2012年10月19日金曜日

メディア、自公、復興予算の乱用は初めから分かっていたことでは?


 昨今、連日連夜、メディア各社や自民、公明によって喧しく、復興予算19兆円の乱用が大きく取り沙汰されている。

「現代ビジネス」10月15日付で高橋洋一氏は、自民や公明、そしてメディアが今頃になって、復興予算の乱用を批判する資格があるのかという記事を書いている。以下それを転載する。

高橋洋一氏は国民が、「所得税2,1%上乗せ25年間などの「復興増税」をあえて選択した」と書いているが、それは正しくない。

政府の被災地復興、絆で国民一致して助けあおうなどというスローガンや、メディア各社による増税を正当化する相次ぐ報道にころりと惑わされ、増税もやむなしと思い込んでしまった国民がいなかったとはいわない。

しかし、このブログの中でも度々記してきたように、経済不況の中での増税の実施は消費行動をますます鈍化させるばかりであり、日本再生にとってむしろマイナスのほうが大きいと主張する経済学者も少なからずいたし、増税に反対意見を持つ国民は決して少なくなかった。

省庁の無駄を徹底的に削減した上で、何にどれだけの予算が必要か使途を、明ラカにした上で、増税すべきであるという考え方も、また、先に総選挙をして国民に信を問うた上で、増税するかどうかを決断すべきという考え方も多くあった。

高橋氏はそうした事実を全て捨象し、あたかも彼一人が早くから増税に疑義を示し続けてきたかのような書き方をしている点には疑問を禁じえない。

日本の納税者は、納得して復興増税を受け入れたのではなく、好むと好まざるとにかかわらず、機能不全に陥った日本の議会制民主主義の弊害によって、否応なしに増税という煮え湯を飲まされたというべきである。

前の選挙で、愚かにも自公民に投票してしまった選挙民が圧倒的多数であったがために、有無を言わせぬ財務省の横車によって、増税という愚かな選択肢を無理強いされたに過ぎないというのが正しい。

とはいえ、「復興予算が乱用されることは、自民、公明もメディアにも初めから分かっていたはずであって、この期に及んで、批判する資格などないと厳しく糾弾している点は評価すべきであろう。

東京新聞も、復興予算の流用は、納税者を裏切る不誠実だとし、国会審議の形骸化と政府に対する監視機能低下を改めて厳しく指摘し、府省庁が、一般会計として扱ってきた事業に関して、一般関係の予算査定が厳しくなる中、復興予算に付け替えて、被災地とも、震災復興とも無関係な無駄な事業継続を図っていたことを明らかにしている。

省益のため、ひいては自己の出世のために、国民から血税を絞り上げ、湯水のごとく無駄遣いをする霞が関官僚の暴挙に真っ向から対峙して、しっかり歯止めをかけていくだけのガッツと政治的手腕を兼ね備えたリーダーが今の日本には、何よりも求められている。

自公民の政治家たちには、所詮シロアリと手を携えてうまくやっていく事以上の芸当はできないことを、我々はここ何年かの間に、はっきり確信している。維新の会に期待する声もわずかにあるようだが、民意に耳を傾けず、政権維持のためには朝令暮改で口先三寸、ころころ主張を変え、詭弁をとれば何ひとつ残らない、今の野田政権の二の舞になる可能性は高い。

この辺で、日本にも、国民が真に信頼できる、まともなリーダーが出現しない限り、日本の復興再生に未来はない。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/33798

「現代ビジネス ニュースの深層」             2012年10月15日(月)高橋洋一

「日本再生」というばらまきに群がった官僚や政治家たち!「復興予算の乱用」を自民や公明、そしてメディアが今ごろになって批判する資格はあるのか


 東日本大震災の復興予算(2011年度から5年間で19兆円)の多くが被災地以外に支出されていたという。もともと9月9日に放映された「NHKスペシャル追跡 復興予算19兆円」が話題になったのがきっかけだ。そこでは、沖縄の国道、反捕鯨団体対策費、国立競技場補修費、国内立地補助金等が具体例として取り上げられた。
 復興のために、国民は所得税2.1%上乗せ25年間などの「復興増税」をあえて選択した。それを被災地以外に使うと何ごとか、という怒りが根底にある。
 政府の行政刷新会議が検証に乗り出したり、財務省も実態調査へ動き出しているが、対応が生ぬるいとマスコミは批判する。
 昨日14日のフジテレビ番組「新報道2001」では、当時閣僚だった片山善博元総務大臣がばらまきだと批判。これに対し、民主党の細野豪志政調会長は「復興予算は被災地以外に使わない」との意向を示した細野は、「昨年は(震災で)日本経済が破綻する瀬戸際だった。当初は被災地に限定することを考えたが、自民党からも意見をいただいて日本全体で付けようと判断した」とし、「この判断は全体としては間違ってなかった」と説明した。
 同番組に出演した自民党の甘利明政調会長は、細野氏の民・自の共同責任発言をあえて否定せず、「復興庁が現場のニーズをくみ取り、助ける作業から始めるべき。年次をまたいで自由に使える基金をつくるべきだ」と指摘した。
 他方、この問題を審議しようとしていた11日の衆院決算行政監視委員会の小委員会が与党民主党による欠席で流会になったことについて、自民党は問題にしている。

当初から被災地以外にばらまくつもりだった

 ともあれ、まずは今回の復興予算問題について、震災以降の事実関係を整理してみたい。被災地以外に支出は許せないというマスコミや片山元大臣の意見は妥当か、官僚が国民を騙して予算を作ったのか、与党、野党の政治家は知らなかったのか知っていたのか、さらに、そもそも復興増税は正しかったのかなどを考えてみよう。
 復興予算は震災直後から精力的に検討された。政府、財務省主導の下で東日本大震災復興構想会議を立ち上げ、復興増税を提唱した。同会議の庶務は財務省出身の内閣官房副長官補のところで、事実上財務省が事務局を仕切っていた。増税と同時に各省庁への配慮から復興予算をばらまく思惑もあった。
事実、2011年5月10日の「復興構想7原則」の原則5で、「被災地域の復興なくして日本経済の再生はない。日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はない。この認識に立ち、大震災からの復興と日本再生の同時進行を目指す」と書いている。
 つまり、当初から復興予算を被災地以外にばらまくつもりだったのだ。
 これを受けて、6月24日に成立した「東日本大震災復興基本法」の第2条(基本理念)に、「単なる災害復旧にとどまらない活力ある日本の再生を視野に入れた抜本的な対策」という文言がある。
 この基本法は、政府から提案された「東日本大震災復興の基本方針及び組織に関する法律案」を撤回し、民、自、公による共同提案を成立させたモノだ。
 政府提案の法案では、基本理念は「単なる災害復旧にとどまらない抜本的な対策」となっていた。「日本の再生」という文言はないものの、復興構想原則のとおり、被災地以外にばらまくという当初の考え方は踏襲されているこの意味で、細野氏がテレビでいった「当初は被災地に限定することを考えた」というのは、政府提案を見る限り正しくない。
 ちなみに、復興基本法案の採決は参議院サイトにあるが、みんなの党と共産党以外は賛成している。

