2012年3月24日土曜日

原発再稼働の驚くべき障害:国際基準を下回る周辺住民710万人に対する緊急時計画

安全委員会派ストレステストによる一時評価を妥当と認め、再稼働は、政治家の政治判断に委ねられる局面を迎えている。

いよいよ野田政権は原発再稼働に向かって本格的に動き始めるというが、昨日のWSJのウエブ版によれば、再稼働の驚くべき障害として、国内原発の周辺住民710万人に対する緊急時計画は国際基準をはるかに下回っていることを指摘している。

日本の立地自治体には、小さな事故に対処する計画しかないというのである。そもそも、アメリカの原発とは異なり、日本は原発建設の場所を選択する際の基準として、集団避難が可能ということを全く考慮していなかったのだという。

現在新しい防災指針を原子力安全委員会の本間主査が中心となって改訂しているという。WSJによれば、その政府の新しい防災指針はようやく4月にも出されるそうであるが、その新しい国際基準に準じた指針の改定が行われば、大事故が起こった場合の避難区域は30キロにまで拡大されることになるが、そうした広い地域の住人のための緊急時の対策が全く講じられていないのである。

このブログに何度も書いたが、福井原発の30キロ圏内には大阪、滋賀、京都、奈良、兵庫の重要な水源である琵琶湖が含まれているのである。

しかし、2007年にIAEAが、日本の原発の防災対策重点地域を29キロ圏にまで拡大すべきであると勧告したにもかかわらず、原子力安全委員会は、この勧告を本間氏ら専門家の助言に基づいて拒絶したと言う。「日本の技術では深刻な事故は起こりえない」等という、傲慢極まりない、3.11以降の専門家の情けない対応の数々を知っている我々から見ても実に恥ずかしいような貧弱な理由付けによって。

今回の福島原発の災害は、偶然の重なり合いによってかろうじて最悪の事態に至らずにも済んだ。しかも当初はアメリカやフランスの技術や専門家の知見に頼らなければ、日本の専門家は手も足も出なかった。日本の専門家は砂を投入するつもりだったようだが、アメリカの専門家の指摘のおかげで水で冷却する必要があることをやっと認識できたほど、お粗末であった。そういったことをすべて考慮に入れれば、アメリカの専門家が設定した、大事故の場合は30キロ圏内という設定さえ少なすぎるのではないか。

いずれにしても、こうした日本の錚々たる専門家の方々のおかげで、放射性物質が拡散、被曝の被害が拡大したにもかかわらず、こうした人々が、今尚この国の原子力政策を左右するような要職にあるということが、許されてよいものなのだろうか。

以下、WSJのウエブの関連記事と、朝日新聞の大飯原発再稼働に関する記事を転載する。本来WSJが掲載してくれたような、こうした原発の安全性に関する記事は、日本のメディアが、もっとしっかり取材を行い、積極的に取り上げて、国民に広く知らしめなければならないことではないのだろうか。

