2011年11月8日火曜日

何も期待しない。。

政府の「第3者」委員会の欺瞞を、最も的確にまとめているものがあったので、以下に転載する。

この記事の最後に 「野田佳彦首相、今こそ決断のときである」という一文があったけれども、あえ

て転載しなかった。就任以来1ヶ月、国民が彼に期待するものは何もないことが、すでに白日のもと

にさらされているからである。恐らく筆者の町田氏も今は最後の1行を記したことに後悔の念をいだ

いているのではあるまいか。


現代ニュース

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/22472

ニュースの深層         2011年10月11日  町田徹


「原発再稼動なら大丈夫」という杜撰シミュレーションで破綻リスクを隠し、国民負担を強要する「東電第3者委報告」の国家的詐欺

待ち受ける雪だるま式の電力料金値上げ


治癒する見込みがないことを隠して、破産を招きかねない治療費のアリ地獄に患者を落とし入れる――。
東京電力による福島原発事故の賠償を支援するため、その経営実態の調査を担当した政府の第3者委員会が先週(3日)公表した「報告」は、そんなとんでもない内容だ。
問題点をあげると、報告は、賠償金額を過小に見積もった。負担しなければならない膨大な除染コストをカウントせずに、東電が深刻な破たんの危機(債務超過リスク)に瀕している事実の隠ぺいを試みた。
東電には、甘い蜜のような報告だ。自助努力の根幹になるはずの発電所売却を検討した形跡もなく、端から免除してしまった。
そして、ツケを払わされるのは、我々国民だ。今すぐ手を打たないと、公的支援を返済できないという屁理屈を列挙して、安全性への疑問が残る原発の早期運転再開と10%の電気料金引き上げという痛みの甘受を迫る内容となっている。まるで「国家的な詐欺」である。
野田佳彦首相は、手遅れにならないうちに、こんな東電支援のスキームを白紙に戻し、当事者の東電に一元的に責を負わせる本来の原則に立ち戻るべきだ。さもないと、日本経済全体が東電擁護の重荷に押し潰されかねない。
本コラムが過去2週にわたって警鐘を鳴らしてきた、この報告をとりまとめた政府の第3者委員会は、「東京電力に関する経営・財務調査委員会」(委員長・下河辺和彦弁護士)という。
政府は、その使命を、福島原発の賠償の公的支援に当たって「国民負担の極小化を図る」ことにあり、「東京電力の厳正な資産評価と徹底した経費の見直し」を行わせると説明してきた。
だが、羊頭狗肉も甚だしい。
9月末という取りまとめ期限を守れず、先週になってようやく公表された報告は、物理的な量ばかりが膨大で、その内容は「国民負担の極小化」という設置目的と対極の作文に変質した。
  もちろん、部分的に見れば、新聞各紙が喧伝したように、「届出時と実績の料金原価の乖離を合計すると、直近10 年間の累計で6,186 億円となる」(報告127ページ)とか、「東電の退職金水準(従業員拠出分を含まない)は依然、他産業と比較して高い」(同50ページ)として3つの改善案を示すなど、丹念な調査ぶりを感じさせる記述は存在する。
しかし、それらは、あまりにもマニアックなだけでなく、230ページの膨大な報告のごく一部に過ぎない。当局のレクを鵜呑みにして記事を書く新聞記者を念頭に、第3者委員会の奮闘ぶりを印象付けて、報告全体の杜撰さを覆い隠すために盛り込まれた目くらましとしか思えない。

10%の値上げは避けられないというシミュレーション

中でも根本的なミスリードは、報告が結論として打ち出した今後10年間の東電の事業・資金収支のシミュレーションだ。
もっともらしく、原発の運転再開を、(Ⅰ)直ちにできる、(Ⅱ)1 年後にずれ込む、(Ⅲ)再稼動できない――の3つのケースに分類。それぞれについて、料金を、①値上げなし、②5%値上げ、③10%値上げ――の3 パターン設定して、東電の将来像を描いている。
結論は、「(原発さえ早期に稼働すれば、)①料金改定(値上げ)なし、②5%値上げ、③10%値上げ、のいずれのパターンにおいても、実態純資産調整項目考慮前の段階で資産超過が維持できると試算されたが、原子力発電所の稼動時期が遅れるとともに、徐々に純資産が減少するリスクが拡大する」(報告105ページ)というもの。要するに、国際資本市場の抱く東電破たん懸念を拭い去ろうと、原発さえ再稼働すれば大丈夫という太鼓判を押したのである。
とはいえ、決して、それだけで賠償金の支払いや公的資金の返済をまっとうできるとしているわけではない。というのは、「資金面では原子力発電所稼働ケース、1 年後原子力発電所稼働ケースともに、料金値上げの状況に応じて約7,900 億円から約4 兆3,000 億円の不足資金が発生する」(同)、「原子力発電所非稼働ケースにおいては、約4 兆2,000 億円から約8 兆6,000 億円の資金調達が必要との結果」(同)などとの文言を挿入することも忘れていないからである。
この文言は、かねて東電が目論んでいるとされていた、10%の値上げが避けられないという援護射撃に他ならない。われわれ国民にとっては、福島原発事故の賠償を円滑に進めたうえで公的資金(最終的には税金)の返済を履行させるために、安全性に疑問が残る原発の早期再稼働を受け入れるだけでは不十分であり、電気料金の10%引き上げまで呑めという理不尽な話なのである。
はっきり言うが、国民が2つの重荷を受け入れても、このシナリオを実現するのは難しい。むしろ、せいぜい2年ぐらいで立ち行かなくなる「絵に描いた餅」に過ぎない、と筆者は睨んでいる。早晩行き詰まって、何度も電力料金を引き上げられるアリ地獄に国民は追いやられかねない。
その理由の第一は、第3者委員会が、必要な賠償額を過小に見積もっている点にある。同委員は、主に福島第1原発事故で避難している住民や福島市内の営業被害への補償だけを対象としただけで、他の多くの賠償義務の存在を無視するどんぶり勘定をやったのだ。
例えば、報告は、「政府による航行危険区域等又は飛行禁止区域の設定に起因して、漁業者、内航海運業又は旅客船事業を営んでいる者又は航空運送事業者に何らかの減収や追加的費用が発生していることが確認されている」(報告92ページ)としながら、その見積もりとなると「損害額を推計するための適切な資料は見当たらない。したがって、現時点で営業損害額について合理的な損害額を推計することは不可能である」と算定しなかった。