「復興特需」のうま味を吸いたいと漏らした政治家

 さらに、これらを受けた7月29日の政府の「東日本大震災からの復興の基本方針」では、「被災地域の復興は、活力ある日本の再生の先導的役割を担うものであり、また、日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はないとの認識を共有する」とされている。
 いずれも、被災地の復興だけではなく、「日本の再生」というバラマキに都合のいい文言が盛り込まれている。
 これらの事実から、被災地以外へのバラマキは、政府、民、自、公では当初から首尾一貫している。その当時、この復興増税による政府方針に対して、マスコミは賛成の立場だった。今になって批判するのは、あまりに調子がいい。
まして、これら復興会議、復興基本法の国会審議、政府方針の決定に閣僚として関わった片山氏は、被災地以外へのバラマキを批判する資格はない。さすがに、この点、細野氏が一緒にやったでしょうとやんわりと片山氏を批判していた。
 では官僚が国民を騙したのか。官僚としては正統な手順を十分に踏んだと言いたそうだ。少なくとも形式的には言えるかもしれない。しかし彼らが復興構想会議をコントロールした実態を見た筆者としては文句も言いたい。筆者が「復興構想会議が官僚にコントロールされている」実態をテレビで発言したら、テレビ局に対して執拗な抗議をしてきたのが官僚だった。指摘が図星だと官僚は本気でむかってくる。
 こうした舞台裏について、民、自、公の政治家は知らなかったのか。そんなことはない。よく知っていた。中には、この際「救国連立」にして復興特需のうまみを吸いたいとホンネをいう政治家までいた。

復興増税ではなく、現在ならどうだったのか

 ここまで書いてくると、なぜこうなったのかという根本問題がでてくる。これに対する筆者の直感は、財務省がはじめに「復興増税」ありきという流れを作ったからと思う。
 復興増税だけでは財務省の一人勝ちになる。他省庁が歳出増の分け前を求めるのに応えようとしたが、「被災地に限定」では少なすぎた。そこで被災地以外にも予算をつけられる「日本の再生」という「チエ」がでて、それに民、自、公の政治家が群がったのだ。
 筆者は、震災当初から「増税」ではなく「寄付金税額控除」、「復興国債の日銀直接引受」を主張していた(2011年3月14日付け本コラム「「震災増税」ではなく、「寄付金税額控除」、「復興国債の日銀直接引受」で本当の被災地復興支援を菅・谷垣「臨時増税」検討に異議あり」)。
 もちろん、被災地でのインフラは絶対必要なので、公共投資を全否定するつもりはない。しかし、日本の財政政策は、財政支出の割合が多く、(給付金を含む)減税系が少ない(2010年1月18日付け本コラム)。
 前者は、特定関係者の利害に大きく関係するが、後者は広範囲の人が便益を受けるためにあまり特定関係者の利害を考慮する必要がないので、財政のフェアを追求するのであれば、後者の減税系を指向すべきである。筆者の震災当初の提案はその考えに沿っている。
今のマスコミが行っている批判は、被災地以外に増税を使ったということで、支出のムダとはすこし違った角度になっている。もし、復興増税でなかったら、どうだったのか。それに、政府支出ではなく、国民への減税系だったら、どうだったのか少し冷静に考えてみると、違う世界が見えてくるだろう。

不適切な予算の宝庫

 ただ、こうした説明をマスコミにしても、中にはそんなことはどうでもよく、目先のネタを求める人もいる。そういう人たちへは、2011年10月21日の財務省サイトの平成23年度補正予算(第3号)の概要を紹介しよう。
 ここで東日本大震災関係経費11兆7335億円のうち、「8.全国防災対策費5752億円」、「9.その他の東日本大震災関係経費2兆4631億円」はほとんど被災地以外の復興予算だ。
 その他の項目を並べると以下の通りだ。
 立地補助金5000億円、雇用対策3780億円、住宅関係3112億円、節電エコ補助金等2324億円、水産業の復旧・復興1576億円、自衛隊施設及び装備品等の復旧等1470億円、森林・林業の復興1400億円、医療、介護、福祉等1231億円、自律・分散型エネルギー供給等に拠るエコタウン化事業840億円、中小企業対策452億円、復旧・復興に向けた教育支援等411億円、資源の安定供給確保283億円、警察・消防関係229億円、農業関係197億円、世界に開かれた復興177億円、災害に強い情報通信ネットワークの構築等169億円、震災関係資料の収集、デジタル化の促進、被災実態調査等28億円、その他1953億円。
 その中身を見ていけば、いくらでも記事が書けるだろう。
 しばしば、マスコミが掲げている「不適切な予算」が次々にでてくる。
 そもそも、新聞は「本紙の調べによると」となどとしているが、1年前の政府の公表文書に書いてあることに過ぎない当時は、復興増税、復興策に賛成しながら、今になって叩くのは、マスコミならでは変わり身の早さか。
いずれにしても、今回の復興予算乱用の問題は、セオリーを無視した「復興増税」から出てくる馬鹿げた事件としか思えない。「寄付金税額控除」にしておけば、支出先を選択するのは国民である。
「増税」で国民からカネを巻き上げて支出先の選定を政府に委ねるのは、賢い方法にはとても思えない。(道州制先取りの地方主導で)被災地に必要なインフラ経費は「復興国債の日銀直接引受」にしたら、今回のような問題は起きなかっただろう。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012101902000157.html