http://jp.wsj.com/Japan/node_413390/?mod=Right_pickfree


国内の原発事故対策、依然進まず

【福井県敦賀市】国内の原子力発電所の再稼働をめぐって重要な決定がなされようとしているが、驚くべき障害が明らかになっている。国内原発の周辺住民数百万人に対する緊急時計画は国際基準をはるかに下回っている。
イメージChester Dawson/The Wall Street Journal
関西電力大飯原発(福井県おおい町)
 その結果、福島第1原発事故の際の避難区域内に十分入っているとしても、自治体の多くは今後発生する可能性のある同様の事故への準備が十分でないとみられる。
今後数週間以内に、野田佳彦首相は福井県に当地の原発再稼働を正式に要請する見通しで、さまざまな論議を呼ぶことになるだろう。また、4月上旬までには、緊急時計画の不足に対処するために防災指針が改定され、新指針では、国内の原発再稼働が一段と難しくなる可能性がある。それぞれの自治体に地元で原発を容認する意向があるかどうかについてさらに意見を求めることになることが一因だ。
昨年の福島第1原発事故を受けて、国内では原発の稼働停止が相次ぎ、国内の発電能力は3割ほど落ち込んでいる。現在稼働中の2基の原発についても来月下旬までには停止される予定となっている。電力各社は原発のストレステスト(耐性検査)の実施を求められ、経済産業省原子力安全・保安院の専門家による意見聴取会が原発の安全基準の再評価を始めている。
 こうした再評価で明らかになった最も厄介な事実の1つは、国内原発に最も近い50の立地自治体には、福島第1原発事故の規模ではなく、小さな事故に対処する計画しかないということだ。さらに、政府および自治体の当局者とのインタビューならびに、原子力安全委員会がまとめたデータによると、原発に最短の地域より外側の数十の地方自治体では、福島第1原発のような事故に対処する計画が全くない。
 原子力安全・保安院のデータに関するウォール・ストリート・ジャーナルの分析によると、国内原発から20マイル(約32キロ)圏内に位置する121の市町村の最大710万人の住民は、警告や避難、空中に飛散する放射性物質に対する医薬品による保護について信頼できる手段を持ち合わせていない。
例えば茨城県では東海第2原発から18マイル(約30キロ)圏内の14の市町村に約100万人が暮らしている。茨城県の橋本昌知事はインタビューで、「うちの県の場合には、前々から自家用車を使わないと実際的な避難というのは無理だろうということで自家用車を使った防災訓練などもやっているけれども、一般的には自家用車を使えば交通混雑でとんでもないことになるので自家用車を使わないと言われている。ただ、そういったことについて果たして方針を変換していくのかどうか、そういう重要な要素がさっぱり分からない」と語った。
新設される原子力規制庁の指揮の下、避難区域の拡大基準が来月にも発表される見通し。しかし政府当局者は原子力規制庁によるこうした政策の十分な実行を待たずに、閉鎖中の原発の再稼働を求める見通しだ。野田首相は今夏の電力需要がピークを付ける時期に間に合うように原発の稼働を再開すると公約している。
ただ、その時期までに原発が再稼働されるかどうかはまだはっきりしていない。国内の電力各社は、再稼働の方向性は認められているものの、世論の反対を受けて態度を保留している
 政府は原発依存の低減を公約しているが、イタリアやドイツのように、原発の全面廃止には言及していない。計画停電や電力不足を経験せずに夏のピークを乗り切ることができれば、わが国には原発が必要だという政府の主張が弱まることにもなりかねない。
 現在の防災指針で定められている「防災対策重点地域(EPZ)」の半径10キロメートルに代わり新たに半径30キロメートル圏内の「緊急時防護措置準備区域(UPZ)」に指定される圏内に入る地方自治体の多くは、災害対策が整うまでは原発再開には反対の意向だ医薬品の蓄積といった基本項目で6カ月、新たな避難ルートの整備といった一段と大きなプロジェクトでは数年かかるとみられている。
 4月の指針改定では国内で採用されている現行の半径10キロのEPZに代わり、2段階からなるシステムが採用される見通しだ。つまり、小さい事故の際の3マイル(約5キロ)の緊急避難区域と、大事故の場合の18.6マイル(約30キロ)に及ぶ避難区域だ同計画では新たな避難ルートおよび放射性物質を避ける避難所、放射線予防薬の準備、放射線測定場所のネットワーク拡大などが必要となる。
 この指針改定により、初めて国際原子力機関(IAEA)の勧告に沿うものになるとともに、10マイル(約16キロ)の避難区域と50マイル(約80キロ)の食品・水の汚染地域を指定する米国の規定に近いものとなる。
 福島第1原発事故を受けて、原子力安全委員会が原子力防災指針の見直し作業を進めている。同委員会は、既存の指針では現行の避難区域内に位置する地方自治体に対し、「日常生活に支障をきたさない」方法で、小規模な事故に備えるよう求めているにすぎない、と指摘した。また、委員会の調査で、原発の立地自治体のなかにはその程度の計画もないことが分かった。
福井県の場合は、海岸沿いに13基の原子炉が位置し、なかでも敦賀市には原発2基が存在する。敦賀市に派遣された原子力安全委任命の専門家による昨年11月の調査では、緊急時計画は「不十分」との判断が出された。
例えば、この専門家チームの追加報告によると、敦賀市の避難センターの1つは原発の入り口からわずか0.5マイルしか離れていなかった。また、敦賀市街の約8万人の住民に屋内にとどまったり、避難するよう警告する拡声器は全くなかったという。
さらに同報告書によると、山地が海に迫る半島に位置する原発には、緊急救援隊が到着して住民を救出するのに狭い曲がりくねった道が1本あるだけだ。敦賀市立石地区の原発の裏手数百メートルの地域に住む72人の住民のうちの1人で漁師の浜上秋良さん(92)は、「1つの道しかないんで、逃げる方法がない」と話す。
 敦賀市の緊急指令センターは同原発から8マイル(約13キロ)の海沿いにあり、海抜わずか6フィート(約1.8メートル)に過ぎない。そこには無線のコミュニケーション手段はなく、放射能で汚染された大気を浄化するフィルターもついていない。
敦賀市の状況は海岸線に位置する原発の多くの典型とも言える。米国の場合と異なり、原発の場所を選択する際の日本の基準は集団避難の可能性を考慮したものではなかった。防災指針の見直しを進めている国の原子力安全委員会防災指針検討作業部会の本間俊充主査はそれについて真剣な検討がなされなかったことは今では明らかだろう、と語った。
イメージChester Dawson/The Wall Street Journal
大飯原発近くの避難場所を示す標識
 原子力安全委員会は、最近では2007年に、原発の防災対策重点地域を18マイル(約29キロ)以上に拡大することを求めるIAEA勧告を、本間氏をはじめとする専門家の助言に基づき拒絶した。委員会は日本では深刻な事故は「技術的に起こり得ない」とする既存の指針を堅持した。
その翌年、こうした政府の自信の証拠が示された。08年10月、福島第1原発で2日間に及ぶ防災訓練が実施された。この訓練では、原発の送水ポンプが壊れ、冷却システムが作動せず、50ミリシーベルトの放射線量(原発作業員に対する年間の平均上限の2倍超)が放出されたと仮定された。
訓練シナリオでは、漏れた放射線は原発から1.2マイル(約1.9キロ)以内にとどまり、原発事業者による迅速な対応で被害は数時間のうちに食い止められた。周辺の2つの町の全住民1万8109人のうち、ごく一部の約1858人が、保育園と体育館の2カ所に避難した。ともに、原発から2マイル以内の距離にある。
 しかし、福島第1原発が震災に見舞われた昨年3月、こうした仮定が楽観的だったことが証明された。福島第1原発周辺では毎時400ミリシーベルトと極めて高い放射線が観測された。これは訓練での想定量を8倍上回るものだ。実際の事故では原発から最大30マイルの周辺住民数万人が避難を余儀なくされた。
 近く改定される指針では、避難計画地域が、現行指針で規定される原発立地自治体の範囲をはるかに超えるものに拡大される。30キロ圏内となる改訂後の同地域は、原子炉2基の敦賀原発周辺の場合、琵琶湖の北端に達する。琵琶湖は京都府や大阪府の住民をはじめ約4100万人の飲料水の水源となっている。
長期的な影響については依然明らかではないが、これまでのところ福島では放射線の被曝による死亡や病気の報告はなされておらず、健康への影響も現時点では懸念されたほどではないようだ。
原発周辺地域の地方自治体の当局者のなかには指針の改定に異議を唱えている者もいる。住民や企業が懸念を深め、土地を離れてしまうのではないかとの思いが背景にある。敦賀市の河瀬一治市長はインタビューで、立地自治体は危険な地域だとみられるのは避けたいと語った。さらに、原子炉が最高の安全基準を満たす限りは、周辺自治体には懸念はない、と強調した。
河瀬市長が率いるグループ(数十の原発の立地自治体を代表する)はここ数カ月間、原子力安全委員会に対し2回にわたって避難計画地域の拡大を再考するように嘆願するとともに、集団避難は実行不可能だと批判した。
また、改定後の新規定でも十分ではないとの見方もある。既存指針の下では、原発の運営事業者は原発の立地自治体と話し合う必要があるが、近隣の風下の自治体との協議は義務付けられていない。そのため風下に当たる都市の自治体関係者らは苛立ちを強めている。というのも、原発を運営する電力会社に対し意見を表明する正式な手段がない上、原発立地自治体に交付される政府や業界からの補助金の対象ともならないからだ。
藤村修官房長官は16日、定期検査で運転停止中の原発の再稼働手続きで、事前に説明して合意を得る地方自治体の範囲を、原則として原発から半径10キロメートル圏の自治体に限る考えを示唆した。これを受けて、10キロ圏外ながら原発に比較的近い一部自治体から反発の声が上がっている。
 緊急時の対応計画について現在、見直しを求められている自治体の1つは京都府の舞鶴市だ。人口は8万7000人で、自衛隊の舞鶴基地もある。
 舞鶴市の境は高浜原発から6マイル(約9.7キロ)圏内にあり、舞鶴市には数百世帯を避難させる基本計画はある。同市は住民に原発事故に関し、「窓を全部閉めてください」とか、「口にハンカチを当ててください」「帰宅したら顔や手をしっかり洗って下さい」といった基本的なアドバイスを記したハンドブックを支給している。
 原発の防災指針で定められている「防災対策重点地域(EPZ)」の半径10キロメートルに代わって新たに半径30キロメートル圏内を「緊急時防護措置準備区域(UPZ)」に指定する案が実現すれば、初めて舞鶴市全体が重点地域内に入ることになり、深刻な事故が発生した場合には市全体が避難の対象となる可能性が高まる。
医師でもある舞鶴市の多々見良三市長は、5月までに市の暫定計画を策定すると表明した。計画には、市役所の全機能を一時的に他の場所に移したり、避難ルートを策定し始めることなども含まれる。多々見市長はインタビューで、「(深刻な事故に際して)われわれ全部が逃げなければならないのであれば、(周辺自治体ではなく)立地自治体だ」と述べ、「同じ被害を受けるものについては、(立地自治体と)同じような(原発)再稼動判断をさせていただくのが普通ではないか」と語った。
近い時期の原発再稼働が可能か――そして、周辺自治体の準備が整っているか――を試すケースは、福島県おおい町に位置する大飯原発の4基の原子炉だ。大飯原発はかつて京都府と大阪府の消費電力の最大20%を供給していたこともあった。
国内の公益事業関連当局者や原子力安全・保安院(NISA)は、大飯原発の2基の原発について再稼働を検討している。公益企業の幹部やNISAの当局者らは、大飯原発の第3号機と第4号機は、福島第1原発事故後に導入された「ストレステスト」を最初に合格する見通しだとしている。
NISAの報告書は、ストレステストで、大飯原発とその使用済み燃料棒が「想定基準の1.8倍の地震に見舞われても」引き続き冷却可能であることが示されたと指摘した。
また同報告書によると、11.4メートルの津波にも持ちこたえられる見込みだ。同報告書は、歴史的な記録では、福井県おおい町では同水準を超える津波は示唆されておらず、同原発には災害の脅威に対処する「十分な余地」があると結論付けている。
 しかし、地元当局者らは、災害の可能性は小さいかもしれないが、可能性への十分な備えはできていないと語っている。敦賀市の場合と同じように、大飯原発周辺住民に対し指定された緊急避難所は原発の入り口から0.5マイル(0.8キロ)弱の学校となっている。また、おおい町の災害警告システムは約2.4メートルの位置に設置された拡声器に主に頼っている状況だ。
緊急時指令本部は海辺から数メートル程度しか離れておらず、海抜は約1.8メートルだ。大飯原発が位置し周辺住民が暮らす半島からの唯一の避難ルートは8キロほど続く崖に面した道だけで、この道は約640メートルの2車線の橋につながっているが、冬場はこの橋は凍りつく。
おおい町総務課の新谷博樹主査は「今調査中だ。数年前から新しい道路が必要だという話があったが、今まで作っていない状況だ」と語る。

大飯原発、再稼働手続きへ 野田政権、4月から地元説得

関連トピックス

図:原発再稼働までの流れ拡大原発再稼働までの流れ


 野田政権は23日、内閣府原子力安全委員会が関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の安全審査を認めたことを受け、再稼働に向けた検討を始めた。来週中にも関係閣僚で安全性を確認し、再稼働可能と判断。4月上旬にも地元自治体の説得に入る。再稼働に反対する大阪市の意向も考慮する考えで、早期に踏み切れない可能性もある。
 政権が原発再稼働の前提としているストレステスト(耐性評価)の1次評価について、原子力安全委は23日、大飯原発3、4号機を「妥当」とした経済産業省原子力安全・保安院の審査を認める文書を公表した。安全委による確認は初めて。大飯原発の再稼働に向けた、国の技術的な安全性の確認作業は完了した。
これを受けて、藤村修官房長官は23日夕の記者会見で「まず技術的な分野について、政府としてヒアリングしないといけない」と表明。原子力安全委などの判断を確認したうえで、再稼働の検討に入る。



2012年3月23日金曜日

電力会社の暴走は止まらず、ですか?

