2012年5月3日木曜日

原子力ムラの無責任体制は今も変わらず。。:コピペ

http://mainichi.jp/area/news/20120502ddf012040026000c.html


特集ワイド:原子力学会定例会ルポ ムラ、やっぱり閉じたまま

毎日新聞 2012年05月02日 大阪夕刊
日本原子力学会の定例会が3月に福井市で開かれ、東京電力福島第1原発事故について論議した。事故直後、原子力の研究者や技術者は「想定外の事態」「原子炉は安定している」などと責任逃れともとれる発言を繰り返し、批判を浴びた。事故から1年。「原子力ムラ」の人々は何を語ったのだろうか。【日野行介】
◆福島の事故巡る特別セッション

 ◇言外ににじむ「想定外」

原子力学会の定例会は事故後2回目。初日は、前回はなかった福島の事故を話し合う特別セッションが開かれた。会場は日本最多14基の原発が林立する福井県。一般公開もされる。それだけに熱い議論を期待した。
特別セッションは午前10時に始まり、休憩を挟んで午後5時まで約7時間。東電の幹部4人を含めて計8人の技術者・研究者が、事故経過や処理方針から除染まで専門的に説明した。定員500人の会場ホールは開始前から満員で、立ち見も出る盛況ぶりだ。
東電のトップバッター、福田俊彦・原子力品質・安全部長は事故の概要・総論を担当。まずは「皆さまに心配と迷惑をおかけし、心よりおわびしたい」と陳謝した。
だが、その後は「津波は予見できたという話もあったが、まだ調査が必要な段階だった」「地震による配管破断があったという話もあったが、データからは大きな減圧がない」などと、外部の厳しい指摘を挙げたうえで、それとなく否定する独特の説明を繰り返した。「地震による損傷はなく、『想定外』の津波が問題だった」と言いたいようだが、はっきり「結論」を言わないため、もどかしさが募る。
午後も東電の技術系幹部3人がそれぞれ、今後の処理▽地震・津波▽事故分析−−について詳しく説明したが、論法は同じ。特に強調したのは、事故の起きた1〜4号機のうち唯一、原子炉建屋上部で水素爆発が起きていないにもかかわらず、中を水で満たす「冠水」ができない2号機格納容器の破損状況だった。
 東電は事故直後、格納容器の下部につながるドーナツ状の圧力抑制室に大きな破損があり、そこから水が漏れている可能性を示唆していた。しかし、東電の幹部たちは「圧力抑制室の圧力が一時ゼロに落ちたのは、計器異常だろう」「当初は何が起きているか分からず、いろいろ誤解があった」などと説明した。破損が小さいことを強調したいように聞こえた。
◆質疑応答

◇批判に冷ややか

 質疑応答はそれぞれの説明の直後と閉会前に行われた。だが事故について質問する参加者は思ったよりも少なく、特定の数人が質問を繰り返していた。
 その一人が「日本原子力研究開発機構」の元研究者、田辺文也さん(66)。田辺さんは昨年11月、「まやかしの安全の国−原子力村からの告発」(角川SSC新書)を出版した。事故を過小評価し、甘かった想定の責任を取らない原子力ムラを厳しく批判、「彼らには原発を任せられない」と断じる内容だ。表立った批判がほとんどないムラの中にあって異質な存在と言える。
 田辺さんが追及したのは2号機格納容器の破損問題だ。独自の分析結果から「早い段階で地震の揺れによって破損したのではないか」と迫ったが、東電は「それはないと思っている」と反論、あいまいな表現ながらもかたくなに否定し続けた。
田辺さんは何度も食い下がったが、会場の雰囲気は冷ややかだった。京都大の若手研究者が「2号機は思いのほか損傷がなかったとの発表を聞かせていただきました。今後もいろいろ言われるでしょう。東電の皆さまの苦労にお礼申し上げま
す」と東電に「助け舟」を出す一幕もあった。
しかし、学会終了後の3月26日、東電は2号機格納容器内を内視鏡で検査した結果を公表。注水を続けているにもかかわらず、水位は底から約60センチの高さしかなかった。これは格納容器と圧力抑制室を結ぶ配管の位置より水位が低いことを意味する。
田辺さんは「圧力抑制室が大きく破損し、そこから水漏れしているのは明らかだ。それなのに東電はデータすら無視し、とにかく否定するだけだ」と指摘した。田辺さんの訴えを聞いた現役研究者たちはどう考えたのだろうか。「東電が間違うはずがない」と考えたのか、それとも東電の主張はおかしいと感じつつも口をつぐんだのか。

 ◇反省の弁、全く

 一方、放射線測定や除染に関する講演後には会場から活発な意見が相次いだ。京大の名誉教授は「原爆が落ちた広島は今や長寿県。放射線測定を熱心にやり過ぎると、被ばく線量100ミリシーベルト以下でも問題だと言い出す人が出てくるので心配だ」と語った。京大の若手研究者も「年間1ミリシーベルト以下を目標に除染するのは科学的見地からはいただけない(厳しすぎる)。学会としてどう考えるんだ」と詰め寄ると、参加者から大きな拍手が起きた。
私はその時、事故で避難した福島県飯舘村の酪農家の話を思い起こしていた。同村は昨年5月、国からの要請を受けて全村避難を開始した。育てた牛は避難先に連れて行くことができず、「『ごめんな、ごめんな』とつぶやきながら、牛を殺さざるを得なかった」という。
 「危険性は低い。大げさに騒ぎすぎだ」と言いたげな数々の発言に、私は「なんと無神経なことか」と驚いた。
それなら国が避難を要請した段階で、「科学的見地」から声高に反対すべきだったのではないか。発言者からは、巨大事故の発生を防げず、事故後も十分な対応を示せなかった反省の弁が一言も出てこない。
 批判的な質問を数回していた福井大名誉教授の山本富士夫さん(71)=福井市=に感想を聞いた。「学会というより過小評価の説明会だった。がっかりしたけど、こうなると思っていた。彼らは結局、ムラから一歩も出やしないんだ」とため息をついた。
 原子力ムラは、批判を許さない閉鎖的な体質を指した造語だ。しかし、事故後に巻き起こった厳しい批判が、むしろ内輪の結束を強めたとすれば皮肉と言うほかない。
暗い気持ちで会場を後にした。
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 ◇日本原子力学会

原子力技術の進歩を目的に1959年に設立された。年2回定例会を開く。加入者は、原子力に関わる研究者や学生のほか、電力会社・メーカーの技術職を中心に約8000人。原子力関連の企業や団体など244社も法人会員になっている。