復興予算流用 納税者を裏切る不誠実

 東日本大震災の復興予算「流用」ともいえる不適切な支出が次々と明らかになっている。復興へのこじつけは不誠実極まりない。復興増税に応じた国民と被災者との「助け合い」機運にも水を差す。
 復興予算は二〇一一年度から五年間で少なくとも十九兆円。
 財源は所得税や住民税、法人税などを増税して充てる。日本国民全体で被災地復興を支援する仕組みだからこそ、国民は長期(所得税増税は二十五年間、住民税増税は十年間)にわたる増税を受け入れたのだろう。
 その復興予算が、被災地に直接関係あるとは言い難い事業に流用されていたとしたら、納税者に対する裏切りに等しい。
 例えば、反捕鯨団体「シー・シェパード」の妨害活動に対する安全対策費(二十三億円)、核融合エネルギーの実用化を目指して七カ国・地域が共同で進める国際熱核融合実験炉(ITER)研究支援事業(四十二億円)だ。ほかにも多くの流用が指摘されている。
 反捕鯨団体対策は「南極海の鯨肉の安定供給が、鯨肉加工の盛んな石巻市周辺の復旧・復興に」、ITER研究支援は「日本全体の復興に」つながるのだそうだ。こうした官僚の説明を詭弁(きべん)という。
 確かに、復興基本方針では被災地と「密接に関連する」地域の事業や、被災地以外で緊急性が高い防災事業も復興予算として認められている。だからといって、野放図な使途拡大は霞が関の暴走だ。
 野田佳彦首相は「真に必要な事業に絞り込む」と表明した。復興との関連を厳しく審査した上で、未執行分は凍結し、執行済み分は関係省庁の一三年度予算から減額する厳しい措置が必要だ。本当に必要な予算なら一般会計予算として別途要求すればよい。
 復興予算流用をめぐり、参院では十八日、決算委員会が開かれ、平野達男復興担当相らが出席して質疑が行われた。十九日には行政監視委員会も開かれる。国会閉会中だが、必要なら審議に臨むのは国会議員としては当然の責務だ。
 政府が提出した予算案の中に不適切なものがあれば、それを正すのは国会の仕事である。
 ただ、現在流用が問題となっているのはすでに国会の審議・議決を経て成立した一一年度補正予算と一二年度当初予算だ。なぜ審議の段階で問題点を指摘できなかったのだろうか。
 国会審議の形骸化と政府に対する監視機能低下が指摘されて久しい。あらためて猛省を促したい。
 

復興へ付け替え横行 省益優先 予算奪い合い

写真
 東日本大震災の復興予算が被災地の再建と無関係な事業に使われている問題で、各府省がこれまで一般会計として扱ってきた事業に関し、復興予算に付け替えて継続を図っていたことが分かった。一般会計の予算査定が厳しくなる中、省益優先とばかりに、関連性のない復興予算獲得に飛びつき、野放図に認められていたのが実情だ。 (中根政人、岩崎健太朗)
 典型的な事業は、外務省の青少年国際交流事業だ。
 震災発生前の二〇〇七年度からの五年間、「二十一世紀東アジア青少年大交流計画」の名称で、中国や韓国などの若者を招いた。毎年度平均で約七十億円の事業予算が一般会計から支出され、一一年度に終了予定だった。
 ところが、復興のための一一年度三次補正予算に「アジア大洋州地域及び北米地域との青少年交流」(七十二億円)と名称を変えて盛り込まれた。震災の実態を米国や中国、韓国など約一万人の若者に伝えるのを目的としているが、実際は被災地での滞在は十日前後のうち実質三日。主に東京や名古屋、京都など被災地と関係のない大都市や観光地を回る内容だった。
 外務省は「震災全体の正しい姿を伝えるための事業。復興予算からの支出は適正だ」と話している。
 このほか、文部科学省は一二年度予算の復興特別会計に所管する独立行政法人・日本原子力研究開発機構の核融合エネルギー研究費として四十二億円を計上した。この事業は被災地の復興に直接関係なく、〇七年度から一一年度までは一般会計として扱われてきた。
 内閣府は復興のための一一年度三次補正予算に、自殺防止対策として「地域自殺対策緊急強化基金」に三十七億円を盛り込んだ。事業費は被災地だけでなく、全国の相談業務に充てられる。〇九年度に三年間分として、一般会計に計百億円が計上されていた。
 防衛省は同三次補正予算に自衛隊輸送機の購入費計四百億円を盛り込み、執行した。当初は一五年までに一般会計から購入する計画だった。
 






2012年10月18日木曜日

フクシマを揶揄するフランスの司会者の発言は「表現の自由」か?


 日本のバラエティでは、くだらないシモネタや、叩いたり蹴ったり、うんざりするような低次元の笑いが連発されるばかりで、そのなかには誰も原発の政府対応に対して、堂々と物申すような者はいない。

俳優の山本太郎のように、反原発を支持するような発言をしたとたんに番組から降板させられ、芸能界から総スカンを食い、芸人生命を絶たれることを恐れてのことだろう。

たまに「笑点」で、円楽が気の利いた体制批判をちょろりとやるのが関の山といったところだろうか。お笑い番組ひとつをとってみても、現代日本のお笑いのレベルや言論の自由がどれほどのものであるかがわかるというものだ。

反原発の立場に立つ京大の小出助教をラジオ番組に常時登場させていた番組作成スタッフがおいやられ、多くの視聴者に愛された番組そのものが、理不尽にもお取り潰しの憂き目に遭うーーーそんな言論の自由があってない日本とは異なり、フランスは「表現の自由」が認められている国だ。

それはそれでフランス国民は、自国にそのような表現の自由があることを誇りに思うべきであるし、国際世界に対して1つの模範としてそれを示していくべきであると思う。


この度フランスのコメディアン、リュキエ氏のサッカー川島選手を揶揄するフクシマ発言が大きく取りざたされている。フランスの外相や国営放送の社長は日本政府の抗議に対して、謝罪をしているが、リュキエ氏本人は、「この騒ぎを恥とは思わず、フランスはコメディアンが自由な表現ができる国であることを誇りに思うべきだ」と発言している。

しかし、表現の自由のもとにコメンディアンは何を言っても許されてよいものなのだろうか。

このリュキエ氏が表現の自由を主張している、合成写真と彼の発言は、日本人イコール放射能被爆者イコール奇形という偏見に満ちたレッテル貼りを示す以上のなにものでもない。

それは、フクシマの放射能汚染の影響によって、今後遺伝子異常の子どもが生まれるのではないかという不安に脅かされてるフクシマの被災者や、チェルノブイリの事故や原発の影響によって、不幸にして身体に障害を抱えてこの世に生を受けた社会的弱者の神経を逆なでするものである。

社会的弱者に対する差別偏見を含むような発言はユーモアでもなんでもないし、そのようなものまで表現の自由と呼ぶことが許されるのだとすれば、フランスのユーモアも、表現の自由も、随分下劣なものに堕落してしまったと言わざるをえない。