東電は、契約期間途中の場合、利用者が値上げを断れることを説明していなかったというし、関電は、この1年間、原発以外からエネルギーを確保するための努力をほとんど何もせず、夏の電力不足を逆手にとって、大飯原発の再稼働に血道を上げている。

先日、大飯原発に、視察に行った古賀茂明氏は、プレスを隔離、同行の代表取材も拒否したという。末端の一番危ない部署で働く作業員は身元も不明なケースも多く、そういった意味で日本の原発は、常に危険にさらされているにもかかわらず、安全上の理由などという理由にならない理由をつけてプレスを隔離するのである。電力会社が電力会社ならば、行政も行政である。

保安院はストレステストの結果を認め、安全委員会は今日それを確認した。地元の理解を得られれば、政府三役の政治的な判断で再稼働を決めるという。

フクシマ原発の事故原因の解明すらまだ何もなされず、原発の安全基準についても何一つはっきりしていない。規制庁の発足すら見通しがたっていない現状である。

原発のメルトダウンを食い止めるために誰一人としてまともな対応ができなかった保安院、安全委員会のメンバーが、原発の安全性を検証するテストの結果をチェックし、3.11の時に、国民に対して大嘘をついて重大な情報を隠蔽し、地元の人達の被曝を許してしまった政治家が、原発再稼働の政治的判断を行うとは、何たる茶番だろうか。

まともな倫理規範のある国であれば、決してあってはならないことが、ここでは平然となされていく。そのことに対して、大型メディアのジャーナリストや大企業の経営者の多くは、声を上げて電力会社と国が一体になった暴走に対してしっかり歯止めをかけるどころか、、私利私欲のためだけに、必死で原発の再稼働に拍車をかけようとやっきになっているのである。

この国は一体いつの間にこんなに情けない、救いがたい国に成り下がったのだろうか。

日本の昔の政治家は、私財を投げ打って国政のために粉骨砕身働いたという。会社のトップは、社会に迷惑をかけたり、騒がせたりするようなことがあれば、周りからわいわい責め立てられなくても、引け際を心得、自らの命を断つことで自分できっちり幕引きをし、社会的責任を負うたと聞く。

人々の上に立つ社会的影響力をもった人間が右を向いても、左を向いても、品性を疑うような厚顔無恥な輩ばかり、まさに世も末である。

古賀氏は大飯原発の安全性について疑問を投じ、同行の代表取材さえ拒否されたことを発言した後、テレ朝のワイドスクランブル木曜の4月からの出演を理由もなく降板しろと言われたことをツィッターで、つぶやいた。

幸いにして、多くの人々の抗議のツィート、リツィートのおかげで、4月からのレギュラーが復活したそうだが、テレ朝に内部では、必死で戦っている少数の人たちがいるという。玉川徹氏などもその一人であろう。

古賀氏のような大きな組織を離れ、大きな志をいだいて戦っている個人まで抑圧するようでは、日本はお終いである。志と良心のある多くの人達の力で、彼が復活できたことはせめてもの救いである。

以下東電料金値上げと、大飯原発再稼働関連の記事を転載する。


http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201203210126.html

東電料金上げ「拒絶可能、説明せず」と批判 経産相が改善指示

枝野幸男経済産業相は21日の閣議後の記者会見で、東京電力が4月1日に実施する大口顧客向け電気料金の値上げに関する説明が不十分だとして、改善を指示したことを明らかにした。契約期間途中の場合、利用者が値上げを断れることを明確には説明していなかったと指摘、「商慣習の常識の話だ。開いた口がふさがらなかった」と東電の対応を批判した。
これを受け東電は21日、都内で記者会見を開き、中小企業などが対象となる契約電力500キロワット未満の顧客約22万件に対する当初の説明が不十分だったと謝罪した。このうち約17万件は4月2日以降に契約更改を迎える。
 東電は2月、値上げ後の新料金を了承できない場合には3月30日までに連絡するよう求める文書を利用者に送付。経産相は「個別に指摘を受けた顧客にだけ対応していた、という指摘がある」と述べた。
東電は3月上旬から全体の半数強の顧客に電話か直接訪問の形で説明を実施したが、契約期間途中の顧客は大半が値上げを拒否した。東電は残る顧客への説明を急ぐとしている。
 経産相は「故意かどうかは評価できないが明らかにおかしい。経営体質は全く変わっていない」と批判している。
http://jp.wsj.com/Japan/Politics/node_411830



徹底したコスト削減を=東電の電気料金値上げに注文―松原消費者相


松原仁消費者担当相は21日の閣議後記者会見で、東京電力の電気料金値上げに「重大な関心を持っている」と述べ、徹底した合理化によるコスト削減を実現しなければ、国民の理解は得られないとの認識を示した。
松原消費者相は、家庭用電気料金の改定は国民生活に重大な影響を与えるとした上で、経済産業省と協議し「消費者への影響を踏まえて厳正に対応していきたい」と述べた。 
[時事通信社]

事業者の4月からの電気料金値上げは、遅らせる事ができる

文・荻原博子
4月1日から、電気料金が、平均で17%上がるという通知を、東京電力からもらった事業者の方も多いと思います。
ただし、事業者の了承が無ければ、契約期間内に上げる事はできないということで、これを知らずに諦めていると、損する方も出てくると思います
実は、先週金曜日に、世田谷区の保坂展人区長から電話がありました。世田谷区が東電と昨年に結んだ契約は、平成23年6月15日から平成24年6月14日。本来ならば、電気料金の値上げは契約更新時点に行われるものなので、今の契約が切れる6月15日までは値上げしないで欲しいと申し入れ、値上げを6月まで阻止したというのです。
「世田谷区の場合、平成23年度のPPS(特定規模電気事業者)以外の電気の契約は、5億6800万円。これが、4月から値上がりするのと、契約切れの6月から上がるのでは、なんと1500万円も電気料金が違ってきます。これは、大きい。東電は事業者に、4月1日の値上げに承服できない人は、3月30日までに“専用ダイヤル”に電話くださいと書いています。つまり、それを過ぎたら、勝手に契約中でも値上げしますよということなのでしょう」
東電に問い合わせると、「4月までに周知徹底し、ご理解を得ます」とのことですが、約24万件もある事業者すべてにあと2週間ほどでコンタクトをとれるとはとても思えません。
文句を言わない人は、契約途中でも自動的に電気料金を上げられてしまうということなので、それが嫌なら、早めに電話して、契約期間が終わるまでは値上げに応じない旨を伝えたほうがいいでしょう。
今のところ、これに気づかずに文句を言わない人は、自動的に4月から電気料金が値上がりするようですが、事業者が気づいて声を上げれば、4月以降でも何らかの配慮はなされるのではないかと思います。

政治介入で強行「大飯原発再稼働」津波・核燃料プール・テロなど問題だらけ

2012/3/21 16:56
「もし再稼働するなら、一番早いんじゃないか」(羽鳥慎一キャスター)と言われる関西電力の福井・大飯原発――を昨日(2012年3月20日)、元経産省官僚で大阪府市統合本部の特別顧問である古賀茂明らが視察、古賀が今朝の番組に電話出演した。なお大阪市は関電の筆頭株主で、原発を早期廃止する方針だそうである。

原子力推進原理主義者の暴走

   古賀によれば、大飯原発は津波対策で防潮堤の拡大が必要であるが、その長期に及ぶ予定の工事はまだはじまってもいない。核燃料プールは容量が足りず、移送先の目途も立たない状況である。テロ対策なども手薄で、問題だらけらしく、「現状で安全と言ってゴーサインを出すことは考えられない」と言う。

  いまの総理をはじめ、政府は安全安心な原発の早期再稼働に積極的だが、古賀は再稼働に向けて「政治介入」が行われているとし、それでは国民や国際社会の理解を得られないと主張。「このままいくと、原子力推進原理主義者の暴走を許すことになる」などと危機感をあらわらにした。 


関電大飯原発「安全確保できていない」 大阪府市エネ会議委員が視察

2012.3.20 22:29
関西電力大飯原発を視察する大阪府市統合本部エネルギー戦略会議委員=20日、福井県おおい町(平田雄介撮影)
関西電力大飯原発を視察する大阪府市統合本部エネルギー戦略会議委員=20日、福井県おおい町(平田雄介撮影)
大阪府市統合本部エネルギー戦略会議の委員ら12人が20日、再稼働に向けたプロセスが大詰めを迎えた福井県おおい町の関西電力大飯原発3、4号機を視察した。終了後、飯田哲也委員(大阪府・市特別顧問)は、安全を確保できていないとして、再稼働に必要な条件を戦略会議で7項目にまとめ、近く公表する意向を明らかにした。
飯田委員によると、7項目は電力需給データの開示や安全基準の見直し、再稼働の同意を得る自治体の広域化など。政府や関電への意見提出を検討している。
飯田委員らは18日の戦略会議で、関電筆頭株主の大阪市が6月の株主総会で全原発の速やかな廃止を提案する方針を決めたばかり。
 この日の視察は、使用済み核燃料の貯蔵庫など当初の予定になかった施設を報道陣に公開するよう求める委員側と、拒否する関電側が冒頭から衝突し、緊張した雰囲気の中で行われた。
委員らは福島第1原発事故後に導入した空冷式非常用発電機の起動訓練や、新たに浸水対策を施した非常用ディーゼル発電機室などを見学。視察は当初予定の2倍の4時間に及んだ。
 委員らは改めて安全への懸念を表明。関電側は「ご意見を参考にしたい」などと理解を求めた。