除染コストの算定責任を放棄

何よりもひどいのは、除染コストの扱いだろう。国や自治体が作業し、東電が費用を負担することが8月末に可決した「放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法」に明記されている、一般地域の除染について「上下水道業者に何らかの減収や追加的費用が発生していること、私立学校に校地等の除染に関する何らかの費用が発生していることが確認されている。
しかし、具体的な損害額までは確認することができず、その他、損害額を推計するための適切な資料は見当たらない。したがって、現時点で営業損害額について合理的な損害額を推計することは不可能である」(報告93ページ)と算定責任を放棄しているのだ。
これらの除染は、どの程度完璧を期すかによってコストが大きく変動するとされているが、その規模は4~5兆円では大幅に不足で、総費用を10兆円程度に収めるために広い区域の除染を断念する政治決断が必要になるとの見方が少なくない。
さらに言えば、報告は賠償総額を4兆5402億円と見積もったが、これについても「少なく見積もっても20兆円は下らない」(民間シンクタンクのエコノミスト)というのが専門家の大勢である。
そして、もっと首をかしげざるを得ないのは、賠償総額4兆5402億円という第3者委の見積もりが、当初2年分の見積もりに過ぎないことだ。報告は、「知り得た事実関係及び入手可能な統計データを前提とした試算結果は、一過性の損害分として約2兆6,184億円、年度毎に発生しうる損害分として初年度(平成23年3月11日~平成24年3月末日)分約1兆246億円、2年目以降単年度分(筆者注:3年目以降の見積もりも行われたような印象を与える表現だが、「2年目の分」だけを指している)として約8,972億円となった」(報告90ページ)として、3年目以降の見積もりをしていないのである。

なぜ非論理的な見積もりを出したのか

そこで、問題になってくるのが、前述の原発再開と10%値上げが必要な根拠となった、今後10年間の東電の経営見通しだ。たった2年分の賠償や交付金支払いしか見積もらないでおき、それを10年かけて支払う(返済する)という計算なのだ。3年目以降は賠償が不要になると考えられる根拠など何もない。それらが発生した途端に、報告が描いたシナリオは破たんする構造になっているのである。
第3者委員会は、いったい、なぜ、このような非論理的な過小見積もりを断行したのだろうか。関係者に取材したところ、影を落とす問題が2つ存在した。
第一の問題は、8月3日に成立した特別法を根拠に設置された、東電による賠償を支援する公的機関「原子力損害賠償機構」の資金力の問題だ。実は、現在のところ、同機構が交付国債という特殊な手段を使って、東電に行える支援は総額2兆円まで。今年度の第3次補正予算で追加する予定の枠を加えても5兆円にしかならない。それゆえ、今回の報告は、賠償額の見積もりを5兆円以内に抑える必要があり、杜撰な過小見積もりを断行したという。
第二は、第一とも密接に関係するが、東電の債務超過・経営破たんリスクが顕在化するのを防ぎたいという思惑だ。それでなくとも、国際資本市場には、東日本大震災の被災を受けて、東電が実質的に破たんしていると見る向きが少なくない。そこで、今年6月発表した昨年度の本決算に続いて、近く公表する予定の今年度の中間決算でも、監査法人が東電に破たん宣告をしなくて済むような体裁を保とうとしたというのである
こうした中で目立つのは、報告の電力業界と東電への蜜のような甘い姿勢だ。第三者委員会自身も、「東京電力に関する経営・財務調査委員会報告の概要」の中に、あえて「積み残された課題(例)」と題する一枚紙を挿入し、
○政府と電力事業体との関係の見直し、
○総括原価方式に代表される電力事業に係る
各種制度・政策の再検討、
○地域独占を前提とした電力事業構造のあり

○発送電分離の検討
○原子力事業の運営主体やリスク負担の見直

○原子力発電のバックエンド費用
○天然ガス等のより効率的な調達の仕組み

――の七項目を列挙して、歴史的な日本の電力政策の枠組みに何ら切り込まなかった事実を認めている。
そうした底流として、報告は、冒頭の「はじめに」の中で「私たちは、いたずらに問題を複雑化し、拡大させることには慎重でなければならない。それというのも、その被害の直撃を受けた福島に暮らす人びとに対する十全な賠償と発生した事故の着実な処理を通じて、そこに『安心と安全』の確保をもたらすことを何よりも優先させるべきだとの思いがあるからである」と述べて、電力擁護姿勢の正当化まで試みているほどだ。