特集ワイド:いかがなものか 規制庁なし原因究明なし信頼なし…急ぎ足の原発再稼働

毎日新聞 2012年04月24日 東京夕刊

 ◇「対策先送り」「命の軽視」

 政府が大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働に突き進んでいる。今は「地元同意」のとりつけに懸命だが、原発のシビアアクシデント(過酷事故)防止策に問題はないのか−−聞いて回ると、関係者から「真剣に取り組んだ結果とは思えない」との声まで飛び出した。原発再稼働の問題点、これだけは見過ごせない。【戸田栄】
 再稼働への憤りは、どこあろう与党内部でも渦巻いている。「小中学生でもおかしいと思うでしょう。それで、やむにやまれず待ったをかけているんです」。民主党の原発事故収束対策プロジェクトチーム(PT)座長、荒井聡元国家戦略担当相は、そう語気を強める。
 同PTは再稼働にあたっての5条件を政府に突きつけた=別表。荒井座長が真っ先に批判の矛先を向けたのは、まだ原子力規制庁が発足していないことだ。「3・11後にずっと原発の安全性の議論をしてきて、日本の原子力政策は欠陥だらけと分かりました。その原因は、安全神話の中に身を置いた原子力ムラの一部の人たちだけで政策を主導してきたことです。枝野(幸男経済産業相)さんは本来、脱原発よりもっと厳しい立場だったんですよ。それが原子力安全行政も電力需給もと1人でやると、十分な安全対策もないのに再稼働もやむなしとなってしまう」
再稼働の前提条件としては、同PTのほか、橋下徹・大阪市長、松井一郎・大阪府知事が8条件、嘉田由紀子・滋賀県知事と山田啓二・京都府知事が7条件を示した。共通するのが、原子力規制庁の発足。14日に枝野経産相の協力要請を受けたおおい町長も、早期設置を求めた。
原子力規制庁は、4月から環境省の外局として設置される予定だったが、野党から位置づけに異論が出て発足が遅れている。荒井座長はそもそも政府の姿勢を疑問視する。
 「普通なら、政府側や担当官が野党に日参して法案成立に努力するが、そんな様子が見られない。原子力安全・保安院が経産省にあるうちに、再稼働の道をつけたいとの思惑がどこかにあるんじゃないかと勘繰りたくもなります」
 さらに最重要として挙げたのが、政府の原発事故調査・検証委員会や国会の事故調査委員会の結論を待つことだ。「なにが事故の原因かをはっきりさせなきゃいけないのは、当たり前ですよ。(政府見解で)一番恥ずべきことは、津波だ、津波だと、全部を津波のせいにしていること。最初に鉄塔が倒れ、外部電源を喪失した。その耐震性だって問題なんじゃないですか」。
当の国会事故調でも、元日本学術会議会長の黒川清委員長が、政府の再稼働の判断基準について「暫定的な原因究明に基づいている。必要な対策が先送りされ、想定を超える災害に対応できていないことも明らか」と批判している。
考えたくはないが、万が一の備えは欠かせない。その筆頭が、事故収束作業の拠点となる免震重要棟だ。福島第1原発で、同棟が10年7月から運用開始されていたのは、「不幸中の幸い」とされている。ところが、大飯原発3、4号機など関西電力の原発にこの施設はない。また、原子炉内の圧力を下げるため、弁を開くベントを余儀なくされた場合、放射性物質の大気中への流出を防ぐフィルター付きベントの設置もない。ともに3年後の設置を目指す。リスクコミュニケーションの専門家で、原子力安全委員会原子力施設等防災専門部会の委員を務めた土屋智子さんは「住民を守ることを真っ先に考えなくてはいけないのに、何も動いていない」と表情を曇らせる。
 土屋さんは、99年の茨城県東海村のJCO事故以来、住民の避難などについて研究してきた。「非常時の指令所(オフサイトセンター)は、発電所以上にしっかりしたものがほしい。ところが、東日本大震災では福島どころか、茨城でもオフサイトセンターは被害を受けて使えなかった。おおい町では海抜2メートルの海辺にあり、津波で使用不能の場合は福井県の敦賀、美浜、高浜の別のセンターで対応するとしていますが、広域地震ではいっぺんに被災する可能性がある」と指摘する。
このほか、緊急時の住民連絡体制の再整備、避難路の再検討などもできていない。細かい課題も山ほどある。例えば、被ばくが懸念される際には安定ヨウ素剤が配布されるが、乳幼児への投薬が難しかったという問題が今回、明らかになった。錠剤だったため被災時に水に溶かして正確な量を飲ませることができなかったのだ。
 同部会では今年3月、課題と対応策の議論の結果を「中間とりまとめ」とした。しかし、その対応策を決定するはずの原子力規制庁は設置されておらず、現在、「とりまとめ」がどう扱われているのかは委員にも連絡がないという。思わず「は?」と声が出そうになった。
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こんな状況では、そもそも脱原発を目指す人々が猛反対するのも当然だ。原子力資料情報室の西尾漠共同代表も「規制庁の発足と事故原因の究明」を最優先課題に挙げる。
 「原子力安全委員会も原子力安全・保安院も、まったく国民から信頼されていない。だから、規制庁をつくると国が考えたわけでしょう。原因をしっかり突き止めなくてはならないのも当然。なんで、再稼働をこんなに急ぐのか。かえって不信を大きくするだけです」。加えて西尾共同代表は、誰もが福島原発事故を最大の想定としていることに注意を促す。「それ以上の惨事があり得るのですよ。甘くみてはいけません」
経産省前では、再稼働に反対する市民らのハンガーストライキが行われている。座り込みをしている市民グループ「経産省前テントひろば」の淵上太郎代表は「規制庁発足と事故原因究明ぐらいは最低のこと。経済にかこつけて命を軽く見ていることが許せない。それがわからないほど、国民はバカじゃないですよ」と話した。
やはりテント村で出会った「原発いらない福島の女たち」世話人の椎名千恵子さんの憤りに満ちた目が忘れられない。
「フクシマはまだ終わっていないし、政府はその深刻な被害をまったく理解していない。そして、次のフクシマを生むかのようなことを平気で進めている。理不尽です」
 再稼働を焦る国の姿は、フクシマをすっかり忘れているようにも見える。
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社会の出来事に、疑問や異議を投げかける新シリーズ「いかがなものか」。今後、随時掲載していきます。
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t.yukan@mainichi.co.jp

電力不足:枝野経産相、関電管内で計画停電の準備必要

毎日新聞 2012年05月03日 23時37分(最終更新 05月04日 00時04分)