「大阪府内の一部も被曝」 高浜・大飯原発大事故時、府が予測公表 

2012.3.16 20:20
想定される大阪府の甲状腺被曝線量
想定される大阪府の甲状腺被曝線量
 大阪府は16日、福井県にある関西電力の高浜原発と大飯原発で、福島第1原発級の大事故が起きた場合の放射性ヨウ素拡散予測を公表した。独自に予測していた滋賀県からデータの提供を受けた。気象条件などが異なる106例の予測のうち、府内の一部で、内部被曝線量が屋内退避が必要な100ミリシーベルト以上の地域が出るケースが1例、安定ヨウ素剤の服用が必要とされる50~100ミリシーベルトの地域が出る事例が11例あった。
 今回の予測では、福井県内の高浜、大飯、敦賀、美浜の各原発で、それぞれ福島第1原発級の事故が起き、約6時間放射性物質が放出されたと仮定。平成22年の1年間で、滋賀や大阪両府県に影響しやすい北よりの風が長く吹いた日を抽出し、評価した。
 府内に影響する計12例のうち、22年3月6日の気象状況で高浜原発で事故が起きた場合、府北西部の能勢町の一部で100ミリシーベルト以上になると予測。また、
大飯原発で同じ日に事故が起きた設定では
高槻市付近から富田林市付近にかけて50~100ミリシーベルトになるなどの結果が出た。
 大阪府の松井一郎知事は「あくまで最悪の場合だが、気象条件によって
は大阪も被曝することになる脱原発依存の方向性を関電にも認識いただけるよう議論していきたい」と述べた。 

訓練想定の甘さ露呈

崖崩れ、渋滞考慮不足


放射線量の検査を受ける訓練に参加した子ども(18日午前10時29分、若狭町で)=竹田津敦史撮影

徒歩で参集する社員ら(18日午後1時37分、おおい町の関西電力大飯原発で)=笹井利恵子撮影

巡視船で避難する住民(18日午前8時47分、敦賀市で)=竹田津敦史撮影
 「運動会の予行演習のよう。本当に大事故が起きたら逃げられないのでは」――。敦賀市を拠点に行われた18日の県原子力防災総合訓練。自衛隊など120機関、総勢約3500人が参加したが、避難を経験した住民は原発から5キロ圏のわずか計141人。「想定外」に見舞われた福島第一原発事故の教訓がどこまで反映された訓練だったのか。実効性に疑問を投げかける声が上がった。(島田喜行、藤戸健志、畑本明義、熱田純一)
◆敦賀原発
午前6時20分、震度6強の地震が日本原子力発電敦賀原発(敦賀市明神町)を襲い、全電源が失われ、原子炉の冷却ができなくなったとの想定で行われた。免震構造の建屋に近くの寮から集まるなどした約100人が、衛星電話での連絡対応に追われた。高圧電源車3台を起動して電源を確保するなど、原子炉の機能を回復する手順を確認。使用済み燃料プールに落下して内部被曝した男性を構内の応急処置室で除染、シートで包んで病院に搬送した。
◆悪天候ヘリ中止
 午前9時。敦賀市立西浦中で、中学生8人と引率の教諭2人が、悪天候で中止となったヘリコプターの代わりに急きょ自衛隊車両で避難した。?野寛男教諭(48)は「ヘリがだめなら職員の車で避難するなど、別の方法を考えておかなければ」と表情を引き締め、同中2年の古川徹君(14)は「早く逃げることの大切さを実感。事故時にヘリが来なかったら、逃げるのが遅くなる」と不安そうだった。

◆避難所
午前9時30分。若狭町三方勤労者体育館にバスや自衛隊車両で次々と住民が到着。順路に従ってサーベイメーターで体に放射性物質が付着していないかを調べる検査を受け、放射性物質が多量に付着した人は再検査に。「前回(敦賀で行われた2007年)とは緊張感が違う」。6歳の息子を連れて避難した敦賀市内の旅館業山口貴子さん(35)は真剣な表情をみせた。

◆評価の声と課題
 通信網の破綻が致命的だった福島原発の事故。衛星携帯電話による通信連絡を徹底するなど、事故を強く意識した訓練だった。だが、敦賀市立石、漁業谷口伊久夫さん(75)は「訓練は運動会の予行演習のようなもの。道路でがけ崩れも起きずに避難できる事になっているが、実際に崩れたら逃げられない」と首をかしげ、車を使った避難に参加した同市立石の漁業、浜上貞和さん(62)は「いざ事故が起きたら大渋滞で逃げられない。がけ崩れが起きれば行き止まり。海が荒れたら船も使えない」と不満をあらわにした
 訓練後に敦賀市のオフサイトセンターで開かれた記者会見では、町民約1万1500人の92%が敦賀原発から20キロ圏に住む南越前町の川野順万(のぶかず)町長が「5キロ圏外や30キロ圏を範囲にした訓練を、今後はしてほしいとつくづく思った」と指摘、「津波を想定しなかったのも残念。地震があれば津波もある」と苦言を呈した。


2012年3月21日水曜日

フクシマと水俣に共通する10の手口:アイリーン・スミス氏

フクシマ原発は水俣病と似ていると、アイリーン・スミス氏は訴えている。電力会社、国、御用学者の酷さもさることながら、内からも外からも、逃げたい人が自由に逃げられないよう囲い込む。

しかし、フクシマ原発は水俣病とは明らかに大きく違う。その汚染や被害の拡散は、なかなか目に見えないけれども、一地域の問題を超え、はるかに深刻である。

「何十年か後に、あなたたちは何をしていたのか」と子どもや孫の世代の人々から言われないためにも、3.11以降に始まった厳しい現実から目をそらさず、この問題を風化させてはならない。

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120227dde012040007000c.html


特集ワイド:かつて水俣を、今福島を追う アイリーン・美緒子・スミスさんに聞く

「『10の手口』は経産省前のテントの中で考えたものです」と語るアイリーン・美緒子・スミスさん=小国綾子撮影
「『10の手口』は経産省前のテントの中で考えたものです」と語るアイリーン・美緒子・スミスさん=小国綾子撮影

 ◇共通する「責任逃れ」「曖昧な情報流し」 繰り返してほしくない「被害者の対立」

「福島第1原発事故は水俣病と似ている」と語るのは、写真家ユージン・スミスさん(78年死去)と共に水俣病を世界に知らしめたアイリーン・美緒子・スミスさん(61)だ。今回の原発事故と「日本の公害の原点」との共通点とは何なのか。京都を拠点に約30年間、脱原発を訴えてきたアイリーンさんに聞いた。【小国綾子】
「不公平だと思うんです」。原発事故と水俣病との共通点について、アイリーンさんが最初に口にしたのは、国の無策ではなく「不公平」の3文字だった。
「水俣病は、日本を代表する化学企業・チッソが、石油化学への転換に乗り遅れ、水俣を使い捨てにすることで金もうけした公害でした。被害を水俣に押しつける一方、本社は潤った。福島もそう。東京に原発を造れば送電時のロスもないのに、原発は福島に造り、電力は東京が享受する。得する人と損する人がいる、不公平な構造は同じです」
都市のため地方に犠牲を強いている、というわけだ。
「『被害×人口』で考えれば被害量のトータルが大きいのは大都市で、少ないのは過疎地域かもしれない。でもこれ、一人一人の命の価値を否定していませんか。個人にとっては、被害を受けた事実だけで100%なのに……」
アイリーンさんの原体験は「外車の中から見た光景」。日本で貿易の仕事をしていた米国人の父と日本人の母との間に育ち、60年安保反対のデモを見たのも、香港やベトナムの街で貧しい子どもたちが食べ物を求めて車の上に飛び乗ってくるのを見たのも、父親の外車の中からだった。こみ上げる罪悪感。「車の外に出たい」と強く感じた。
両親の離婚後、11歳で祖父母のいる米国へ。日本では「あいのこ」と後ろ指をさされたのに、セントルイスの田舎では「日本人」と見下された。「日本を、アジアを見下す相手は私が許さない」。日本への思慕が募った。満月を見上げ「荒城の月」を口ずさんだ。
アイリーンさんの「不公平」を嫌う根っこは、加害者と被害者、虐げる者と虐げられる者の両方の立場に揺れた、そんな子ども時代にあった。
20歳の時、世界的に有名だった写真家ユージン・スミスさん(当時52歳)と出会う。結婚後2人で水俣に移住し、写真を撮った。日本語のできない夫の通訳役でもあった。患者と裁判に出かけ、一緒に寝泊まりもした。ユージンさんの死後は米スリーマイル島原発事故(79年)の現地取材をきっかけに、一貫して脱原発を訴えてきた。
大震災後、環境市民団体代表として何度も福島を訪れ、経済産業省前で脱原発を訴えるテント村にも泊まり込んだ。テーブルにA4サイズの紙2枚を並べ、アイリーンさんは切り出した。「水俣病と今回の福島の原発事故の共通点を書いてみました」。題名に<国・県・御用学者・企業の10の手口>=別表=とある。
 「原発事故が誰の責任だったのかも明確にしない。避難指示の基準とする『年間20ミリシーベルト』だって誰が決めたかすらはっきりさせない。『それは文部科学省』『いや、原子力安全委だ』と縦割り行政の仕組みを利用し、責任逃れを繰り返す。被ばく量には『しきい値(安全値)』がないとされているのに『年間100ミリシーベルトでも大丈夫』などと曖昧な情報を意図的に流し、被害者を混乱させる。どれも水俣病で嫌というほど見てきた、国や御用学者らのやり口です」
 福島県が行っている県民健康管理調査についても、「被ばく線量は大したことないという結論先にありきで、被害者に対する補償をできるだけ絞り込むための布石としか思えません」と批判する。
 アイリーンさんが最も胸を痛めているのは、被害者の間に亀裂が広がりつつあることだ。「事故直後、家族を避難させるため、一時的に職場を休んだ福島県の学校の先生は、同僚から『ひきょう者』『逃げるのか』と非難され、机を蹴られたそうです。みんな不安なんです。だから『一緒に頑張ろう』と思うあまり、福島を離れる相手が許せなくなる
福島の人々の姿に、水俣で見た光景が重なる。和解か裁判闘争か。「水俣の被害者もいくつもに分断され、傷つけ合わざるをえない状況に追い込まれました。傷は50年たった今も癒えていません」
 だから福島の人たちに伝えたい。「逃げるのか逃げないのか。逃げられるのか逃げられないのか。街に、職場に、家族の中にすら、対立が生まれています。でも、考えて。そもそも被害者を分断したのは国と東電なのです。被害者の対立で得をするのは誰?」
昨年3月11日、アイリーンさんは娘と2人、久しぶりの休養のため、アメリカにいた。福島の原発事故の映像をテレビで見た瞬間、胸に去来したのはこんな思いだ。「今からまた、何十年もの苦しみが始まる……」。水俣病がそうだったように。
水俣病の公式確認は1956年。77年の患者認定基準を、最高裁は2004年、「狭すぎる」と事実上否定した。09年成立の水俣病特措法に基づく救済措置申請を7月末で締め切ることに対し、患者団体は今も「被害者切り捨てだ」と批判している。半世紀たってもなお、水俣病は終わっていない。
「今、水俣の裁判闘争の先頭に立つのは50代の方々です。まだ幼い頃に水銀に汚染された魚を食べた世代です。だから、福島に行くたびに思う。小さな子どもたちに将来、『あなたたち大人は何をしていたの?』と問われた時、謝ることしかできない現実を招きたくないんです
==============
 ■水俣と福島に共通する10の手口■
 1、誰も責任を取らない/縦割り組織を利用する
 2、被害者や世論を混乱させ、「賛否両論」に持ち込む
 3、被害者同士を対立させる
 4、データを取らない/証拠を残さない
 5、ひたすら時間稼ぎをする
 6、被害を過小評価するような調査をする
 7、被害者を疲弊させ、あきらめさせる
 8、認定制度を作り、被害者数を絞り込む
 9、海外に情報を発信しない
10、御用学者を呼び、国際会議を開く
==============