第三者委員会が容認した電力料金の値上げ

しかし、報告が東電の発電所売却の必要性にひと言も言及しなかった問題は、「着実な処遇」などという言い訳の通用する問題ではない。
というのは、発電所の売却は、電力政策の大枠の変更を必要とするような話ではないからだ。単に、賠償のための自己資金を積み増す効果があるだけでなく、すでに自由化されている発電業の競争を促す効果も期待されており、電気料金の高騰を抑制するものとみられている。
そもそも、民間企業が非効率な部門をアウトソースして、外部から必要な機能や製品を調達するのは、よくあることだ。発電所の売却は、規制による発送電業の強制的な分離議論とは次元の違う、すぐできる経営合理化策のひとつなのである。
第3者委が、重箱の隅をつつくような東電の人件費の削減策などに躍起になる一方で、より抜本的な資金調達の自助努力策として期待される発電所の売却にひと言も言及しなかったことは、大変な怠慢と言わざるを得ないだろう。もし、東電擁護のために、確信犯として発電所売却に触れなかったのならば、日本国民共通の敵の所業と断じてよいはずだ
同様に、今回の報告が、過去10年間の電気料金算出にあたって、コストの見積もりと実態の間に6,186 億円ものかい離があったことを指摘しながら、これらを将来無駄を省けることの根拠としだけで取り過ぎた料金の返済問題や、当時の経営責任、監督責任の追及などに言及しなかったことも、第3者委員会が東電寄りの組織だった証左と取られかねない失態だ。
半面、報告は、そのツケを国民に回すことに全くと言っていいほど躊躇をみせていない。これといった留保もなく、安全性への疑問が残る原発の早期運転再開と、電力料金の10%値上げを受け入れるように迫っているからだ。
値上げと言えば、東日本大震災以降、全国の電力会社は、すでになし崩し的に電気料金の値上げを続けている。加えて、東電は今年度中に、他の電力各社も来年度から、原発の運転停止に伴う火力発電所の燃料費増大分として10%程度の値上げを検討中だ。さらに、ソフトバンクの孫正義社長らが声高に要求した、太陽光を使って発電した電気の全量買い取りに伴う数パーセント前後の値上げも加わる予定となっている。
今回、第3者委員会報告が容認姿勢を打ち出した値上げは、こうした値上げラッシュの第一弾に過ぎず、2年後に賠償支援の不足が露呈すれば、その後は泥沼の値上げが待っている。

待ち受ける雪だるま式の電力料金値上げ

ここでいかにもありそうな政治決着と言えば、菅直人前政権が法律改正まで行って設置した原子力損害賠償支援機構の運用をとりあえずスタートさせるため、東電に今年度中の値上げを断念させる、という落とし所だ。
 しかし、こうした先送りは、雪だるま式に電気料金の高騰を招き、国民負担の増大を招く愚策に他ならない。ここは踏みとどまって、財務省、経済産業省、金融庁、東電、大手銀行の5者が相互に責任や負担を回避して、そのツケを国民に回そうとした仕組みに他ならない、機構による支援の枠組みをすべて白紙に戻すべきである。
 そのうえで、原子力損害賠償法に規定され、東海村のJCOの臨界事故という前例の際にも再確認されていた本来のルールに則り、当事者の東電が一元的に補償を行うという原発事故の賠償の原則に立ち戻るべきである。東電は、補償責任を全うするため、資産のすべてを換金して賠償原資に充てるのが筋である
過去に、あれだけ高い料金を取って溜め込んだ資産を充当しても足りなければ、資本主義のルールに則って、東電は法的整理のまな板に乗る以外に道は無いはずだ。
そうすれば、銀行の貸し手責任と株主責任が問われることになり、賠償原資のさらなる上乗せも可能なはずである。
その際、電力の安定供給を守るため、送電網の運用会社だけは、信頼できる企業体への事業継承が必要だ。それに相応しい企業が現れなかったら、初めて国費投入を検討すればよい。
東電の消滅によって一義的な賠償主体は消滅するが、どうしても支援が必要な弱者には社会福祉の観点から国が救済の手を差し伸べることによって国家的な試練を乗り超えるしか手はないはずである。








2011年11月6日日曜日

飛んで火に入る夏の虫:Noと言えない人たちにTPP交渉なんか無理では?

 内弁慶の外地蔵とは日本の霞が関官僚に最もふさわしい言葉かもしれない。
国民に対してはあれこれ偉そうなへりくつを延べ立てているけれども、特にアメリカに高圧的な態度で詰め寄られると、へらへら笑って相手のいいなりになるしかすべがない。

「そんなことは断じてない」と否定するのであれば、普天間の問題にしろ、何にしろ日本の官僚が国益を守るために、日米間の交渉の瀬戸際で一体いままで、どのような場面で、どんなふうに相手を説得し、譲歩させたことが、過去5年間の間に実績として、何度あったかをきちんと挙げて国民の前に示してもらいたいものである。

大臣にいたっては、国民が納得もしていない、国内の議論が何も十分にできてない重要懸案について、海外に出かけて行っては、私見を独断専行で国際公約としてぶち上げ、それを既成事実に変えて、嬉々として喜んでいるという体たらくである。

日本政府の中枢にいる人たちは、国益などよりも、外交の場で自分の顔をつぶされたくない、対面を守りたいの一念しかないようにしか見えないのは不幸なことである。すでにTPPについては、ブログに書いたので改めて繰り返すつもりはないが、こんな人たちがTPPの事前交渉などに入っていってまともな議論ができるはずがない。

TPPの交渉に入るか入らないかについて、幕末の鎖国か開国かの瀬戸際という荒唐無稽な発言をする人もあるようだが、日本はFTAで着々といろんな国々と貿易交渉を結んでいる。にもかかわらず、乗り遅れのバスに乗るような調子でTPPに飛び込めば、飛んで火に入る夏の虫になることは自明である。

TPPは恐ろしい。相手国の企業にとって、障害になるような安全基準を国が定めていたりするときは、企業が訴訟を起こせる権利が発生する。日本はそんな事態になったときに、我が国は一体どんな対応できるのか。結局アメリカとFTAを締結した韓国やメキシコと同様、何もかもずるずるとアメリカン・スタンダードに塗り替えられ、抜き差しならない事態に陥るのがおちである。