枝野幸男経産相=首相官邸で2012年4月13日、梅村直承撮影
枝野幸男経産相=首相官邸で2012年4月13日、梅村直承撮影

枝野幸男経済産業相は3日、BS朝日の番組収録で、大幅な電力不足の見込まれる関西電力管内について「猛暑を想定して、計画停電の計画は立てないといけない」との認識を示した。
枝野氏は「原発が再稼働しない場合、(大口需要者に節電を義務づけた)昨夏の東京(電力管内)より今年の関西の方が大きな無理をお願いしなくてはならない」と指摘。同時に「(実施すれば)影響が大きすぎる。できれば計画停電したくない」と述べ、改めて関電大飯原発3、4号機の再稼働に理解を求めた。





今夏の関電、全原発停止でも「乗り切れる可能性十分」と枝野経産相

2012.2.17 11:27
枝野幸男経済産業相は17日の閣議後の記者会見で、来週すべての原発が止まる予定の関西電力に関し、再稼働できなくても今夏は関電管内で「(電力使用制限令を)出さずに乗り切れる可能性は十分にある」と強調した。
関電管内では今冬も制限例は出さず、電力使用を前年同月比で10%以上減らす自主的な節電を求めた。しかし目標に届いていない模様で、経産相は「さらに努力と精査をしなければいけないと思う」と述べた。
関電は20日、自社で唯一稼働している高浜3号機(福井県高浜町)の定期検査入りに伴う停止作業を開始する。関電の2010年度の発電電力量に占める自社原発の比率は51%を占めている。







電気料金値上げと電力不足の脅しに揺さぶられて

関電側が、「原発再稼働は電力受給とは関係ない」と発表しているシーンが今朝のモーニングバードで放映され、古賀茂明氏が先週、関電関係者からそうした発言の事実があったことを証言した。

古賀氏によれば、原発再稼働を行わず、原発を廃止するとなると、これまで原発に多額の偏った投資をしてきた電力会社が、近い将来確実に債務超過に陥る。

そのため、会社の存続を守るためには、是が非でも脱原発を回避したいという一念で、電気料金の値上げだの、電力不足、計画停電の可能性などを国民の前にちらつかせ、再稼働の横車を押そうとやっきになっているというのである。

つまり、原発再稼働の問題は、経済性か安全性かの二者択一などというようなレベルの議論ではない。

電力会社の経営陣や組合員、電力会社とつるんでさまざまな利権を得ることができる原発メーカー、銀行、産業界とそれに群がるシロアリのような政治家や官僚の既得権益のためだけに、国民は安全に生きる権利すら諦めねばならないのかという議論なのである。

40年も50年もの間、不都合な出来事は隠蔽し、安全神話を掲げて原子力政策を推進し、電力会社を甘やかしてきた自民党のシロアリ軍団も相当に罪深く救いがたいが、シロアリ退治を看板に掲げて政権を執りながら、易々とシロアリに与してしまった野田政権に対して、国民が審判を突きつけることができる日は、一体いつめぐって来るのだろうか。

債務超過で、破綻処理をすべき東電を中途半端に国有化し、本来ならば、当然株主や銀行が負うべき膨大なつけを国民が負うというプランが着々と進められている。山崎元氏はそのアンフェアをメディアがあえて取り上げない問題性を指摘している。

山崎氏は原子力事業は経営と管理がグルになる公務員による運営は悪夢であり、国有化すべきではないと言う。しかしひとたび事故が起これば20兆円を軽く超えるような大損益に繋がる原発をこの地震大国で稼動・維持し続けることの問題は、民営化にしようが、国営化にしようが、何も解決されないことに、もっと目を向ける必要があるのではないか。

以下山崎氏の記事と、10月に一度転載したことがある町田徹氏の「現代ビジネス」に掲載された記事を再度転載する。町田氏の記事は、新しく東電の会長に就任する下河辺氏が(仙石氏と昵懇だそうだがが)、どれほど原子力ムラのお歴々にとって都合のよい、期待できる人材であるかをはっきり示唆している。


http://gendai.ismedia.jp/category/news_yamazaki

山崎元「ニュースの深層」





東京電力が「社長人事」を囮にして守った「金融機関の利益」と「電力事業の独占」


2012年5月2日


東京電力と原子力賠償支援機構が、当面の実質国有化、経営陣の一新、電気料金の値上げ(特に家庭向け10%値上げ)、経費削減、などを内容とする総合特別事業計画(以下「総合計画」)を策定し、枝野経産相に提出した。
 この総合計画は、東電利用者、国民、原発事故被害者、株主、金融機関、政府、東電経営陣、東電社員、東電取引先、原子力関係者、など非常に多くの利害関係者に生々しく影響する。完全に公平な評価を行うことは難しいし、ある意味では怖くさえある。
 総合計画がこのまま承認され実行に移されるのかどうかは、まだ分からない面があるが、この計画で生じる利害や、そのことによって影響される将来の問題などについては、今から出来るだけ目配りしておきたい。
 総合計画で最大の問題は、東電の破綻処理を回避して、株主責任と金融機関の貸し手責任を問わない処理を前提とすることだ。これは、原子力賠償支援機構が前提とするスキームでもあるが、総合計画が承認されて実行に移されることによって、この処理が既成事実化するだろう。

金融機関が大きく得をする仕組みになった背景はなにか

 今回の東電の処理は、りそな銀行への公的資金投入とスキームが似ている。公的資金で会社を存続させることにより、公的資金を将来の事業利益で返済させる仕組みで、要は、もっぱら東電のユーザーが将来支払う電気料金の中から原発事故の賠償金を払わせようとするものだ。株主・社債(東電債)保有者・金融機関、中でも、特に金融機関が通常の破綻処理の場合と比較すると大きく得をする(損が減る)仕掛けだ。
いつ、どのように返済されるかは不透明だが、基本的な仕組みとして、公的資金は、将来の電力ユーザーに返済させる予定の「つなぎ」に過ぎない。もちろん、破綻処理の場合に、金融機関が被るはずの損失も、将来の電力ユーザーの負担に転嫁される。
 どうしてこのようなアンフェアで不細工なスキームになったのか。筆者は理由を知らないが、想像するに、金融機関が原発事故後の東電に融資する際に、政府から(政治家から、というよりは、役所から、ということだろうか)「融資を実行して下さい。悪いようにはしません」という言質を取ったのだろうか。
 破綻処理では、事故被害者が一般債権者と同列に並ぶので、賠償に問題が生じるといった屁理屈もあるが、事故の被害者に対しては国が賠償責任を負えばいい。国にも原発事故の責任が大いにあるのだから、当然の措置だし、そのほうが被災者も安心だろう。
会社更生法等による破綻処理を行って、株主の責任と金融機関の貸し手責任を問うなら(「責任を問う」とはつまり彼らの権利を損失処理に充てることだが)、電気料金の値上げは不要になるか、少なくとも大幅な圧縮が可能になる。少なくとも総合計画が盛り込んだ「家庭向けの10%の電力料金値上げ(3年間)」は不要にできる。
 本件を巡る重要で先鋭な利害対立の一つは、「銀行の損失回避」対「電気料金値上げの有無(又は多寡)」だ。しかし、多くのメディアはこの点に触れず、経営権を巡る現経営陣と政府のやりとりや、公的資金の返済の見通しなど、敢えて注意を逸らすような報道を続けている。
 総合計画に広告宣伝費の削減が10年で2200億円ほど盛られているように、東電はしばらくの間広告スポンサーとして期待できないが、金融機関は有力な広告スポンサーだ、という事情によるものか。それにしても、「値上げは権利」(西沢俊夫現東電社長の言葉)だと考えていた強力な独占企業が、多額の広告宣伝費を使っていた事実はなかなか興味深い。