 ◇「特集ワイド」へご意見、ご感想を

t.yukan@mainichi.co.jp
ファクス03・3212・0279
毎日新聞 2012年2月27日 東京夕刊

2012年3月17日土曜日

民主党がやるべきは、増税じゃなくて、天下りの廃止ではなかったの?

原発問題につけ、AIJ企業年金消失問題につけ、素人同然の官僚たちが国民の生命や財産、福利厚生に直接関わる要職に就き、さんざん甘い汁だけを吸うだけ吸って問題が生じたら責任逃れをし、すべて国民につけを回して手打ちにするという理不尽な構図が顕わになっている。

いずれの場合も、諸悪の根源は、霞が関官僚の天下り制度にあることは自明であり、それこそ、民主党政権がマニフェストの中で、高々と掲げていた目玉の一つではなかったのか。

ところが、野田政権になってからは、増税と復興の掛け声しか聞かれない。そして、増税をしないという公約を破ったということばかりがクローズアップされているが、天下りの「あ」の字も出なくなってしまったことが、もっと致命的かつ大きな問題なのではないか。

天下りの悪弊に歯止めをかける制度改革への意欲・姿勢の片鱗すら見えない民主党政権には、もはや何の存在価値もない。むろんこれまで、天下り制度を温存し続けた自公政権も同罪であるが。。

政治家や官僚の失政や、天下りがあけた大穴など、不始末の尻拭いのたびに、増税をされていたら、この国のふつうの真面目な国民は、全くたまったものではない。

政治家であれ、官僚であれ、国の政策決定に携わる人間の個人責任を厳しく問うことができるような法改正も必要不可欠である。

本来責任を負う覚悟すらないような人間が国政など担うべきではない。「個人責任を負わなきゃいけないなんていわれるんだったら、やってられないよ」と考えるような無責任な官僚や政治家は、断じて国政など担う資格はないし、そういう了見の方々には、ただちに自主的にご退場頂ければいいのではないか。ただでさえも定員削減が叫ばれているのだから。

政府の原発事故対策関連会議で議事録をとらなかったという由々しき問題が露呈したが、国の指針や政策決定が行われる場が、誰も責任をとらなくても済まされるような緊張感のない、馴れ合いの職場と化してしまっているからこそ、ケアレス・ミスなどと軽くは済ませられない、決してあってはならない事態が生じたのである。

http://mainichi.jp/select/biz/news/20120305dde001020018000c.html

AIJ企業年金消失:旧社保庁OB600人、500厚生年金基金に天下り 7割、運用責任者--05年

 投資顧問会社「AIJ投資顧問」の企業年金消失問題に絡み、旧社会保険庁(現日本年金機構)幹部23人の厚生年金基金への再就職が判明したが、ノンキャリアを含めると05年当時、全国約500の厚生年金基金に600人以上の同庁OBが天下っていたことが、毎日新聞の入手した資料で分かった。その約7割は資産運用の責任者を務める常務理事だった。AIJは同庁OBのネットワークを営業に利用したとされ、小宮山洋子厚生労働相は実態を調査する方針を示しているが、その大枠が判明した。
 社保庁OBらでつくる親睦団体が05年12月に作成した内部資料を毎日新聞が入手した。
 05年度末時点で厚生年金基金は全国に687あったが、内部資料によると、このうち約500の基金に旧社保庁職員600人以上が再就職。その約7割が、通常は基金の運用責任者を務める常務理事、約2割は事務長や事務局長で、複数のOBが同じ基金に再就職していたケースもあった。
 厚労省は、天下りの社保庁職員が退任した後は公募に切り替えるよう厚生年金基金に指導しているが、強制力はなく、現在も相当数のOB職員が在籍しているとみられる。
 AIJの企業年金消失問題では、10年度末時点で同社に運用委託をした企業年金84基金のうち74基金が厚生年金基金だった。また、99~10年に旧社保庁幹部23人が全国の厚生年金基金の常務理事などに就いていたことが明らかになっている。
 旧社保庁職員は資産運用経験がない場合がほとんどとされるが、中小の同業者でつくる「総合型」の基金では年金の実務や制度に詳しい人材が必要になるため、運用経験が乏しくても旧社保庁OBに頼らざるを得ない面もあったとみられる。【石川隆宣、松田真】
毎日新聞 2012年3月5日 東京夕刊

厚生年金基金:運用経験者ゼロ、8割 知識不足浮き彫り

 全国595の厚生年金基金(昨年3月末時点)のうち、資産運用経験を持つ役職員のいない基金が8割に上ることが厚生労働省の調査で分かった。投資顧問会社「AIJ投資顧問」の企業年金消失問題では、運用知識の乏しい基金が高利回りを求めて同社に駆け込んだとされる。
 調査は昨年2月、資産規模に応じ100基金を抽出した。調査によると、運用経験者を役職員に採用していない基金は全体の79%。中小の同業者らでつくる「総合型」は82%に達した。同省は指針で、同基金の役職員には投資理論、資産運用への理解に努めるよう求めている。だが、現実は旧社会保険庁から天下った元役人ら未経験者が役職に就く例も多い。【鈴木直】
毎日新聞 2012年3月3日 東京朝刊

2012年3月16日金曜日

「格納容器は紙ふうせん」だそうですが、それが何か?: 原発エンジニア菊池洋一氏

一昨日、大きな地震が再び東日本を襲った。原電の東海原発が停止していて本当によかったと棟をなでおろした人も多いのではないだろうか。むろん、停止しているからといって、決して安全というわけではないのだけれどもーー。

東京工大、東大、京大の錚々たるお偉い先生方は、1年前フクイチで水素爆発が起きた後でさえ、まだ、涼しい顔でテレビに登場し、素人相手に専門用語を振りかざし、とくとくと理科の授業をしながら、格納容器は頑丈で決して壊れない、圧力容器が壊れるなんてことは決してあり得ないと繰り返し断言した。

だが、今年3月10日の東京新聞WEB版によれば、元GE関連会社のエンジニアで、マーク2の建設工程管理者を務めていた菊池洋一氏は、原発建設当時ですら、現場では「格納容器は紙ふうせん」と呼ばれ、「爆発すれば持つわけないよな」などと言われていたと漏らす。

