに立法と行政の相互間の抑制について論じていたが、彼の議論の中で司法についての言及は全くなされなかった。

黒川氏のみではなく、日本の新聞各社は、福島原発災害は、人災であり、人災を起こした電力会社とそれを野放図に放置し続けた政府に責任があるとはいうものの、あれだけ深刻な人災を引き起こしながらも、放射能漏れを深刻さを過小化し、「あれは天災である」と言い張った東電に対して、事故後1年4カ月近くの時が流れているというのに、未だ司直の手が全く及ばないことに対して、誰も何一つ異論を唱えるものすらない。

司法、立法、行政の3種の間の抑制と均衡によってこそ、国民の政治的な自由が確保されるという、民主政治の基本原則が、全く日本という国には存在しないかの如くである。

無論電力会社は高い電気料金をむしり取り、それでもって最高の布陣の弁護団を組織しているがゆえに、たとえ告発したところで到底太刀打ちできないとしても、これだけの人災を引き起こした会社が、一切何もお咎めなしで、会長らは関連企業に再就職の道も開け、その上さらにこんなたちの悪い企業を国民の税金を投入して救済するなどという愚行を、法の番人などと豪語している人々が、一体いつまで黙って許し続けるつもりなのだろうか。そんなことでは、この国では、社会正義が守られているなどということを誰が胸を張って言うことができるだろうか。

どこかの4等国がやるようなぶざまな姿ばかり海外に見せていると、どれだけ多額の税金を外にばらまいても、世界のどこからも相手にされない国になり下がってしまうばかりである。


http://www.nytimes.com/2012/07/06/world/asia/fukushima-nuclear-crisis-a-man-made-disaster-report-says.html

Inquiry Declares Fukushima Crisis a Man-Made Disaster

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TOKYO — The nuclear accident at Fukushima was a preventable disaster rooted in government-industry collusion and the worst conformist conventions of Japanese culture, a parliamentary inquiry concluded Thursday.

Kyodo News, via Associated Press

Rubble was removed on Thursday from the damaged building for Reactor No. 4 at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant.

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Readers’ Comments

The report, released by the Fukushima Nuclear Accident Independent Investigation Commission, challenged some of the main story lines that the government and the operator of the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant have put forward. Most notably, the report said the plant’s crucial cooling systems might have been damaged in the earthquake on March 11, 2011, not only in the ensuing tsunami. That possibility raises doubts about the safety of all the quake-prone country’s nuclear plants just as theybegin to restart after a pause ordered in the wake of the Fukushima crisis.

“It was a profoundly man-made disaster — that could and should have been foreseen and prevented,” said Kiyoshi Kurokawa, the commission’s chairman, in the report’s introduction. “And its effects could have been mitigated by a more effective human response.”

While assigning widespread blame, the report avoids calling for the censure of specific executives or officials. Some citizens’ groups have demanded that executives of the plant’s operator, the Tokyo Electric Power Company, or Tepco, be investigated on charges of criminal negligence, a move that Dr. Kurokawa said Thursday was out of his panel’s purview. But criminal prosecution “is a matter for others to pursue,” he said at a news conference after the report’s release.

The very existence of an independent investigating commission — which avoids reliance on self-examination by bureaucracies that might be clouded by self-defense — is a break with precedent in Japan, but follows the pattern followed in the United States after major failures involving combinations of private companies, government oversight and technology issues. Those cases, which were cited by the panel, include the Three Mile Island nuclear accident in 1979, the Columbia and Challenger space shuttle disasters in 1986 and 2003 and the terrorist attacks on Sept. 11, 2001.

The 641-page report criticized Tepco as being too quick to dismiss earthquake damage as a cause of the fuel meltdowns at three of the plant’s six reactors, which overheated when the site lost power. Tepco has contended that the plant withstood the earthquake that rocked eastern Japan, instead placing blame for the disaster on what some experts have called a “once in a millennium” tsunami that followed. Such a rare calamity was beyond the scope of contingency planning, Tepco executives have suggested, and was unlikely to pose a threat to Japan’s other nuclear reactors in the foreseeable future.

The parliamentary report, based on more than 900 hours of hearings and interviews with 1,167 people, suggests that Reactor No. 1, in particular, might have suffered earthquake damage, including the possibility that pipes burst from the shaking, leading to a loss of coolant even before the tsunami hit the plant about 30 minutes after the initial earthquake. It emphasized that a full assessment would require better access to the inner workings of the reactors, which may not be possible for years.

“However,” the report said, “it is impossible to limit the direct cause of the accident to the tsunami without substantive evidence. The commission believes that this is an attempt to avoid responsibility by putting all the blame on the unexpected (the tsunami),” the report continued, adding, “and not on the more foreseeable quake.”

The report, submitted to Parliament on Thursday, also contradicted accounts put forward by previous investigations that described the prime minister at the time, Naoto Kan, as a decisive leader who ordered Tepco not to abandon the plant as it spiraled out of control. There is no evidence that the operator planned to withdraw all its employees from the plant, the report said, and meddling from Mr. Kan, including his visit to the plant a day after the accident, confused the initial response.

Instead, the report by the commission — which heard testimony from Mr. Kan and a former Tepco president, Masataka Shimizu — described a breakdown in communications between the prime minister’s office and Tepco, blaming both sides.

“The prime minister made his way to the site to direct the workers who were dealing with the damaged core,” the report said, an action that “diverted the attention and time of the on-site operational staff and confused the line of command.”

The report faulted Mr. Shimizu for an “inability to clearly report” to the prime minister’s office “the intentions of the operators,” which deepened the government’s misunderstanding and mistrust of Tepco’s response.

The commission also accused the government, Tepco and nuclear regulators of failing to carry out basic safety measures despite being aware of the risks posed by earthquakes, tsunamis and other events that might cut off power systems. Even though the government-appointed Nuclear Safety Commission revised earthquake resistance standards in 2006 and ordered nuclear operators around the country to inspect their reactors, for example, Tepco did not carry out any checks, and regulators did not follow up, the report said.

The report placed blame for the tepid response on collusion between the company, the government and regulators, saying they had all “betrayed the nation’s right to safety from nuclear accidents.” Tepco “manipulated its cozy relationship with regulators to take the teeth out of regulations,” the report said.

Dr. Kurokawa reserved his most damning language for his criticism of a culture in Japan that suppresses dissent and outside opinion, which he said might have prompted changes to the country’s lax nuclear controls.

“What must be admitted, very painfully, is that this was a disaster ‘Made in Japan,’ Dr. Kurokawa said in his introduction to the English version of the report. “Its fundamental causes are to be found in the ingrained conventions of Japanese culture: our reflexive obedience; our reluctance to question authority; our devotion to ‘sticking with the program’; our groupism; and our insularity.” The Japanese version contained a similar criticism.

Shuya Nomura, a commission member and a professor at the Chuo Law School, said the report had tried to shed light on Japan’s wider structural problems, on the pus that pervades Japanese society.”

Matthew L. Wald contributed reporting from Washington.