政府主導で家庭向けの料金値上げを回避するシナリオ

 ところで、家庭向けの料金値上げは、影響範囲が広く、影響が複雑だ。
 家庭向けの電気料金が本当に値上げされると、東電ばかりでなく、政府に対する悪評も強化されるだろう。TVのワイドショーは、電気料金の値上げが家計に与える影響を必ずや取り上げるだろう。この場合、「庶民の生活に影響がある」という結論がお約束だ。値上げは、政権の支持率に、直ちに影響する可能性が大きい。夏に計画停電があれば、なおさらだ。
 そう考えると、たとえば、今後のやり取りの中で、「政府が強力に指導して家庭向けの値上げを回避させる」という筋書きが出来ている可能性もある。枝野経産相をはじめとする、民主党政権の面々には魅力的なストーリーだ。
 一方、当面は様子見を決め込むとしても、原子力関係者にとっては、家庭用電気料金を値上げさせることによって、原発の再稼働に対する容認世論が増える可能性がある点が魅力的だ。節電による不自由の強制と、家庭用電気料金値上げのいずれが、世間の原発再稼働容認に対して効果的かは比較が難しいが、こうした効果が計算されている可能性もある。
 いかに政権運営に不慣れであるとしても、政治家が、値上げによる「支持率下落」も、今後の値上げ回避指導による「評判回復」も、値上げによる「原子力の相対地位向上」も、何も考えていないとは想像しづらい。どうするのか?
総合計画の、今後の電力事業に与える影響も考えておきたい。
 経営権が変わるとはいえ、現在の東京電力を企業として連続的に存続させる総合計画のスキームが現実化すると、発送電分離や電力事業に関する競争促進がすっかり棚上げされる公算が大きいのではなかろうか。
 この場合、賠償の実行と公的資金返済の義務が格好の隠れ蓑になる。「賠償の義務を果たすためには」あるいは「公的資金の確実な返済のためには」、東電が十分な利益を上げる必要があり、独占を直ぐに手放すわけにはいかないという理屈による、「現状の固定化」だ。
 総合計画には「火力・燃料カンパニー」、「送配電カンパニー」などの社内カンパニーを作り、事業分野別の収支・採算を明確化する方針が書かれている。これは、たとえば、将来の発電・送電の分離につながる可能性が若干はある。しかし、将来の社員や経営者にとっては、現在のような独占状態を維持できるほうが得だというインセンティブが働くのだから、うやむやにされたり、遅々として進まなかったりする可能性が大きいだろう。
「世間の見方」の定石としては、監督官庁をはじめとする官庁・自治体などの役人にとってどちらが魅力的かということが重要になる。これも、独占状態の維持である可能性が大きそうだ。

「公務員水準」の給与は決して安くない

 ところで、総合計画は、経費の削減について、「10年で3.3兆円」としており、資材調達費を1割下げることなどが予定されている。
 実は、筆者は、新聞の見出しで「東電、経費削減3.3兆円」と見た時に、1年分かと思い随分頑張ったなあと驚いたが(さすがに売り上げ5兆の会社で、3兆円の経費削減はあり得ないが)、これが10年分だと分かって、今度は少なさに溜息が出た(特に「資材調達費1割減」にはほとんどやる気が感じられない)。
 とはいっても、例えば東京電力の現・前社員にとっては、「給与2割削減(国家公務員以下水準へ)」、「約1割の人員削減」、「OBなどの企業年金1000億円削減」といった総合計画の措置は大きな痛手だ。特に、原発事故に責任のない社員にとっては気の毒だ。
もっとも、会社が潰れる通常の破綻の場合は、社員の大半は職を失うのだから、東電の社員はまだ恵まれていると考えることもできる。また人事院が大企業の給与水準を主な参考にして弾いた数値が元になっている「公務員水準」も、世間並みから見て決して十分低くない。
 元はといえば、独占企業として「総括原価方式」なるお手盛りの価格設定を行いつつ、民間給与実態調査では業種としての「電力」が「金融」を上回るほどの高給業種になり得ていたことが問題だった。
 東電が具体的にどの程度の給与・賞与の引き下げを行うことが妥当なのかは、現在の同社従業員の権利の問題も含めて判断しなければならない難しい問題だ。しかし競争にあまり晒されず、同時に国民の生活に対する影響が大きい電力会社のような会社の給与が、今日のように高くなる仕組みには大きな問題がある。

原子力発電を公務員が経営するのは悪夢だ

 社員の給与の問題も、さらに、将来のエネルギー・ビジネスのあり方も含めて考えると、東京電力は(実は、東電に限らず、他の電力会社もだが)、「十分競争的な環境下の民間会社」であることが望ましい。
 将来、原子力を使うにせよ、使わないにせよ、電力のように重要なものは、政府ではなく、民間企業に供給して貰う方が安心だ。特に、原子力発電のような危険を伴う事業を、クビにならない身分が保障され、経営と監督がグルになるような公務員によって経営されることは悪夢である。
 今回の総合計画は、国がいつ経営権を手放して、東電が(できれば複数の)民間事業会社になるのかについて明確でないことも大きな問題だ。
 そもそも、原発賠償を担当する会社(バッド・カンパニー)と、前向きに電力事情に取り組む会社(グッド・カンパニー)に東電を分割する必要があったのではなかろうか。また、発電と送電の分離、さらには、発電・送電それぞれに関する事業分割による競争促進なども含めて、将来の民間会社としての経営像を早急に描く必要がある。
言葉は悪いが、東電が弱っているうちにこれらの事を決めておかないと、電力事業が結局これまでと変わらない結果に終わる可能性がある。
 勝俣恒久現会長は、西沢俊夫社長以下の経営の人事的連続性は守れなかったものの、「人事」を囮にして、金融機関の利益と現在の電力事業の独占を守ったということなのではないか。今回の総合計画を見て、そんな気がした。