個人的にオバマはアメリカの国益を守るために彼は彼なりに粉骨砕身努力しているし、日本の政治家たちには、爪のあかでも煎じて飲んでもらいたい、信念の人だとは思う。しかし、日本の医療や労働、共済や金融などの部門における国益を犠牲にしてまで、彼の再選を支持しなければならない必要性があるとは到底思えない。仮に日本がTPPに参加したからといって、オバマが次の選挙で再選されるとは限らないからである。

http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00210953.html

G20閉幕 野田首相が帰国の途に 「緊張感の持ったいい議論ができた」


フランスのカンヌで開かれたG20(主要20カ国・地域)首脳会議は4日、ギリシャの包括支援策の速やかな実行を求める首脳宣言を採択して閉幕した。
G20首脳会議を終えて、野田首相は日本時間の5日未明、帰国の途に就いた。
野田首相は、今後めじろ押しの外交日程のスタートとなった今回の首脳会議を終え、「大変、緊張感の持った、いい議論ができたというふうに思っております」と述べた。
野田首相は、ヨーロッパの金融危機について、条件付きで協力する意向を強調したほか、消費税増税を国際公約して、日本の財政再建に向けた姿勢を訴えたが、各国の関心はギリシャ情勢に集中し、その存在感を示せたとは言い難い状況。
為替介入への理解を求めた場面では、野田首相が「どこからも反応がなかった」と苦笑いするくらい各国の関心は薄く、2国間の会談も短時間で慌ただしく、中国の胡錦涛国家主席とは、わずか5分間の立ち話だった。

国内では低姿勢が評価を得る野田首相だが、国際社会では、それがそのまま発信力不足につながっている感は否めない。
ただ、帰国後は、3次補正審議やTPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加問題で、野党側や民主党内の協力を得るため、引き続き低姿勢の日々が続くことになるとみられる。




http://mainichi.jp/select/biz/news/20111105ddm008020009000c.html

G20サミット:野田首相が国際公約 財政健全化、強い決意 消費増税、壁高く


野田佳彦首相は3日、主要20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)で、消費税率を2010年代半ばまでに段階的に10%に引き上げることを国際的に約束し、「カンヌ行動計画」にも盛り込まれた。与野党の反発が強い消費増税をあえて各国首脳に示すことで、財政健全化への強い決意を示した形だ。ただ、増税の実現にはハードルが多く、日本の財政への信認を得るには、政府が実行力を示す必要がある。【坂井隆之】
首相はG20出発前に藤井裕久・民主党税制調査会長と会談し、消費税増税を盛り込んだ税と社会保障の一体改革法案の年内取りまとめに道筋をつける方針を確認、藤井氏は「党の方は心配するな」と請け負った。だが、消費増税への党内の反発は依然として強い。環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉参加問題でしこりが残れば、増税時期や幅などを巡る議論で党内対立が再燃する可能性がある。
 参院で多数を占める野党の協力を得るのも容易ではない。首相の「国際公約」を受け、自民党の谷垣禎一総裁は4日、「政権を取った衆院選マニフェストは、消費税は増やさない前提だった」と批判した。公明党の山口那津男代表も「意思決定前に信を問うのが筋だ」と述べ、増税の関連法案提出前の衆院解散を求めることで自公の意見がそろった。東日本大震災の復興増税法案でも、増税期間を巡る与野党協議は難航しており、来年の通常国会での消費増税の議論では、野党がさらに対決姿勢を強めるのは確実だ。

2011年11月5日土曜日

なぜブログを更新するのか?: それは日本のメディアが使命を果たさないから

3月以来更新してきたブログの件数が200にもなった。

震災の数日前にブログを始めたときには、社会問題をブログで扱うつもりはさらさらなかったし、月に1,2度でも、眠れぬ夜の手すさびに、趣味の話でも書き広げていけばいいと思っていた。

なのに、こんなことになってしまったのはなぜか。それは日本のメディアがきちんと報道をしないからという一語に尽きる。

もちろん、朝日新聞や報道ステーションもいくらかは取り上げているし、モーニングバードや朝ズバなどのワイドショーも多局と比較すれば、まだましで、健闘している方ではある。しかしいずれも、単なる申し訳程度のガス抜きが行われているにすぎない。

3月11日以来の、我が国がおかれている状況を鑑みれば、原発作業員の作業状況や、フクシマでの放射能汚染対策の現状、エネルギー問題や、放射能汚染対策問題、これまで電力会社・政府・メディア・御用学者が何をやってきたのかをさまざまな観点から究明するようなドキュメンタリー番組、世界の放射能防御学や原子力発電、エネルギー問題のスペシャリストを日本に招き、フクシマの現状についての専門的な見解に基づく講演、シンポジウムを主催し、それを報道し、様々な観点から議論するといった報道番組などが1日に何時間も組まれているのが当然ではないか。

たとえば元スポーツ選手だの、お天気予報士といったズブの素人がコメンテーターとなり、専門的な事象にピントの外れたコメントを述べ立ててそれでなんとなく終わるようなものではなく、小出裕章氏や今中哲二氏が、毎日まじめな番組に長時間出演し、そこで直面する問題に対してしっかりとした議論をしたり、専門的な知見に基づいた解説をしたりしてこそ、日本の今の現状に相応しいメディア番組の真の姿であると考えるのは薔薇っ子だけだろうか。

バカ笑いするしか芸のないタレントに高い出演料を払って製作される低俗なテレビ番組には若年層でさえもすでに愛想つかしを始めているし、政府の後押ししかしない、買わなくても内容が手に取るようにわかる新聞を、このネット社会において、この先誰がことさら定期購読するだろうか。