リュキエ氏は、東電や民意などおかまいなしに原発推進に猪突猛進している日本政府などに謝罪する必要はない。

だが、特定のマイノリティの平等権を侵害するような類いの質の悪い表現の自由は、何人を持ってしても断じて、許されるべきではないし、彼の発言を聞いて、不快な思いをしたに違いない、声なき被災者や被爆者の子供たちに対して、リュキエ氏は深く恥じ入り、謝罪する必要がある。

と同時に、このような一コメディアンの思い上がりも甚だしいまずい言動が、結果的に「表現の自由」に規制をかける口実、大義名分にならないよう、心から願いたい。


http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye5158714.html


仏コメディアン「表現の自由」

仏コメディアン「表現の自由」
 フランスのテレビ局が、サッカー日本代表の川島永嗣選手と福島の事故を結びつける放送をしたことについて、問題の発端となった司会者本人がコメントしました。「表現の自由」を主張する趣旨の発言で、謝罪はしていません。

 この問題は、フランスの国営テレビ局「フランス2」のバラエティ番組で、川島選手に腕が4本ある合成写真が放送され、司会者のコメディアン、ローラン・リュキエ氏が「フクシマの影響ではないか」と発言していたものです。

 日本側の抗議を受け、フランスのファビウス外相や、テレビ局の社長が相次いで謝罪する中、リュキエ氏は沈黙していましたが、17日になってツイッター上で「この騒ぎを恥と思わず、フランスが、コメディアンが自由な表現を出来る国であることを誇りに思うべきだ」とコメントしました。

 リュキエ氏は「日本のことや、ましてやフクシマの被害者を揶揄する気持ちは無かった」とする一方、「ゴールキーパーがチェルノブイリの近くに住むウクライナ人だろうと、フェッセンハイム原発の近くに住むフランス人だろうと、同じジョークを飛ばしただろう」と述べ、謝罪の言葉は記していません。

 リュキエ氏は原発に批判的なことでも知られていて、ツイッターでは「こんな議論をすべきではない。原子力も言葉狩りも終わりにしよう」と記しています。(17日20:26)


フランス国営放送が川島永嗣選手を中傷 パリの日本大使館が抗議

極めて不適切な放送がフランスの国営放送で流された。サッカー日本代表のゴールを守る川島永嗣選手(29)を中傷するその放送に、日本側も正式に抗議した。
ボールをキャッチしようとする日本代表のゴールキーパー・川島選手。
しかし、その腕がなぜか4本になっていた。
フランス国営テレビの番組の中で、フランスの人気司会者、ローラン・リュキエ氏がこの写真を見ながら、「福島の影響があってもビックリしないだろうね!」と、福島の原発事故をやゆする発言をした。
このフランス国営テレビの放送が、今「国際問題」になろうとしている。

ことの発端となったのは、先週行われたサッカー日本代表対フランスの親善試合。
日本は、ワールドカップの優勝経験を持つ強豪フランスを1 - 0で下す快挙を成し遂げた。
フランスの監督も試合後、「格上相手に負けたなら、まだ落ち着けるが、きょうはそういう試合ではなかった」と落胆のコメント。
この結果を受け、フランス国営テレビで放送されたバラエティー番組。
司会者、ローラン・リュキエ氏は「日本のキーパーはとても強かったから...」と話した。
司会者は、フランスの猛攻からゴールを守りきり、日本を勝利へと導いた守護神・川島選手の活躍を称賛したが川島選手の腕を4本に加工した画像を見せ、「福島の影響があっても驚かないね!」と述べ、スタジオは笑いに包まれた。
この司会者は、フランス戦での神がかったプレーは、福島第1原発の影響ではないかとやゆする発言をした。
街の人は、「日本人としては許せない。冗談でも」、「フランスも原発があるんで、同じことされても嫌だと思う」、「冗談でも、言っていいことと悪いことがあるっていうか、それに対して、福島の人も悲しんでいるし、うちらも傷つくからちょっと違うと思う」などと話した。

川島選手は、東日本大震災の被災地に自ら足を運び、子どもたちと交流を図るなど、被災者への支援を続けていた。
今回のこの発言をめぐっては、川島選手の所属するチームがあるベルギーでも問題になっている。
「キーパーを福島に例えたことは見過ごせない」と新聞が批判した。
ツイッターでも、「司会者は、ベルギーでも日本でも歓迎されない」、「謝った方がいい」と、司会者に対して「言い過ぎ」だという意見が投稿されている。

今回の発言に対し、フランスでは「福島は大災害だったのです。これは人の死について笑うのと同じです」、「リュキエ(司会者の名前)だし、午後11時の番組だしユーモアさ。あまり考え込む必要はないよ」、「もしフランスが同じ立場で、このようなことを言われたら嫌です。どうせリュキエ(司会者)のことは、わたし好きじゃないんですよ」などといった声が聞かれた。
この問題を受け、パリの日本大使館は、フランスの国営テレビに抗議した。
藤村官房長官は「15日付の抗議の書簡を、フランス2に送付している」と述べた。



2012年10月15日月曜日

Murakami missed the Novel prize, but.....

 ノーベル賞候補として何度も名を連ねている日本の純文学を代表する作家村上春樹、彼は日本の知識人が3.11以降、堂々と原発に対する批判的な発言をすることに躊躇っている時、口火を切って反原発を支持する意向を世界に向けて、はっきりと述べ立てた。

彼がカタロニア国際賞を受賞した際に行った「非現実的な夢想家として」のというタイトルのエッセイについては、このブログでも前に取り上げた。

その村上氏は9月末、領土問題についての発言を行い、それが朝日、WSJで取り上げられた。

作家村上春樹は今年もノーベル賞を逃がしてしまった。ノーベル文学賞は、どちらかといえば、国際的に名前の知られていない作家が好んで選ばれる傾向があるという。

薔薇っ子はハルキストではない。しかし、多くの知識人がだんまりを決め込んでいる中、村上は多くの人々が尽力してきた日中韓の魂が行き来する道筋を、安酒の酔の勢いでふさいでしまってはならないと、勇気ある発言をしている点で大いに評価されるべきであると思う。

EUに対してノーベル平和賞の受賞が決まったが、日本も小さな島の領有権をめぐって、このタイミングで近隣諸国と争うことの代償の大きさをもっと冷静になって、深く考えてみるべきである。

領有権、領有権と今頃になって騒ぎ立てているが、本当にそれを主張する気があったならば、日本が経済的に大きな力をふるっている間に、なぜ自衛官を交代で島に常駐させてでも、実効支配を行い、国の領土であることをあらゆる機会をとらえては執拗に、周到に、隣国や世界に向けてしっかりと主張すべきだったのである。