町田徹「ニュースの深層」

「原発再稼働なら大丈夫」という杜撰シミュレーションで破綻リスクを隠し、国民負担を強要する東電第3者委報告の国家的詐欺:待ち受ける雪だるま式の電気料金値上げ

治癒する見込みがないことを隠して、破産を招きかねない治療費のアリ地獄に患者を落とし入れる――。
東京電力による福島原発事故の賠償を支援するため、その経営実態の調査を担当した政府の第3者委員会が先週(3日)公表した「報告」は、そんなとんでもない内容だ。
問題点をあげると、報告は、賠償金額を過小に見積もった。負担しなければならない膨大な除染コストをカウントせずに、東電が深刻な破たんの危機(債務超過リスク)に瀕している事実の隠ぺいを試みた。
東電には、甘い蜜のような報告だ。自助努力の根幹になるはずの発電所売却を検討した形跡もなく、端から免除してしまった。
そして、ツケを払わされるのは、我々国民だ。今すぐ手を打たないと、公的支援を返済できないという屁理屈を列挙して、安全性への疑問が残る原発の早期運転再開と10%の電気料金引き上げという痛みの甘受を迫る内容となっている。まるで「国家的な詐欺」である。
野田佳彦首相は、手遅れにならないうちに、こんな東電支援のスキームを白紙に戻し、当事者の東電に一元的に責を負わせる本来の原則に立ち戻るべきだ。さもないと、日本経済全体が東電擁護の重荷に押し潰されかねない。
本コラムが過去2週にわたって警鐘を鳴らしてきた、この報告をとりまとめた政府の第3者委員会は、「東京電力に関する経営・財務調査委員会」(委員長・下河辺和彦弁護士)という。
政府は、その使命を、福島原発の賠償の公的支援に当たって「国民負担の極小化を図る」ことにあり、「東京電力の厳正な資産評価と徹底した経費の見直し」を行わせると説明してきた。
 だが、羊頭狗肉も甚だしい。
9月末という取りまとめ期限を守れず、先週になってようやく公表された報告は、物理的な量ばかりが膨大で、その内容は「国民負担の極小化」という設置目的と対極の作文に変質した。
  もちろん、部分的に見れば、新聞各紙が喧伝したように、「届出時と実績の料金原価の乖離を合計すると、直近10 年間の累計で6,186 億円となる」(報告127ページ)とか、「東電の退職金水準(従業員拠出分を含まない)は依然、他産業と比較して高い」(同50ページ)として3つの改善案を示すなど、丹念な調査ぶりを感じさせる記述は存在する。
しかし、それらは、あまりにもマニアックなだけでなく、230ページの膨大な報告のごく一部に過ぎない。当局のレクを鵜呑みにして記事を書く新聞記者を念頭に、第3者委員会の奮闘ぶりを印象付けて、報告全体の杜撰さを覆い隠すために盛り込まれた目くらましとしか思えない。

10%の値上げは避けられないというシミュレーション

中でも根本的なミスリードは、報告が結論として打ち出した今後10年間の東電の事業・資金収支のシミュレーションだ。
もっともらしく、原発の運転再開を、(Ⅰ)直ちにできる、(Ⅱ)1 年後にずれ込む、(Ⅲ)再稼動できない――の3つのケースに分類。それぞれについて、料金を、①値上げなし、②5%値上げ、③10%値上げ――の3 パターン設定して、東電の将来像を描いている。
結論は、「(原発さえ早期に稼働すれば、)①料金改定(値上げ)なし、②5%値上げ、③10%値上げ、のいずれのパターンにおいても、実態純資産調整項目考慮前の段階で資産超過が維持できると試算されたが、原子力発電所の稼動時期が遅れるとともに、徐々に純資産が減少するリスクが拡大する」(報告105ページ)というもの。要するに、国際資本市場の抱く東電破たん懸念を拭い去ろうと、原発さえ再稼働すれば大丈夫という太鼓判を押したのである。
とはいえ、決して、それだけで賠償金の支払いや公的資金の返済をまっとうできるとしているわけではない。というのは、「資金面では原子力発電所稼働ケース、1 年後原子力発電所稼働ケースともに、料金値上げの状況に応じて約7,900 億円から約4 兆3,000 億円の不足資金が発生する」(同)、「原子力発電所非稼働ケースにおいては、約4 兆2,000 億円から約8 兆6,000 億円の資金調達が必要との結果」(同)などとの文言を挿入することも忘れていないからである。
この文言は、かねて東電が目論んでいるとされていた、10%の値上げが避けられないという援護射撃に他ならない。われわれ国民にとっては、福島原発事故の賠償を円滑に進めたうえで公的資金(最終的には税金)の返済を履行させるために、安全性に疑問が残る原発の早期再稼働を受け入れるだけでは不十分であり、電気料金の10%引き上げまで呑めという理不尽な話なのである。
はっきり言うが、国民が2つの重荷を受け入れても、このシナリオを実現するのは難しい。むしろ、せいぜい2年ぐらいで立ち行かなくなる「絵に描いた餅」に過ぎない、と筆者は睨んでいる。早晩行き詰まって、何度も電力料金を引き上げられるアリ地獄に国民は追いやられかねない。
その理由の第一は、第3者委員会が、必要な賠償額を過小に見積もっている点にある。同委員は、主に福島第1原発事故で避難している住民や福島市内の営業被害への補償だけを対象としただけで、他の多くの賠償義務の存在を無視するどんぶり勘定をやったのだ。
例えば、報告は、「政府による航行危険区域等又は飛行禁止区域の設定に起因して、漁業者、内航海運業又は旅客船事業を営んでいる者又は航空運送事業者に何らかの減収や追加的費用が発生していることが確認されている」(報告92ページ)としながら、その見積もりとなると「損害額を推計するための適切な資料は見当たらない。したがって、現時点で営業損害額について合理的な損害額を推計することは不可能である」と算定しなかった。