メディア関係者はそろそろ正念場に来ていることを自覚し、国民が信頼するような情報提供者になるためには、国民のオピニオンリーダーとしての役割を果たすためには何をなすべきか、根本的に従来のやり方を変えなければならない時期に差し迫っていることを自覚すべきである。

http://president.jp.reuters.com/article/2011/11/03/9A78C448-0525-11E1-8D48-2CDA3E99CD51.php

脱原発運動は、単なる“ガス抜き”に終わるのか

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「推進力の源」が白日の下に晒されなければ、国民の脱原発運動も単なる“ガス抜き”で終わってしまう。
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野田政権の誕生で、中央官庁の官僚が再び政治をリードし始めた。安住淳財務大臣は野田佳彦首相の陰で糸を引く財務省の力に抑え込まれて萎縮。防衛事務次官も政治家を飛び越えて沖縄に出向くなど、水面下で日米合意の実現に外務・防衛の両省が猛烈な攻勢を仕掛けている。
公務員制度改革の旗手として知られた霞が関の改革派官僚・古賀茂明氏も、二転三転した末、遂に経産省に辞表を提出した。原発を中心とするエネルギー政策は、経産省にとって“獅子身中の虫”だった同氏の辞任と前後して一気に息を吹き返したようだ。事実、この間に原発は北海道で再稼働し、山口県・上関町長選では原発推進派の現職町長が勝利した。経産省と東電は大新聞やテレビを通じて、「原発に代わる火力が電気料金の大幅値上げを招く」と国民を恫喝し続けている。
肝心の野田首相は、所信表明で国民に「脱原発」を約束したにもかかわらず、国連では「原発輸出政策の継続」を表明した。首相の脱原発方針には、「任期中に達成する具体的な廃炉スケジュールと目標数」がない。そのため、国民には「どうも本気とは思えない」と疑問視する声が多い。具体的な計画を伴わない脱原発は、「おためごかしの政策ビジョン」とみられても仕方あるまい。
この9月末現在、稼働中の商業用原発は54基中11基。電気事業法では、13カ月ごとに原子炉を停止させて定期検査を行うことが義務づけられているため、予定としては2012年5月までにすべての商業用原発が停止されなければならない。
だが、見通しはそう甘くはない。東電管内の9都県で2002年3月末に1万3000戸だったオール電化戸数は、08年3月末で45万6000戸、10年末には85万5000戸に急増している。
野田政権が本気で脱原発を進める気があれば、国内のオール電化に政策的な歯止めをかけつつ、稼働中の原発11基を「脱原発の初期値」として位置づけ、そこから10、9……2、1、0へと減らしていく具体的な計画提示が必要だ。目標値も提示せず、遠い将来に結果を持ち越す「脱原発」とは、つまり「原発維持」でしかないからである。
とはいえ、在野の専門家らによる放射線拡散調査の広がりと、それを支持する国民の強い意思表示は、とりあえず非開示情報の扉をこじ開けつつある。

超巨大産業“原発”を誰が推進しているのか

原子力委員会は9月27日、事故以降に国民から寄せられた4500件の原発に関する意見で、「脱原発」を求める声が98%(直ちに廃止67%+段階的に廃止31%)に達したことを公表した。その2日後、文科省も福島第一原発から200キロ以上離れた埼玉、千葉などで3万~6万ベクレルのセシウムが沈着していたことを発表している。東京・神奈川・新潟の数値はまだ発表されていない(10月2日現在)が、福島県内の双葉町・浪江町・飯舘村など原発敷地外で、土壌からプルトニウム238が検出されたことも報告された。
チェルノブイリ原発事故では、「3万7000ベクレル以上が汚染区域」とされ、「妊婦や子どもの移住が必要な限界管理区域は55万ベクレル以上」とされた。マスコミによる誘導とは一線を画した世論の勢いに押されて、今回の原発事故による環境汚染がこれに相当するレベルで広範囲に広がっていることを、日本政府もやっと認めたということだ。
9月に都内で約6万人(主催者発表)を集めた“脱原発”デモ。「原子力ムラ」住民に痛痒を与えることはできたのか。(ロイター/AFLO=写真)
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9月に都内で約6万人(主催者発表)を集めた“脱原発”デモ。「原子力ムラ」住民に痛痒を与えることはできたのか。(ロイター/AFLO=写真)
ところが、同時期に開かれた政府の原子力災害対策本部では、福島原発周辺の半径20~30キロ圏内を線引きした「緊急時避難準備区域」(4月指定)の解除を決めている。そのため、自治体や避難中の町民には、「帰れるのか帰れないのかさっぱりわからない」「除染はもう終わったのか?」「順序が滅茶苦茶」「危険だけど帰れと言われているような気分」といった不満や不安が渦巻いている。除染作業は今、始まったばかりだからだ。
実際、放射性物質の拡散・沈着も依然として続いている。10月2日午後21時現在の双葉町山田の放射線量は「毎時24.72マイクロシーベルト」。この付近の平常値である毎時0.071マイクロシーベルトを、実に350倍近くも上回る驚異的な数値だ。
安全論議を放置したまま再稼働の勢いが強まる原発問題は、抑止力論議を封印したまま新基地建設を強要される在沖米軍問題と似ている。それは、日米欧をまたがる超巨大産業「原発」が、実は核問題との共生関係にあることを暗示するものでもある。「推進力の源」が白日の下に晒されなければ、国民の脱原発運動も単なる“ガス抜き”で終わってしまう。