それどころか、「設計がいい加減で、宙吊りになった配管は、大地震の揺れで折れて再循環できなくなる危険性がある」と言い切っている。そんな原発を40年で廃炉にするどころか、運転期間の10年延長、否20年延長まで認めようというのである。

菊池氏は、「アメリカでは、地震のあるところに、活断層に原発を置くなどということは絶対しない」と語っている。

つまり原発は経年劣化どころか、その建設段階から、地震大国特有の自然条件に十分叶うような安全設計がなされていなかったのである。

日本列島をめぐる激しい地殻活動は1年たっても収束を見せない、そのような厳しい現実に直面しながら、未だに原発の再稼働を認めようとは、全くもって正気の沙汰とは思えないし、国民の健康や安全を、日本の政治家や原発推進を図る官僚、大企業、御用学者が、いかに軽視しているかを如実に物語っている。


http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/20120310/CK2012031002000061.html?ref=rank

東京新聞Web版
茨城

岐路に立つ原子力<1>「格納容器は紙風船」

                                                                            2012年3月10日

東京電力福島第一原発事故後、原発の在り方が大きく問われ、本県では東海村の東海第二原発の「廃炉」「再稼働」をめぐり、大きく揺れている。東日本大震災から十一日で一年となるのを機に、関係者や識者らに東海第二について語ってもらった。
-東海第二原発との関わりは。
米ゼネラル・エレクトリック社(GE)関連会社のGEテクニカルサービスカンパニー(当時名)社員として、建設の工程管理者として働いた。大学で建築を学び、卒業後は建設コンサルタントをしていたが、知人から「平和利用に協力を」と言われて同社に入った。福島第一原発の6号機も携わったが、東海第二原発は(建設前の作業として)穴を掘った直後から試運転直前まで見た。
原子炉の設計はアメリカのGE社がやり、耐震性などを踏まえた実施設計は日本のメーカーがやった。日本語を話せないアメリカ人の統括マネジャーの下、私は契約相手の日本原子力発電(原電)に毎日、工事の進捗(しんちょく)状況を説明した。配管や溶接がどこまで終わったか、今日はどこが立ち入り禁止とか、ほぼ全ての現場に顔を出した。
-感じたことは。
当時は猛勉強して無我夢中で建設に当たったが、それでも振り返れば、いいかげんなものを造ったなという気持ちはある。三十年以上前でも基本的な部分は頭に焼き付いている。
とにかく当時は試行錯誤。アメリカでやるコンピューター上の設計では配管は邪魔し合わないのに、実際の現場ではぶつかる。でも当時は急いでいるから突き進んだ。その場で設計を十数回書き直すのは珍しくなかった
私が最も深く携わったのは放射性物質を閉じ込める格納容器。クレーンでつり上げた(金属の)型を積み重ねる作業だが、かみ合わない部分もあった。日当たりのいい部分は少し伸びたりするから日陰の場所と合わなくなる。時間をおけば元に戻るんだけど、とにかく急いでいた。
 合わない部分をワイヤで引っ張り、溶接で肉盛りして合わせる。だから、つなぎ目に段もできた。溶接後にワイヤを抜けば、いずれずれる。開発直後の試験で合格しても十年後、二十年後にひびが入る可能性はあると思った。原発の現場なんてその程度だった。
-最も問題と思った点は。
 根本的に当時から格納容器を見ていて「これは事故があったら耐えられないんじゃないか」と思っていた。当時の最新型、出力百十万キロワットにもなれば格納容器も巨大で全体で高さ五十メートルぐらいになる。
 比べて格納容器の鉄板はすごく薄い。図面では厚くなっているのに実際は一番分厚い下の部分でも三十八ミリほど。上へ行くにつれて少しずつ薄くなっていく。現場ではあまりの薄さに「紙風船」と呼んでいた。事故があって爆発したら持つわけないよなって。
 設計そのものがいいかげんだったんだ。配管は空中につってあり、地震のたびにブラブラ揺れる。原子炉は熱膨張で伸びるから配管が引っ張り上げられるのを防ぐために床に固定できない。宙づりの配管が大きな地震で折れて再循環できなくなる可能性はある。
-原発の危険を訴えることにした契機は。
一九八九年の福島第二原発3号機の再循環ポンプ事故の後、東電に改善を訴えたが聞き入れられなかった。反原発を訴えざるを得なくなった。
-さまざまな経験も踏まえて、あらためて東海第二の安全性は。
 東海第二も浜岡も、壊れた福島も同じだ。(巨大地震に)耐えられる設計になっていない。アメリカでは地震がある所、まして活断層の近くに置くなんて絶対にしない。
(井上靖史)

◆東海第二原発建設に従事・元技師 菊地洋一さん(70)

きくち・よういち 岩手県釜石市出身。高度経済成長期の1970年代、東海村で原電東海第二原発の「マークII」と呼ばれる沸騰水型軽水炉建設に4年間、携わった。元技術者や大学教授らでつくる民間の原発事故調査委員会のサポートメンバーも務めている。原発の危険性を訴えるため全国行脚しており、現在は宮崎県串間市在住。九州電力にも原発反対を訴えている。

2012年3月14日水曜日

日本にとって最大の間違いは2011年3月10日に存在していたものを再現すること:ペセック氏

震災1周年にブルームバーグのペセック氏が、「日本にとっての最大の間違いは2011年3月10日に存在していたものを再現すること」であると述べている。

薔薇っ子も彼の意見には賛成であるし、2,3日前に高村薫氏がインタビュー番組でも同じことを言っていた。復興、復興というけれども、何をあきらめなければならないか、私たちは、よく考える必要があるというような発言だったと思う。


ブログ一周忌で予想したように、3月10日以降のメディア各社の報道はすこぶる酷かった。政府は、御用学者を動員して、ひたすら原発被害の極小化を図り、現状復興、すなわち「2011年3月10日に存在していたものを再現すること」にやっきになっている姿ばかりが顕わになっている。

しかも、絆という言葉を巧みに使って、メディア各社が政府と一丸となり、がれきを全国各地にばらまくことに懸命で、3月10,11日に国内外で展開された脱原発に対する市民の反対運動などについて、しっかりとまじめに取り上げたメディアは非常に少ない。

なかでも、震災以来1年経っても、2000トンのがれきの処理ができないのは、あたかも、東京以外に住む住民が、がれきの受け入れに協力的でないからであるかのような、報道のなされ方が行われている。

しかし、1年もあれば、そして政府が言うように宮城、岩手のがれきがそんなに安全なのであれば、阪神大震災のときの2000トンのがれきと同様、大型焼却炉を岩手、宮城にいくつか増設することで、既にすべて処理することができたはずであり、それを着々とやっていれば、地元の雇用も増えたはずである。そういう努力を今まで何もせずして、この期に及んで、被災地には焼却能力がないからがれきを全国に分配するという。

「放射能、みんなで浴びれば怖くない」 と言わんばかりの勢いである。

しかし、がれきを全国の分配して、焼却することの問題性については、京都大学の小出助教がはっきりと断言している。ちなみに、ここに来て、被災3県のがれきを広域処理することの危険性を、公式な場ではっきり述べ続ける勇気ある研究者は誠に数少ない。

国会で涙を流した放射性防御学の小佐古氏や、事故直後から放射能測定をされ、さまざまなところにマイクロホットスポットがあることを示された岡野氏、海外の原発規制機関の専門家などの意見も拝聴してみたいところである。

チェルノブイリよりも大きな事故を起こし、広島原発の178倍ものセシウムを放出するような災害を起こしておきながら、どうして半径20キロ圏内の汚染地域が数年後戻れるような状態になるのだろうか。ヨウ素は半減期が短いとしても、セシウムやウランやストロンチウムは、そんなに簡単に消えたり、溶けてなくなったりするものではないはずである。

今は雪のおかげで拡散が抑えられている放射性物質も、雪解けとともにあちこちに流れだす可能性は否定できない。つまりこれまで測定して低かったからといって決して安心できないことになる。

閣僚たちは、がれきの線量を計測して安全性を確保すればいいと気やすくいうが、放射性物質の線量計はピンからキリまでいろいろあって、時計のように誰がいつどこでどんなふうにして見ても、必ず同じ数値を得ることができるような正確なものではないことを我々は既によく知っている。

国やメディアは、放射線量を測定して数値を示し、「少ないから安心」とさえ発表すれば、それでよいと思っているのかもしれないが、賢い日本国民の多くは、誰がいつどのような条件の下、どんな検体をどんな装置を用いて、どういうやり方で測るかによって、計測数値などというものは、いかようにも操作できるということを熟知しているのである。

ちなみに、これは前から繰り返し書いていることだが、原発災害で放出される放射性核種の中で、測定されるのは、セシウムばかりで、まるで人体に悪影響を及ぼすものは(半減期の短いヨウ素を除いては)、セシウム以外にはないかのように報道され続けていることにも、大変疑問がある。 
ストロンチウムの量は測らなくてもいいとでも言うのだろうか。 