自公民の政治家や外交手腕のない外交官が平和ボケで、領土を守るために何の努力もしてこなかったこと。領土の境界を曖昧なものにした上、不必要な税金をODAだのなんだのと、気前よく湯水のように海外にばらまいてはニタニタ愛想笑いをするだけで済ませてきた責任は非常に重い。


http://blogs.wsj.com/japanrealtime/2012/09/28/novelist-murakami-weighs-in-on-japan-territorial-rows/

Novelist Murakami Weighs In on Japan Territorial Rows


The Wall Street Journal
A photo of the front page of the Asahi Shimbun’s Sept. 28 morning edition with author Haruki Murakami’s essay on Japan’s territorial disputes published at the top.
Even as Japan’s prickly territorial disputes gained heat in recent months few well-known figures outside of political circles have taken a stand on the touchy issue that has sparked trouble across business, sports and cultural spheres. But on Friday morning, Japan’s best-known living author joined the war of words.
Novelist Haruki Murakami penned an essay expressing his concerns about the cultural fallout that is likely to result from the country’s various escalating territorial spats and described the feverish reaction to the disputes like getting drunk on cheap sake. His commentary was prominently published for all to see on the front page of the Asahi Shimbun, Japan’s second largest daily, on Friday.
“I fear that as both an Asian and Japanese writer the steady achievements we’ve made (in deepening cultural exchanges and understanding with our Asia neighbors) will be hugely damaged because of the problems regarding Senkaku and Takeshima this time,” wrote Mr. Murakami.
The Wall Street Journal
A photo of page three of Asahi Shimbun’s Sept. 28 morning edition showing author Haruki Murakami’s essay on Japan’s territorial disputes.
The Senkaku and Takeshima islands are at the heart of Japan’s simmering bilateral tensions with China and South Korea, respectively. The Tokyo-controlled islands in the East China Sea are known as the Senkaku in Japan, but claimed by China and Taiwan, which call them the Diaoyu. Japan’s ties with Seoul have been tested in recent months over a group of islands known as Takeshima at home, the Dokdo in South Korea, and the Liancourt Rocks to countries not party to the dispute.
The removal of Japanese works in bookstores across China “shocked” the 63-year-old author. It represented how far reaching the territorial tiffs have become, threatening to tear down the regional cultural bonds that took decades to build. Mr. Murakami said it’s not his position to criticize China for suspending the sale of books written by Japanese authors “because it’s China’s domestic problem.” “But here is what I’d say loud and clear: Please don’t retaliate against China for taking such steps. If we do, it becomes our problem, and it will come back and hit you.”
Mr. Murakami, famous for his cult classics like “Kafka on the Shore” and the mammoth trilogy “1Q84”, went on to say that when it comes to national borders territorial problems are an unfortunate and unavoidable consequence. But that hot headed emotions have replaced the possibility for practical solutions.
European Pressphoto Agency
Haruki Murakami in Barcelona in June 2011.
“It’s like getting drunk on cheap sake. Drinking just a small cup of this cheap sake sends blood rushing to the head. People’s voices get louder and those actions become violent,” he wrote. “But after making a noisy fuss about it, when the dawn breaks all that will be left is a bad headache.” He advises that as politicians and pot stirrers lead the uproar it is necessary for the public to be careful.
While the anti-nuclear movement, another controversial political topic, has been bolstered by prominent voices such as Nobel laureate Kenzaburo Oe the territorial rows have been left largely untouched. Inherently linked to national pride, no one has broached the thorny issues. Mr. Murakami’s essay and its publication in a national daily — conspicuously commanding most of the front page and another inside the newspaper — is a significant step in moving the debate from the lecterns of right wing nationalists to a broader audience.
In his essay, Mr. Murakami mentioned his novel “The Wind-Up Bird Chronicle.” The surreal plot focuses on a bloody battle between Japanese soldiers and Mongolian and Russian forces over a barren stretch of the Outer Mongolian desert. Mr. Murakami wrote that he went to visit the site of the former warzone after he finished the novel.
“As I stood in the middle of that barren wasteland, with cartridges and other wartime artifacts still scattered about, I helplessly felt ‘why was so much life senselessly lost over this piece of empty land?’”
Mr. Murakami, who is often named as a likely future winner of the Nobel Literature Prize, has been critical of contentious issues in the past. He didn’t parse his words about Japan’s reliance on nuclear power last year. He intimated that the Fukushima Daiichi nuclear accident was a self-inflicted blow, calling it “a mistake committed by our very own hands” during an acceptance speech in Barcelona last June. His novels also don’t shy away from Japan’s sensitive wartime activity in the first half of the century. “The Wind-Up Bird Chronicle” includes unsettling scenes of Japan’s occupation of Manchuria during World War II, another historical flashpoint between China and Japan.
His comments on the island disputes come just weeks before the winner of the Nobel Literature Prize is announced — an honor for which Mr. Murakami is often named as a future likely winner. This year is no different. The Japanese novelist has once again emerged as the favorite to take the prize. He has been given 5/1 odds to win by Ladbrokes, a U.K.-based bookmaker.
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2012年10月14日日曜日

頑張る大江健三郎




http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121013-00000057-mai-soci

<さようなら原発集会>6500人が参加 東京

毎日新聞 10月13日(土)18時30分配信
<さようなら原発集会>6500人が参加 東京
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脱原発を訴え、デモ行進する作家の大江健三郎さん(前列左から3人目)ら=東京都千代田区で2012年10月13日、中村藍撮影
 脱原発を訴える「さようなら原発集会」が13日、東京都千代田区の日比谷野外音楽堂で開かれた。主催者発表で約6500人が参加。集会後は東京電力本店前などをデモ行進した。
 音楽家の坂本龍一さんらが呼びかけ人に名を連ねる「さようなら原発一千万人署名市民の会」が主催。集会では作家の大江健三郎さんが「魯迅(ろじん)は『地上には本来道はなく、歩く人が増えることで道になる』と言った。私たちの行進も同じだ」と活動の継続を訴えた。

 約7万5000人(警察集計)を集めた7月の東京・代々木公園での集会に比べると、若者や親子連れは少なめだったが、生後3カ月の娘を抱いた横浜市の自営業の女性(35)は「将来、子供に『なぜお母さんは原発に反対しなかったの』と言われないようにしたかった」と参加の理由を語った。【川崎桂吾】