2011年11月3日木曜日

コピペ: Fear of Fission Rise at Stricken Japanese Plant : NYT

http://www.nytimes.com/2011/11/03/world/asia/bursts-of-fission-detected-at-fukushima-reactor-in-japan.html?pagewanted=1&ref=japan


Fears of Fission Rise at Stricken Japanese Plant

巨額の研究費、被災地に返すべきでは?:日本原子力委員会さんと日本地震学会さん

 11月1日、日本原子力学会は東京都内で国際シンポジウムを開催したという。世界の科学史ニ類のない未曽有な人災を引き起こしたフクシマ原発には、原子力ムラという強固な親衛隊を擁しながら、収束どころか、未だ原子炉内の状況すらまともに把握できないといった体たらくである。

これまで多額の税金を投じて進めてきた世界一の水準と自画自賛してきた研究成果が、バケツリレーや消防車による水撒き、アメリカ、フランスの技術に頼らなければ、何ら対応できないものであったという事実を認識していない国民はもはやこの国にはいない。本来ならばこのような時期に国際シンポジウムの開催など自粛すべきなのではあるまいか。

10月の地震学会では、関係者から反省の言葉が発せられたというが、日本原子力学会は反省の色どころか、国民に、フクシマの事象を分かりやすく説明したこと、収束を助ける技術活動をしたと
自賛したという。厚顔無恥を地でいっておられる面々であると言わざるを得ない。彼らがメディアとつるんで国民に流布した安全神話がフクシマの原子力災害にどれほど甚大な影響を及ぼしたかを考えれば、これまで原子力工学研究に支払われてきたすべての研究費を返上し、それを被災地の補償にあててもまだ余りある。

なのに細野原発相は、経済性のためならば、情報隠しも、データ改ざんも、国民の安全や健康が犠牲になるのもやむなしといった恐るべき発想の持ち主である原子力ムラの面々が主催するこのシンポジウムに来賓として参加した。

その上、こともあろうに、こんな学会に、低線量被曝問題についての協力要請をしたというのである。日本全体に放射能にまみれた、がれきをばらまき、放射能汚染を国土全体に広げようとする細野氏にとっては、必要不可欠な課題であろうがーー。

しかし政府が国土全体を放射能まみれにするような政策を押しすすめる限り、観光客確保のためにどれだけ税金をばらまき、外国人旅行者の渡航費を無料にしたところで、金を払ってまで日本に来て、ことさら放射能まみれになりたいと思うような酔狂な観光客はいるまい。


http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011110100894


「分かりやすく説明」と自賛=原子力学会、原発事故で声明

 東京電力福島第1原発事故を受け、日本原子力学会は1日、東京都内で国際シンポジウムを開き、原発の安全確保に貢献するとの声明を発表した。
 声明では、同学会が今回の事故に関して「事態の分析や原因の解明、社会への分かりやすい説明、事故の収束を助ける技術活動」などを自発的に進めたと自賛。さらに「原子力災害を起こさないようにするための活動も行ってきたにもかかわらず、巨大津波により原子力災害に至った」とした。
 また、原発事故を「原子力に携わるすべての者にとって大きな衝撃」と表現した上で、「背景要因を含め、さまざまな観点から分析する必要がある」と指摘している。(2011/11/01-18:50)

低線量被ばく問題で協力要請=原子力学会に細野担当相

 東京電力福島第1原発事故をテーマにした日本原子力学会主催の国際シンポジウムが31日、東京都千代田区で開かれ、来賓として招かれた細野豪志原発事故担当相は福島県内の低線量被ばく問題について「力添えをお願いしたい」と協力を求めた。
 細野担当相は、低線量被ばく問題を「これからのわが国において非常に重要なテーマ」と強調。長期間にわたり被ばくした際の健康への影響について「どう捉えたらいいか結論が出ていない」とした上で、「オールジャパンで不退転の決意で取り組む必要がある」と同学会にも貢献を求めた。(2011/10/31-12:48)

radiation01[1]日本原子力学会という責任を逃れようとする話にならない人たち 小出裕章(たね蒔きジャーナル)