以下小出氏のインタビューを貼り付ける。

何でも反対ばかりするのはよくない。復興について、お前ならば何を考えるかと言われれば、薔薇っ子は、放射能にまみれた土地を元に戻し、原発産業を再開させるような類の復興に少しでも早く見切りをつけて、被災3県の第一次産業に従事する被災者とその家族を全国の第一次産業の労働人口が著しく現象している地域に疎開させ、新天地でこれまでのノウハウを活かして新しい農林業、畜産、漁業に取り組めるようにサポートし、その他の産業に従事する若年、中年層の人々は首都機能移転や再生エネルギーの拠点になる地域に移住させ、彼が働けるような場を用意するといった、より生産的、建設的な形での支援を積極的に行うべきであると言ってきた。

むろん、原発は全て廃炉が完了するまで放置にすることはできないが、それについては、少なくともあと数十年間は、これまで原発を推進し、原発の利害を貪ってきた人々に、責任をもって後始末を最後までやってもらうしかない。彼らは皆、それに十分見合うような、いや、それ以上の報酬を既に受けとっているのだからーー。彼ら以外は、個人的に、どうしても、どんな危険性があっても原発の近くを離れたくないと主張する人でない限り、元に戻す、あるいは煽てて地元に縛り付けることは人の道にかなったことではない。

復興産業は多くの利権を生む、大手のゼネコン、産廃業者、そして運搬業者を限りなく潤す。経済を活性化するためには、なにか起爆剤が必要だということも確かだ、

しかし、何も放射性物質や化学物質による汚染の心配のあるようながれきを全国に分配・処理することで、経済の活性化を図ろうとしなくても、スマートグリッドの機能を兼ね備えた自然災害に強い副都心を建設するだとか、最終処分場の建設だとか、地熱発電所を建設するとか、電力を自由化して全国に電気事業者が多くできれば、それ以外の再生可能エネルギーに関わるビジネスなど、もっと建設的なところで、経済を活性化させる方法はいくらでもあるはずである。

がれきは、焼却炉に放射性核種(セシウムだけではない)を100%吸着させることができるようなフィルターを装置することができない限り、放射性物質が吸着したフィルターを確実に処理できる技術を持たない限り、断じて全国にばらまくべきではないし、汚染された焼却灰や汚泥は、フクシマの廃炉に使うコンクリートに混ぜて使用するしかない。

経済大国の栄光もここ20年の間にすっかり地に落ち、世界の若者の間で一世を風靡したJ-popもK-popに押され気味になり、昨今では、もっぱら食の安全と空気や水のきれいさ、自然の美しさ、治安の良さばかりを売り物にしてきた国土を、、無責任な施政者の政治的な判断で、今以上広範囲に汚染させてしまうようなことがあれば、益々国のイメージは失墜し、よほどの酔狂者でない限り、世界中の人々が避けて通るような、猫マタギの国と化してしまうのではないだろうか。

失われた1年をどう取り戻すか、はっきりしていることは、のらりくらりと現政権が存続し、我々が政治に何も期待感を持てない限り、明るい展望は開けそうもないということである。


http://www.youtube.com/watch?v=nC8cOpz-up0


http://www.bloomberg.co.jp/news/123-M0FXKZ1A74E901.html
【コラム】日本の失われた1年、チャンスは消えていない-Wペセック

3月6日(ブルームバーグ):効率の良さとしっかりとした社会基盤で知られる国だけに、きっと再建の世界基準を示してくれるに違いない―。そんな期待が高かった。巨大地震と津波が襲ってから1年が経過した。しかし、日本の再建はほとんど手に着いていないのが実情だ。
昨年3月11日の東日本大震災発生直後にエコノミストらは、1995年の阪神大震災の時の状況が再現され、被災した東北地方には建設部隊が集まって経済は力強く反発すると予想していた。さらに、多くの人々は、2万人もの死者が出て、町や村がかき消され、チェルノブイリ以降最悪の原子力発電所事故を引き起こしたこの大災害が、東京の政治的まひ状況を打破し、大きな変革を引き起こすきっかけになるのではないかと期待していたのである。
日本のバブル崩壊は過去の戦略―公共事業のための巨額借り入れ、超低金利、終身雇用、微々たる移民受け入れ、一部巨大企業の輸出に肩入れした硬直的な産業構造、何でも言いなりの銀行、政治と企業の親密な関係―などの見直しを突き付けた。それから20年以上を日本の政治家らは無駄に過ごしてきた。また、東京電力と官僚の排他的関係は安全報告に小細工を施すことを可能にし、危険性を過小評価してきた。これが日本の原発危機の舞台を用意し、その危機的状況は今なお次々に明らかにされている。放射能は今も福島第一原子力発電所から漏れ続けており、日本の機能不全を象徴する事態となっている。
日本が第二次大戦の廃墟から立ち直ったように、日本がより生産的な道筋に戻るには巨大な危機に直面するほかないと長く言われてきた。しかしながら、約20兆円の復興計画は、野田佳彦首相がそのグランドビジョンを明示することができず、また官僚たちが重大な決定を下すことに二の足を踏み、さらにはデフレ的循環が過去一年間に悪化し、企業と消費者がともに意気消沈しているという現実が、計画実行に向けての障害となっている。日本が新たに設置を決めた復興庁が業務を開始したのは津波から11カ月たった今年2月10日のことだった。
期待に応えていない政府
彼らは見事にがれきを片付け、それを防水シートの下に隠してくれた。しかし、それ以外に進展したことはほとんどない」と、テンプル大学東京校のジェフ・キングストン教授(アジア研究学)は指摘する。「その原因の一つは政治がまひしていることであり、官僚が何を再建しどのように統合していくのか、そしてがれき処理をどうするのかについて決定を下さないことも原因になっている」と話す。
そして、最も注目を集めている残骸が日本経済だ。日本の公的債務は世界最大で、国内総生産(GDP)5.5兆ドルの2倍以上に達している。日本のGDPは過去4四半期のうち3四半期で減少しており、2011年の経常収支黒字は過去15年間で最低水準に落ち込んだ。1月には貿易収支が1兆4800億円の赤字と、戦後最大の赤字を記録した。円高はソニーやホンダなどの輸出企業に打撃を与え、産業の空洞化が一段と進んでいる。「政府は期待に応えていないし、日本国民はそのことを分かっている」と、英スタンダードチャータード銀行のチーフエコノミスト、ジェラード・ライオンズ氏(ロンドン在勤)は語る。
政府に対する不信感が高まるなかで、野田首相の政治生命も長くは持たないようだ。野田氏(54)は昨年9月に人気の波に乗って首相に就任した。経済を再建させるだけでなく新たに作り変えるに当たって時宜を得た指導者として選ばれた。だが、いま有権者たちは野田氏について、首相として、2006年後半以降に次々交代した5人の首相たちをしのぐ人物ではないと信じ始めている野田首相の支持率は現在30%と、前任者たちが議員らから職を去るよう求められた水準に低下している。
野田首相がいてもいなくても、東京電力の国営化および現経営陣の追放は決定されるべきだ。彼らの怠慢が、日本が今の状況に陥るのを助長したのだ。同じことが、オリンパスで見苦しい会計スキャンダルを生んだ企業文化に対しても起きている。
最大の間違い
日本の首相は東北のどの町や村を復旧し、どの町はそうしないのかについて決定する仕組みを作らなくてはならない。日本の多くの地方では長年にわたり人口が減少し産業力が失われてきている。
地方分権は中央政府の規制改革を必要とするが、それは復興プロセスを支援することになろう。日本は長年にわたりトップダウン型の経済だった。東京の官僚たちが采配を振るい、税収を分配。地方の指導者たちはそれに応じて行動する、という形だ。東京で復興計画を策定している者たちは非効率的な仕組みから抜け出せず、また被災地から遠く離れて現地の複雑な生活事情を掌握できずにいる日本にとって最大の間違いは2011年3月10日に存在していたものを再現することだろう。日本にとって過去1年間は失われた1年となったものの、まだ物事をリセットする千載一遇の機会は失ってはいない。日本がそれを無駄にすれば恥ずべきことだ。(ウィリアム・ペセック)
(ウィリアム・ペセック氏は、ブルームバーグ・ニュースのコラムニストです。このコラムの内容は同氏自身の見解です)
記事に関するエディターへの問い合わせ先:東京 大久保 義人 Yoshito Okuboyokubo1@bloomberg.net
更新日時: 2012/03/06 13:30 JST

2012年3月11日日曜日

ブログ1周忌:2011年3月~2012年3月

眠れぬ夜の手すさびに始めたはずの、「夜半の寝覚め」であった。
まったりと、1か月に1度ぐらいのペースで、楽しく自分の趣味嗜好など、いろいろ書くつもりで始めた日記のはずであった。