【署名】第二次提出のための締め切りは10月15日

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 「さようなら原発1000万人署名」は、9月21日の集計で、8,015,807筆となり、目標の1000万筆まであと200万筆を切りました。事務局には全国各地から途切れることなく、署名が届いています。
 6月には政府と国会に対して、第一次提出を行いました。今回、次の国会(臨時国会)開会中に第二次提出行動を行います。そのための集約締め切り日が、以下のとおり決まりましたのでお知らせいたします。
●集約締め切り日:10月15日(月)
      ※必着ではありません。集約日を目安にお送りください。
●提出日時:次回臨時国会開会中(決まり次第、ご案内いたします)。
●送付先:101-0062 東京都千代田区神田駿河台3-2-11
      連合会館1階 原水禁気付
      「さようなら原発」一千万人署名 市民の会
署名は1000万筆達成まで継続しますので、引き続きよろしくお願いいたします。

これもウソ、あれもウソ: 原発推進のすり込み

 3.11直後、政府が、原発災害を矮小化するために、メルトダウンをメルトダウンとも言わずにしらを切り続けようとし、想像もできないほどの大量の放射能物質放出され、私たちの美しい大地や海を汚染しているさなかですら、ただちに健康被害はないといって、当然、速やかに避難させるべき人たちを適切に避難させなかったことには、目を見張る思いがした。

一部週刊誌が今まで暗闇に葬られていたさまざまな原発をめぐるネガティブな事実を暴き出し、原発や電力会社の形勢不利とみるや、夏の電力不足を理由に不必要な計画停電を実施し、組織ぐるみで、原発と電力会社を庇おうとしたり、脱原発の声を挙げたとたんに、首相をその地位から引きずり降ろそうとする力が働いたりなど、原発をめぐって私たちの周辺では、実に驚くべきことが次々と現実のものとなっていった。

安全神話に、コスト安、世界一の技術水準などなどと、原発をめぐって、われわれ日本の一般市民が、数10年以上もの間、営々とメディアを通して営々と刷り込まれてきた、原発をめぐってのウソ。

そのウソを暴き、真実を伝えようと勇気をふりしぼろうとする人間がいると、金と権力のちからで懐柔するか、思惑通りになびかなければ、その人物や集団に対して、変人奇人か、危険思想の持ち主か、大うそつきかのレッテルを貼りつけ、善良な一般市民が、決して発言に耳を傾けてはならないアウトサイダーの戯言として一蹴され続けてきたのである。

洗脳の多くは、大型メディアが政官学財と結託し、高すぎる電気料金を財源とする広告宣伝費によって行われてきたのだから、まったく開いた口がふさがらない。

さてここにきて、2010年、全国規模で行われたアンケート調査で、原発環境整備機構が、核燃料リサイクルは、実際1%しか可能ではないにもかかわらず、「使用済み核燃料の95%はリサイクルできます」というような、ウソの刷り込みをしていた事実を東京新聞は報じている。

金のためならば手段を選ばず、権力者の既得権益を守るためならば、正義さえもが、やすやすとひん曲げられるというのが、今の日本の政財官や大型メディアの中では大人の分別として、正当化されてしまっている。

大本営発表に抗う者は、社会的な烙印をおして、徒党を組んで徹底的に社会から排除しようとする陰険な体質。

どうして、日本では、こどものいじめがこうも陰湿なのかと言う人もあるが、答えはシンプル。子供の世界は社会の縮図、親の姿、大人の姿をみて、子供は育つ。

こどもや、孫のいじめを真に憂う気持ちがあるのならば、このような社会の仕組みそのものを改めないかぎり、小手先だけで何をしようとしても、何も変わりはしない。


http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2012101002100005.html


【福島原発事故】

「核燃料、95%リサイクル」 実際はわずか1% 原発環境整備機構

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 高レベル放射性廃棄物の最終処分場の選定を担う原子力発電環境整備機構(NUMO)が、二〇一〇年全国規模アンケートをした際、あたかも使用済み核燃料のほとんどが再利用でき、核のごみはわずかであるかのような説明をし、回答を求めていたことが分かった。実際に再利用できるのはわずか1%で99%はごみと化す可能性が大。誤った認識を広げる結果になっていた。 (清水祐樹、大村歩)
 アンケートは、最初の設問で「使用済み核燃料の95%がリサイクルできます。どうしてもリサイクルできない約5%が高レベル放射性廃棄物として残ることを知っていますか」と聞いた。
 アンケートには五万人を超える人が回答一部は機構ホームページ(HP)に掲載されている。本紙が回答を分析したところ、およそ五十人に一人が「5%」に言及。「5%のごみをエネルギーに変える努力をして」(四十代男性)、「5%の部分も利用できれば最高」(五十代女性)といった楽観的な内容が多く、機構の「95%再利用」の説明を信じ込んでしまったようだ。
 しかし、この説明は現実と大きく異なる。再処理により再利用できるのは、95%どころかたったの1%。取り出されたプルトニウムに別のウランを混ぜて混合酸化物燃料(MOX燃料)に再生している。「95%」のほとんどを占める回収ウランは、建前上は資源とされるが、使うあてはなく、ごみと化す可能性が高い。
 さらに、核燃料は何度でも再利用できるわけではなく、現実には一回のみ。MOX燃料を燃やした後は、再処理すること自体が難しく、これもごみ化する可能性が高い。
 なぜ不正確なアンケートの設問をつくったのか、機構に問い合わせたが、「当時の経緯は分からないが、誤った情報を出すはずがない」(広報担当者)と繰り返すのみ。95%再利用の部分も「間違っていない」と繰り返すだけで、是正する考えはない。
<高レベル放射性廃棄物の最終処分場> 高レベル放射性廃棄物は原発の使用済み核燃料の再処理で発生する超高濃度の廃液で、ガラスで固めて300メートルより深い地中に埋め、濃度が下がるまで数万年単位で管理するのが国の方針だ。処分場の条件は近くに活断層や火山がない地域。実施団体として設立された原子力発電環境整備機構が2002年に候補地の公募を始めたが、応募は07年の高知県東洋町(後に撤回)のみで、選定のめどは立っていない。

2012年10月12日金曜日

「増税が必要」なんて言ってた政党を、これでも貴方は支持するの?