水野「小出さんこんばんは」
小出「こんばんは」
平野「こんばんはよろしくお願いします」
水野「よろしくお願いします」
小出「よろしくお願いします」
水野「今日はまず日本原子力学会という学会の動きについて教えていただきたいと思います。」
小出「はい」
水野「この日本原子力学会というのはもちろん原子力を専門に研究していらっしゃる研究者の皆さんが入っていらっしゃる学会と、思っていいんですよね」
小出「…はい。まあ研究者もいますし、まあ電力会社の社員もいますし、メーカーの人達もいるというそういう組織です」
水野「ほう。ああー、電力会社の社員も」
小出「はい」
水野「またメーカーの人達も入っている」
小出「そうです」
水野「そういう組織、ということは私たちが今原子力村って言葉を言いますけれども…」
小出「はい」
水野「この原子力村の人達とだいぶかぶっている…」
小出「はい」
水野「メンバーと思っていいですか?」
小出「はい。もうほぼかぶっていますし。あの原子力村というのはもちろん政治をやってる方たちもいるわけですし。えーーーーー…、そうですね、産・官・学ですから産業界の人も原子力に入って、原子力学会に入ってる、もちろんあの、えー、アカデミズムの世界にいる人達も関係者は原子力学会に入っています。」
水野「あー」
小出「かなりだからダブっていると思っていただいて結構です。」
水野「そうですね」
小出「はい」
水野「その日本原子力学会に確か小出先生も」
小出「うふふ」
水野「最初、随分前には一回入られたって伺ったことがあります」
小出「はい、はい。言いました」
水野「それ何年ぐらい前ですか?」
小出「えーっと。70年頃から多分80年頃までは多分入っていたと思います」
水野「はー。でそれをお辞めになったんですね?」
小出「はい」
水野「えー日本原子力学会というまあ小出先生がかつて属し、そしてお辞めになったその学会ですね、ある声明を出したというんです」
小出「はい」
水野「それはどういう内容かといいますと、福島第一原子力発電所の事故の原因の調査を、今、事故調査検証委員会というところが進めているわけですけれども」
小出「はい」
水野「そうした自己調査をする委員会に対して、あることを求める声明をこの原子力学会が出しました」
小出「はい」
水野「でどういう内容を求めているかといいますとですね。これは事故の調査をずうっとしていく中で、個人の責任追及を目的としないように、してください、というもんです」
小出「はい」
水野「これつまり、まあ、個人の責任は問わないでくださいという意味、ですよね」
小出「そうですね」
水野「これを…日本原子力学会が出す、今、出すというのはどういう意味なんですか?」
小出「まあこれまでもそうでしたけれども。原子力の世界というのは誰も個人としての責任を取らないままこんにちまで来ました。」
水野「はい…。でこれからも個人としては責任を取らないと、いうため、の、この声明と見てよろしいんでしょうか」
小出「それ以外にどう…どんな見方もないと思います(笑)」
水野「そうですよね…。これね、あの声明を読んでみますと。えー、今回の事故調査において、まあ現場で運転や連絡調整に従事した関係者はもとよりってまずあるんですね」
小出「(笑)。はい」
水野「連絡調整した人にもまあ責任問わない、となると私なんかは色々な情報が非常にこう遅れたり」
小出「はい」
水野「あるいは隠されていたものがあったりというようなことまで含むのかなあ? と思うんですけど」
小出「そのようですね」
水野「そうなっちゃいますよね」
小出「はい」
水野「あるいは事故を起こした原子炉の設計、建設、審査、検査」
小出「(笑)」
水野「などに関与した個人に対する責任追及を目的としないという立場を明確にすることが必要であるというふうに述べています」
小出「はい」
水野「作った人も、建設した人も、審査したも、審査した人も、検査した人も、みんな、責任はこれで免れるという、ことのよう、ことをまあ目的に声明出してらっしゃるのでしょうが」
小出「はい」
水野「これは…何を招きますか?」
小出「まあこれまでも原子力の世界というのはそうやってきて今回の事故を引き起こしてしまった、のですね。ですからここまで来ているのですから自分たちのやってきたことを、本当に一人ひとりの責任というものを私は自覚して欲しいと思うのですけれども。相変わらず、えー、自分たちは責任を逃れようというそういう人達のようですね。」
水野「うーん。平野さん? これはあのー…まあ犯人探しになってしまったら真実を語る人がいなくなってしまうんだと。」
平野「うん」
水野「いうまあそういう意味、の生命になってはいるんですが」
平野「そうですね。」
水野「そういうのどうなんでしょうか」
平野「先生、これあの、そもそもー政府のあのー事故調査委員会ですね」
小出「はい」
平野「畑村さんの」
小出「はい」
平野「この委員会はですね、あの、個人の責任を追及しないと」
小出「はい」
平野「んなことを、その、すでに言った後に出しているわけですね」
小出「はい。そうですね。初めから畑村さんが、はい」
平野「もうそういう線引きが出来てるわけですよね」
小出「そうですね。」
平野「推進派の人たちをようするに免罪だと。」
小出「はい」
平野「いうことをもう結論として出してる、ような声明ですね」
小出「はい。まあ事故調査委員会は始めから畑村さんがそう発言したわけですから。」
平野「そうですよね」
小出「私はもうこの調査委員会は駄目だと思いました。」
水野「委員長である畑村さんがもう最初に責任は問わないと」
小出「そうです」
水野「おっしゃった。でもその方を任命なさったのは菅総理」
小出「そうです」
水野「ですよね。」
小出「はい」
水野「そういう、まあこの原子力村の体質はじゃあ、これからも変わらないって私たち思わざるをえないわけですかね」
小出「はい。まあ、大変、今回の声明は今回は驚きましたし、え…、呆れましたし、ええ…、なんとも悲しい思いで声明を読みました。変わらないんだ…ですねこの人達は。」
平野「うーん。先生」
小出「はい」
平野「事故直後に3月の末にですね」
小出「はい」
平野「このー、まあこういう原発に関わってきた学者16人がですね」
小出「はい」
平野「自分たちの責任を認めて、国民に謝罪する、まあ声明みたいのを出してるんですね」
小出「そうですね」
平野「まがりなりにもね」
小出「そうですね。」
平野「まあその人達は、原子力安全委員会に加わってた経歴があるかたが半分くらい、おられるんです」
小出「そうです。はい」
平野「だから、本人たちはもうある程度は認めてるのにも、全体で原子力学会、要するに総体として守ろうとする意味ですよねこれ」
小出「そうですよね。」
平野「本人たちは非常に忸怩たる思いで」
小出「はい」
平野「謝罪せざるをえなかったと」
小出「はい」
平野「いう声明まで出してるんですからね」
小出「はい、そうです」
平野「何か本当におかしいですね」
小出「はい」
水野「今回日本原子力学会の会長が声明を出していらっしゃる中にはこんな言葉がありまして。『原子力が人類のエネルギー問題解決に不可欠の技術であることに思いをいたす』と」
小出「(笑)」
水野「これ事故のあとですよ」
小出「はい」
水野「えー仰っているわけです」
小出「はい」
水野「小出先生どんな感想もたれますか?」
小出「もう話にならない人たちですね」
水野「ただわたくしのような素人から見ますと、やはり専門家の方々が、今こそ本当にこの日本のために地球のために何ができるかっていう観点で、考えてくださらないことには。わたしたちやはり専門家の意見に耳を傾けて政策を決定する時にいろいろ考えを決めると思うんですよ。」
小出「そのとおりです」
水野「専門家が変わらなかったら、そらー、変えられないんじゃないですか?」
小出「はい。まあ専門家と呼ばれている人たちも一人ひとりの人間なん、ですね。で、その一人ひとりの人間の人たちは、要するにたった1回しか人生生きられない、わけですから、どのように生きてどのように責任を取るかということはやはりご自分で考えていただかなければいけない、し。えー、ずうっと安全だ安全だと言い続けてきて、今回のような本当に悲惨なことが今目の前で進行しているときに、まだ原子力が必要だ、そして誰も責任は取りません、などというのは本当に、どういう人達で、自分の命をどういうふうに思っているのかなと私は思います」
水野「はい…。まあちなみにですね、平野さんが先ほどおっしゃいました、3月末に国民に対して謝罪をしたいと声明を出された16人の方々の中にはですね、この番組にも出てくださいました…」
小出「はい」
水野「元原子力安全委員会の委員長代理でいらして、また日本原子力学会の元会長でいらっしゃる先生もいらっしゃいます」
小出「はい」
水野「住田さんという大変大物の学者でいらっしゃいますよね」
小出「そうですね」
水野「住田さんもいらっしゃいます。あるいは元日本原子力学会の他の会長さんもいらっしゃり」
小出「はい」
水野「また原子力安全委員長だった方も入ってらっしゃる」
平野「んー、そうですね」
小出「はい、そうですね」
水野「そうそうたるメンバーの中には、謝罪をしたいとおっしゃる方が居らっしゃるんですよね」
小出「はい」
水野「しかしながらそうした人たちの声は日本原子力学会を現在の学会を大きく変えるものには、なり得ないんですか?」
小出「少なくともなっていませんし、私は16人のかたの謝罪そのものに、かなり眉に唾をつけながら読んでいます」
平野「(笑)」
水野「どうしてですか?」
小出「えーと。謝罪をしたということであれば、えー、原子力に対してこれからは、えーーー、ずうっとまあ旗を振り続けてきたわけですけれども。そのふってきた旗を降ろすとかですね、そういう意思表示があっていいと私は思うのですけれども。多分その方々は多分これからもまた旗を振り続ける仲間に入るんだろうなと私には思えました」
水野「あ、そうですか」
小出「はい」
水野「いやー、専門家の方々の生き方が本当に今、問われてきますわね」
平野「うーん」
小出「はい」
水野「皆さんご専門の研究で、結局こうした事態に来たわけですから」
小出「はい」
水野「小出先生のところに、いやあ小出先生言うてはった、通りに今、哀しいかななってしまった。ちょっと手を組んで色んなこと考えましょう、というほかの専門家いらっしゃいません?」
小出「すいません。どなたも1人としておりません。」
水野「あ、そうなんですか」
小出「はい」
水野「今もって?」
小出「はい!」
平野「先生でも改めてこれ思うのはですね。」
小出「はい」
平野「政府も事故調査検討委員会の人選と組織の問題ですよね。」
小出「はい。と思います」
平野「ここがきちんとしないから、まあ、僕はもう個人的にはこれを刑事事件になってもおかしくない事案だと思うんですけども」
小出「はい」
平野「そこら辺のこう、なんとか、権限のですね、無さというか。もともと政府があのやる気のない組織を作ってしまった、それを見越してこういう学会声明になったと」
小出「はい」
平野「言うことだと思うんですよね。」
小出「はい。おっしゃるとおりです」
水野「はい。また専門家の方々をこのたね蒔きジャーナルにおよびしてお話し、聞きたいですね」
小出「そうですね(笑)」
水野「はい。京都大学原子炉実験所助教、小出裕章先生に伺いました。どうもありがとうございました」
小出「ありがとうございました」
平野「ありがとうございました」
(書き起こしここまで)