除染コストの算定責任を放棄

 何よりもひどいのは、除染コストの扱いだろう。国や自治体が作業し、東電が費用を負担することが8月末に可決した「放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法」に明記されている、一般地域の除染について「上下水道業者に何らかの減収や追加的費用が発生していること、私立学校に校地等の除染に関する何らかの費用が発生していることが確認されている。
 しかし、具体的な損害額までは確認することができず、その他、損害額を推計するための適切な資料は見当たらない。したがって、現時点で営業損害額について合理的な損害額を推計することは不可能である」(報告93ページ)と算定責任を放棄しているのだ。
これらの除染は、どの程度完璧を期すかによってコストが大きく変動するとされているが、その規模は4~5兆円では大幅に不足で、総費用を10兆円程度に収めるために広い区域の除染を断念する政治決断が必要になるとの見方が少なくない。
さらに言えば、報告は賠償総額を4兆5402億円と見積もったが、これについても「少なく見積もっても20兆円は下らない」(民間シンクタンクのエコノミスト)というのが専門家の大勢である。
そして、もっと首をかしげざるを得ないのは、賠償総額4兆5402億円という第3者委の見積もりが、当初2年分の見積もりに過ぎないことだ。報告は、「知り得た事実関係及び入手可能な統計データを前提とした試算結果は、一過性の損害分として約2兆6,184億円、年度毎に発生しうる損害分として初年度(平成23年3月11日~平成24年3月末日)分約1兆246億円、2年目以降単年度分(筆者注:3年目以降の見積もりも行われたような印象を与える表現だが、「2年目の分」だけを指している)として約8,972億円となった」(報告90ページ)として、3年目以降の見積もりをしていないのである。

なぜ非論理的な見積もりを出したのか

そこで、問題になってくるのが、前述の原発再開と10%値上げが必要な根拠となった、今後10年間の東電の経営見通しだ。たった2年分の賠償や交付金支払いしか見積もらないでおき、それを10年かけて支払う(返済する)という計算なのだ。3年目以降は賠償が不要になると考えられる根拠など何もない。それらが発生した途端に、報告が描いたシナリオは破たんする構造になっているのである。
 第3者委員会は、いったい、なぜ、このような非論理的な過小見積もりを断行したのだろうか。関係者に取材したところ、影を落とす問題が2つ存在した。
第一の問題は、8月3日に成立した特別法を根拠に設置された、東電による賠償を支援する公的機関「原子力損害賠償機構」の資金力の問題だ。実は、現在のところ、同機構が交付国債という特殊な手段を使って、東電に行える支援は総額2兆円まで。今年度の第3次補正予算で追加する予定の枠を加えても5兆円にしかならない。それゆえ、今回の報告は、賠償額の見積もりを5兆円以内に抑える必要があり、杜撰な過小見積もりを断行したという。
第二は、第一とも密接に関係するが、東電の債務超過・経営破たんリスクが顕在化するのを防ぎたいという思惑だ。それでなくとも、国際資本市場には、東日本大震災の被災を受けて、東電が実質的に破たんしていると見る向きが少なくない。そこで、今年6月発表した昨年度の本決算に続いて、近く公表する予定の今年度の中間決算でも、監査法人が東電に破たん宣告をしなくて済むような体裁を保とうとしたというのである
こうした中で目立つのは、報告の電力業界と東電への蜜のような甘い姿勢だ。第三者委員会自身も、「東京電力に関する経営・財務調査委員会報告の概要」の中に、あえて「積み残された課題(例)」と題する一枚紙を挿入し、
○政府と電力事業体との関係の見直し、
○総括原価方式に代表される電力事業に係る
各種制度・政策の再検討、
○地域独占を前提とした電力事業構造のあり
方
○発送電分離の検討
○原子力事業の運営主体やリスク負担の見直
し
○原子力発電のバックエンド費用
○天然ガス等のより効率的な調達の仕組み

――の七項目を列挙して、歴史的な日本の電力政策の枠組みに何ら切り込まなかった事実を認めている。
そうした底流として、報告は、冒頭の「はじめに」の中で「私たちは、いたずらに問題を複雑化し、拡大させることには慎重でなければならない。それというのも、その被害の直撃を受けた福島に暮らす人びとに対する十全な賠償と発生した事故の着実な処理を通じて、そこに『安心と安全』の確保をもたらすことを何よりも優先させるべきだとの思いがあるからである」と述べて、電力擁護姿勢の正当化まで試みているほどだ。

第三者委員会が容認した電力料金の値上げ

しかし、報告が東電の発電所売却の必要性にひと言も言及しなかった問題は、「着実な処遇」などという言い訳の通用する問題ではない。
というのは、発電所の売却は、電力政策の大枠の変更を必要とするような話ではないからだ。単に、賠償のための自己資金を積み増す効果があるだけでなく、すでに自由化されている発電業の競争を促す効果も期待されており、電気料金の高騰を抑制するものとみられている。
そもそも、民間企業が非効率な部門をアウトソースして、外部から必要な機能や製品を調達するのは、よくあることだ。発電所の売却は、規制による発送電業の強制的な分離議論とは次元の違う、すぐできる経営合理化策のひとつなのである。
第3者委が、重箱の隅をつつくような東電の人件費の削減策などに躍起になる一方で、より抜本的な資金調達の自助努力策として期待される発電所の売却にひと言も言及しなかったことは、大変な怠慢と言わざるを得ないだろう。もし、東電擁護のために、確信犯として発電所売却に触れなかったのならば、日本国民共通の敵の所業と断じてよいはずだ。
同様に、今回の報告が、過去10年間の電気料金算出にあたって、コストの見積もりと実態の間に6,186 億円ものかい離があったことを指摘しながら、これらを将来無駄を省けることの根拠としだけで、取り過ぎた料金の返済問題や、当時の経営責任、監督責任の追及などに言及しなかったことも、第3者委員会が東電寄りの組織だった証左と取られかねない失態だ。
 半面、報告は、そのツケを国民に回すことに全く
と言っていいほど躊躇をみせていない。これと
いった留保もなく、安全性への疑問が残る原発
の早期運転再開と、電力料金の10%値上げを
受け入れるように迫っているからだ。
値上げと言えば、東日本大震災以降、全国の電力会社は、すでになし崩し的に電気料金の値上げを続けている。加えて、東電は今年度中に、他の電力各社も来年度から、原発の運転停止に伴う火力発電所の燃料費増大分として10%程度の値上げを検討中だ。さらに、ソフトバンクの孫正義社長らが声高に要求した、太陽光を使って発電した電気の全量買い取りに伴う数パーセント前後の値上げも加わる予定となっている。
 今回、第3者委員会報告が容認姿勢を打ち出した値上げは、こうした値上げラッシュの第一弾に過ぎず、2年後に賠償支援の不足が露呈すれば、その後は泥沼の値上げが待っている。