 復興のために、東北の被災者のために、国民は一致団結して、経済不況であろうが、なんであろうが増税の負担におとなしく耐えなければならない。

それが日本人の美徳である絆、助け合いの精神であり、それを冒涜し、増税に反対する者は、日本人ではないといわんがばかり。、自公民一致で、やすやすと復興増税が通ってしまった。
その復興予算は何に使われるのか、本当に困っている人々には行き渡らず、またまた、しろありの餌になるだけであることは明らかである。

政府は追求を逃れるために、逃げまわり、国会は完全に機能不全に陥っている。大型メディアは山中教授のノーベル賞報道などに、浮かれてお祭り騒ぎをしているどころではないはずである。

真実をしっかり伝えようという姿勢がはっきり見えるのは、東京新聞などほんの数社に限られる。
嘆かわしいことである。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012101290071005.html

膨張続ける復興予算 概算要求 3年で22兆円に

2012年10月12日 07時10分
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 復興予算の膨張に歯止めがかからない。政府は二○一一年度からの「五年間で十九兆円」との大枠を示したが、一三年度予算の概算要求を含めると、三年間で二十二兆円に達する見込みだ。しかも、概算要求には不適切使用と指摘される予算が多く含まれる。国民に臨時増税を課しておきながら、復興を名目に予算獲得に走る霞が関の実態が浮かび上がる。(石川智規、清水俊介)
 一一年夏に政府が決定した復興基本方針では「五年で少なくとも十九兆円」が被災地の復旧・復興に必要な予算と見積もられた。その財源を捻出するため、政府は所得税や住民税などを臨時増税し、十兆五千億円をまかなうことにした。
 だが、政府が示した予算の大枠は一一年度からの三年間だけで天井を突破する見通し。一一年度と一二年度の復興予算は計約十八兆円。一三年度は四兆円超の概算要求が各府省庁から出されている。
 一方、衆院決算行政監視委員会で野党理事が関係省庁から聞き取り調査した結果、復興予算に対して「不適切使用」との指摘が相次いだ。さらに、こうした事業の多くが来年度予算でも概算要求されていることが本紙の取材で明らかになった。
 国が財政支出の縮減を続ける中、ある官僚は「復興予算は別枠で、いくらでも要求できるので、各省とも予算獲得に知恵を絞っている」と明かす。政府は「被災地の復興が最優先」との方針を掲げており、復興予算の査定が甘かったことも背景にある。
 しかし、一一年度分の復興予算は今夏の決算段階で約一兆円が「不用」と判断された。さらに五兆円は使われておらず、翌年度に繰り越しされた。
 復興に直接関係しない事業に予算を付けながら、使い切れないケースが出ているのは事実だ。それにもかかわらず来年度予算でも四兆円を要求するとは、霞が関の姿勢は到底許されない。
(東京新聞)
http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2012/10/20121011s01.htm

東日本大震災 復興予算の浪費/被災地をだしに使う不届き

 東日本大震災から1年7カ月がたつ。多額の予算が計上されているのに、復興の手応えが感じられないのは、的確な予算執行がなされていないからだ。
 それだけではない。あろうことか、使途に疑問符が付く事業が数多く紛れ込んでいることが明らかになった。
 貴重な予算が必要な人、地域、業界に配分されず、無関係な分野に投入されてしまうと、復興はそれだけ遅れる。被災地を口実に、金を湯水のように使うことは許されない。
 相も変わらぬ省庁の権益獲得競争という側面がある。民主党政権の「脇の甘さ」が露呈した格好だが、予算をチェックすべき野党のだらしなさも指摘しておかなければならない。
 爪に火をともすように暮らしている被災者の困窮に思いを致せば、乱費はびた一文許されない。不適切な支出があれば、返還を含めて厳正に対処すべきだ。
 「悪のり」「便乗」。そんな形容がぴったりの「復興事業」が衆院決算行政監視委員会の検証作業で明らかになりつつある。やり玉に挙がっているのは8事業、約5千億円。
 一例を挙げると、水産庁の「鯨類捕獲調査安定化推進対策」(23億円)の目的は、反捕鯨団体シー・シェパードによる妨害活動への対策強化だ。水産庁の説明が奮っている。「捕鯨基地がある石巻市の復興には、クジラの安定確保が欠かせない」
 東京・国立競技場の外壁補強(文科省、3.3億円)、アジア・北米の高校生、大学生の被災地視察(外務省、72億円)、北海道、埼玉県の刑務所で職業訓練を拡大(法務省、0.3億円)など、どう考えても復興とは関係のない事業が目に付く。
 ばらまきはなぜ、可能だったのか。その謎を解く鍵は政府が昨年7月に決定した「復興基本方針」の文言にある。
 「基本的考え方」の中に、東北の復興と並んで「日本経済の再生」が盛り込まれた。いわば大震災を「国難」と読み替えることで、各省庁が復興マネーを獲得しやすくするための環境が整備された。
 復興関連の支出9.2兆円を含む2011年度第3次補正予算が成立したのは、震災から8カ月以上たった昨年11月。復興の遅さに対する、いら立ちを逆手に取って大盤振る舞いの予算が成立していた。
 他方で、被災地の復興事業は予算不足で滞りがちだ。中小企業の再建を支援する経産省の「グループ補助金」は応募が殺到、順番待ちの状態が続く。
 民主党政権の「政治主導」はどこへいったのか。喝采を浴びた事業仕分けの理念も全く感じられない。予算審議がおざなりだったという点で、野党の怠慢も見逃すわけにはいかない。
 復興予算は所得税や住民税の増税などが財源になっている。納税者を裏切るような使い方は、許されるはずがない。
 「効率性、透明性、優先度等の観点から…」。復興基本方針には、まともなことが書いてあることも付言しておく。
2012年10月11日木曜日


復興予算:誰のためか…被災者ら、怒りと諦め 衆院小委

毎日新聞 2012年10月11日 11時43分(最終更新 10月11日 12時29分)
与党側の欠席により流会となった東日本大震災の復興予算使途を審議する衆院決算行政監視委員会小委員会=国会内で2012年10月11日、武市公孝撮影
与党側の欠席により流会となった東日本大震災の復興予算10+件使途を審議する衆院決算行政監視委員会小委員会=国会内で2012年10月11日、武市公孝撮影