大震災「想定できず反省」 日本地震学会出直し宣言 

2011/10/15 11:26
 日本の地震学者2000人以上が参加する日本地震学会は15日、東日本大震災後に初めて開いた全国大会(静岡市)で、東北での巨大地震を想定できず反省するとの異例の見解を表明した。会長を務める平原和朗京都大教授は「きょうが始まり」と述べ、出直しを宣言。同学会震災対応責任者の鷺谷威名古屋大教授は「想定外の震災に負い目を感じる。地震学や学者の姿勢に問題がなかったか問い直す」と語った。
 今後、海溝付近の地殻変動の観測や、古い地震・津波の調査研究などを強化し、国民の信頼を取り戻したいとしている。
 全国大会の最終日に当たる同日、「なぜ想定できなかったのか」「国の施策とどう関わるのか」と題するシンポジウムを開催。予知が可能と国民に期待させてきた面は否めず、一方で原子力発電所の安全対策などに地震学会が積極的に関与することを避けてきたとして問題点を検証した。
 東北沖では地震の規模を示すマグニチュード(M)を最大でもM8.2と見積もっていた。M9は多くの地震学者にとって想定外で、地震研究の内容や観測体制などに厳しい目が向けられた。
 東北大の松沢暢教授は「海溝沿いのどこでもM9は起こりえる。M10の可能性も否定せずに検討すべきだ」と語り、地震学者が1970年代に提唱された仮説にとらわれていたと指摘。この理論では、東北地方の下に潜り込む太平洋プレート(岩板)はひずみをためにくいが、実際には、東日本大震災でひずみが一気に解放されて巨大地震や大津波を引き起こした。
 また政府の委員会の部会長を務める東北大の長谷川昭名誉教授は「地震学は災害を軽減・防止するためだが、(どう社会貢献するかは)学問の進展度合いもあって難しい」と話した。