待ち受ける雪だるま式の電力料金値上げ

 ここでいかにもありそうな政治決着と言えば、菅直人前政権が法律改正まで行って設置した原子力損害賠償支援機構の運用をとりあえずスタートさせるため、東電に今年度中の値上げを断念させる、という落とし所だ。
 しかし、こうした先送りは、雪だるま式に電気料金の高騰を招き、国民負担の増大を招く愚策に他ならない。ここは踏みとどまって、財務省、経済産業省、金融庁、東電、大手銀行の5者が相互に責任や負担を回避して、そのツケを国民に回そうとした仕組みに他ならない、機構による支援の枠組みをすべて白紙に戻すべきである。
 そのうえで、原子力損害賠償法に規定され、東海村のJCOの臨界事故という前例の際にも再確認されていた本来のルールに則り、当事者の東電が一元的に補償を行うという原発事故の賠償の原則に立ち戻るべきである。東電は、補償責任を全うするため、資産のすべてを換金して賠償原資に充てるのが筋である。
過去に、あれだけ高い料金を取って溜め込んだ資産を充当しても足りなければ、資本主義のルールに則って、東電は法的整理のまな板に乗る以外に道は無いはずだ。

そうすれば、銀行の貸し手責任と株主責任が問われることになり、賠償原資のさらなる上乗せも可能なはずである。
その際、電力の安定供給を守るため、送電網の運用会社だけは、信頼できる企業体への事業継承が必要だ。それに相応しい企業が現れなかったら、初めて国費投入を検討すればよい。
東電の消滅によって一義的な賠償主体は消滅するが、どうしても支援が必要な弱者には社会福祉の観点から国が救済の手を差し伸べることによって国家的な試練を乗り超えるしか手はないはずである。
野田佳彦首相、今こそ決断の時である。
 






2012年5月1日火曜日

原発事故調査委員会の政治家の参考人招致は公開で!テレビ公開を!

国会の原発事故調査委員会が、事故後1年2ヶ月も経過した今、政治家の参考人招致を進めているという。GWに、高速バス事故を起こした弱小バス会社には間髪入れずに強制調査の手が入った。

何度も書くが、本来ならば、フクイチでこれだけのシビアアクシデントを引き起こした電力会社に対してもっと早い段階で、強制調査が入ってこそ、日本は健全で平等な法治国家だと言える。

その点から言えば、国会の事故調しか機能していない現状は手ぬるすぎるが、それでも失敗学のお偉い先生方の訳のわからない調査委員会よりは、まだ、はるかにましである。

この政治家の参考人招致について、民主党の中には公開に難色を示す者があり、調査委員会との間で調整が行われているという報道があった。政治利用されては困るというのである。

党を代表するの証言内容が、党にとって不利になるようなことを彼らが行なった」というを党自らが認めているということなのか。

こそこそと隠蔽して、隠れたところで非公開でやらなければ証言ひとつできないようなお歴々を現政権の原子力政策に対して大きな決定権を持つリーダーの座に座らせているというのはどういうことなのか。責任をとって頂きたいものである。

やましいことが何一つないのならば、堂々と公開の場で証言してもらいたい。そして、テレビ各社はくだらない番組を垂れ流し、電気の無駄遣いはさっさと辞めて、国会参考人招致をノーカットできっちり報道してもらいたい。

特に公共放送は、国会中継などと称して、普通の労働者・納税者が誰も見られないような昼間や深夜の時間帯に、こそこそ放映するのではなく、率先してゴールデンアワーにずばっと時間をとって放映してもらいたいものである。それをするのが、視聴者に対する義務なのではないか。

以下、政治家の参考人招致に関連した記事と、3月28日に第4回目の参考人招致に関する元保安院委員長に対する事故調査委員会の証言を書き起こした記事を転載する。

こういうものも含めて、ほんのわずか切り取ってニュースで軽く流すのではなく、夜のゴールデンアワーにノーカットでしっかり放映していただきたかったと思うのは薔薇っ子だけだろうか。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120501/k10014820601000.html



国会事故調 菅氏らの参考人招致検討

5月1日 4時23分

国会の原発事故調査委員会は、これまでの調査で、事故対応に政治家が必要以上に関与したことが混乱をもたらしたおそれがあるとみていて、当時の政府首脳らの対応を検証するため、菅前総理大臣らの参考人招致に向けて具体的な検討に入りました。
国会の原発事故調査委員会は、これまでに原子力安全委員会の班目委員長や、東京電力の幹部、それに福島第一原発周辺の自治体の町長らに参考人として出席を求め、事故の拡大を防ぐための取り組みや、避難指示の情報の伝達などについて、調査を進めてきました。調査委員会では、これまでの参考人の証言などから、事故対応に政治家が必要以上に関与したことが混乱をもたらしたおそれがあるとみていて、当時の政府首脳らの対応を検証するため、菅前総理大臣らの参考人招致に向けて具体的な検討に入りました。
委員会では「政府などの調査委員会と比べると、責任追及の立場を持っている」といった意見も出ていて、政府首脳らの責任についても明らかにしたいとしています。一方、民主党内には「政局に利用されるおそれがある」などとして、政治家を参考人招致する際には、原則として公開で行われる委員会を非公開にすることも検討すべきだという意見もあり、今後調整が行われる見通しです。



http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2012043002000094.html


国会の調査機能を強めよ

 国会の東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(委員長・黒川清元日本学術会議会長)が精力的な調査活動を続けている。
 事故をめぐっては政府と民間の調査委員会があるが、もっとも注目され信頼に足る機関がこれではないか。毎回のインターネット中継録画を見たり、閉会後の黒川委員長のコメントを読むと、そう実感する。
 たとえば原子力安全・保安院の院長を参考人に呼んだときは委員たちが舌鋒(ぜっぽう)鋭く追及し、原発再稼働をめざして政府がつくった安全基準は、安全確保にまったく不十分な代物である点があきらかになった。
 国会事故調はなぜ、いい仕事ができるのか。根本的には政府から独立し、新たな法律に基づいて、国政調査権の活用を含む十分な調査権限が与えられているからと言っていい。
 こうした国会の調査機能を原発以外の分野にも拡大できないか。たとえば日本経済は、なぜ二十年にわたって停滞を続けているのか。政府と日銀は何をして何をしてこなかったのか。
 税と社会保障、地方分権といったテーマも、なにも政府の専売特許にしておく必要はない。国会は国会として政府から独立した委員会を設けて徹底的に調査研究したらどうか。
 「国会の権威を高める」視点から考えれば、与野党議員が一致できる部分もあるはずだ。政争に明け暮れるだけが国会議員の仕事ではない。 (長谷川幸洋)