 誰のための「復興」なのか−−。11日に流会となった東日本大震災の復興予算10+件を巡る衆院の小委員会。被災地と直接関係のない予算措置が次々と明らかになる中、過半数を占める民主党委員が欠席したことで、被災者からは「選挙前の政党間の争い」「各省庁の予算の奪い合い」といった怒りや諦めの声が飛び交った。
 岩手県大槌町の無職、佐々木テルさん(83)は「震災から1年半が過ぎても私たち被災者はどこに家を建てられるかさえ分からない。被災地から遠く離れたところにお金を使うのは、本末転倒ではないか」と憤る。同町の無職女性(61)も「各省庁が拡大解釈して、予算の争奪合戦をしたのだろう。純粋に被災地のために使ってほしいと願わずにはいられない。多くの一般市民はみんな驚き、絶句している」と嘆いた。
 自宅を津波で失った仙台市青葉区の無職、山下隆平さん(64)は「国会議員なら、国会で議論することが仕事のはず。偉い人たちが何を考えているか分からない。がっかりするのにも慣れてきた」とつぶやいた。
 東京電力福島第1原発の事故で避難生活を送る福島県の被災者も怒りをあらわにした。大熊町から南相馬市に避難中の元タクシー運転手、佐々木久さん(52)は「ここらはまだ田んぼの中に車が落ち、ガードレールもさびたまま。民主党が私利私欲のために動いていることがよく分かった」とあきれた様子。
 会津若松市に避難している農業、渡部隆繁さん(63)の大熊町の自宅は福島第1原発から約3キロにあり、5年以上立ち入りが制限される帰還困難区域に指定される見通し。「我々は避難者ではなく難民でこれから新天地が必要。復興予算10+件を検証するのは当たり前だ」と注文をつけた。
 被災地の首長からも発言が相次いでいる。仙台市の奥山恵美子市長は10日の記者会見で「我々の切実な要望を本当に受け止めていただいているのか、という懸念も出る。被災地の住民感情を考えれば、きちんと説明のできる必要な事業を精選するようお願いしたい」と述べた。
 また、岩手県の達増拓也知事は先月10日の定例記者会見で復興予算10+件の問題に触れ「国は復興計画を見直し、無駄なことはやめ、グループ補助金のように足りない予算を増やすということができていない」と苦言を呈していた。【宮崎隆、高尾具成、金森崇之、泉谷由梨子、蓬田正志】
これは極めて悪質な犯罪だ 復興予算19兆円を他に転用続々に国民の怒り爆発



復興のためと称して大増税して国民から奪い取ったカネを自分たちのために勝手に使っている財務省以下の役人どもは完全な犯罪人。野田政権は初めからこの犯罪に意図的に関与しているという疑惑

 東日本大震災の復興予算が沖縄の国道整備や中央省庁の耐震改修などに使われていたことが発覚、大騒ぎになっているが、こりゃ、内閣総辞職モノのデタラメだ。
 復興予算とは震災の復旧、復興のために組まれた特別会計(東日本復興特別会計)で、5年間で少なくとも19兆円を投じることになっている。うち、10.5兆円は復興増税(所得税や住民税)で賄うもので、国民も「被災者のためになるなら……」と認めたものだ。
 
ところが、そんな予算が被災地とはまったく関係ないところで、てんで関係ないものにジャブジャブ使われていたのである。
主なものは別表にまとめたが、見れば見るほど、腹が立ってくる。被災地以外の道路整備や官庁施設、公営住宅の耐震化に使われた「全国防災」名目の予算は4827億円。「多くの納税者の安全に耐震化は必要」とか言って、都内など12カ所の税務署も耐震化されたが、その一方で、被災地は置き去りなのだ。震災で本庁舎の建て替えが必要な自治体は13市町村に及ぶが、ひとつも着工していない。よくもまあ、財務省はテメーの税務署だけを先行させたものだ。
「武器弾薬にも巨額の復興予算が使われていますよ。武器車両等整備費に669億円、航空機整備費に99億円。防衛省は『津波で被災したから』というが、武器より、被災者の生活改善が先でしょう。他にも北海道と埼玉県の刑務所では小型油圧ショベルなんて買っていた。被災地に近いのでガレキ撤去作業のための職業訓練という名目です」(野党関係者)
 そんなこんなのデタラメが5000事業もあるのである。

 経済産業省が企業の国内での立地や設備投資を支援するために2950億円もの予算をブン捕った「国内立地推進事業」にも驚かされる。一見、被災地の産業復興、雇用改善に役立ちそうに見えるが、補助金対象510件のうち、被災3県の事業はたった30件しかなかった。残りはどこが受け取ったのかというと、トヨタやキヤノン、東芝などの大企業の名前が出てくるのだ。
 これじゃあ、単なる大企業支援だが、もっと驚くことがある。こうした復興予算の“転用”“流用”が明らかになった今、平野復興相が何と言ったか。
「個々の予算で見た場合、いかがなものかというものもないわけではない。きちんと精査し、来年度予算以降は被災地に特化した予算をつくる」

 まったく他人事なのである。岡田副総理はこう言った。
「国民から理解が得られない部分があるなら手直しすることが大事だ。被災地にお金が十分、行き渡らないことになれば本末転倒で、見直しが必要だ」
 自分たちが予算をつくってバラまいたくせに、この言い草。何がこれから精査、見直しだ。自分たちが当事者ではないか。こんな失態が明らかになった以上、責任をとって辞めるのが当たり前だ。いや、これは失態といえるのか。コイツらだって分かってやっていたのではないか。国民の善意を踏みにじり、震災を悪用、焼け太りするなんて、許し難いゴロツキどもだ。



2012年10月11日木曜日

京大の小出助教への処遇:ノーベル賞の山中教授はどう考える?

 メディアは、明けても暮れても京大の山中教授のノーベル賞受賞に湧いている。崩れ行くこの国には、他にとりたてて報道すべき重要なニュースは何も存在しないかの如くである。

氏には今後も、多くの人々の生命に関わるような重要な研究を、一歩でも先に進めて頂きないと願うばかりだ。

その一方で、氏の研究領域が、専門馬鹿で留まっていてはならない、生命倫理の問題に深く関わる分野であるがゆえに、世事に疎いようでは困る。

いずれにしても、彼は今や日本のヒーローとして殿堂入りし、何を言っても許される、揺るぎない社会的地位を確保したといっても過言ではない。

それゆえに、そんな山中教授に今こそ、あえて聞いてみたい。

山中教授は、同じ京都大学の片隅で冷遇されている京都大学原子炉実験所助教の小出裕章氏の処遇についてどのように考えるのか。また同じ科学者として、日本の原子力行政に深く関わってきた原子力ムラの科学者に対して、彼は何を思うのか。

メディアも、寝ても覚めても山中氏の生い立ちや家族関係など穿り出してうかれている暇があったら、この国が今も直面している深刻な原発問題から目をそらさず、人の命の尊厳の問題を直視せざる得ない立場にある山中氏が、この問題に対して、日本を代表する科学者として、どのように考えているのか、是非マイクを向けてもらいたいと思うのは、薔薇っ子だけだろうか。