あの日まで世の中の出来事に、無頓着で、完全に満足しきっていたというわけではない。
しかし、ここまで腐敗したひどい状況であることを、去年の3月11日まで知る由もなかったのである。

神戸大震災の時、長田地区の大火災で消火作業が進まず、柱や建物の梁など倒壊物の下敷きになって逃げ損なって多数の人々が焼死していく報道を耳にした。海外からの援助の申し出を断った馬鹿な政治家もいたし、どうして国や行政は、もっとしっかり迅速に対応しないのだろうと歯がゆい思いはしたものの、復興の速度は思いのほか速く、今回のように素人目から見ても、この国を牛耳っている人間集団がどれほど無能であるか、これほど強く認識させられることはなかった。

危機管理能力の完全な欠如どころか、電力会社と原発を擁護するために、メディアぐるみで被害極小化の情報統制を行うなど、慄然とさせられるようなことが新聞がみや電気紙芝居上に、連日繰り広げられていた。大本営発表のようなゆゆしい出来事が、現代の日本社会で再現され、まるで悪夢を見ているようであった。

その後の展開も目を覆いたくなるような出来事の連続であった。原発は偶然の重なりによって、東京都民までが行き場を失って逃げまとわねばならないような事態には陥らなかったが、脱原発か否かという1点を除いては、首相と同類項であり、共犯関係であったはずの政権中枢にいた政治家たちは、首相一人をスケープゴートにして、自らは涼しい顔をして平然と、原発災害収束、原発対策、復興支援にかかわる主要閣僚ポストに着いた。彼らは議事録もとらないような会議を重ねるというような、国民のとって許されては、ならない出来事に加担しながら、いまだにその責任を負うこともなく今日に至っているのである。

ここにきて彼らは、大型メディアを動員して、絆と復興支援の2文字を掲げて、放射性物質の飛散の可能性を打ち消すことができない被災地のがれきを全国に分配し、処理を行うことにやっきになっている。

3.11以降、薔薇っこはそれまで普通の国民には全く知らされていない事柄が、我々の周りにいろいろあることを知った。日本の大型メディアの情報源にべったり依存することを辞めて、海外の主要メディアの声や、マイナーであっても志をもったジャーナリストが発信する情報にしっかり耳を傾けることの重要性を認識させられた。2011年3月からの時間を地球市民の一員の生きた証として、自分は何を見、何を聞き、それに対して何をどう考えたか、できるだけ正確に記録にとっておきたいと考えた。

福島原発災害は、世界が注目する大きなニュースとなった。海外メディアから、日本人はお上に従順で、自らの国の政策に対して黙ってただ受け入れるだけの思考力も批判力も表現力も持たない消極的でお馬鹿な国民、金勘定しか頭にない倫理意識の欠如した情けない国民であるかのようなレッテル貼りがなされるのを見て、すべての国民がそうではないことを示したいという気持ちを抱いたことも事実である。

国内の読者の中には、ブログ監視が目的の読者が混じっているとしても、アメリカ、中国、韓国、台湾、香港、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、タイ、インドネシア、インド、シンガポール、ベトナム、ドイツ、フランス、イギリス、ロシア、ウクライナ、スイス、オランダ、オーストリア、スウェーデン、フィンランド、デンマーク、イタリア、ルクセンブルグ、フィンランド、ラトビア、スペイン、タジキスタン、クゥエート、エジプト、ブラジル、パラグアイ、フィリピン、ナイジェリア、ペルーなどなどさまざまな国から多数のアクセスを頂いたことは、1年間このブログを続けていくうえで大きな励みになった。

先日、作家の高村薫氏は、NHKの震災1年のインタビューで、私たち一人ひとりが東日本大震災というものを言葉にすること、そして、その事実から目をそらさず、しっかりと見つめなおすこと、復興という言葉の意味を考え直す必要があると述べた。


日本全国、電車に乗っても、デパートに行っても、地下街を歩いても、どこに行っても暑いほど暖房ががんがん効き、夜遅くまで照明が明々と灯され、デパ地下やスーパー、コンビニ、飲食店にいけばあり余るような食べ物が山のように所狭しと並べられ、自販機はどこにいっても嫌というほどあり、人気店には多くの客が行列を作り、若者は新型のスマートフォンやアイフォンを手にし、休日ともなれば大型量販店はマイカーで溢れ、年末や連休になれば、多くの人たちが西日本や海外に遊びに出かけ、被災地以外は、1年前とは全く何も変わらないかのような日常に戻っている。


テレビで報道番組のチャンネルを回しても、フクシマ原発のニュースは限られた放送局の番組をみない限り、ほとんど報じられなくなった。


今冬日本列島は、ことのほか厳しい寒さに見舞われたが、54基ある原発が2基しか稼働していないにもかかわらず、国民は電力不足などとはほど遠い、電力供給が安定した状態の中で生活できているのである。膨大な税金を投入しながら、原発は我々の生活にとって、なんら必要性がないものであったということにすらなる。

春から秋風が吹くまでの間、原発災害関連ニュースでメディアが喧しく報じたのは、津波、風評被害、電力不足、熱中症と絆の5つのキーワードであった。

東電は自然災害の被害者であり、国民はその東電を支援するために計画停電や、厳しい節電に耐え、熱中症のリスクを負ってでも、一致団結して電力不足にならないように協力をしなければならなかった。すでに安全神話が破壊され、代替エネルギーの重要性が問われ始めているにもかかわらず、熱中症のリスクを回避するためには、原発を再開するしかないというメッセージのすり込みがしきりに行われた。

その後唐突に脱原発を主張したばかりに総理の首はすげ変わったが、変わらぬ面々が閣僚入りし、キーワードは復興支援と増税一色にとって代わった。そして1年たった今、もう一つ、がれきの広域処理というキーワードが加わった。

菅おろしが終わってからは、被災地の復興のためにはマニュフェストに違反しても増税を実施することが当然であるかのごとくに正当化され、原発の再稼働は日本経済の空洞化を回避するために必要不可欠であるという議論が盛んに行われるようになった。

この1年の間に、原発災害をめぐる隠ぺいの事実や、電力会社や政官民学の癒着の実態などいろんなことが少しずつ明るみに出た。しかし、その事実を正面から受け止めて、しっかり報道し、厳しいまなざしを持って批判するという視点を持ち続けたのは、マイナーなケーブル放送局ぐらいのもので、その放送局もあえなく3月いっぱいで放送中止になるという始末である。

3.11の1周年には、各社満を持して特集番組を企画しているようだ。どこの誰それが、故郷に戻って復興に力を注いでいるだの、誰かがボランティアで復興のためにどんな支援をしたというような電気紙芝居を大量に作成し、絆や支援という言葉を巧みに操ってなだめすかしたり、一部の過激な政治家の言葉を借りて恫喝したりして、放射能汚染の可能性が否定できず、さまざまな化学物質が混じったがれきを、日本全国各地に、ばらまくための作戦に頭をしぼっている。

「フクシマの瓦礫は問題があるが、岩手や宮城の瓦礫は安全」などというようなことがどうして言い切れるのか、あまりにも国民を小馬鹿にした幼稚な議論であり、それをもってして、みんなで仲良く放射能の不安を分かち合おうなどというのは誤った全体主義である。

瓦礫の問題、被災地の復興についての考えはすでに繰り返しブログの中で明らかにしてきた。

メルトダウンの可能性が明確なものとなり、高濃度の放射性物質が大量に飛散しているときでさえ、「ただちに健康の被害はない」などと言って、国民をだまし続けた閣僚が、いくら宮城の瓦礫は安全だといっても、何ら説得性も持たない。

地方自治体の首長は、中央からの圧力に屈さず、政府の支援金などに惑わされず、放射性物質からできるだけ地元住民を、子供たちを守ることを第一に考えるべきである。危険性のあるものを排除するのは、危機管理の第1原則である。

主要大型メディアは、ひたすら政府と利益優先の大企業、電力会社に迎合することばかりをしてきた。女性タレントが占い師のマインドコントロールにはまって云々というようなゴシップならば、うるさいほど執拗に報じるけれども、権力者にとって都合の悪いニュースだと「パニックになってはいけないから」などとまことしやかな屁理屈をつけて情報統制をする政治家に加担しする。たまに申し訳程度に、ほんの一瞬報道したかと思えば、たちまちスポーツか何か他の全く関係のない差しさわりのニュースを入れて、混ぜ返してしまうか、ネットの場合はすぐに削除してしまうのである。

真実を追い求め、伝えるべき立場にいる人々が自己の使命を正しく認識し、日々伝えるべきことをきちんと伝えてくれていれば、薔薇っこは300も、こんなブログを書き綴ることはなかったと思う。大企業のトップやメディアや国を動かす官僚や政治家が、もう少しまともであってくれれば、「夜半の寝覚め」はこんな展開にはならなかったはずである。

高村氏は復興に関して、やみくもに元の状態に戻すのではなく、その前に、何が戻せて、何が戻せないのかよく考える必要があると述べたが、大変含蓄のある発言である。