国会原発事故調査委員会 第8回委員会 「世界で当たり前の原発の


ルールを盛り込まなかったのは?」  [2012/04/04]


「世界で当たり前の原発のルールを規則に盛り込まなかった責任者は?」「わたくしです」 国会原発事故調査委員会 第8回委員会


3月31日付での退任が発表された、東京電力フェロー(副社長待遇)の武黒一郎氏。
武黒氏は参考人として招致された3月28日の国会事故調査委員会で、強く責任を問われていました。
委員会当日は、武黒氏だけでなく元原子力安全保安院院長・広瀬研吉氏も招致されており、広瀬氏に対してもかなり厳しく責任の追及が行われています。野村修也委員の厳しい語調に対し、広瀬氏は非常に切迫した表情を見せていました。

原子力安全保安院がアクシデントマネジメント(過酷事故対策)を規則に盛り込まなかったことに関する、広瀬氏と野村修也委員のやりとりの抜粋です。以下抜粋動画書き起こしです。

野村氏
:以前こちらの委員会に斑目委員長にご出席いただいたときに、世界では“五重の防護”というのが常識になっていたところ、日本は“三重の防護”にとどまってしまっていたことが問題だというご発言があったんですけれども、こういったご批判を受けている点について、保安院の対応としてなにか問題点があったとお考えでしょうか。
広瀬氏:その点についてはなにか特に問題があったとは考え
ていません。
野村氏:むしろ保安院のほうでは“シビアアクシデントについてはルール化をすべきだ”というお立場だったと私どもは理解してるんですが、そういう立場ではなかったんでしょうか。
広瀬氏:世界的にアクシデントマネージメントについてルール化の取り組みがされていましたので、保安院ももっと一歩進めた検討をやっていくことの必要性は感じていました。
野村氏:そういう方針でしたし、そういう努力もされておられましたよね? 具体的にどういう努力をされておられたんですか?
広瀬氏:ちょっと今具体的には記憶がございません。
(中略)
野村氏:保安院が規制のなかに盛り込めば、業者はそれに従ってやんなきゃいけなかったわけですよね。ところが、規制に盛り込むことなくとどめてしまったがために、シビアアクシデントは“業者の任意の対応”になったわけですね。それを規制として盛り込むということが世界の趨勢になっていたわけですから、当然保安院のお立場としては、“規制に盛り込みたい”というお考えだったということで間違いはないですよね?
広瀬氏:アクシデントマネージメントについての世界的な状況というのは認識をしておりましたけれども、それに対してもう一歩進めて具体的に取り組むという努力がなかったという風に考えております。
野村氏:あの、「はい」か「いいえ」でお答えいただければ結構なんですが、保安院の立場としては規制に盛り込みたかったということでよろしいですね?
広瀬氏:あの、ま、あー 世界的な……
野村氏:「はい」か「いいえ」で結構なので。“盛り込みたかった”ということでよろしいですね?
広瀬氏:アクシデントマネージメントの……
野村氏:あの、「はい」と「いいえ」しかありませんので。“盛り込みたかった”ということでよろしいですね?
広瀬氏:アクシデントマネージメントの重要性は認識をいたしておりました。
野村氏:盛り込みたかったですか。
広瀬氏:あ……そうですね、やはり“シビアアクシデント防止”というのが最後の砦ですので、いずれ機会があればアクシデントマネージメントの要求をもっと法令上のものにすることが必要だと思っていました。
野村氏:あの……規制当局なんですよね? 法律の中にそれを書けばいいわけですよ。いったいなぜ書かなかったんですか。誰が反対したんですか。
広瀬氏:誰が反対したというよりは、なかなかそういう具体的な議論まで達しなかった、という状況だったと思います。
野村氏:保安院のなかの部下の方との議論が煮詰まらなかったということですか、それとも規制対象となっている電力事業者との議論が煮詰まらなかったということですか。
広瀬氏:保安院の中でもう一歩踏み出すという議論が、煮詰まっていかなかったということだと思います
野村氏:では保安院の中に反対者がいたということですね?
広瀬氏:反対者がいた、というふうには思いませんが、そういう議論がなかなか醸成していかなかったと思います。
野村氏:最終的に規制に盛り込むかどうかという判断をするのはどなたですか?
広瀬氏:それは、あの、原子力安全保安院長だと思います。
野村氏:そのときの原子力保安院長はどなたですか。
広瀬氏:そのときのとおっしゃるのはいつのことをおっしゃっておられるのでしょうか。
野村氏:2005年から2007年のあいだの保安院長で結構です。
広瀬氏:あ、それは、わたくしです。






2012年4月27日金曜日

大飯原発再稼働反対、県議会の全会一致?:コピペ

http://mytown.asahi.com/saga/news.php?k_id=42000001204260002


大飯再稼働反対 県議会、異例の全会一致

2012年04月27日
 県議会は26日、関西電力大飯原発(福井県)の早期再稼働に反対する意見書を全会一致で可決した。原発立地道県の議会で初めての反対表明は、1人会派の提案に、最大会派の自民と政権与党の民主党の県議が賛同するという、異例の道筋をたどった。
 「否決されて当然だと思っていた。まさか全会一致とは」。午前の議会運営委員会で、意見書を緊急提案した宮崎泰茂県議(市民リベラルの会)は、驚いていた。
 意見書では、東京電力福島第一原発事故の検証や安全対策が不十分で、原子力規制庁が未設置であることなどを理由に早期の再稼働に反対した。「大飯原発の再稼働をベースに、他の原発も『右へならえ』にしたいはずの政府に、それではダメだと釘を刺した」と、可決の意義を強調した。
 2009年に九電玄海原発3号機で始まったプルサーマルなどの原子力政策を推進してきた自民党内には当初、来るべき玄海原発の再稼働の議論を控え、「立地県として、とやかく言うべきではない」と、意見書可決に慎重な幹部もいた。
 しかし、意見書の内容が「大飯原発」に限定した点に注目。ある議員は「『すべての原発』というなら反対に回っただろう」という。議員団の石丸博会長ら複数の幹部は、玄海原発の再稼働議論とは「まったく別物だ」と口をそろえる。
 大飯原発の再稼働を進めている、政権与党・民主党の4人も賛成に回った。
 党県連幹事長の内川修治県議は「国民生活を確保することも考えないといけないが、政府がエネルギー政策や電力需給の説明責任を果たすことが絶対必要。それがないなかで、再稼働を推進するのは誰が見ても疑問だと思う」と指摘。「いくら与党でも、原発立地県として慎重な対応を訴えないといけない。忸怩(じくじ)たる思いはある」と、もらした。(岩田正洋)